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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十六章 跳ね月、王族会議編
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十六章二十三話 『暁の時代』

全国王、暗殺――――――。

その衝撃的なニュースは一週間もしない内に、世界中へと広まっていく。

新たな脅威、“門番ゴルゴダ”の出現とリーダーの喪失。


民たちは惑う。魔物たちは嗤う。貴族たちはざわめく。詩人は謡う。





「号外!号外ぃ~!!」


波の国(セージュ)の市場でも、頬を紅潮させた男が報告書の写しを配っていた。

その一枚を、ある探検家のコンビが受け取る。


【尾切り】のメントン。【鷹狩り】のパキラ。


「マジかよ、全員死亡…………?

 一応ツワブキさん達の死亡記事はないみたいだ。

 主犯は知性魔物の集団………しかも全員が朱紋付き(タトゥー)!!

 なんだ、なんだよこれ………」


「なるほどね………この手紙はやっぱり本当だったってわけだ」


パキラの手には、ある手紙が握られていた。

アシタバがバノーヴェン城で綴っていた、全世界の探検家達に向けて送られた手紙だ。

差出人は、探検家【凱旋】のツワブキ。


「本気でやるんだな……史上初だろ?探検家組合ギルドメンバー全員参加なんて」


「でも、そうするべき事態ってのは分かるな。

 ツワブキさんらしい、思い切りのいい判断だよねん」


バノーヴェンの大災厄を伝える緊急速報、よりも早く、その一報は探検家達へと波及していた。

開催日は来月。開催地は魔王城。


史上初の、“探検家総会”の開催がツワブキによって宣言されていた。


民たちは惑う。先行きは見えない。

魔王がいた頃の、戦争の脅威が、また自分たちを襲うのではないか。






「――――――良かったのか?王子は殺さなくて」


ある川の畔に、門番ゴルゴダの魔物達が揃っていた。

バノーヴェン城から撤退した後は、水路を利用した人魚妃ローレライの移動。

ここが淫夢サキュバスの降車場だ。


「いいのよ。第一目標も第二目標も達成済み。

 それにむしろ、生き残っていた方が都合がいいとすら言えるわぁ。

 ま、私たち側の痛手もあったけど」


目を失った蜘蛛女アラクネ。鎧の砕けた首無し卿(デュラハン)。切り傷のある寄生獣(キメラ)吸血鬼ヴァンパイアも脇腹を押さえていた。


「ま、人間たちもしばらくは殺気立っちゃうよ~。

 私たちも傷を癒さなきゃだしね!大人しくしなきゃ~」


人魚妃ローレライが呑気に言うと、吸血鬼ヴァンパイアも脇腹をさする。


「そうだな、我は眠りにつくとしよう…………。

 共同作戦はここまで、後は各自ご自由に、というわけだ」


元々が連携とは程遠い集団だ。

今回の作戦が終わればそれぞれが、散り散りになっていく。


「1つ、聞かせてくれ」


解散の前、最後に賢人馬ケンタウロスが発言をする。


「王子たちが、むしろ生き残っていた方がいいと言ったな、エデン。

 それはどういう意味だ?少しでも減らした方が、敵の立て直しは鈍ると私は思うが……」


「いーえ、シャングリラ。その方がいいの。

 王子がいた方が立て直しが早い。そう、そうなの………」


純粋な賢人馬ケンタウロスの質問に、淫夢サキュバスは歪んだ笑みを返した。

愉悦を知った………悪意の笑顔。


面白い(・・・)のよ。経験豊かな先人がいなくなって、未熟なまま後を継ぐ。

 立て直しが早い―――そう、奴らに準備期間は与えられないわ。

 未熟なまま、時に疑心暗鬼になって、標もなく国を導くの。


 怖れ、焦り、疑い…………うふふはは!」


かつて砂の国(ランサイズ)の、砂の革命を導いた魔物。


「未熟な指導者と烏合の衆が、これから地べたを這いずるのよ。

 ねぇ、とっても愉快だと思わない?」



魔物は嗤う。

彼らは十分すぎる仕事を終え、散り散りになり。

そして息を潜め、また世界の闇へと潜っていく。






「父上!ご決断ください!!これより日の国(ラグド)は荒れます!全世界が敵と見做す!

 セレスティアル様とメローネ様には話を付けてきました!

 ホデリー領は月の国(マーテルワイト)へと移りましょう!!」


日の国(ラグド)、ホデリー家の館では、王族会議から帰還した公子トラフアナナスが当主を説得していた。

俄かには信じられない話………しかしセレスティアル王女からの封書も来ている。


「義は王妃にはありません!バノーヴェン家も協力してくれます!

 リンドウ王子を支持し、月の国(マーテルワイト)の保護の下、王妃を非難する声明を――――」


「落ち着けトラフアナナス。

 お前には黙っていたがな、実はリンドウ王子には以前から、国逆の疑いがかかっていたんだ」


「………………は?」


呆然とするトラフアナナス。対面する父親の顔は固い。


「噂の類だ。だからお前の耳に入れるまでもないと思っていた。

 枯れ月、リンドウ王子は魔王城を訪問しただろう。

 王族会議の承認もなく、そして日の国(ラグド)王家への承諾もなく。


 …………あれは他国と、何か密約を交わしたのではないかと言われていた。

 王子は抜きんでて優秀だ。あの歳で、王座を狙っても何らおかしくはない」


「父上、そのような――――」


「分かっている。私もリンドウ王子のことはよく知っている。

 だが、先にあった噂とは大概厄介なものだ。

 そして樹人トレントやウォーウルフとの共存を決定した銀の団が、もう魔に魅入られてしまったのでは、という噂も立っている」


「まさか父上は、今回襲撃した魔物と銀の団が繋がっていると仰るつもりで?」


「だから、落ち着け。私は、もう情報戦が始まっていると言っているんだ。

 そしてどうやら敵は、我々の遥か先を行っていた。宝石を隠すには石をばら撒くことだ。

 それがどれだけ無根拠だろうとも、らしければいい。


 ホデリー家は月の国(マーテルワイト)との連携を深めるよ。

 だがな、これから、お前が見た真実が潤滑に日の国(ラグド)に広まるかは少し怪しい。

 楔は既に打ち込まれていた。

 そして恐らくは王宮に帰還した王妃・・が、その逆風を後押しするだろう」


トラフアナナスは言葉を失う。この国の未来にある暗雲を理解した。

真実を言えば、リンドウの魔王城訪問はゲッカビジンにきちんと承諾を得ていた。

けれど事実を改変されたのだ。そういう戦いをもう仕掛けられている。

父親はため息をつくと、声色を少し優しく変えた。


「何を置いても我々が優先すべき使命は、リンドウ王子のお力となることだ。

 唯一残った王家の血筋……真実を知り、後ろ盾を得て動ける貴族が我々以外にどれだけいるか。


 しかし一先ずは、凄惨な惨事の中、王子は本当によく生き残ってくれた。

 そしてトラフアナナス。お前もよく生きて帰ってきた」


「それは私の成果などではありません…………。

 ローレンティア王女に助けられたんです」




「ローレンティア王女に守られたんだ」


河の国(マンチェスター)では、マリーゴールドの兄ヘリオトロープが、父親に今回の事件のことを伝えていた。


「魔物が、朱紋付き(タトゥー)がメインホールに侵入した。

 その場にいた私たちが、王下舞踏会クラウンサークルに参加した王族・貴族全員が殺される末路は決して非現実的などではなかった。

 でも彼女のおかげで守られたんだ。私は、生き残ることができた」



貴族たちはざわめく。

勿論、今回起きた事件とこれからについて、不安と動揺は尽きることはない。

でもだからこそ、その凶報に添えられた武勇は強く輝く。

事件後、各国に帰還した公子達が、ざわめく、ざわめく―――――。


「ローレンティア王女だよ!あの橋の国(ベルサール)の、呪われた王女!」


「銀の団の武勇は本当だったんだわ!私、この目で直接見たの!」


「黒い蝶がぶわーって舞って!」


軍棋タクティカでラークスパー王子に勝ってたんだ!」


「一人で朱紋付き(タトゥー)の一体を抑え込んでた!」


「私達全員、守ってもらったのよ。黒い蝶と………ローレンティア王女に!」




史上では人類側の敗戦とされる今回でも、武勇と讃えられた者達はいる。


勇者一行に違わぬ働きを見せた大魔導士メローネ、大司祭オラージュ。

首無し卿(デュラハン)を相手取った【黒騎士】ライラック。

寄生獣(キメラ)を抑え込んだ騎士キリとイチョウ。

蜘蛛女アラクネと互角以上に戦った【隻眼】のディル。

吸血鬼ヴァンパイア戦の主軸となったアサツキ、アスナロ。

クラーケン討伐作戦に引き続き、頭角を示した【魔物ゲテモノ喰い】のアシタバ。


そして、淫夢サキュバスを抑え込み、吸血鬼ヴァンパイアの脅威から王子・公子全員を守った、銀の団団長ローレンティア。


この日を境に彼女は、“呪われし王女”とは呼ばれなくなった。

武勇を有する者には、相応しい二つ名を。


【黒蝶の姫君】、ローレンティア・ベルサール・フォレノワール。






吟遊詩人は謳う。

歴史の一大転換点、当代の吟遊詩人はこぞってこの事件を詩にして、各地へと広めていく。



――――――舵は折られた。


七つの忌まわしき影が、八つの国の王達を血に沈めた。

王を失った国は、舵の折れた巨大な船だ。

暗い嵐の海に、八隻の船が放り出された。


死神の吐息のような冷気が、世界に這い広がっていく。

荒れ狂う波に煽られた船は、互いにぶつかり、削り合う。

嵐に意図はなく、そして止まない。


勇者が魔王を討って始まったこの時代。

戦争が終わり、平和へ向かうと思っていた今を、ここに“暁の時代”と名付けよう。


まだ夜は明けない。

願わくば次こそは、太陽が昇ると願って。

そして我々は思い知るのだ。


夜明け前こそが、最も暗いのだと。







「キリ、どっか行ったのか?出発の時見なかったけど」


「サクラちゃんと里に行くって。やっぱり墓参りは必要だよ。

 後を追ってきて、最悪魔王城で合流になる」


「ああ」


バノーヴェンの大災厄から一夜明け、銀の団は魔王城への帰路を辿る。

夜の見張りを終えて眠るオオバコを後ろに、アシタバとローレンティアは馬車に揺られていた。


「これから忙しくなりそうだね」


「どうだろう、しばらくは様子見と軍備って感じじゃないかな。

 俺たちとしちゃ、魔王城攻略を急がないと」


「……………そうだろうねぇ」


それはきっと、魔王城の魔物を残したいアシタバにとっては良くない加速だ。

でももう、七体の知性魔物が脅威を示した今では、そういってられる事態ではない。


「残念だったな、ティア。初めての社交界だったんだろう?

 俺も見たが作法は完璧だった。練習してたのは聞いていたしな」


「ふふ、ありがとう。そう言えば、いつの間に城内にいたよね」


「アサツキの付き人の代わりだよ。

 今のティアならもっと、あの場を楽しめるかと思ったのに」


「ん、パーティどころじゃなくなっちゃったもんねえ」


「……………………」


少し、二人の間に静寂が訪れる。

バノーヴェン城での激動。アシタバの理想にとって最悪の結果だった。

そして、ローレンティアにとっても。



「私、お父さんは苦手だったんだ」



ぽつりとローレンティアが呟く。

良い思い出の少ないローレンティアは、あまり昔話をしない。

アシタバは静かに、彼女の呟きを受け止める。


「原因は私の生まれにあるのは分かっていた。

 でもどうしようもないものに、何年も固執して、私を疎んで。

 正直、いなくなって欲しいと思ったこともあって。

 その次には、あぁ、私がいなくなればいいんだってよく思った。


 でもね、違ったんだ。それはどっちも最善じゃなかった。

 斑の一族の里の………キリの気持ちが、今ならよく分かるよ」


ローレンティアがアシタバと目を合わせる。その頬には涙が伝っていた。


「私は、変わって欲しかったんだ。

 私が変われたから向こうも変わってくれるんじゃないかって思ってた。

 今更家族の関係を求めてはいないけど………。

 今までよりもうちょっと、良い関係になれるんじゃないかって、期待してたんだ」


「………………あぁ」


「でももう……………できないんだね。

 お父さんは死んじゃった。もう………………」



アシタバは、【自由騎士】スイカのことを思い出す。


谷の国(シスク)の王城が、彼女との今生の別れだった。

彼女は死を覚悟してアシタバを逃がした。

今となっては彼女に、感謝も何も伝えられない。


人はいつか死ぬ。

それはいつの時代も変わらない。逃れられない、だからこそ。


だからこそ。



「俺も淫夢サキュバスにスイカを殺された。

 だから分かる、なんて、気安い気もするが………。

 俺が思ったのは、もうあんな思いはごめんだって事だ。

 ああいう人を、二度とあんな目に遭わせない。そう決意して………勇気が湧く」


ローレンティアの手を握った。時代は彼らを待たない。

だから、時代と共に駆ける者達にこそ光は差す。


「俺もいるよ。みんなもいる。言っただろう。味方になるって。


 きっと新しい時代がやってくる。

 ティア。一緒に挑もう。一緒に、守ろう」 



一年前、銀の団が発足した。

成長したローレンティアは同じように馬車に揺られ。

そして銀の団が二年目を迎える、魔王城へと向かう。


三年前、勇者が魔王を倒した。

時代は三年の助走を終え。



ようやく“暁の時代”が、暴れ出す。




十六章二十三話 『暁の時代』

第十六章 了

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― 新着の感想 ―
[一言] こうも荒れてくるとさ、勇者パーティの2人は普通にタトゥー付きと戦ってるけど勇者はぜんせ行動しないよね。魔物がいていろんな人が犠牲になってもいいから人同士の争いだけは避けたい…とかぁ?魔王討伐…
[一言] 第十六章完結おめでとうございます。 これまでの苦難を乗り越えて、やっとローレンティアが世界に認めら始めた感じがありますね。 三~四章の頃に見つけて、更新がある度に楽しく読ませていただいてい…
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