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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十六章 跳ね月、王族会議編
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十六章十話 『次代の王達(前)』

「あら、アシタバさんじゃない」


「あぁ………確か円卓会議の、シャルルアルバネルさん」


王下舞踏会クラウンサークルの途中、アシタバがバルコニーに避難してくると、手すりにもたれ外の景色を眺めていた砂の国(ランサイズ)代表シャルルアルバネルの姿があった。

隣には執事ラングワートも一緒だ。


「あなた、入場組だった?」


「いや、アサツキの付き人役でな。急遽抜擢だ」


「ふぅん、で、あなたも歓談がお嫌いで逃げてきたの?アサツキさんは?」


「ああ、アサツキの奴はまだ色々と喋ってるみたいだが、俺はどうにも苦手でな」


「………付き人役が主人を置いてきたわけ?」


呑気に伸びをするアシタバをシャルルアルバネルは呆れ顔で見る。

一度、ウォーウルフ論争でアシタバが円卓会議入りをした時に顔を合わせたぐらいの二人だが、シャルアルバネルは報告書上で、アシタバはローレンティアからの話でお互いをよく知っていた。


「ま、元々付き人の予定じゃなかったし大丈夫だろう。

 ティアもよくやってるみたいだし、キリやエリスもいる」


アシタバはバルコニーから、外の景色を眺めることにする。

バノーヴェン城より二百メートル程遠ざかると、豊かな森が茂っていた。

それより手前には、城を中心に半円状に、各国の騎士団が並ぶ。


(オオバコの赤毛は分かりやすいな)


近くにはコンフィダンス達の姿も見える。

本来であればアシタバも、あそこの一員になっていたのだろう。


「ねぇ、暇なんでしょう。暇つぶしの相手になりなさいよ」


「元王女様の相手は難しくないか?」


「私からの一方的な質問で構わない。

 ね、あなたはローレンティアの騎士になりたいとかは思わないの?」


「騎士に……?俺は探検家だ」


「魔物、減ってきてるんでしょ?転職活動を考えてもいいじゃない。

 あなたの実績と本人との関係なら、望めばなれるわ。

 王家の騎士に仕官できるなんて、本来はなかなか出来ないことよ?

 ま、銀の団の団長っていうのがこの先も安泰かは一考の余地ありだけど……」


急に騎士への転職を進めてきた自分にアシタバが胡散臭い顔を向けるだけと分かると、シャルルアルバネルはため息をついて、少し論調を変える。


「正直に言うとね、今のうちに優秀な駒を揃えておきたいって思いはあるのよ」


「駒」


現実的な言葉を出してきたな、とアシタバは身構える。


「もう国家間の人材リソースの取り合いは始まってるってことよ。

 私は、ローレンティアを支持するっていうのはもう宣言しちゃったから。

 後はあいつに、出来る限り優秀な人材が募って欲しい」


「取り合いって………気が早いんじゃないか?」


「何を言ってるのよ。先月波の国(セージュ)が、教会と剣の国(バルムンク)に唾つけたばかりでしょうが」


指摘されてあぁ、とアシタバは理解する。確かに。


「私達砂の国(ランサイズ)も含めて、今の魔王城に人材が集まり過ぎているのはあまり喜ばしくないのよね。

 今は一人欠けてしまったけれど、五英雄が三人。勇者本人。それなりの魔道士や探検家……。

 全ての国が、後腐れなく魔王城と銀の団の人材を手中に出来たら、と夢見ているわ。

 それが策略となって、今回の王族会議で銀の団に何らかの介入が入る、なんてことも十分あるかも。

 例えば、団長ローレンティアの罷免とか」


「罷免…………」


「ま、あれだけの成果を収めた上に守りの要にもなれる彼女を、今のタイミングで移すとは考えにくいけどね。

 ただあなたに聞きたいのは………例えばローレンティアが祖国に帰ることになった場合、あなたは彼女に着いていくの?

 それが、騎士になるか、という話なのだけれど」


「…………………………」


包み隠さずアシタバの本心を言えば、“そんな事は考えたことがない”だった。

アシタバは、魔物の為に魔王城に来た。妹が許される未来を創るために魔王城に来た。

けれど、ローレンティアが魔王城を離れるとなったら、どうするのだろう。


即答を出来ないことが、1つの答えだった。


昔のアシタバならば、魔王城に残る以外にあり得ない。

個としての感情を排し、人類や魔物全体の効率を考えるならば、彼には魔王城を離れる選択肢などない。


けれど、迷った。



「――――――離れた時にどうするかは、ちょっと分からない。

 でも、騎士になるっていうのはちょっと違う気がする」


「ふぅん、そうなの?」


それが、身分違いの二人が生涯を共にできる、数少ない選択肢なのよ。

とは、今はシャルルアルバネルは言わないことにした。


「ま、いいわ。ほんの興味本位の質問だったからね。

 ただそうね、後学のためにあなた、次代の王達を知っておく気はない?」


「次代の王達?」


「そう。王下舞踏会クラウンサークルは若い世代の社交場よ。

 各国の王子王女も揃う……次の王達が勢揃いする。

 彼らに媚びを売る場所と言い切ってしまってもいいし、やがて国を率いる彼らという人物を知るための場所でもある。

 ローレンティアがこのまま魔王城の王になるかは分からないけど………順当にいけば、彼らと肩を並べるんでしょうね」


肩を並べる。それはつまり、ライバルということだろうか。

アシタバは、政治をよくは知らない。

だからローレンティアの苦難も理解が出来ないままだ。

一瞬、谷の国(シスク)の王女だと告げられた時の、スイカの姿を思い出した。


「………………教えてくれるならお願いしたい。

 騎士になるとは言えないが……ティアの力にはなりたいと思っている」


「いいわ。一回しか言わないから集中して覚えなさい。

 まず――――――」



 


 



「そんな、まさか………………」


窓際、ローレンティアの卓の周囲では、先程までとは少し違うざわめきが起きていた。


「はっはっは、なかなか練習をしてきたようじゃないか。

 見違えたぞ、ローレンティアよ」


王位第八席ローレンティア、対、王位第三席ティノローズ。

橋の国(ベルサール)の王族同士の軍棋タクティカ戦は、ローレンティアの完敗だった。


「お前は昔から、部屋に籠りたがる(・・・・・・・・)きらいがあったからな。

 守り偏重の思考が打ち筋にも出ていたぞ。

 魔王城でもまれても引き篭もり癖は治らんか?」


ローレンティアがそうなった経緯も全て知って、その言葉を吐いてくるのだ。

隠さない皮肉に、周囲の公子達も気まずい沈黙に沈むしかなった。



橋の国(ベルサール)第一王子、ティノローズ。


銀の髪を持って生まれたローレンティアへの接し方を、国王や王妃は息子たちに指示したわけではない。

彼女に向けられる嫌悪は、自然とそうなっていった。

誰がその雰囲気を形成したかと言えば、第一王子であるティノローズに他ならない。


第二王子セトクレアセアが王宮ですれ違う際、無感情にローレンティアを見つめたのなら、第一王子ティノローズは見下し疎んじる目つきを隠そうとすらしなかった。

良くも悪くも第一王子としてのプライドを身に付け、正当なままに王家に仇為すものを疎んじる。

自信家で独善的。彼の前ではローレンティアは、居場所を認めてもらえない。



長兄を前にして、自分の打ち筋が強張ったのが分かった。

ブーゲンビレア卿から受けた教えの幾つかが零れてしまった。

授かったものを十全に振るえなかったのが、純粋に悔しい。


「まぁしかし、お前の魔王城での活躍は聞いている。

 橋の国(ベルサール)にいた時とは月とスッポンではないか。

 あの魔物どもの都でこそお前の呪いは陽の目を浴びるのかもしれんなぁ」


「――――――ローレンティア様」


王族の兄妹の会話に割り込む、冷静な声が1つ。

このピリピリとした雰囲気では、余程の胆力がなければできないだろう。

発言者……使用人エリスはローレンティアの隣に立つと、腰をかがめた。


「よほど、ティノローズ様との軍棋タクティカ勝負に熱中されたのですね……。

 服の袖口が乱れておいでです。直しますので、少々お待ちください」


そう言ってドレスの袖を整えながら、彼女の目はローレンティアの目を見ていた。

落ち着いて。分かっている。

祖国では俯いて、境遇に耐えてばかりで。

魔王城でレッドモラード王子やリンドウ王子と対面した時は、怒ってしまった。

政治の基本だ。まずは自分の感情を制御コントロールする。


公子ヘリオトロープが軍棋タクティカは対話だと言ったように、この一局を通してローレンティアは確かに、ティノローズという人物を見た。


「…………部下の躾はあまり出来ていないようだな」


ティノローズが鬱陶しそうに、ローレンティアの隣に立つキリを見る。

もはや隠すこともなく、ティノローズに向け刃の殺意を発していた。

彼も動じず、どこか楽しむ余裕さえ見せてその目を受ける。



表の印象よりも、ずっと冷静で狡猾な男だ。


一見すると軽い手を打ってくる。その駒を素直に取ると、裏に仕掛けられていた策略に絡めとられて大きな損失を負う。

釣り出しの打ち筋だ。守り重視の打ち手にこそ生きる戦法。


先程から投げかけてくる言葉も、恐らくは挑発なのだろう。

ウォーウルフ論争の際、魔王城に来たリンドウ王子に同じことをされたから分かる。

無視をするならその境界を。激怒するならその揺れ方を。蹲るなら、昔と何も変わっていないということを。

揺さぶり、底を露呈させてローレンティアという人物を量る、それはティノローズなりの手段だ。


「どうしたローレンティア…………あぁ、ドレスを着るのも随分と久しぶりだものな。

 社交界での礼儀は身に付けたのか?あまりこちらに恥をかかせるなよ」


だからローレンティアは、全く心を揺らさないことを選択する。


「はいお兄様、ご心配なさらず。銀の団で友人に一通り習いましたので」


事実、社交界経験皆無のローレンティアの所作はまだ、この王下舞踏会クラウンサークルで悪目立ちしていない。

冬休みの間、砂の国(ランサイズ)代表シャルルアルバネルに作法の稽古をつけてもらった成果だ。

臆せず、昂らず、静かに真っすぐな目を返してくる彼女をティノローズはつまらなそうに観察し。


「兄上。こんなところで何を戯れていらっしゃるのです」


背後からの声にティノローズが振り返ると、そこには橋の国(ベルサール)第二王子セトクレアセアが、仏頂面で立っていた。


「おぉ、セト。どうだ、舞踏会は楽しんでいるか」


「えぇ。それより兄上、あまり我らの兄弟関係で波風を立てるのは控えて下さい。

 ローレンティアとは、後に父上と会う段取りだったでしょう」


「はは、なぁに、その前に妹の変わり具合を見ておこうとな」


金髪の二人の兄の会話を、ローレンティアはおどおどと見守る。

“ローレンティアの味方ではない”という立場上、表立って味方の動きはしないのだろうが、セトクレアセアの登場は彼女を大分安心させた。


「風評というものがあります。ただでさえローレンティアは注目人物なのですから。

 対局が終わったなら一緒に来てください。

 あちらでガイラルディア王弟が話をしたいとのことです」


「ふぅむ、ま、お開きといった頃合いか」


ずんとティノローズが椅子から立ち上がると、その体格の大きさと見下す視線がより顕著になる。

ローレンティアは平静なまま、動じない瞳でそれを見上げた。


「戯れは、お前とは初めてだったな。なかなか面白かった。

 後で父上とまた来る。それまであまり騒がしくするなよ、ローレンティア。


 あぁ、それから…………なかなか逞しくなったな、とは言っておこう」


「………はい。対局ありがとうございました、お兄様」







「――――橋の国(ベルサール)第一王子ティノローズ。

 ローレンティアの兄にして次期橋の国(ベルサール)国王。

 ま、最も障害になるというならこいつでしょうね」


バルコニーで、シャルルアルバネルはアシタバへ説明を続ける。


「固い守りと攻めどころを逃さない嗅覚が厄介な印象………。

 祖国では呪いの件で不評なローレンティアと違い、戦時中魔王軍との戦線に赴いて戦っていただけあって、国民からは勇猛な王子として人気が高いわ。

 ま、私に言わせればライラックが黒砦で集中攻撃を受けている間に、残りかすの魔物を倒していただけに過ぎないけどね。


 それでも第二王子セトクレアセアを始め、下の王子・王女達をきっちり押さえつけているんだから、抜け目ない男なのは確か。

 呪い系統の話を全く認めないのも輪をかけて厄介。

 ローレンティアと祖国との関係を考えるなら、避けては通れない存在よ」


「……………成程」


白銀祭の三日目に、セトクレアセアは第一王子を抜いて自分が王になるという野望を告げた。

彼とローレンティアにとっての敵。








「………………何事もなかったようで、良かったですね」


ローレンティアの卓と少し離れたところで、さっきまで自国の公女と話していたセレスティアルの目はローレンティアに釘付けだった。

彼女の心配を落ち着かせるよう、隣に立つ大魔導士メローネが囁く。


「えぇ、フォロー入り損ねたけど………心配ないみたい」


ティノローズが離れても、ローレンティアは立ち振る舞いを崩さないままだ。

儚げに目を伏せて駒を並べ直す姿はどこから、魅入るほどに美しい。

付き人の役の【蒼剣】のグラジオラスは安堵のため息をついて、フロアを見回した。


「しかし、先程の緊張感は思ったより広く伝播したみたいですね。

 軍棋タクティカを打つあいつに、多くの者が意識を向け始めた」


言われてセレスティアルもフロアを見る。



日の国(ラグド)第一王子リンドウは遠く、影際で不敵に微笑み、付き人と言葉を交わしながらローレンティアを観察していた。

森の国(スレイアード)第一王女ジーンバーナーは顔の前で両手を合わせ、駒を並べる姿に目をキラキラさせている。

鉄の国(カノン)第一王子ブラックベリーは顎に手を当て、煽りに耐えた彼女の振る舞いをにやにやと見守り。

河の国(マンチェスター)第一王子ラークスパーは公子達と話をしながら、時折鋭い目線をローレンティアへ刺す。

波の国(セージュ)王弟ガイラルディアはティノローズ、セトクレアセアの両王子を出迎えながら、一山を超えたローレンティアへアイコンタクトを送っていた。


そしてティノローズの抜けたローレンティアの対面、先程の緊張感で座りづらい雰囲気のその席へは、砂の国(ランサイズ)書記ストックが腰を下ろした。


「初めまして、ローレンティア王女。まだ対局は取り持ってもらえるので?」


「え?…………は、はい、大丈夫です」


ストックはわくわくと面白そうな目で、対面のローレンティアを観察する。

勿論、月の国(マーテルワイト)第一王女、セレスティアルも含めて―――――。



次代の王達が、ローレンティアを捉え始めた。






十六章十話 『次代の王達(前)』

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