十六章一話 『人類最高位の決定機関』
王族会議。
二百年以上の歴史を持つ、各国の王達が集う議論の場。
“人類最高位の決定機関”と称されるその会議での決定は、強い影響力を持ち世界に波及される。
その前身はまだ人が人と争っていた時代、調停のために存在した機関だとされる。
それが、魔王軍が勢力を増せば彼らに対する共同戦線を協議する機関として変わり。
前回銀の団発足を決議したように、今は戦後処理の役割が強い。
そして、銀の団発足から一年を経て開催される今回は、専ら魔物のことが議題となるだろう。
先月、クラーケン討伐作戦。
海の朱紋付き、クラーケンの討伐。そして剣の国を国扱いした、波の国と河の国の政治問題。
結び月、メドゥーサ撤退戦。
人類の前に姿を現した魔王軍の残党、知性魔物の朱紋付き集団、門番。
英雄トウガの離脱。明らかになった砂の革命での魔物達の暗躍。
舞い月、白銀祭。
鉄の国レッドモラード第三王子の暴走。国家間の軍事衝突。
未だ日の国で投獄されているレッドモラードの扱い。
そして裏で糸を引いていた門番、淫夢。
そしてそれ以外の、魔物と銀の団との話。
スライムシートの採用。樹人の農業活用。人魂の鍛冶利用。
ウォーウルフ達の共存、前線警備兵化の話。
議題の中心は間違いなく、銀の団となる。
「さて――――今年の王族会議は月の国のバノーヴェン城で開催されるそうです。
日の国との国境にある、荘厳と名高い名城ですね。
設営側の月の国からは、銀の団よりの参加者名簿の提出が求められています。
入場制限というやつですね。この度はその参加者を議題にしたく」
魔王城では、クラーケン討伐作戦で延期していた歩み月分の円卓会議が開かれていた。
秘書ユズリハが前口上を終えると、日の国ゼブラグラスが退屈そうに呟く。
「ま、月の国まで馬車旅だ、護衛もそれなりに帯同しなくてはな」
「はい。バノーヴェン城へ入場可能な方は、二種に限られるとのことです。
1、貴族以上の爵位を持つ方。ただし、単に貴族なら可と言うわけではないそうですね。
ある程度の政治力を持った名家のみしか、通常は許されません」
「王下舞踏会目当てで行きたがる貴族多いもんね~~。
有力者に会い放題だし~~」
「……………王下舞踏会?」
森の国ベルガモットの耳慣れない言葉に、ローレンティアがはてなを浮かべる。
いつも通り、隣の橋の国アサツキがフォローに回った。
「王族会議は、各国の国王や王妃が集まり議論をするわけですが………。
会議中、王子や王女、有力公子・公女たちの社交会が開かれるのです。
それが王下舞踏会……他国の有力者にコネクションを作るには絶好の機会。
あぁ、心配なく。戦時中の自粛ムードの名残で、もう舞踏は致しませんので」
蒼褪めかけたローレンティアを察して、慌ててアサツキが言葉を付け足し。
その様子を見てほっほ、と月の国ブーゲンビレアが笑い声を上げる。
「儂も若い時は参加したものですがな。
王族会議がトップ達の牽制し合いの場なら、王下舞踏会は若い世代の根回しの場じゃ。
なに、“ブーゲンビレア卿に軍棋を習った”団長殿なら心配ありません」
そうなのだろうか。不安が残ったままのローレンティアを置いて、秘書ユズリハは続きを語る。
「もう1つ、何らかの役割を認められた方も入場可能となっています。
王下舞踏会では王族は二人、貴族は一人、付き人の帯同が認められています。
護衛か、使用人かですね。他に、城内には入場できませんが、旅の同伴として護衛役、世話役が城付近までの接近を許可される、とのことです」
「う~~~ん、儂としちゃ涎が出る程の有力者揃い、何とか入りたいもんやけどなぁ。
商売っ気出せるところでもなさそうやし」
根っからの商人、工匠部隊隊長エゴノキは悔しそうな声を出す。
「ええ、失礼ながらエゴノキ様とクレソン様は参加が難しいでしょう。
ツワブキ様とローレンティア様、そして【黒騎士】ライラック様は、既に王族会議側より参加を要請されています。
つまり残るは、各国代表の八名の方々。有力貴族でなければ参加は難しい、という話でしたが、銀の団で国の代表を担っている皆様であればその問題もありません。もし望まれるのなら参加は許可されます。
そして皆様が必要と判断した護衛役と、世話役の方。それが銀の団の、王族会議参加者となります」
「私は参加させてもらう」
開口一番、橋の国アサツキが参加を表明した。
その表情は至って真剣、上を目指す彼ならばその判断は当然とも言える。
「橋の国代表アサツキ。付き人としてナタネを連れていく。
私のもう一人の使用人、ジャコウも護衛として帯同させたい。
城内には入れなくていい。構わないだろうか」
「ええ、構いませんよ。アサツキ様は参加ですね」
秘書ユズリハが、手元の名簿に名前を記していく。
「申し訳ないが、儂は不参加でお願いする。
王女殿下にお目にかかれないのは心苦しいが………。
この寒空の中の移動は、老体にはきつくてな」
月の国ブーゲンビレアは不参加を表明し。
「わたしもー、いかな~い。ああいう堅苦しい場は苦手だわ~」
森の国ベルガモットも気怠そうに賛同する。
「あら、私は行くわよ。まさか王族を降ろされたんだから参加資格がないなんて言わないわよね?
付き人は使用人ラングワートで」
砂の国シャルルアルバネルは対して、参加の意欲を示し。
「………私は遠慮する。あまり得るものがなさそうなのでな」
日の国ゼブラグラスは不参加に回った。
「僕は行くよ。参加する。デルフィニウムを帯同させたい」
少し、一同を驚かせたのは波の国ウォーターコインだ。
円卓会議の何人かは、彼の姿勢が変わっていることに気付いていた。
「…………僕も参加する。王族たちの雰囲気を出来れば掴みたい。
付き人はグロメラータ。手配の方、よろしくお願いします」
続く河の国ワトソニアの決断も、意外に思った事だろう。
珍しく先行する二人に、いつも先陣を切っていた鉄の国グリーンピースは面食らってしまう。
「な…………わ、私も参加する!付き人は騎士アグロステンマだ!
ふん、我らの威信を示してやらねばなるまい!」
八人が意見を出し終えると、秘書ユズリハは眼鏡を持ち上げた。
「なるほど、分かりました。では参加者は、団長ローレンティア様。
橋の国代表アサツキ様。砂の国代表シャルルアルバネル様。波の国ウォーターコイン様。
河の国ワトソニア様。鉄の国グリーンピース様で宜しいですね?
ローレンティア様は城内に二名の付き人帯同が許可されますが、どなたになされますか?」
「…………エリスとキリで」
幼少期から彼女を支えた使用人エリス。
そして彼女の騎士となったキリを、ローレンティアは指名する。
「はい、ありがとうございます。
後は、城内に入らない同伴、護衛役と世話役の選出ですが……。
世話役の方は私で選出させて頂いても宜しいでしょうか。
そして護衛役は、申し訳ありませんがツワブキ様、選定をお願いしたく」
「ま、戦闘部隊隊長の俺の役目だわな。
過去の王族会議の詳細は聞いてるが、あんま大勢で行くと恥みてぇだし……。
精鋭を選抜しとくわ」
クラーケン討伐作戦の顛末を共有した後は、歩み月分の円卓会議は呆気なく終わった。
全員が理解をしていたからだ。今何か議論をしていてもしょうがない。
忙しくなるのは、王族会議の後。
王族会議が下した決定を銀の団がどうするかが、きっと大きな議題になる。
「―――――いい香りになってきました。火加減を覚えてきましたか?
あとはもう少し、茶葉の分量に繊細になれるといいですね」
同刻、ローレンティアの館。
使用人エリスは主が円卓会議に出席している間、ゆっくりと紅茶を嗜んでいた。
褒めの言葉に、それを淹れた【道楽王女】のナズナは顔を綻ばせる。
バレンツ港で取り持っていたエリスとナズナの使用人修業は、魔王城に帰ってきてもまだ続いていた。
一人の職人にある程度付いて、それなりの技術が付けばお暇を宣言するナズナが、使用人修業に限っては長続きだ。
何か思うところがあるのだろうか……エリスは少しばかりの期待と共に、ナズナへの指導を継続する。
「そういえば………ナズナさん、あなた王族会議についてくる気はない?」
「お、王族会議………!?」
突拍子のないエリスの提案に、思わずナズナは後ずさってしまう。
この世界のトップ達の集まり……ナズナには過分に重い話だ。
「どうしてあたしが!?」
「いえ、前に一度行った経験から言うと、会議の地に行くまでの旅が結構大変で。
それなりの礼装をしながら、魔王城から月の国まで。
サポートがあると嬉しいのですよ。あなたの織子班仕込みのスキルは心強い。
もっとも、城内には入れないかもしれませんが」
「は、入れない方がほっとするといいますか!」
「ふむ。何も強制をする気はありませんが。
滅多にない機会です。次はかなり難しいかもしれません。
興味があるなら、私からユズリハさんに推薦しておきますが…………」
「う~~ん………………………」
それはつまり、ローレンティアの使用人という道をナズナがどう見ているかということだ。
ナズナは悩み、クラーケン討伐作戦のローレンティアの姿を思い出して。
「じゃ、じゃあ………あたしなんかで迷惑にならないなら………」
と、ひとまずの返答をするのだった。
かくして、跳ね月中旬に銀の団から月の国へ参加者名簿が提出される。
参加者、三十八名。
貴族以上の位を有する代表者たち。
橋の国、団長ローレンティア。
付き人、使用人エリス、騎士キリ。
橋の国、代表貴族アサツキ。
その妻、スノーフレーク。付き人、使用人ナタネ。
砂の国、代表シャルルアルバネル。
付き人、使用人ラングワート。
波の国、代表ウォーターコイン。
付き人、使用人デルフィニウム。
河の国、代表ワトソニア。
付き人、使用人グロメラータ。
鉄の国、代表グリーンピース。
付き人、騎士アグロステンマ。
王族会議よりの招聘者。
【凱旋】のツワブキ。【黒騎士】ライラック。その妻ビスカリア。
同伴、世話役。
秘書ユズリハ。
仕立て人ハゴロモ。
理髪師マダム・カンザシ。
装飾職人フウリン、スズラン。
【道楽王女】ナズナ。
馬丁カラクサ。
同伴、護衛役。
ツワブキ班、探検家【隻眼】のディル。
ツワブキ班、騎士【狼騎士】レネゲード。
トウガ班、傭兵ヨウマ
トウガ班、傭兵ヤクモ。
トウガ班、魔道士ユーフォルビア。
アシタバ班、戦士オオバコ。
アシタバ班、探検家【魔物喰い】のアシタバ。
ライラック班、騎士【鷹の目】のジンダイ。
ライラック班、騎士【革命家】コンフィダンス。
ライラック班、騎士“音楽隊”マルギナタ。
ライラック班、騎士“音楽隊”ディスコロール。
ライラック班、騎士“音楽隊”バルーンバイン。
ライラック班、魔道士アルストロメリア。
アサツキの使用人、ジャコウ。
以上の者が、戦後二回目の開催となる王族会議の地へと足を踏み入れることとなる。
十六章一話 『人類最高位の決定機関』