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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十五章 歩み月、クラーケン討伐作戦編
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十五章二十九話 『次なる時代の足音(前)』

歩み月、波の国(セージュ)の海に君臨する朱紋付き(タトゥー)、クラーケンの討伐作戦が実行された。


海の魔物に真正面から挑み、そして多くの勢力の連合軍で挑んだその作戦は独自色が強く、後世の史書でも多く記録されている。

作戦の最後の攻撃は、ベニシダ海賊団船長、【荒波】のベニシダが飾ったとされる。

彼女の究極魔法アルテマに貫かれたクラーケンは、徐々にその攻撃を弱めていった。

やがて完全に鎮静化すると、クラーケンはそのまま海深くへ沈んでいく。

【凱旋】のツワブキらはそれ以上の追撃は危険と判断、水中戦を切り上げ。

魚人フィッシャーマン達もクラーケンがいなくなったのを見ると、船から退いていく。


王弟ガイラルディアは、沈みかけの偵察船の救助活動完了を確認すると、バレンツ港への帰港を指示。

つまりは事実上の、“クラーケン討伐作戦”の終結が宣言されることとなる。



作戦後世界各国に届けられた報告書は、王宮で、街で、酒場で、多くの人の関心を惹きつけた。

結び月、【刻剣】のトウガが離脱したメドゥーサ撤退戦以来の、しかも長年海に君臨し続けた知名度の高い朱紋付き(タトゥー)、クラーケンとの一戦だ。

しかも勇者一行が一人と五英雄が二人参加、オールスターとも言える布陣の戦いに、普段は世事に疎い者も結末を知りたがった。


まず朱紋付き(タトゥー)相手に、戦死者・重傷者無しという結果は、多くの者を驚かせた。

後世の評価では、戦力の集結した大帆船がライトアップによってクラーケン・魚人フィッシャーマンの注意をしっかりと引き付けたことが大きかったと指摘されている。

加えて、魚人フィッシャーマンとの戦闘経験の豊富な波の国(セージュ)の騎士と、堅牢な剣の国(バルムンク)の剣闘士が前線を隙間なく守り切ったこと。

勿論銀の団団長ローレンティアを始めとして、クラーケンの攻撃を完璧に防ぎ切ったのも大きな要因だ。


そして攻撃面。一度は不死身に見えた相手に対し、その正体を暴き、最後は英雄たちが一丸となって挑んだ作戦展開は、読む者を興奮させた。

ガイラルディアの愛する、冒険譚のような面白さ………事実後世で、この作戦を題材にした歌劇や小説が多く生まれることとなる。










「教団に……銀の団に………剣の国(バルムンク)ですか?

 いやはやこれは随分と思い切りましたねぇ……」


作戦が始動する前の話。

騎士団長センニチは、クラーケン討伐作戦の要領書類を見て呆れ声を上げた。


「各国がざわつきます……あぁ、隣国の河の国(マンチェスター)がなんていうか」


険悪ヘイトを買ってお釣りが来るから実行しようとしている。

 国王あにうえの許可も得た。それに元々、私はあの国の奴隷制度が嫌いだ」


ガイラルディアは教団との交渉、報奨金の計算に集中していた。


「跳ね月の王族会議を見据えた、河の国(マンチェスター)への足かけ。

 剣の国(バルムンク)の者達への、国としての支援。

 そして国未満の最大組織である、教会、銀の団との同盟の足掛かり。

 我らが国の海の平穏を回復し、貿易と戦後復興の加速―――。


 これらは、この作戦が生む副産物・・・だ」


この世界の王族の一人、高くから国を俯瞰する人物。

騎士団長センニチは、意味を掴みかねる。


「副産物?真の目的は他にあると?」


「ああ。結び月のメドゥーサ撤退戦……。

 我々は朱紋付き(タトゥー)たるメドゥーサを倒したが、英雄【刻剣】のトウガを失った。

 そして新たな敵、門番ゴルゴダの存在を知った。


 百年以上続いた人類と魔物の戦いは、残念ながらまだ続いている。

 メドゥーサ撤退戦がその残り火に過ぎないのか、これより先に巻き起こる第二陣の初戦なのかは分からないが………。

 がある。戦いがある。

 英雄を失った、今のムードの中でそれを迎えるわけにはいかない」


ガイラルディアは既に、次を見ていた。次の、人類と魔物達の戦争を。


「今のうちに、敵側の戦力を可能な限り削いでおくのも1つ。

 そして世界に蔓延する陰鬱なムードを吹き飛ばす風のような、吉報を生むのが1つ。

 人類の士気を上げる、それこそが我らが掴むべき成果。


 そしてもう1つ、これは私的な、私個人の夢になるが―――」









「―――クラーケンは生きていると思うか、ツワブキ殿」


大帆船は既に戦闘の熱が消え、バレンツ港への帰路を辿っていた。

大司祭オラージュの感知魔法がなくなった今、行きよりも見張りの騎士たちの集中は高い。

王弟ガイラルディアは甲板に立ち、クラーケンのいなくなった海を見ていた。


「さぁどうだろうな。打てる手は全て打った。これで無理ならどうやっても無理だぜ。

 それにクラーケンの全容を見たが……なんつーか膨らみ方が一点から始まってる感じはした。

 女王クラゲから放射状にな。始点が2つあるようには見えなかった。


 つまりはまぁ、言い切っちまってもいいんじゃねえの?クラーケン討ち取ったり、ってな」



純然たる事実はこの日以降、クラーケンによって沈められた船は一隻としてなかったことだ。

クラーケンの目撃報告はぱたりと途絶える。

ツワブキ達が見た、海の底に沈んでいく姿が、人類が見たクラーケンの最後になる。



「そう……か。やったのだな、我々は。とうとうあの海の怪物を討ち果たしたのだ」


己が生まれた時からずっと、故郷のこの海に蔓延り続けた魔物。

それが消えた。ようやく自由な海を手にした。


「くく、感激か?このご時世で特大の冒険だったわけだ。

 実際、後世に話が残るのは間違いないだろうしなぁ」


「いや、そうでははない、ツワブキ殿。私が感激するのは冒険や勲章ではない。

 門番ゴルゴダの登場で少し暗雲が掛かった世界に良い吉報を伝えられる。

 士気は大事だ。今回の戦果は人々の心を強く動かすだろう。

 そしてそれよりも―――次の時代に、平穏で自由な海を渡せること。

 それが私はたまらなく、誇らしいのだ」


この国で生まれた、この海と育った一人の男の言葉。

国の未来を、次の世代を慮る王族たる言葉。

ようやくツワブキはガイラルディアという人物を見た気がした。

この国の王族が一人、王位第三席。


「場を改めて、また何度も感謝を述べるとは思うが……。

 ツワブキ殿。私の夢に力を貸してくれたこと、礼を言わせてもらう。ありがとう」








大いなる魔物がいた、窮屈な海は終わった。

昔から存在していた朱紋付き(タトゥー)が消えると、それは次なる時代の前触れのように感じてしまう。


勇者一行や五英雄が参加した討伐作戦。

しかしクラーケンの未知を看破し作戦を立案したアシタバや、クラーケンの攻撃をすべて跳ねのけたローレンティアを始めとして、若い世代の活躍も決して霞みはしなかった。


大司祭オラージュは教会の若い世代を、【豪鬼】のバルカロールは奴隷仲間を、【荒波】のベニシダは孤独な女たちを守ろうと足掻いてきた。

届かなかったものもある。だがようやく時代は、彼らが戦時中から夢見ていた平穏を掴もうとしている。

そして、魔道士エーデルワイスが名乗りを上げたように―――。


次の世代も既に、準備を整えてきている。






「最後、お前が立候補した時は正直驚いたよ」


クラーケンとの夜戦の翌日。大帆船の昼下がり、オラージュはエーデルワイスに呟いた。

両親の墓の前で、手の合わせ方すら知らなかった彼女を覚えている。

その帰り道で、自己否定と罪の意識を吐露した小さな姿を覚えている。


「私の見誤りだったということかな。

 ついこの間まで魔法習いたての子供だと思っていたのに。

 いい加減私は守るとか、そういう意識から離れるべきかもしれない」


「は、はい!そ、その、私たちもお陰様でといいますか、そこそこ立派に成長できたんです。

 ……だからそれを、貴方を助けるために使いたいんです。

 私の銀の団の報酬も、教会に寄付しているんですよ。

 みんながそうすればきっと、オラージュ様の負担も減るって、そう思うんです!」


口調は相変わらずおどおどとしているが、最後の攻撃の援護を果たした顔つきはどこか堂々としていた。


ジリ貧(・・・)だと思っていたんだ。

まだ勇者一行になる前は、押し寄せる魔物の波はちっとも衰えやしなくって。

魔王を倒せるなんて、魔王軍との戦争が終わるなんて想像すらもできなかった。

先細りしていくしかない次の世代の未来を延命させることが、自分の使命なのだと思っていた。


「―――ふふ、あぁ、そうだな。甘えさせてもらおう。

 お前たちがどんな大人になるのか……未来が少し、楽しみになってきた」


四人だけで巨悪を打ち倒した冒険譚は終わった。

自分の荷物を預けられる者達が、彼女の背中にちゃんと着いてきていた。

次の時代の足音を、オラージュは聞いたような気がした。







【荒波】のベニシダは船首の先で、進行方向に広がる大海原を眺めていた。


「あたいらの船旅も、これが最後かもしれないねぇ」


「へ?」


後ろにいた彼女の部下、サンゴ、シンジュ、ニーレンベルギアのみならず、場に居合わせた波の国(セージュ)代表ウォーターコインも呆気に取られてしまう。


「……最後ですか?」


「不思議なもんか。あたいらの船は海の藻屑だ。

 今回の作戦の貢献で恩赦貰って釈放されて、どこかの商船に雇ってもらえりゃ御の字だがね。

 元は海賊なんだ、なかなか信頼は得にくいよ」


「が、ガイラルディア王弟にお願いをして斡旋をしてもらうとか……」


「ま、それが一番よさげな選択肢だ。頼みを聞いて貰えれば」


なんというかウォーターコインには、ベニシダの熱が引いたように感じられた。

クラーケンの討伐という復讐を果たしたからだろうか。




クラーケン討伐作戦中のウォーターコインは、船内に籠っているだけで終わってしまった。

王弟ガイラルディアが乗るからと、急遽乗った船でウォーターコインがやったことと言えば、ローレンティアが反らした触手が叩きつける海面、その波で揺られる船にしがみ付いていたぐらいで。


窓の外で、クラーケンや魚人フィッシャーマン達と戦う者達の姿は、遠くに感じられた。

戦場の張り詰めた雰囲気。剣を構える男たちの横顔。

月明かりに照らされる、巨大な朱紋付き(タトゥー)に立ち向かう様はどこか聖戦の絵画のようで。

その一角で、発光する雷の鞭を振るっていたベニシダの雄姿もしかと、ウォーターコインの瞼に残っている。


そしてやはり、自分の道はその絵へとは続いていなかった。

絵画のような美しき世界。きっとウォーターコインは、生に強く触れる者達にそれを見出す。

懐かしい、サンマ漁に駆け回っていた、あの日のベニシダ海賊団の情景も同じ。



「……それは少し、なんというか、寂しいですね」


「ま、なるようにしかならんさ。身を守る力はあるしね。

 それよかあたいは、あんたの方がまだ気がかりだけどねぇ。

 腐ってないかい。銀の団でやってけんのかい?」


「…………」


例えどちらだったとしても、それに明瞭に答えられるなら問題にはなっていないだろう。

ウォーターコインは口を噤み……しばらくの沈黙を破ったのは、第三者の呼び声だった。



「お、いたいた。探したぜ、ベニシダよ」


一同が振り向けば、【凱旋】のツワブキが手をぷらぷらとさせながら歩み寄ってくる。


「ありゃ、すまん、取込み中だったか……?あれだったら出直す」


「んーや、別に構わないさ。何か用かい?」


「あぁ、作戦中の言い合いみたいになったやつ、一応謝っておこうと思ってな。

 ぶっちゃけ俺は、自分が間違っていたとは今も思っちゃいねぇがな。

 作戦終わった以上、つまんねぇわだかまり残してもしょうがねぇ」


「は、なんだいそんなことかい。別に気にしちゃいないさ。

 あれはあたいらの私怨さ。元々の非がこっちにあるのは理解している」


「ふむ………」


ツワブキが少し、ベニシダ海賊団の四人を観察するように見た。否、見定めた。


「あんたらの海中戦、アシタバが褒めてたぜ。

 水中戦闘に特化した武器の振るい方を知ってるってな」


「わ、そりゃどうも!」


「他所様に褒められちゃったよ、シンジュ」


と、後ろにいたサンゴとシンジュが無邪気な声を上げる。


「んで、この作戦の後あんたらはどうするつもりなんだ?」


「あー、丁度今その話をしてたところさ。

 海賊業は終わり、海賊船もないし、どこかに雇ってもらえりゃってとこさね。

 つまりは今んとこプランなしさ」


「……分かった。じゃあベニシダ、今から2つ、俺が言うことを聞いて欲しい」


ツワブキが何か真剣な顔をするので、対するベニシダも、なんとなくウォーターコインもかしこまってしまう。


「1つ、王族会議は俺だけに、外部人材のスカウト、銀の団へ誘致する権限を認めている。

 俺を雇う交換条件として認めさせたもんだがな。

 事実上俺だけが、国家の枠組みに囚われず銀の団への新規入団者を決定できる。


 そしてもう1つ。俺たちは先々月、結び月のメドゥーサ撤退戦で【刻剣】のトウガを失った。

 戦場全体で役割として求められた水中戦に奴は挑み、そして水棲魔物の朱紋付き(タトゥー)人魚妃ローレライにやられたんだ。


 そこでだ、ベニシダ。そしてサンゴ、シンジュ、ニーレンベルギア。

 俺はお前たちを、銀の団へ勧誘したい」



十五章二十九話 『次なる時代の足音(前)』

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