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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十四章 昇り月、アシタバ過去編
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十四章二十三話 『知己』

「ティアは別に、アセロラのこと気にしないって言ってたでしょう?」


翌日の朝、屋上にはローレンティアではなくキリがやってきた。

わざとローレンティアと時間をずらした上で、それでもアシタバと一対一で話す必要があると思ったのだろう。


「ああ。ありがたいことだ。………キリは?その、いいのか?」


「魔物の血が流れているからアセロラが間違っている、なんて思うなら私は、迷いの森で殺し屋として死ぬべきだった」


キリがアシタバを見つめる。ハルピュイア迎撃戦の後の解体作業ではよく一緒にいた二人だ。

ローレンティアよりも交流は深い。


「殺し屋から変われるって、変わっていいって思えたから私はここにいる。

 正直、純粋な人間でも人を殺してきた私の方が悪いかもしれない」


「それは…………」


「ごめんなさい、今のは余計だったわね。

 とにかく、魔物との混種ハーフだからって、私が何かを変えることはない。それは本当よ」


「……………わかった。キリ、ありがとう」


安堵をする。

谷の国(シスク)からずっと抱えてきた孤独が、解かれていく感覚。

自分以外の誰かが、妹が存在する正しさを認めてくれると、今までは想像できなかった。


「自分の生まれについて、アセロラはもう知っているのよね?」


「ああ、正確には伝えてないが、魔物との混種ハーフってことは理解している」


「そう……………」


キリが少し言い淀む。彼女にしては珍しく、言葉を選ぶ間があった。


「枯れ月の、ウォーウルフの件の時に、アセロラと喧嘩していたでしょう。

 迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーやウォーウルフに傾くあなたに、魔物に肩入れするあなたにすごい怒ってた。

 でもあの子に魔物の血が流れているのだとしたら、それは自己嫌悪の範疇になると思う」


「……………………」


キリの言っていることは正しい。アシタバも理解をしていた。

アセロラは、アシタバが魔物に肩入れするのを嫌う。

魔王のいなくなったこの時代に、魔物なんかいない方がいいとも断言している。


それはきっと、自分も含めてしまっている。


アシタバはその部分に深く向き合おうとしたことはなかった。

けれどアセロラの中に、魔物の血に基づく自己否定と、兄をこうしてしまったという自責の念が確かに在ることを知っている。


「オオバコとは、あれから話したの?」


「……………いや。うまく話せなくて…………」


「……………そう」


オオバコの事情が、自分ほど簡単にいかないのはキリも理解をしていた。

彼がどちらの答えを出すにせよ、時間が必要だ。








「…………成程。サキュバスとデュラハン………。

 朱紋付き(タトゥー)が二体も絡んでやがったのか」


過去、ツワブキと再会した日の、クロサンドラの酒場。

アシタバが谷の国(シスク)での顛末を語り終えると、ツワブキは深く息を吐いた。



思っていたより、ずっと悪い。

人に化け、民衆を唆し、自滅に追い込む知性魔物の朱紋付き(タトゥー)

下手に流布すれば余計な混乱を招くだろう。

真面目に忠告したとして、王族の奴らが真剣に備えるだろうか。


そして、あのスイカが太刀打ちできなかったクラスの魔物、デュラハン。


魔物の進化は日進月歩、複雑に、多様に広がったそれに、探検家であるツワブキは驚かされるばかりだが。

今回の二体の朱紋付き(タトゥー)、その進化の到達点がかなり厄介だということは、存分に理解していた。


「………………まあお前も、お疲れさんだ。大変だったろう」


考え事は一旦やめ、ツワブキは語りを終えたアシタバに目を移す。

その目は酒場のテーブルに落とされており、無表情だ。

話した出来事が、スイカを失ったことが、彼の中に黒い渦を生んでいる。


「アシタバ。復讐とか考えているならやめとけよ。

 そういうやつは大体早死にするもんだ」


アシタバの沈んだ目がツワブキに向けられる。

話す内に思い出したのだろう、憂いと炎が見て取れた。


「………ツワブキは、なんとも思わないのか?」


「思うさ。だが感情に囚われて行動を起こすのは探検家じゃねえ。

 その辺はあいつを埋葬するときに整理してきたしな。

 ま、俺もこの歳だ、それなりに別れってもんを経験してきたのもあるが………」


少し、ツワブキの言葉には嘘があった。

スイカの死。長年の付き合いだったこともある。

彼も這い上る炎を抑える側で、だからこそ若いアシタバにそれを見せるわけにはいかなかった。


「憎いか、アシタバよ。

 魔物たちに復讐でも考えていやがんのか?」


ツワブキの目は、会話より観察に徹した。

魔物に家族や故郷を奪われた者が魔物を憎む。

この時代、何ら珍しくはない話だ。


机に置かれたアシタバの手は、握られることはなく指の伸びたまま。

顔を上げ、そして何も揺れていない目がツワブキに向けられた。


「憎くない………といえば嘘になるだろう。

 スイカを殺したデュラハンや、国中を扇動してスイカを追い詰めたサキュバスを、俺はきっと許すことはできない。

 だけど、魔物に復讐っていうのは違う」


予想外の冷静さ。その目は温度からは離れ。

そしてツワブキには異常に感じられた。


「魔物が憎くはない?」


そんなはずはない。アシタバは騎士になったことは知っている。

谷の国(シスク)の、魔王軍と戦う騎士だ。

毎日、アシタバは魔物との戦闘を潜り抜け、その中で多くの仲間を失った。

そしてスイカも。自分の国さえ奪われたのに。


「ああ。憎くはないよ。戦争は殺しあいだ。

 俺たちと魔物たちは対等に、互いの命を天秤にかけた。

 ただ結果として、俺たちが負けた。それだけだ」


顔を上げたアシタバが微笑んで、ツワブキは凍り付いた。

その顔には見覚えがあるからだ。


「あいつらも生きようとしただけだろう。

 俺はそれを、別に否定はしないよ。ただ立ち位置と向きが対面しただけだ」


探検家【凱旋】のツワブキは知っている。


今、その喪失を惜しまれている【自由騎士】スイカの巷のイメージは、聡明で孤高。

空を自由に飛び、卓越した剣技で強い魔物を屠り、そして美しい容姿と魔物の知識を併せ持っている。


ツワブキ以外に知っている者はいない。

【自由騎士】スイカが、探検家時代は魔物を敬愛していたことを。




天馬ペガサス、アーベキーナと共に旅をしていた彼女は、魔物だから、という線引きが他の者より薄かった。

彼女のスケッチブックには、魔物の生き物として生きる様が繊細に描写され、そこに邪悪といった記述は一切なかった。


谷の国(シスク)の騎士となった時に、スイカは己のその面を一切捨てた。

それでも確かにスイカは、目まぐるしい進化とそれ故の多様性を持つ魔物たちに、生物としての面白さを見出していた。

探検家でも、天馬騎士ペガサスナイトでも、ましてや王族でもない。

スイカの本質は、人と魔物が争うこの時代において異端な――――。


魔物に魅入られている“学者”だった。




「―――――アシタバ、魔物は敵だぜ。俺たちは戦争をしているんだ。

 否定をしないなんて言うなよ。あまりよくは見られないぜ」


忠告をしながらも、ツワブキは確信をした。スイカは無責任な人物ではない。

だから自分が育てる子供たちに、苦しみを伴うだろうその面は決して見せなかったはずだ。


それでも、伝染ってしまった。

スイカの平等主義………魔物への、敬愛が。



その後、ツワブキはディルとの探検家稼業にアシタバを誘ってみるが、断られる。

それはアシタバが、まだツワブキに見せるわけにはいかない幼いアセロラを抱えていたことに起因するが……。


ツワブキの心配を他所に、戦争の経験に基づく強さと、魔物に対する深い知識でアシタバは、一人っきりの探検家業をそつなくこなしていき。

そしてツワブキの心配通りに、アシタバの異端さは言い表せない近寄りがたさとなって彼を孤独のままにした。







「およ、よよよよーい。

 ほら、ユキフデ、こっちこい!肉だぞ肉!好きだろお前!」


夜通しの見張り番を終え、キリとの会話を終え、地下二階の自分の家の前に来てみれば、オオバコがクリンユキフデと戯れようと悪戦苦闘しているので唖然としてしまった。


「おら、よしよしよーし…………っておわぁ!!?

 アシタバ!?いるならいるって言え!!」


「何やってんだお前は」


見られたくなかったのか、オオバコは若干顔を赤らめながら持っていた肉をその辺に投げ捨てる。

クリンユキフデはまだ打ち解けていないのか、お座りの姿勢のままオオバコの姿を観察していた。


「……………遊んでんだよ。大型犬とな」


それだけでアシタバは、オオバコが言わんとしていることを理解した。

オオバコがすくっと立ち上がり、二人は久しぶりに向き合う。


「アシタバ。俺は未だに魔王軍ってもんが嫌いだ。

 兄貴はこの魔王城で命を落とした。けどな……………。

 おんなじくらい嫌だったのは、兄貴を持て囃す噂話だった。

 勇者の一行だと、大戦士だと祀り上げて、誰も兄貴の笑顔なんざ知りやしねえ。

 

 だから、気付いたんだよアシタバ。

 魔物の血が流れているからと、それだけでアセロラちゃんを倦厭するのは―――。

 それは、あいつらと変わんねえんだってな。

 んでもう、俺は十分知っているんだ。

 お前も、アセロラちゃんも、悪い奴じゃないってな」


澄んだ、精悍な顔つきは初めて会った時と変わらない。

ずっとアシタバと共にいた、オオバコという人物だった。


「…………悪かった、オオバコ。ずっと黙ってて。

 もっと早く打ち明けるべきだったと思ってる」


「事の大きさは理解している。お前が慎重を期すのも分かる。

 と、言いてえところだがな。正直、ちょっぴりショックだったぜ。

 俺は相棒、相棒っつって何も理解してなかった」


「それは俺が伝えなかったからだ」


「そう、お前も伝えなかった。俺も知らなかった。

 だからこれまでの俺たちは正直、相棒なんかとは程遠かったってわけだ」


アシタバは黙った。彼があえてそうしていたことだ。

秘密を抱えていたからこそ、誰からも距離を取って。

だからこそ、本当の相棒なんてものはできるはずがない。


「………オオバコは悪くない。悪いのは黙っていた俺の方だ。

 お前は本当に、何というか、頼もしかったよ。

 俺は人付き合いが上手くないから、お前の陽気さに助けられてさ。

 俺にないものをいっぱい持っていて、見習うことも沢山あった」


「それを言うなら俺だって。俺はお前を、すごい奴だと思ってたんだ。

 魔王城に来た時に、俺は戦い方も魔物のことも知らないガキだった。

 お前は、スライムシートや樹人トレント畑、皆が思いつかないようなことを実行してってよ。

 でもその裏で、お前が何を考えているかなんて知りもしなかった。


 俺が相棒、なんて言ってたのは、お前がほっとけなかったからなんだ。

 お前がどこか、俺の兄貴と似て見えるって話はしたっけな。

 だからお前が危なっかしい真似をするなら、止めなきゃいけないと思っていた。

 ………お前が本当にしたいことを聞かなかったのか、言われなかったのかは分からねえが。

 迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーでもアセロラちゃんの件でも、俺は真にお前の味方でいたわけじゃなかった。

 敵でいなかっただけで、お前のしたいことをきちんと理解すらしていなかったんだ」


オオバコはふうと息を吐き、目線をアシタバと合わせた。

その目は初めて見る。陽の気からは離れた、オオバコの真剣な目。


「俺はな、アシタバ、ビッグな男になりに来たんだ。

 この世には、真の戦士って存在があると思う。

 煌びやかな装飾のついた勇者譚なんかじゃねえ。

 本当の強さを持った、きっと兄貴のような男―――俺はそれになりたいんだ。


 お前の本当の願いを聞いて、俺も改めて言うよ。

 魔王軍は嫌いだ。でも俺のその理想や、お前を今まで見てきた俺の心が断言してるんだ。

 妹のために己が信念を貫こうとするお前は、決して間違ってないって。

 そしてアセロラちゃんも否定されるべきなんかじゃない。

 ただ、お前が心配だから、友達だから、敵にならなかった今までとは違う。

 俺はその理想ごと含めて、お前の味方をしたいんだ」


変化を手伝っただろうローレンティアや、命の恩人にあたるキリと比べると、オオバコの同意は得られないかもしれないとアシタバは思っていた。

オオバコは、アシタバに借りがあるわけじゃない。


対等な、友達だった。


そしてだからこそ、アシタバはオオバコには味方でいて欲しかった。



「………………ありがとう。

 これからもっと、色々相談することにするよ。隠し事はナシだ」


「あーそうしろ。もっと頼れよ。俺も頼る。

 んで、お前が安心して背中を預けられるようなビッグな男になってやる」


ビッグビッグと連呼するオオバコに、アシタバはくすりとしてしまう。



「ああ………頼んだ、相棒」





十四章二十三話 『知己』

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