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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十四章 昇り月、アシタバ過去編
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十四章八話 『よくあることだ』


「――――――――ここまでが、俺の少年時代になる」


時は現在に戻る。魔王城、地下六階。

砂漠のフロアの入り口で、五人の人影が焚き火を囲んでいた。

アシタバ。オオバコ。キリ。ローレンティア。そして、オリヴィエだ。

アシタバの昔話は、アシタバ班の見張り当番の日に切り分けて語られた。

転生の部分は切り取られたそれは、今は既に亡国となった谷の国(シスク)の物語だ。

オオバコやキリは話の着地点が見えなかったが、アシタバの過去に興味がないわけではない。

だから静かに、その語りに聞き入っていた。


「んで、お前は騎士になったわけか」


今日の分は語り終えたのだろう、一息つくアシタバにオオバコが話しかける。


「ああ。その後、スイカに剣術を教えてもらう期間がしばらくあったけどな。

 国の事情も事情だったから、すぐに騎士団入りして戦線に出ることになった。

 結局騎士団でもまた、剣を教えられたんだが」


いつだったか、タマモがアシタバを“珍しく体系的な武術を学んでいる探検家”と評していた。

程度はあるかもしれないが、アシタバの中にはスイカ流と谷の国(シスク)騎士流の剣術が根付いている。

流石に斑の一族のキリには見劣りするが、実際アシタバの戦闘能力は優秀な部類に入る。


「………………王女、だったのね、スイカさんは」


ローレンティアはぽつりと呟く。


「ああ。正直、王族としての教育なんか全然受けてこなかった人だから、そんな感じはしなかったけどな」


「結局探検家になったのはどうして?」


「女が一人で喰っていく道として選んだらしい。

 小さい頃は花売りの母親と暮らしていたらしいんだけど、流行病で死別してな。

 探検家は根なし草が生きていくための、よくある選択肢の1つなんだ。

 独学で魔物を研究して、独学で剣を学んで、アーベキーナと出会って………。

 そうして、【自由騎士】スイカになっていった」


アシタバが目を細める。それだけでローレンティアは、スイカという人物がアシタバにとってどれだけ大きいか察することができた。


「国王側は、スイカの母親が国を離れた時から、ずっと行方を追っていたらしい。

 二人の王子が死んだことで、国として正式に調査がかかり………。

 当時探検家界で有名になっていたスイカに行き着いた。

 国に戻るよう、何度も要請をして…………。

 最後には谷の国(シスク)へ連れ戻すことができた。

 尤もスイカは王を継ぐ気はなくて、あくまで国の助けになりたいだけだったらしいけどな」



まるで自分と正反対だと、ローレンティアは思った。


自国で古城に引籠り、要らないと国を追い出された自分と。

探検家として独りで生きていける力を付けて、その上で国に必要とされたスイカ。

じゃあ、スイカは最後、どうなったのだろう。


 

翌日の見張り番の時に、アシタバはその話の続きを語り始める。










国王に、子供が生まれた――――――。


戦線に晒される王都に、その明るいニュースが駆け廻った。

第一王子と第二王子を失った谷の国(シスク)に、新たな王位継承者が生まれた。

盛大な祭りを上げる程国に余力はなかったが、それでも国民達はとっておきの酒瓶を開けては、国の未来を祝福する。



「―――――この子は王位第四位。第三位はあなたよ、スイカ」


その風景は、アシタバも知らない。

山の上の王城の一室、柔らかな光に照らされる窓辺で、女王エノテラは生まれた新しい娘をあやしていた。

もとより端正な顔立ちの女王と、無邪気に微笑む赤ん坊の姿は一枚の絵の様だ。

スイカはそこから七歩距離を取り、部屋の隅で直立で待機しその様子を見守っていた。


「……………私は、王位を継ぐ気はありません」


「ふふ、あなたはずっと一貫しているのね。

 私はそれでもいいの。この子を傍で支えてくれるなら、それでも。

 でもね………あの人の……ユーパトリウム王のことを、助けてあげて欲しいの」


「………………………」


「二人の息子を失って、先妻を病で失って………。

 ようやくあなたを見つけられた。だから、ね?お願いできないかしら」


スイカは最後まで、その言葉には応えなかった。

やがてぎゃあぎゃあと、エノテラの腕の中の赤ん坊が泣きだす。


「…………お名前は決められたのですか?」


「いいえ。王族の子は一歳の誕生日につけるのがこの国のしきたりらしいの。

 だからまだよ」


王女エノテラが腕を揺らせば、赤ん坊がきゃっきゃと笑う。


「この子が笑って暮らせる国を作りたいのよ」


そう言って微笑む、王妃エノテラ――――朱紋付き(タトゥー)淫夢サキュバス


国のことばかりを考えるスイカは結局、そのことには気付かなかった。



 







「アシタバさんは、どうして毎度お皿を洗ってくれるんですか?」


「――――え?」


突然話しかけられた気がして、は隣を向いた。

谷の国(シスク)の谷の底、前線の兵達のための、最後の砦。

その台所で俺の横に立ったのは、戦塵舞う前線基地に似合わない華奢な少女だった。


「アシタバさんぐらいですよ、後片付けまでしてくれるの。

 戦いで体も疲れているでしょうに」


「いや………師匠の受け売りでな。

 感謝の所作、っていうか………習慣だよ、俺の。

 仕事、取っちゃってたか?」


「いーえいえ、助かってますよ、すっごく」


そういって少女は笑う。少女といっても俺と同じくらい。

水色の髪はおさげでまとめられていて、きっと元の世界にいたらクラスで人気の女子だったのだろう。


「あんた、騎士………じゃなさそうだよな。給仕係の人か?」


「あれ、そのぐらいの認識でした…………?

 騎士ではありませんが、衛生兵ですよ。

 なんと魔道士です。“教会”から派遣されましてね。

 回復魔法も使えるんです。あ、カエデっていいます、名前!」


「……………カエデ」


「そうですよ~、憶えて下さいね!

 後衛ですけど、戦線にも参加しているんですから!!」








「アシタバ、この子の名前、なんつったけ」


「カエデだよ」


「ああ、そうだった。戦線には貴重な女の子だったのになあ。

 仕事熱心で、献身的で………もったいないなあ…………」


数日後、アスナロと俺はもう動かない少女の遺体を見つめていた。

カエデ。魔道士で、衛生兵で、前線基地の雑務なんかを進んでやってくれた。


「瀕死の兵士を手当てするために出過ぎて、返り討ち、だそうだ。

 痛みを和らげるだけで今日が救われる兵士は沢山いたのになあ………。

 教会の魔道士は需要が多すぎる。ましてや危険の伴う前線になんか、もう来ないだろうなあ」


腹を突かれたのだろう。服は黒く滲み、伏せられた目の上の眉は少し歪んでいた。

アスナロが彼女の遺体を丁重に、地面に掘った穴へと移す。

埋葬だ。穴の横には地面の盛り上がりが、遠くまで延々と続いていた。


「それにしてもアシタバ、よくこの子の名前知ってたね。知り合いだった?」


土をかける前にアスナロが問い、応える前に俺は改めて、彼女の顔を見る。



「…………………………いや、別に」



よくあることだ(・・・・・・・)


昨日肩を並べた人が、今日には死んでいる。

屍ばかりが積み上がる日々、昔谷の上から眺めていた生命の火花が、ここでは首筋を舐めていく。

だからみんな、あまり人の名前を憶えない。


死は安らか、だったのだろうか。

彼女は死んだ。俺は生きている。


この国の騎士になって、一年が経った。

アサツキやアスナロの言っていたような、生きるための何かは見つからない。

ただ、スイカを助けたいと思ったから。


「ありがとうと、さよならだ」


アスナロが呟いて、最後の土を撒く。

離別と感謝。そう、皿洗いのことを、カエデは言っていたっけ。


「ありがとう」


呟いてみる。

感謝?




誰に。


何を。




十四章八話 『よくあることだ』

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