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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十四章 昇り月、アシタバ過去編
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十四章三話 『命はすべて正しい』

アサツキと買い物から帰ると、テーブルの上に豪華な料理が並んでいた。


「……………いつもこんななんですか?」


ぽかんとする僕に、スイカとアスナロはぷっと吹き出した。


「まさか!あんたの歓迎会ってやつさ。アサツキに時間稼ぎをお願いしてたの」


振り返る僕を、アサツキは悪そうな笑顔で受け止める。


「ま、存分に喰え。主賓の務めだ」






病院食が日常だった僕にとって、家族と食卓を囲むというのは久しい体験だった。

前の世界の料理は、運ばれてくるもので。一人で食べるもので。


「お………美味しい」


料理は本当に、美味しかった。

何と言うか、病院内の料理は結構栄養に気を使ってくれていたのだけど。

この手料理は大雑把で、でも美味しさに重点が置かれてて。


「だろう?僕達で作ったんだ、当たり前だね。

 ほらほら、唐揚げをお食べよ唐揚げを!いやー嬉しいなぁ。

 僕は今までずっと末っ子だったから、弟欲しかったんだ。今沢山甘やかしちゃうよ!」


その割には、水汲みの時はスパルタだったけれど。

と思いながらも僕は唐揚げを頬張る。


「アスナロは兄になるんだから、もう少ししっかりしろ。

 アシタバ、ほら、ほうれん草のおひたしだ。これも食ってみろ」


「んん、ありがとう」


と言いながら、皿を差し出したアサツキの腕が目に止まった。

戦いの生傷が幾つか、ついていた。


「……………傷」


「ん?ああ、これか?いつの戦いのやつかな………。

 気付いたらついているからな」


「二人は兵役?なんだっけ?」


「ああ、これでも一応お国の騎士様さ。

 っていっても、このご時世じゃ誰でもなれる……誰でもさせられる、けどね」


「若い子はみんな?」


「おじさんも、おじいさんも。女だって参加してる人はいる」


はああ、とアスナロは疲れた溜息を吐いた。


「ぶっちゃけ大変だよ。アサツキも僕も結構やれる方だから、魔物相手は苦じゃないけど……。

 下手に腕が立つ分、余計に期待と注目度が高まるんだ。

 “やっぱりスイカの弟子は伊達じゃない”ってね」


「スイカの……」


僕はスイカの方を見る。彼女はもくもくと白米をよそっていた。


「ほら、白米をお食べアシタバ。あんたは体を作らなきゃね」


差し出された茶碗を受け取りながらも、僕はスイカを見つめるのを止めない。

それは、スイカにとって触れたくない話題だったのだろうか。

彼女ははじめ無視しようとしていたが、やがて観念したように溜息をつく。


「……あー、まあ、私は国王陛下から直々にお呼びがかかった騎士ってやつでね。

 つまりは特別扱いなのさ。だから注目度が高い。

 それでアスナロ達に負担を掛けているのは、申し訳ないが」


「いやいやいや、負担じゃないよ。それに応えるための鍛練は十分にしてもらってる。

 負担に感じるのなら、僕達が情けないだけだ。ね、アサツキ」


少し慌てるアスナロ。対してアサツキはいつも冷静だ。


「そういうこと、だ」


家族というものの形を、僕は知らない。

けれど食卓を囲んで色々と話をするのは、きっと合っている(・・・・・)んだろう。





夕食を終えると、アスナロとアサツキは早朝番だから、と騎士団へと戻っていく。

僕はスイカと並んで皿洗いをしていた。


「悪いね、あんたの歓迎会なのに後片付けさせちゃって」


「いや、家事ぐらいはしないと」


「ふふん、いい心がけだ。スイカ家じゃ、一番若いのが皿洗いをする決まりになっていてね。

 こないだまではアスナロがやっていたが、今日からアシタバの仕事になる」


「なんでそんな決まりが?」


「感謝をしっかりとするためかな」


スイカは柔らかく笑う。


「感謝?」


「そう。食卓にはご飯が並ぶ。野菜が並ぶ。それを作ってきた人達に。

 そして、肉や魚が並ぶ。命を捧げてくれたものたちに」


「いただきますと、ごちそうさま?」


「それに加えて、皿洗い、ってわけだな。

 感謝っていうのは終わった後にするのが一番いいんだ。

 食後に必ずある仕事に絡めてそれを習慣化する。

 感謝、感謝だよ、アシタバ。とても大切なことだ」


スイカの“ごちそうさま”を見たばかりだ。

深く、丁寧で、ゆっくりで。それで、静謐だった。


「自分へ差し出されたものを理解する。相手の思いを慮る。

 相手に敬意を払う。相手を許す。相手を慈しむ。

 本当の感謝には幾つもの所作が必要だ。

 そしてそれができたならば―――――」


「できたならば?」


不思議そうに見上げる僕を、スイカの太陽の笑みが受ける。


「あんたは、優しい大人になれる」







「アサツキやアスナロは、なんで騎士になったの?」


晩御飯の片付けが終わった後に、僕はスイカに訊ねた。


「んー?あの二人?アサツキは、自分から言い始めたね。

 理由はよく知らない。あいつはあまり自分の考えを言わないからな。

 アスナロは、アサツキがやってたから、って理由だ。

 でもあの子はあれで強くなることに関しては貪欲だからね。

 いい修業とでも思っているんだろうさ。


 ………あー、別に二人がやっているから自分も、なんて風には考えなくていい。

 むしろそんな中途半端な気持ちで戦場に来られたらこっちが困る」


僕の思いを見透かしたようにスイカは語る。


「じゃあ、スイカはどうして騎士になったの?」


「私か」


それは予想外だったようで、スイカは少し困った顔を見せた。


「あー…………。さっきもいったが、私は王から要請が来たんだ。

 騎士になる前は、私はそこそこ有名な探検家でね。その実績を買われた形さ」


「探検家?」


「知らないか。魔物の専門家だよ。

 対魔物の傭兵であり、駆除業者であり、学者であり……要は何でも屋だな。

 自慢じゃないが、この国で魔物を一番知っているのは私になる」


唐突にも聞こえたが、ペガサスを飼っている事実を思い出せば腑に落ちる。


「王様の要請を受けたのはどうして?」


「どうして…………うむ。この国は私が生まれ育った国だ。

 その窮地を聞いて、思うところがなかったわけじゃないが……。

 ううむ、難しい質問だな……………」


スイカは地平線を見るかのように視線を放った。

その仕草さえも、彼女は自然に絵にしてしまう。


「命はすべて正しい。と、私は思っている」


考えが定まったのか、輪郭のはっきりした瞳が僕へと向く。


「生まれた時点で無垢で善だ。敬意を払われるべきものだ。

 だから私は、この剣の届く限りの命を護りたいと思っている。

 王からの書簡が来た時に思ったんだ。

 私はその時点で、まあそこそこに強い剣士で、色んなダンジョンで魔物と戦っていたけれど。

 より命が脅かされる場所で、私の力を振るうべきだと思った。だから騎士になったんだ」

 

「人のため?」


「というよりは、私の信じる世界の在り方のためにだ。

 無垢な人々が理不尽に暴力に晒される…………。そういうのは、嫌だと思った」


次には少し、悲しそうな顔をする。なんというか、この時に僕は。


この人は強い(・・)人間ではないのだな、と思ったんだ。


「まだアシタバには、早い話かもしれないが………。

 今のこの世界は、悲しみでいっぱいだ。親が病み。子を亡くし。里を壊され。

 血と炎がこの大地のそこらじゅうに転がっている。

 私はアーベキーナに乗って、よくそういう光景を見た。


 命が踏み躙られている。私はそれが、たまらなく嫌なんだ。

 幸いにも私には護る力があったんだ。

 全てを護れはしないが……それでも、この国のために使いたいと思った」


その時のスイカの顔は、かつての母が僕に向ける、あの申し訳なさそうな顔と似ていた。


嘘をついている(・・・・・・・)


けれどこの時は、僕はそれで納得した素振りを見せた。







一週間が経つ。

スイカもアサツキもアスナロも、騎士の仕事でよく家を空けた。

僕の仕事は家事になった。掃除、洗濯、買い出し。

昼と夜をパンジィさんの家で御馳走になりながら、同時に料理を習っていった。



「あまり力を入れずに。そう、毛並みの自然な向きへ流すんだ。

 たまに背中を軽く叩いてやると喜ぶ」

 

純白の体に、櫛を通していく。その日はスイカが一日オフの日だった。

僕はスイカの隣に立ち、天馬ペガサスアーベキーナの世話の仕方を習っていた。

アーベキーナの視線はこちらに無関心かの様に、前方の景色に真っ直ぐだ。


「アシタバはアーベキーナに好かれたみたいだな」


「僕が?…………気休めですよね?」


「いやいや、普通は近づくのすら許しはしない。

 アサツキなんか、餌を準備しても手を付けてもらえないんだ。

 アスナロはそこまでじゃないが、触るのは嫌がるみたいだ。

 私の知る限り、アーベキーナに触れるのはお前で二人目だよ」


意外だ。僕はアーベキーナの顔を見るが、依然としてそっぽを向いたままだった。


「何にせよ、アシタバにアーベキーナの世話を任せられるのは凄く助かる。

 今までは私しか出来ないことが多かったからな」


僕の力で、スイカが助かる…………その事実に僕は、ちょっぴり誇らしくなる。


「でも、ちょっと不思議だね」


「不思議?」


「この前見たから、ペガサスは確かに空を飛べるんだろうけど………。

 翼が大分小さい気がする。胸筋や背筋が発達しているわけでもなさそうだし。

 四足歩行と翼の組み合わせも、滑空がメインなら分かるけど、そういうわけじゃなかったよね?

 飛ぶために進化したなら、もう少し下半身が退化すると思ってた。

 なんだろう、飛行能力を得るために削った部分が見られない、っていうか……………」


言った後で、僕はしまったと思った。

それは元の世界で幾多の生物図鑑を読み漁り、どんな進化があるのか、どうしてそうなったのか、その習性は何のためにあるのかといった想像をひたすらしていた僕の悪癖と呼べるものだ。

そして実際に初めて生き物に触れる場で、しかも見たことのない相手だったから興奮してしまった。

零れてしまった唐突な考察に、変な目で見られているに違いない……と僕はスイカの方を見て。

そして満面の笑みの彼女を見つける。


「え?」


「そう!そうそうそうそうその通り!

 ペガサスという種は美しいが、生物学的には不合理なのさ!

 鳥達は脳や内臓を出来る限り縮めて、飛ぶ為に体を軽くし続けてきた。

 ところがペガサスは馬のままだ。どう考えたって飛ぶには重い。

 でも、飛べてしまっている」


スイカがにやにやとしたまま、アーベキーナの首筋を撫でた。


「私は傍で観察し続けたが、どうもこいつは魔法を使うらしい。

 そっちには詳しくないがね、恐らくは空気を固める、みたいなことをしている。

 空気の塊に抵抗を発生させて、それを踏んで跳ぶんだ。

 だからペガサスのそれは、実は飛行というより連続的な跳躍と滑空に近い」


僕はぽかんとしてしまう。喋り過ぎたと思ったら、それ以上の情報と考察を返された。


「アシタバはよく、そういう魔物の進化について考えるのか?」


「僕?いや、魔物というより、生き物について考えちゃって………」


「ふん、ふん……………素晴らしいね」


「素晴らしい?」


「いやいや。ま、これはもうちょっと後からだな。

 興味があるようだから、ペガサスっていう種のことをもう少し説明しておこう。

 実は彼らは絶滅したと言われている。十年以上前からだ。

 だからアーベキーナは、高い確率で最後の一匹だろうな」


絶滅、という言葉が僕の心を重く沈めた。


「な、なんで?」


「彼らはよく、狩りの対象にされたんだ。美しい容姿は人を魅了してきた。

 金で全てを買えると勘違いした奴らが、彼らを乱獲し続けた。

 その結果が、絶滅だよ。ペガサスは長年、人から欲と悪意を向けられ続けた。

 結果、人間の邪な心を聡く察知するようになった」




アーベキーナの世話の仕方を一通り説明すると、スイカは昼食の支度をしに家に戻った。

僕は一人、ブラッシングを続ける。

アーベキーナの目線は未だ真っ直ぐ、僕なんかいないような佇まいだ。

でも近づくのは、触れるのは認められている。


「……………僕を許してくれるのか」


どうせ反応なんか返さないんだろうと思っていた。

アーベキーナはその頭を少し下げ、そしてその聡明な瞳を僕に向ける。

何と言うべきか。この世のありったけの純粋が、僕を見ていた。


「命はすべて正しい」


なんとなく、スイカの言葉を繰り返してみる。

生きているんだ。僕も、アーベキーナも。


「絶滅した。仲間を失って、一人ぼっちになった。

 どうしてお前は、この世界にまだ生きているんだ」


どうして僕は。


「…………………僕達は、どこへ行き着くんだろう」


答えはない。

けれどアーベキーナの隣は、なんだか居心地がよかった。




十四章三話 『命はすべて正しい』

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