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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十四章 昇り月、アシタバ過去編
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十四章二話 『お前の兄になる男だ』


スイカとアーベキーナが帰ってくるのには二日かかった。

僕はその間、服屋のパンジィさんの下でお世話になって、この世界の生活というものを知る。


「蛇口ぃ?坊主、蛇口ってのはなんだ?」


「み、水の出るところ………」


「あぁん?泉のことを言ってんのか……?

 ここは谷だぜ、水は井戸みたく一番下の川から汲み上げる。

 顔洗いてえのか。そら、汲み場までついていってやる」


当然と言えば当然だが、最初は正直、文明差というものに驚いた。

蛇口がないから、谷の底から桶を引っ張り上げなきゃいけないし。

コンロがないから、火を焚かなくてはいけないし。エアコンもないから、夜は少し寝苦しかった。

一週間もすれば慣れてしまったけれど、スイカが帰ってくるまではやけに孤独に感じられた。


「坊主、ずっとぼうっとしてるな。具合悪い……わけじゃなさそうだな。

 あれか、昨日見た戦場が忘れられねえか?」


「い、いえ、そんなことは…………」


「ちょっと前までは、戦線はずっと向こうにあったんだがなぁ。

 砦を崩されたとかで王国軍は撤退に撤退を重ねて、今や王城の目の前だ。

 ぶっちゃけ今の戦線が最終ラインだよ。これ以上攻め込まれれば国が滅ぶ」


パンジィさんは僕の返答をあまり気にしていない様子だった。

とにかく子供と話してやるということが彼にとって最重要だったのかもしれない。

けれどこの世界の、この国の話を聞けるのは僕としてもありがたかった。


「国が滅ぶ」


「そうだ。自分の国だけどよ、非現実的じゃねえぜ。

 雨の国(カーシャ)山の国(シャムラング)はもう滅ぼされちまった。

 元々あったこの国の土地も、今は半分近くが奴らに占領されている。

 流石に王家も、国中の騎士を募って総力戦に打って出てるけどよ。

 敵の兵力は、衰える気配すらねえや」


「…………敵って、なに?」


「なにって、バカ、魔物だよ魔物。

 昨日も見ただろ?ゴブリンやオークがわんさかいんの。

 俺が子供の時なんかは、奴らなんともない雑魚だって聞いたけどな。

 武器を持つようになって、鎧をつけるようになって、最近は軍隊の真似ごともし始めたって噂だ。

 まったく、厄介なやつらだぜ」


魔物。

ベッドの上でひたすらめくった生物図鑑には、載っていなかった生き物たちだ。


僕はなんとなく――――――きっと、興味が湧いた。





 


スイカが帰ってきたのは、夜のことだ。

パンジィさんに呼ばれて僕は、ドタドタと玄関へ駆けつけ――――。


そして帰ってきたのが三人だったことに、しばらくぽかんとしてしまった。


「アシタバ、ただいま。いきなり置き去りにしてしまってすまなかったな。

 寂しくはなかったか?」


スイカが微笑む。まだ会ってそれほど経っていないのに、この世界でそれが、僕を一番安心させる。

気になったのは、スイカの両脇にいた二人だ。僕より、3つか4つばかり上の男。

一人は見定めるように、一人はにやにやとしてこちらを見ていた。


「あ、あの、この二人は…………」


「やぁ、やぁ、やぁ」


にやにやと笑っていた方が、ずかずかと歩み寄って僕に顔を近づける。

黒髪で線の細い、すらっとした人だ。ともすれば女性にも見られかねない。

纏っている、水か風を思い起こさせる雰囲気ごと、僕の警戒の中にすっと入ってきた。


「君がアシタバくんか。スイカから話は聞いている。

 僕の名前はアスナロ。長い付き合いになるといいな。よろしく」


「え………?」


「名前だけ言っても分からんだろう。混乱させるだけだ」


残った一人が、アスナロといった人をどけて僕の前に立つ。

目つきが悪く、僕は自然と見下されるような形になった。


「俺の名前はアサツキ。お前の兄になる男だ。存分に甘えていいぞ」


「………えぇ?」


「はは、すまないなアシタバ!この馬鹿二人は私の弟子なんだ。

 一番弟子のアサツキに、二番弟子のアスナロ。

 二人とも、あんたと同じく私が拾ってきたんだ。

 そんで私は、あんたを三番弟子にしたいと思う」


「さ、三番………」


「何も正式に、ってわけじゃないけどね。

 私のところにいる間はそういう扱いで構わないかい。

 二人のことは兄と思ってくれていい。なに、面倒見はいい二人だ」


何故か決め顔を披露する二人に、僕は思わず眉を顰めてしまう。


「二人とも兵役で家を開けることは多いが、私の家に住んでいる。

 要は、家族みたいなもんだよ」


家族。実は僕は、その形をよくは知らない。

テレビで見るような、ショーケースの向こうにあるようなもので。

スイカと、アサツキと、アスナロと、そしてアーベキーナ。

四人と一匹。僕に初めて、家族ができたような気がした。







「はいはい、息上がってきたよー。もっと気合い入れて鎖引こう!」


スパルタ。僕は息を切らしながら、鎖を必死に引き続ける。

谷にかかる吊り橋の脇。鎖は遥か下、谷の底の川まで伸びている。

川と僕の、ちょうど真ん中ぐらいの高さに桶があった。

つまり釣る瓶だ。僕は川から水を引き上げる途中。


「あまり力任せに引っ張らない方がいい。桶が揺れて水が零れる。

 折角引き上げるのに、肝心の中身が飛び散った後じゃ悲しいしね」


汗だくの僕の横で、アスナロが涼しげに見物を決め込んでいた。


「はちみつレモンも持ってきたよ」


「……………ありがとうございます」


昨日の初対面から一夜明けた朝、叩き起こされたと思えば、こんなところまで連れてこられて肉体労働だ。

にこにこと笑うアスナロの思考は、いまいち読めない。


「なにも………僕がやらなくても……………。

 もっと体力のある人とか…………」


「アシタバはまず体力を作らないと。今のままじゃ後々困る」


「それにしても……………」


「生きていくことは必要とされることだと思わない?」


話題が八艘飛びもいいとこだ。


「必要………なに?」


「アシタバ、きみに2つ大事なことを教えるよ。

 1つ、谷の多いこの国では、水というのは案外希少なんだ。

 谷底にはあるから近いと言えば近いけど、取るのに苦労する。

 2つ、今この国は戦争の真っ最中だ。兵役で男達は出払っている。

 城下町に行ってごらん。息子が戦線に滞在したままで、水を汲み上げるのに難儀している老婦人は沢山いる」


「…………………………」


多分、真面目なことを言い出したのだなと思った。

黙った僕を見てアスナロは言葉を重ねる。


「面倒なことに、世間体というものはあるんだ。スイカは優しいけどね。

 この戦争の中で若い男がぶらぶら歩いているのは、まあ白い目で見られる。

 きみがこの国の者でなくても、だ」


「役に立って媚を売っておけって?こうやって、水汲みをして?」


「理解が早いのは好きだよ。いい弟さんだ。

 だけど媚と言ってしまうのは卑屈だな。貸しを作っておくわけだ。

 まだきみはスイカの保護下にいるに過ぎない。

 無償の善意の上に立っているだけ。本当の地面に立つのなら、貢献が必要だ。

 役に立って、必要とされる。国の人達と繋がって、認められる。

 体力作りと思っておけばいい。お釣りがやがて、デカい埋蔵金になる」


「……………………よく考えてくれているんですね…………?」


自分で言って、違和感があった。昨日会ったばかりの僕に?

当然違う。アスナロが見ていたのは別の人物だ。


「僕も、きみと同じでスイカに拾われたクチなんだ。

 やっぱり借りは返さなきゃいけない。恩は感じてるんだ。

 だから、あの人が新しく拾ってきた子が悪目立ちするのは、好ましくないんだ」


ようやくアスナロの素顔が見れた、気がした。僕も口を硬く結ぶ。


「悪いけど、その辺だけでも協力してくれないかな」


「………………うん。分かった」


「いい子だ。素直だね。兄として、ちょっぴり鼻が高いよ」







その午後は、アサツキと街へ買い出しに行った。

アーベキーナの餌、僕用の新しい布団、僕は荷物持ちに使われることになる。


「お前は、何かしたいことはあるのか」


アサツキがふと話を振ってきたのは買い物の帰り路、吊り橋に差し掛かったところだった。


「したいこと?」


「何でもいい。夢でも、野望でも、復讐でも、快楽でも。

 今はスイカの下でゆっくりすればいい。別にずっといる選択肢もある。

 だがこれから生きていく上での軸は必要だ。

 お前は何をしたいと思うんだ?お前が生涯を賭けて、成したいと思うことはあるのか」


それは正直、僕が答えを教えて欲しい問いだった。

元の世界ではずっとベッドの上で、最期は猫のために命を投げ出した。

無意味に続いた僕の命に、向かう先はない。


「……………恩を返さなきゃとは思う。

 凍死するかもしれなかったらしい。スイカは命の恩人だ。

 まずは自分のやりたいより、スイカへの恩返しを優先するべきかな」


「ふむ―――――」


アサツキは顎に手を当てる。この時の僕は知らないが、これはアサツキの、気にいらない時のサインだ。


「返さなきゃ、優先するべき……………なんだろうな。

 お前のその義務感はどこからやってくる。どうしてそう考えた」


「どうって…………普通でしょう。恩義には応えるべきだ。

 この国でもそう教えられるでしょ?」


「教えられただけだ。この世界の最初からあった条理というわけではない。

 しなければならないという掟や道徳の多くは、村や国というコミュニティを維持するための道具だ。

 世界はもっと自由で平等で、始めは真っ白だった。

 そこへ老人達が後から載せたものに、自分の一生を捧げる必要はどこにもない」


僕は少しぽかんとしてしまう。


「ちょっと、難しいかも」


「ふむ…………つまり俺は…………。

 世界と己は、対等な一対一だと思っているわけだ。

 世界の前で自分を殺し過ぎることなど馬鹿らしい。

 自分の存在理由を、他者や正義や条理に置くのは意義がない………。

 それは誰かがこの世界で作ったものだからだ。

 今はなくてもいい。けれど見つけるべきだとは思う」


「………何を?」


「世界に転がる正義や条理とは切り離された、自分の腹の底からの衝動を、だよ。

 例え世界を敵にしたって曲がることはない、己が芯だ。

 きっとこの戦争の世の中で………いや、戦争が終わったとしても。

 本当にこの地に足をつけるために、それは必要だと思う」


正直、難しい話ではあった。でも分からない訳じゃない。

曲がりなりにもアサツキは、僕がどう生きていくのかを気に掛けてくれているのだ。


「アサツキにはもうあるの?その、芯っていうの」


「ああ」


「それは、どんな?」


「………………まだ、お前には秘密だな」


笑う横顔は初めて見た気がした。

何故だかアサツキの話したくない部分に踏みこんだ気がして、僕はそれ以降その話は控える。



こうして僕の前に、二人の兄が現れた。


僕のことについては、真剣に考えてくれる兄達。

アスナロは優しくて、礼節の染み込んだ好青年だ。

アサツキは茶化すことも多いが、ちょっと怖さのある真面目さが根底に垣間見える。

二人に共通して抱いた印象は、自分を取り巻く周囲を俯瞰して見ることに異様に長けているということだ。


アスナロは、本当にこの地に立つには貢献をして、必要とされることが大事だと言った。

アサツキは、世界を相手にしたって曲がらない芯を作ることだと言った。


どちらが正しいのかを、僕はまだ知らない。

でも僕はゆっくりと、この世界でどう生きていくかを考え始めていた。



十四章二話 『お前の兄になる男だ』

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