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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章二十三話 『戦士ピコティ』

物心ついた時から、自分は偵察役だった。


草むらに身を隠し、息を潜め、静かに進み。

そして敵影を、その規模を確認してはベースキャンプに戻る。

夜の間、木の上に居座って見張りを務める日もあった。


「不満か?ピコティ」


トウガ平原の戦いの中、ふとした時にトウガはそう問いかけた。

この戦線を仕切る団長である彼が、幼い偵察役の自分に話しかけるのは珍しい………わけではない。

トウガは暇を見つけては、いつもの自然体で団員達に話しかけていた。

だから役職や年の差程に、ピコティはトウガに隔たりを感じない。


「不満…………かな。よく分からない。

 目の前の仕事をやるので精一杯だ。でも」


ピコティはベースキャンプで身体を休める仲間達に目を映した。


「やっぱりおいらも、みんなと肩を並べて戦いたいよ。

 戦力は足りないんだろ?おいらは戦える」


「まだ小さいだろう、お前は」


「でも戦っていかなきゃ、身に付かない」


それも正論だ。トウガは少し息を吐き、目線を空へと投げかける。


「ピコティ。俺は結構、お前を信頼しているんだ。

 お前が見張りの晩に寝落ちでもしちまえば、俺達は夜に急襲を受けて全滅するかもしれない。

 でもそういう計算はしていない。

 お前は、体調が万全なら与えられた仕事はちゃんとこなすからな」


トウガは、評価に関しては気休めや嘘を言わない。

だからその、信頼しているという言葉を聞くたびにピコティは誇らしい気分になる。

当時は戦争中、まだトウガは英雄とは呼ばれていなかったが、既に多くの尊敬を集めていた。


「色んな戦い方があるんだ。

 ヤクモ達みたいに剣を振り回す奴もいれば、ユーみたいに魔法をつかう奴もいる。

 ストックみたいに弓を使う奴もいれば、怪我の手当てを専門にする奴もいる。

 俺みたいに、色んなところへ指示を出す奴もな。

 ピコティが本当に嫌なら、俺も考えるよ。

 ただ偵察役ってのは、本当に貢献がデカいんだ」


「デカい、かあ?」


「デカい。お前の計算できる見張りで、俺達は一晩を安眠して過ごせる。

 お前の正確な敵情視察で、俺は適正な戦力分配ができる。

 仲間の負傷を抑えられるんだ。偵察役は脚光を浴びにくいかもしれない。

 でも、魔物を千体殺した兵士と、一年間千人の仲間を守り続けた偵察役なら、俺は後者を称賛するよ」


トウガは、ピコティに見れないものを見ている。

言葉に芯が通っている。だから彼の言葉は、ピコティは素直に聞くようにしていた。


「ピコティ。俺はお前に、敵を殺す戦士になって欲しいんじゃない。

 仲間を守る戦士になって欲しいんだ」








現在から、少しばかり、時は戻る。


パッシフローラが洞窟を落盤させた後。

アシタバが湖岸に待機していた後衛組に届けられた直後、ラカンカ、エミリア、ピコティの三人はそこから離れ、地下三階の出口を目指し走っていた。


「ラカンカ、私たちだけで先行してどうするつもりだ。何か策はあるのか?」


草原を駆けながら、エミリアはラカンカに訊ねる。


「罠を張る」


ラカンカは振り向かずに答えた。

彼の肩には、輪状に束ねられた長いロープが担がれている。


「オオバコのやつ、大蛇ビッグスネークっつったな。

 サイズが大きすぎるな………有効な罠はそうそうねぇぞ」


「手はあるのか?」


「まぁ、なんとか」


一同は、ツワブキ達の最前線とは正反対…………。

地下三階に続く洞窟、その入り口に到着する。


「あれを使う」


ラカンカが頭上を指す。洞窟の上、岩壁には、凹みが点在していた。


「罠の構造は単純だ。あの凹みの中にこのロープを通していく。そんだけ」


「…………詳しくは聞かないが、あれは海怪鳥セイレーンの巣だろう。

 随分と接近するのか?危ないと思うが……」


大蛇ビッグスネークよりは安全だろうが」


ラカンカはロープの端をエミリアに手渡すと、もう一方の端を持って岩壁を昇り始める。

正確には、昇りかけた。


「ラカンカ」


大泥棒を呼び止めたのは、幼い子供のピコティだ。

ラカンカは岩肌に手をかけたまま、彼の方を振り向く。


「なんだ、ピコティ」


「お前は大泥棒でも、人間相手にやってきた奴だろう。

 魔物相手なら、おいらに分がある。身体も小さい。

 岩肌だって、よく昇り降りしていた」


「…………………………」


ラカンカはピコティを観察する。

あどけない、まだ子供の背丈。でもその顔つきは真剣だ。


「おいらにやらせろ」








「…………どうしてピコティに任せたんだ」


少しの時間の後。

エミリアは、仁王立ちし岩壁の様子を伺うラカンカに訊ねる。

視線の先には、ロープを片手に岩壁を移動していくピコティの姿があった。

僅かな岩壁の凹凸に指とつま先をかけながら、静かに素早く移動していく様は、確かにピコティの実力を現していた。


「疑問か?」


「いや、少し意外だった。

 お前はこう、仕事に余計なものを入れない印象だったからな」


「………当たってるかもな。俺がやった方が早いなら、自分でやっちまう」


【月夜】のラカンカは腕組みをする。


「だからかな。俺は、ピコティがどれくらいやれるのか、いまいち分かってねぇんだ。

 さっきのあいつの言い分は理に適っていた。

 理屈を整えてきた言い分なら俺は聞くし、あいつの実力を知るいい機会だ」


「……………………」


エミリアとしては、この状況下でピコティの実力を測るのは、危機感に欠ける印象もあったが……。

カバーできる計算があるのだろうか。

ともかく、離れた将来のために現在の不利益を呑み込む。

それは今までの――――復讐に駆られたラカンカにはない選択のように思える。


白銀祭、あれを経たラカンカの判断を、エミリアは静かに見守ることにした。










時は、現在へと戻る。


パッシフローラの再度の爆発、そしてそこから跳び上がったトビヘビの大蛇ビッグスネークは、体をくねらせ宙を滑ってラカンカ達へと近づいていた。


「ラカンカ、準備はできた」


岩肌から離れ、ピコティが地面に降り立つ。


「そうかい。そんじゃあ後は、仕上げを御覧じろってやつだな」


ラカンカはピコティが手にしていたロープを受け取る。

その先は岩壁の上の方へ伸びており、所々にある凹みへと寄り道をしながら、ラカンカが持っている反対側の端へと繋がっている。

ラカンカが元から持っていたロープの端と、ピコティから受け取ったロープの端。

ロープは輪っかになっている。


「これで完成だ」


ラカンカは、その両端を硬く結んで呟いた。


「来たぞ」


一方でエミリアは、鋭く上を見上げていた。突如、三人を大きな影が覆う。

彼らの頭上に到達したトビヘビの大蛇ビッグスネークが、火精霊サラマンダーの光を遮ったのだ。


「落ちてくる!!」


エミリアの叫びより早く、三人ともが洞窟の方へと飛びのいた。

直後、家のような大きさの蛇が空から落下し、彼らのいた場所を押し潰した。

地面が割れる。大蛇ビッグスネークのギョロリとした目が、洞窟内に逃げ込んだ三人を捉える。


「予定通り」


ラカンカはにやりと笑う。




罠の仕掛けは終わっている。

ピコティは岩壁を伝って、所々にある凹み………海怪鳥セイレーンの巣を渡り動いていた。

凹みの中には、ハルピュイアと同様の巣がある。

枝を集めた、直径5メートルほどの皿状の巣だ。

ピコティは海怪鳥セイレーン達に気付かれないよう、巣の端っこ、枝の隙間にロープを通していた。

ラカンカを起点として存在していたロープの輪っかは、その途中で幾つもの海怪鳥セイレーンの巣を通っている。


上から落ちてきた大蛇ビッグスネークは、ラカンカが作ったロープの結び目を踏みつぶした。

ロープは引っ張られる。ロープの輪っかは、下の方に引かれ………。

多くの巣は、その勢いでロープを通した枝が折れる。

そして幾つかの巣は、巣ごと全体が大きくずれた。



パキャ、という音を、大蛇ビッグスネーク“キミドリ”は確かに聞いた。

落下の動きから一転、彼は少し動きを止める。

音の方を向けば、人間大の大きな卵が上から落ちて、割れていた。


「…………お前、その黄緑色の体、葉を真似た保護色だろう。

 アシタバから聞いたことあるぜ。

 お前みたいなタイプの蛇は樹上性、樹の上で生活するタイプの蛇だ」


伝わるはずもない。が、ラカンカはゆっくりと“キミドリ”に語りかける。


「お前みたいな蛇にとって、鳥の卵はいいごちそうだろう。

 ってことは、相手からは警戒されるわけだ」


“キミドリ”は卵の落ちてきた方を、岩壁の上側を見た。


―――――視線。

1つではない。岩壁の所々にある凹みの奥から、無数の視線が“キミドリ”に向けられていた。

警戒。敵意。自分達が大切に育てようとしてた卵を奪った、外敵に向けられる視線。


「群れの中の卵を襲えば、そうなる(・・・・)ぜそりゃあ」


鳴く、鳴く。大型の鳥類の叫び声が響く。

それぞれの凹みから、一斉に海怪鳥セイレーンが飛び出した。

羽音を鳴らし、叫び、群れをなして大蛇ビッグスネークに立ち向かう。


これがラカンカの考えたトラップ――――。

大蛇ビッグスネークに、海怪鳥セイレーンの卵を奪おうとしたという冤罪を被せる罠。

そう錯覚させ、防衛本能を焚きつけ、そして二種の魔物を争わせる。


突如始まった大蛇ビッグスネーク海怪鳥セイレーンの争いを、エミリアは感心したように見ていた。


「やるじゃないか、ラカンカ。フロアの魔物に敵を相手させるとは………。

 戦力不足も補える。海怪鳥セイレーンの敵側への加担や横やりも、心配しなくて良さそうだ」


エミリアが感心したように呟く。それだけではない。


先月の、ウォーウルフ論争の折。


アシタバは、魔物同士でもフロア間が違えば争いあうと言った。

兵の出荷の理論に従って、下から昇ってこようとする魔物を、上の魔物が抑えつけているとも。

だからウォーウルフを残そうと結論付けた。

そして、ラカンカはそういう可能性はあると踏んでアシタバに賛成票を入れた。


「ま、本当だったってことか」


これはラカンカの確認でもあった。

そしてそれを更に裏付ける出来事が、同刻、地下三階で起きていた。







魔王城三階で、ガジュマルは目を見開く。

砂浜のフロア、両手斧を構える彼の目の前には二本の角を有する大蛇ビッグスネーク“ツノ付き”が鎌首をもたげている。


そして、その胴にウォーウルフ達が喰らいついていた。


「魔物と魔物が………………!!!」


地面から大蛇ビッグスネークが出てきたと思えば、林の方から遠吠えが聞こえ、次にはウォーウルフの小隊が飛び出て、大蛇ビッグスネークに立ち向かっていた。

胴をうねらせ暴れる大蛇ビッグスネークと、牙を立てその胴に喰らいつくウォーウルフの闘いを、ディフェンバキア班の四人は呆然と見てしまう。

ディフェンバキアは思考のまま、自分の考えを口にし始める。


「団長殿を攫ったのは、大海蛇シーサーペントじゃったな………こいつもその仲間か?」


「つ、ついてますねディフェンバキアさん!

 このままウォーウルフの奴らに任せれば…………!」


「いや」


ガジュマルの言葉を、ディフェンバキアは否定する。

その目は冷静に、二種の魔物の争いを観察していた。


「ウォーウルフ達は計算しておる。砂浜は彼らの縄張りではない。

 それでも顔を出して、戦いをしにきた。

 戦車蟹タンククラブの件で、個体数を大きく減らしているにも関わらず、じゃ」


「どーしてー?」と、ハイビスカスが訊ねる。


「ゴーツルー、分かるか?」


「俺たちを共闘者として見てるってことでしょう。

 この大蛇ビッグスネークはウォーウルフ達から見れば侵略者だ。

 砂浜に顔を出しはしたが、食糧の豊富な林側に攻めてくるかもしれない。

 だったら林に入られる間に、一緒に戦ってくれる奴らがいる場所で迎撃した方がいい。

 つまり、俺達です」


長年ディフェンバキアの弟子を務めただけはある。

腕組みをし観察するゴーツルーは冷静だ。


「そう。これは悪くない流れじゃぞ。

 先月、ウォーウルフを警護兵にしようと銀の団で決議した。

 彼らは儂らが想定した通りに今、動いてくれておる。

 “ウォーウルフが大蛇ビッグスネークを撃退した”という事実は、アシタバが提唱していたウォーウルフ共存論の強い追い風になるじゃろう。そしてもう1つ」


「もう1つ?」と、ガジュマルが訊ねる。


「逆もまた然り、じゃ。

 ウォーウルフ達にとっても、儂らが共存しがいのある隣人ということを示さなければならん。

 彼らも生きて、考えておる。任せきりでは信頼を失う。

 儂らは応え、示さなければならん。共闘の意志があることを」


ディフェンバキアが斧を取り、大蛇ビッグスネークへと立ち向かっていく。

素早くゴーツルーが、一息おいてハイビスカスが、そして深呼吸をしてガジュマルが、その背中をおい戦闘へと身を投じていく。







「―――よくやった、ピコティ。上出来だ」


洞窟の中で、ラカンカはピコティの頭をぽんぽんと叩く。


「想定以上だ。正直、ここまで完璧にやってのけるとは思ってなかった」


洞窟の外では、とぐろを巻き空へ牙を剥く大蛇ビッグスネーク“キミドリ”と、旋回し急降下しては攻撃を加えていく海怪鳥セイレーンの戦いが繰り広げられている。


「子供扱いすんな。それに当り前だろ」


むすっとした顔でラカンカの手を押し退け、ピコティは胸を張った。


見つかれば殺される、殺気の中を潜り抜け。

幾つもの夜を渡り歩いた。

あのトウガ平原で生き抜いた幼い偵察兵には誇りがある。


「おいらは味方をうんと助ける戦士なんだ。舐めんなよ。

 トウガ団長に偵察兵を任され続けたんだぞ。

 あのトウガ傭兵団で、戦い抜けたんだ」


仲間を守る戦士になる。

あの言葉はずっと、ピコティの中で生き続けている。





十二章二十三話 『戦士ピコティ』

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