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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章二十一話 『石化の魔眼』

地下四階に、炎が渦巻く。草原に染まる赤と黒。

パッシフローラの究極魔法アルテマが、吹き出した炎をまとめ上げ、炎の巨人を作りだしていた。


素早くメドゥーサに従っていた大蛇ビッグスネークの一匹が身をかがめる。

尖った鱗、“トゲトゲ”だ。

次の瞬間には、弾けるようにパッシローラへ飛びかかり、吞み込もうとする。


「―――――“千紫万紅クサナギ”!!!」


炎の巨人の左腕が、大蛇ビッグスネークの頭を垂直に叩きつける。

次には右腕の炎が、メドゥーサ目掛けて伸びる。


「潰せ!!」


メドゥーサは動きさえしない。

大蛇ビッグスネークの一匹、“コブラ”が彼女を包み、炎から守った。


「おいおいパッシフローラ!!草原を燃やす気か!!」


「燃やす」


ツワブキの声に、パッシフローラは全く感情を揺らさず答える。


「ここの草原は全部燃やすっす。蛇は蛇だ。

 鱗は熱を通しにくいかもしれないけど、炎が好きなわけじゃない。

 炎はいい防護柵っす」


「俺らも燃やされなければな!」


言いつつも、ツワブキは納得をしていた。

言い分は正しい。火のリスクより恩恵の方が大きいだろう。

関心さえする。時に情に欠ける判断を下すが、パッシフローラは直感的な判断力が鋭い。



――――――静かなる炎を灯せ。


パッシフローラはその言葉を反芻する。

復讐の炎に駆られては、目を暗い影が覆う。

支配されてはならない。けれど、忘れてもならない。

熱と氷を抱いて、彼女は今一度メドゥーサに対峙する。


「“千紫万紅クサナギ”!!!」


彼女が吠え、渦巻く炎が唸りをあげ。

三匹の大蛇ビッグスネークが、高波の如くパッシフローラに襲いかかる。

炎の腕と大蛇ビッグスネークの衝突。それはさながら、二対の巨人の殴り合いのようでさえあった。


「……………魔に染まる者は厄介だなぁ」


笑いながらメドゥーサが呟く。


「さっきの男は我らとの平和協定を望んでいたが………。

 お前はそういうわけではないのだな。

 それに復讐に引きずられない条理が、お前の中にあるようだ」


炎の巨人を背景に、黒く影が差すパッシフローラの氷の瞳。

その表情はメドゥーサに、片目を奪った男の姿を想起させた。




パッシフローラの脳裏に、ムグラの姿が過ぎる。

ムグラだけではない。スグリ、アセビ、コガマ、グレコマ…………。

自分が幼い時からずっと、共に戦い続けてきた仲間たち。

そして次には、蜃の霧に侵されたあの姿を思い出す。

滾るような憎しみが、ないわけでは決してない。けれど。


“静かなる炎を灯せ”。

その言葉が、彼女の中で響き続ける。


ある日突然、仲間達が霧の向こうに行ってしまって。

国が、戦い続けた彼らを焼き払った。

それ以降は激戦の毎日だった。

だから王家を恨んで。砂の革命に参加した。


メドゥーサは、あの蜃を運んだのが自分だと言った。


仲間の死が、あの光景が。あの日々が、あの痛みが。

一人で戦い続けたこれまでが、意図的に齎されたものだとしても、それでも―――――。



落ち着いて(・・・・・)、パッシフローラ」


思ったより突然に、その声はパッシフローラの傍で聞こえた。

彼女が振り返ると、あの澄んだ目のローレンティアがいる。

炎に包まれたパッシフローラの隣に近づけるのは、黒い呪いを纏った彼女だけだった。


「冷静っすよ」


「冷静じゃない。魔力の出力が強すぎる。炎があなたの肌を焼き始めている」


パッシフローラは自分の腕に視線を落した。

赤く染まり、軽い火傷を負い始めている。


「問題ないっす」


ローレンティアからメドゥーサの方へ、パッシフローラは視線を動かす。


「このぐらいで敵を退けられるなら安いもんでしょう」


「違う」


ローレンティアの否定は強い。

彼女の脳裏には、グラジオラスのあの蒼い亀裂があった。


「パッシフローラ、私達は手を尽くさないといけない。

 目的は、敵を退けることだけじゃない。

 あなたも無事で帰らないといけないの。

 あなたは、その為に戦わないといけない。


 ―――――――それで、私達も一緒に戦う」


ローレンティアの黒い呪いが、パッシフローラも包む。

炎と黒い腕が、二人の周囲で渦巻く。

冴えた目の二人の後ろに、魔人が現れたかのようだった。


「潰せ、お前たち!」


メドゥーサの呟きより早く、三匹の大蛇ビッグスネークがタイミングを合わせ、二人に跳びかかり。


「反らして、或る黒き愛(クロガネ)!!」


黒い手が唸る。しゅるしゅると渦を巻き。

炎の腕が跳ね退け続けていた大蛇ビッグスネークの頭部を、黒い腕はいなし、反らした。


「――――千紫万紅クサナギ!!!」


パッシフローラが吠える。

今まで衝突しあっていた相手が反らされ、勢いそのままに後方の地面にぶつかった。

彼女にとって、初めての好機だ。

炎の巨人がその両腕を伸ばし、大蛇ビッグスネークの一匹、“コブラ”の首を締めあげる。


「燃やし尽くせ!!」


炎の塊が、その腕を伝って巨人から大蛇ビッグスネークへと押し寄せる。

金切り声のような甲高い声が響き、場にいた多くの者が耳を塞いだ。

“コブラ”の悲鳴だ。


「ナイス、パッシフローラ」


「…………礼は言うっす。ありがとう」


それは久しい感覚だった。夢霧送り(リビングデッド)に出くわす前。

親代わりの傭兵達と魔物達へ立ち向かう、あの戦線の臭い。


「一緒に戦おう、パッシフローラ。それで、一緒に戻ろう」


二人、構える。

黒い手が足元で待機し。頭上では炎が渦を巻く。

冴えた目をした魔道士二人を、メドゥーサは観察し。


「………………厄介な奴らめ」とだけ、呟いた。








「エーデルワイス!マリーゴールド!グロリオーサ!悪いが急患だ、見てくれ!」


湖岸近くまで撤退し、アシタバを観察していた魔道士達の下に、グラジオラスが駆け込む。

肩には力の抜けたディル。


「石化の魔眼にやられたんだ!」


「…………遠巻きながら見ていたわ」


グロリオーサが、炎と大蛇ビッグスネークが暴れ回る最前線の方を見て言った。

その横でエーデルワイスがディルに寄り添い、その体を調べていく。


「アシタバさんと同じ症状ですね。感覚の遮断……で、でも脈はある」


「石化の魔眼、ですのね」


マリーゴールドが手を口元に当てる。魔道士四人………。

ラカンカ班、輪廻のマリーゴールド。

タマモ班、涅槃のグロリオーサ。

タチバナ班、虚無のエーデルワイス。

ツワブキ班、夢想のグラジオラス。

それぞれがその正体不明の呪いを考え、そして頭を抱える。


「思考に導線がないわね。

 魔道士、魔法を学ぶ者といえど、研究家とは違うのかしら」


沈黙する彼女達を見かねたのか、ストライガ班、学者のシキミが割って入る。

一瞬ディルの様子を観察し、そして魔道士達の方へ振り返った。


「人の心以外に、理屈が通じないことはないのよ。

 正体不明の呪い?石化の魔眼?

 あり得ないけれど“ある”のなら、何か裏があるんでしょう。

 強大な敵の未知。それを解き明かせないんなら、学者わたし戦闘部隊ここにいる意味はないのよ。

 悪いけど、あんた達にも手伝ってもらうわ」


少々独善的な傾向のある彼女だが、この状況下でのそれは推進力のある言動に移る。

魔道士達も、真剣な顔で頷いた。


簡略会議セッション。ツワブキの言っていたあれ、憶えてる?

 あの形式でいく。質問者クエリは私。

 評価者ジャッジはそこの、グロリオーサだったけ?あんたがやって。

 それ以外の三人で、回答者アンサーを」


「…………了解したわ」


グロリオーサ、そして他の三人も頷く。


「一、石化の魔眼………見ただけで相手を石化する、は成立し得るか?」


学者シキミが最初の命題を投げる。

グラジオラス、マリーゴールド、エーデルワイスは顔を見合わせた。

答えるのはマリーゴールドだ。


「解、それはあり得ませんわ。

 見ただけ、光による情報伝達だけで、相手の神経を遮断する程の高度な魔法はかけられません。

 論理的に成り立たない」


ヤー…………相手が魔物であっても論理は同じはずよ。

 “石化の魔眼”は、フェイクの可能性が高い」


いや、とグラジオラスが、グロリオーサの発言に続く。


「ディルのかけられ(・・・・)を間近で見ていた私の意見を言わせてもらうと、目から何らかの魔法を掛けていたことは確かだ。

 それが石化の魔法そのものなのかは分からないが………」


グラジオラスの意見を聞き遂げると、シキミは次の質問に移る。


「二、では、相手の神経を遮断する程の呪いは、どうすればかけられるのか」


虚無のエーデルワイスが、ばっと手を挙げる。


「か、解、そのレベルの魔法であれば、術者との直接接触が必要になります!」


ナップ………少し違うわね。

 高度な魔力媒介体キャリアを介する場合は、直接じゃなくとも成立し得る」


「高度な魔力媒介体キャリア?」


と、マリーゴールドがグロリオーサに訊ね。


「…………例えば、体の一部を千切って飛ばすとか、魔水晶クリスタルを投げるとか……。

 魔力の馴染む物体を介する感染ね」


流石、呪いの掛け方には涅槃のグロリオーサに分がある。


「成程ね………次行くわよ。

 三、では、どのタイミングで呪いをかけたのか」


問題の核心に迫る問いに、一同は一瞬黙る。


「…………解、アシタバのケースなら想像できる」


と、発言したのはグラジオラスだ。


「オオバコ、アシタバのこの腹部の傷は何だ」


「お、俺か!それは、アシタバが石化にかけられる前に、砂の中から飛び出してきた蛇に腹を噛まれて………」


オオバコが言葉を止める。

議論をしていた五人が、自分の方を見つめていたからだ。


「アシタバは直接蛇に噛みつかれた」


グラジオラスの確認に、オオバコは頷く。

グロリオーサの評価ジャッジを待たずして、シキミが呟いた。


「それね」








「――――――――ッ!」


【狼騎士】レネゲードに悪寒が走った。

ローレンティアとパッシフローラが大蛇ビッグスネークの一匹を倒した直後。


明らかに、メドゥーサの気配が変わった。

レネゲードはその感覚によく憶えがある。

肉食の魔物が、目の前の獲物を仕留めようと動き出す時。狩りの発火の瞬間。


気付けばパッシフローラ達の方へ走りだしていた。ツワブキも後を追う。

レネゲードの頭の中で、危険信号シグナルがガンガンと鳴っている。

炎に包まれ暴れる“コブラ”。

メドゥーサの方へ撤退する、二対の大蛇ビッグスネーク

雰囲気が変わった朱紋付き(タトゥー)、メドゥーサ。


それらの巨大な存在感に、彼の感覚がすべて潰されてしまいそうだった。

それでも、それでも。

蜃に気を取られて、ローレンティアを大海蛇シーサーペントに攫われた。

メドゥーサを前にして、ディルに仕向けられた何かに気付けなかった。

感知者サーチャーである自分の失態だ。これ以上は見逃せない。


「分かったツワブキ―――――下だ!!!」


その、小さな小さな…………足元・・を蠢く敵意を、レネゲードは感じ取る。

直後、ツワブキはにぃっと笑うと、地面に思いっきり斧を振るった。


地面がえぐれ、土が弾け…………。

そして土と共に、何匹かの小さな蛇が舞っていた。









「メドゥーサの石化の魔眼のカラクリは!!」


学者シキミが声を張る。四人の魔道士も、ぐっと身を寄せた。


「神経を遮断する呪いを、視線ではなく蛇の噛みつきによって齎していた!

 奴の配下に、魔法魔物になった蛇型の魔物がいるのね。

 ヘビの多くが持つ毒に、魔法を交えてアレンジしたような種が」


「だが、ディルはどうなる?あいつは噛まれたのか」


と、グラジオラスがシキミの話を遮る。


「………………噛まれているわ」


と、グロリオーサが答えた。

彼女は動かないディルの、ズボンの裾を捲っており………。

そこから見える足首には確かに、小さな蛇の噛み跡が残っていた。


「……………恐らくこういうことでしょうね。

 配下の蛇を地中に潜ませておく。

 メドゥーサが何か………例えば地面への踏みつけとかで、敵の位置を地中の蛇に報せて……。

 それで地中の蛇がこっそりと、敵の足首を噛む」


「で、ですがそれはあり得ませんわ!

 どんな高等な魔法だろうと、ゼロから百に状態を移すことはできません!

 神経遮断の呪いでも、噛まれた瞬間には声を上げるくらいの猶予はあるはずです!!」


マリーゴールドが反論する。

だが彼女も、あながち間違いではないと感じているようだった。


「………例えば幻覚魔法はどうなの?

 噛まれていない夢を見させるの」と、シキミが訊ね。


「それも同じです。

 痛みを感じさせない魔法をあらかじめかけておく必要がありますわ」


と、マリーゴールドが答える。二人は黙り、考え……………。


「あ」と呟いたのは、エーエルワイスの方だった。


「何か分かったか、エーデルワイス」


「い、いえ、あ、あの、あっているかは分かりませんが………」


「何でもいいですわ。言ってみてください!」


「いえいえ、でも私なんかの考えが………」


「………………エーデルワイス」


三人の魔道士に窘められ、エーデルワイスは観念したような様子を見せた。


「…………メドゥーサの目から何かの魔法が出ているのは確か。

 あるんですよ。媒体が光であっても伝達し得る、簡単な魔法が。

 痛みを感じなくさせる、それは魔道士わたしたちにとって初歩的な魔法です」


グラジオラスも、マリーゴールドも、グロリオーサも呆気に取られる。

あまりにも意外な答えだ。それは彼女達魔道士が最初に習う、魔法の入門。


「……………回復魔法、か?」








“石化の魔眼”、ひいてはメドゥーサという魔物について、この事件の後に探検家組合ギルドへ報告が寄せられる。


その正体は、2つの魔法の複合技だ。

最初にメドゥーサが、対象と目を合わせ回復魔法をかける。

回復魔法というと味方へかけるイメージだが、その効能は痛み止めと止血。

毒を有する魔物にとっては、違う使いようのある魔法だ。


そしてメドゥーサが地中に潜ませた蛇が、メドゥーサから合図を受け取り、対象の足元へ噛みつく。

この蛇は魔法魔物、神経遮断の呪いを有する蛇だ。

対象は足首を這われることにも、噛まれた痛みにも気付かない。

そのまま、時を迎えると対象は神経が遮断され終わり、倒れてしまう。




「――――――ナイスだぜ、レネゲード!!」


二撃、三撃、ツワブキが地面へ斧を振るう。

土と共に、メドゥーサの手下であろう蛇が刻まれて宙を舞う。

先程の詳しい理屈がなくともツワブキには分かった。

これがメドゥーサが潜ませていたカラクリだ。


「見破ったり、だぜメドゥーサさんよぉ………」


ツワブキがメドゥーサを睨む。

大きな魔法を展開しているローレンティアとパッシフローラに休憩が必要だと判断したのだろう。

挑発を含んだ声色で、メドゥーサとの会話を設けようとする。


「なんだなんだ、大層な看板掲げといて、土の中の手下にコソコソやらせるのが実態かよ。

 ま、得てして正体ってのはそういうしょうもないモンだよなぁ」


「…………………………」


メドゥーサは直ぐには答えない。

ただゆっくりと右腕を持ち上げ、そして人差し指をレネゲードに向けた。


「残念だったな」


「何が―――――――」


ツワブキが反論するより前に。


レネゲードが仰向き(・・・・・・・・・)に倒れ込んだ(・・・・・・)



「あ?」


ツワブキは呆然と、地面に横たわるレネゲードに視線を落とす。

眼球は見開かれたまま動かない。アシタバやディルと同じ症状。

そして、足首が噛まれているわけでもなかった。


「ツワブキさん!!」


呆けるツワブキへ声が飛ぶ。ローレンティアだ。


「パッシフローラが、アシタバみたいに…………!

 返事がないの!!」


蒼白な顔で、パッシフローラを抱えている。

力も抜け落ち、視線も虚ろな、石化された姿。

彼女の後ろに展開されていた炎が、散っていく。


ツワブキは声を失う。混乱に突き落された。

正体を見破った。そう思った途端に、新たに二人犠牲者が出た。


「残念だったな。外れの実態を掴んだみたいで」


超然と、メドゥーサが呟く。

笑う。眼は冷たく。蛇の舌が歯の隙間から覗く。




探検家組合ギルドへ寄せられた報告はこう続く。


「これだけでは、我々はメドゥーサの全てに到達していなかった」





  

十二章二十一話 『石化の魔眼』

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