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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章二十話 『革命家コンフィダンス(後)』

コンフィダンスが砂の革命の革命軍に入る直前、六年半ほど前のこと。


夜の砂の国(ランサイズ)の、前線の砦の1つで音楽が鳴っていた。

演奏会の会場は、レンガ造りの見張り台の上だ。

奏者、コンフィダンス、マルギナタ、ディスコロール、バルーンバイン。

現在ライラック班に所属する“ブレーメンの音楽隊”の四人、当時は砂の国(ランサイズ)の王国騎士だ。


「ブラボー」


演奏が終わると、パチパチパチと一人の観客が拍手をする。

コンフィダンスは彼にしては珍しく、しかめっ面で対応した。


「馬鹿言え、王宮でもっといい演奏聞いてんだろうが。国王様ともなればよ」


憎まれ口を叩かれた相手は、笑って見せる。

当時の、そして砂の国(ランサイズ)の最後の国王となった男。

砂の国(ランサイズ)国王、ローダンセ。シャルルアルバネルの父にあたる男だ。


「そんなことないさ。コンフィダンス達は楽しそうに演奏する。

 道端の綺麗な石みたいで私は好きだ」


「褒めてんのかそれは………」


砕けた口調、王座で振る舞う威厳はそこにはない。


「お前夜に護衛置いて歩きまわるの何とかした方がいいぜ」


「何でだ。同期に会いにいっちゃいけないか?」


「国王の即位と兵の入隊を同期扱いはしねえ。

 っつーか危ないって話だ。今のご時世知っているだろうが。

 こないだ革命軍に誘われたんだぞ、俺は」


「知っている。だから会いに来た」


国王ローダンセは真面目な顔つきになる。

楽器をしまっていたコンフィダンス達も、その雰囲気に気を取られた。


「今、砂の国(ランサイズ)は傾いている。

 国民は王家に憎しみに近い感情を抱き始めている。

 ああ、私が指示した蜃のあの事件が原因だろう。分かっている。

 この砦でも、やはり恨まれているだろうか」


珍しくしおらしい国王に、コンフィダンスはペースを乱される。


「……………まぁな。お前の立場の難しさは分かってるつもりだ。

 だが今回は、数がデカ過ぎる。俺の仲間も持ってかれた。

 ………知り合いにガキがいるんだ。

 爆弾見てぇな魔法使う、少女くらいの幼いやつなんだがな。

 そいつの親代わりだった傭兵達も、全員犠牲になった。

 あいつは、お前に会ったら殺そうとするんじゃねぇかな。

 そんで俺は、それを多分、止められねぇ。そう思うんだ」


「…………………………」


国王ローダンセは少し寂しそうな顔を見せたが、やがて決心したのか、本題を口にし始める。


「今回は、表向きは前線の各砦への慰労訪問となっているが………。

 本当は君達に会いたかった。それだけが目的だったんだ」


「俺達に?なんでだ」


「私は、民達に裁かれようと思うんだ」


コンフィダンス達は一瞬、意味を掴みかねた。


「……………お前、自分が何言ってるか分かってるのか」


「ああ、分かっている」


「分かってねぇ!反王制の熱を知らねぇんだお前は!

 お前が自首紛いの真似をしたって、流れは収まらねぇぞ。

 王族は、お前達は殺される……!」


「それも、分かっている」


コンフィダンスの怒鳴りを、ローダンセは静かに受け止めた。

覚悟は済んでいる、聡明な目。


「言い訳があろうとなかろうと、失態は失態だ。

 蜃の件で燃え上がった王家への不満は、もはや鎮静化を図れるレベルではない。

 この戦争時代、貧しい砂の大地で内乱など、国が確実に消え去ってしまう。

 王が国を守るためにあるのなら、私はこの状況下で最善手を選ばなければならない。

 何を切り捨てて何を残すかだ」


「てめぇを捨てて国を残すってか」


「そうだ」


冷然とした決意の声色。

味方になりきれないコンフィダンスにさえ、その姿は正しき王に映った。

そう、即位した時からずっと知っている。

彼は聡明で、正しいことをしっかりと選び取る。

そして勇敢だ。自らの滅びの道さえ、必要であれば進み抜く程に。


「コンフィダンス。マルギナタ。ディスコロール。バルーンバイン。

 もし君達に、王への忠誠が少しでも残っているなら、私の命令を聞いて欲しい。

 君達は、革命軍に入ってくれ。そしてできるだけその中心部で活躍して欲しい」


「革命軍に?」


「そう、そして、できるだけ革命をコントロールして欲しい。

 民意を抑制するのではない。ちゃんと発散しきれるように。

 そして、その後に新たな国が、早く、正しく建つように。

 私をきちんと殺してくれ(・・・・・)。そしてそれを、正しく使い切って欲しい」


コンフィダンスは、その決意の形に絶句する。

努力も苦悩も知っている。背負ってきた責務も、共に生まれた使命も。

高く積み上げた塔の上で、それでも自死の判断を下す。

正直にいえば、コンフィダンスには理解ができなかった。


「国を導くために私は生まれたのだ。

 私は私の責務を果たす。これしかないんだ。

 どうかこの使命、果たしてくれないだろうか」


「お前、それは………………」


「そして、もう1つ」


言いかけたコンフィダンスに、ローダンセは指を突き付ける。


「これは、我が親友たちへの頼みだ。王ではない男の、醜いお願いだ。

 どうか……………私の娘を。

 シャルルアルバネルのことを、守ってやって欲しい」


それが、それこそが。

コンフィダンスが【革命家】と呼ばれる程に、革命を導くことになった動機であり。

革命後提示される議席を捨て、彼らが銀の団への入団を選んだ理由になる。


「王家の血の存続。革命の鎮静化。そんなこととは関係ない。

 どこでもいい。どんな境遇でもいい。

 私や妻は、殺されなければならないだろう。

 それでも娘は、何とか生き延びられるようにして欲しい。

 革命軍の内部から、そう誰かに働きかけて欲しいんだ」


それが。

正しき王として生き続けた男の、たった1つの情けない願いだった。


「ずるいと思うか。

 沢山の戦士を死に追いやった俺が、こんなことを願うなんて」


コンフィダンス達は、すぐには答えなかった。

真剣な表情でしばらく沈黙し。

しばらく後に、コンフィダンスがゆらりと立つ。


「ずるいもんか。人間だぜ、お前は」


剣を抜き、その刃を持ち、跪いて柄をローダンセの方に向けた。

二人はこれをやったことがある。コンフィダンスが騎士になった日。

誓いと祝福、王と騎士の契約の儀だ。


「気高き王よ。俺はお前に仕えられたことを誇りに思う。

 そして友よ。お前の願いは聞き遂げた。

 ………革命軍に入る以上、精神的な支えの役目は果たせねぇ。

 でも立ち回って、生き延びれるよう取り計らう。これでいいか?」

 

幼い時の父との会話を、コンフィダンスは思い出していた。

王家を守るべく、自分は剣を取り騎士になったはずだ。

どうしてこうなったのか。

王の忠誠の下に、自分は王を殺そうとしている。


ローダンセが剣をコンフィダンスの肩に置き。

そして友へ、最後の言葉を語る。


「すまない、頼む。そしてありがとう。最高の友人達よ」



コンフィダンスは、その友との約束を果たした。

革命を導いた。王家を滅ぼした。

民意を発散させて。そして、王を殺した。


それが友の願いだったからだ。そうするしかなかったから―――――。







「どうして知っているかってね、戦線の一端を担ったからさ」


現在。地下四階、メドゥーサがパッシフローラに語りかける。

それは彼女の揺れを感じ取ったメドゥーサの、追撃の挑発だ。


「私の子分に大海蛇シーサーペントって呼ばれている海蛇がいるんだけど、そいつがデカい貝のやつと仲いいのさ。

 蜃、って呼ばれていてね。ま、親戚の子供みたいなもんさ。

 砂漠の時は確か、仲間内で蜃を戦線に置いてみたらどうかって話になってね」


パッシフローラの動悸が早まる。手が震える。


「それで、私が大蛇ビッグスネークを使って蜃を運んだんだよ。

 砂漠にあれを置いたのは私さ。ちょっとした作戦の一部でね。

 大成功だった、って聞いてる」


頭の中で、何かが切れる。








「お姉様が立案された作戦だったのよ。あれは芸術、会心の出来だったわぁ」


地下二階。夢魔アルプがコンフィダンスへ笑いかける。


「人間に化けて、扇動して、仲間割れをさせるの!

 お姉さまの発想ったら、天才的だわ!

 蜃で事故を起こさせて、革命を兵士達に唆して………。

 私もヒスパダって男に化けて、流れを作ったの。

 面白いようにあんた達が、自分で国を滅ぼし始めるんだもの!

 にひひ、あの終盤の狂気的な勢いっていったら!」


友を殺した。

誇りに思う己が王を、国の為に犠牲にした。

それは、そうするしかないと思っていたから。

だから、身を裂く自傷衝動にも耐えられた。

だから―――。


「…………ライラック、シャルルアルバネル様の傍にいろ」


絞り出すような声だった。ライラックは冷静に場を俯瞰する。


「俺が前に出るべきだろう」


「頼む、守っていてくれ。飛び出さないようにだ」


ライラックがシャルルアルバネルを改めて見る。

必死の形相だ。まさしく憎むべき仇を見つけた、復讐の形相。

ライラックは瞬時に、護りもこなす抑え役の必要性を理解する。


コンフィダンスは剣を構えなおす。柄には翡翠の飾り。

王家を守るべく手にしたその剣を、一度は王家へ振り下ろした。

剣を挟んで、夢魔アルプとコンフィダンスは再び対峙する。


「…………あー、なんかあんた見たことあるかも。

 ごめんね、用が済むと顔忘れちゃうんだ」


「…………そうか。夢魔アルプっつったか。

 お前に、俺の気持ちが分かるか」


「気持ち?」


どちらも正しく、どちらも否定できなかった。


蜃に親代わりを持っていかれ、王家を憎んだ一人の少女も。

夢霧送り(リビングデッド)を招き、けれども国の為に自らの命を捧げた友も。


どちらの敵にもなれず、どちらの味方にもなれなかった。

ある意味でコンフィダンスは安心する。黒い炎と、彼は笑った。


「お前みたいなやつがいて、よかった」








「大成功だった………………?」


素人のローレンティアでさえ、その殺気を感じ背筋が凍る。

パッシフローラの目が燃える。

その激情が、憎しみが膨れ上がる様を見て、メドゥーサはにやりと笑い。

そして次には、その笑顔が曇る。


パッシフローラの温度が冷えていく。

深く、深く…………彼女の激情が、沈められていく。


「静かなる炎を灯せ」


ムグラが言っていた言葉を呟く。

彼の亡骸を焼いた炎は、ずっとパッシフローラの底で燃えていた。

燻り続けていた。今に始まった事ではない。


復讐心は、ずっと彼女と共に在った。


パッシフローラは胸元からペンダントを取りだす。

魔水晶クリスタルを砕いた。彼女の究極魔法アルテマが、ざわめき出す。


「血みどろの闘争が欲しい?

 じゃあ、俺が付き合うっすよ。また戦争をしよう」


変わらない。この時代でもまだ、彼女は戦争の中にいる。

炎が、彼女の足元から湧き出てくる。波のように、噴火のように。

広がり渦巻く炎は、彼女の背後で巨人の姿に収まっていく。


「焼き払え―――――“千紫万紅(クサナギ)”」


敵を睨み。炎を纏い。パッシフローラの目が、冴えていく。





十二章十七話 『革命家コンフィダンス(後)』

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