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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章十五話 『アシタバ班(後)』

蛇の死骸の中にはたまに、他の生物にはない奇妙な姿のものが見受けられる。

体が内側から破られているのだ。


彼らは時として、自分より大きな獲物や重すぎる獲物を平気で丸呑みにしてしまう。

例えそれで、自らの体が中から喰い破られようとも。

後の計算など吹き飛んでしまう程に、蛇が獲物を見つけた時に湧き上がる本能は強いと言える。



「私は勝手にやらせてもらうよ。

 そもそも、今更足並みを揃えようなんて言わないよね?」


時は少し戻り、白銀祭の夜。魔王城の地下深く、門団ゴルゴダの六体が集まった時点。

メドゥーサは他の魔物達にそう言ってのけた。


「えーなんでー?せっかく集まったんだし、一緒にやろーよー!!」


ふわふわと、呑気な声を掛けるのは人魚妃ローレライだ。

メドゥーサはそれに、面倒臭そうに応じる。


「元々種族も違うんだ。求める答えも違うし、やり方も違う。

 今までと一緒でいいじゃないか。別々にやればさ」


「だが――――――」


「悪いが」


賢人馬ケンタロスの言葉を、メドゥーサは鋭く断った。

門番ゴルゴダの魔物達はその殺気を察する。

獲物を見つけた蛇特有の、瞳孔の開いた金の目。


「これはわたしの性だ。邪魔をしてくれるなよ。

 今まで遠い戦線を眺め続けているだけの日々だったんだ。

 私の内なる衝動が人間どもに暴力を振るえと叫んでも、主からの使命を思い出しては耐えるばかり。

 でももう、今は違う」


呑みこんだ後のことなど、考える必要はない。

敵を捉え、喰らいつき、そして呑みこむ。

その瞬間に凝集される、彼女の本能。


「私の頭はもう、あいつらとの喰い合いでいっぱいだ」







現在、吹雪のフロア。

メドゥーサは一人立ち、大蛇ビッグスネークとキリ達の戦いを見る。


感心をするのは、キリの戦いっぷりだ。

大蛇ビッグスネークの中腹ほど、その体の上で器用に跳ねまわっている。

大蛇ビッグスネークの次の動きの予測。

揺れる胴体への着地と、次の跳躍、空中での軌道制御。

それらを連続して行うためのバランス感覚と体幹、経験値。

紙一重、刹那の判断の繰り返しだ。


大蛇ビッグスネークも、その目をキリから離せないでいる。


(あの小柄な体で、巨体な魔物の意識を惹きつけている……。

 頭部がつきっきりになる以上、噛みつきも封じられたようなもんさね。

 十分すぎる役目を果たしている。一方で…………)


メドゥーサは尾の方へ視線をずらした。未だ雪煙が舞っている。

ローレンティアとオオバコ達が跳ねられた後だ。


(あっちは期待外れさね。あの子も脅威に感じていない)


メドゥーサは溜息を吐く。それでは駄目なのだ。

この戦いを仕掛けた意味がない。


「頼むよ、人間。元々備わっている力が紡ぐ結果に興味はないんだ。

 もっと抗ってみせろ」


その呟きは、ローレンティア達には届くはずもない。








脳が揺れている。

ローレンティアは雪の上に横たわっていた。

大蛇ビッグスネークの尾の薙ぎ払いを、オオバコと共に受けて吹っ飛んだ後だ。

彼女とオオバコとアシタバを包んだ呪いはゴム毬のように雪原を転がり、彼女をひどく揺さぶった。


「ティア!!ティア!!!大丈夫か!!」


オオバコが叫んでいる。雪の感触が冷たい。

眩む頭を起こして、ローレンティアは現実に戻った。


「だい……じょうぶ………。キリとアシタバは…………?」


上体を起こすローレンティアの目に、一番に飛び込んできたのはのたうつ巨大な蛇だ。

白い雪の世界で、黒い曲線が踊る、踊る。

その曲線の上で、舞うように戦うキリの姿が見えた。


「キリ――――」


雪の地面に手をつき、立ち上がろうとしたところでローレンティアは、自分の側に倒れていたアシタバに気付く。

未だ目を見開いたまま、石のように固まっている。


悔しくて、そして悲しそうな表情だった。

アシタバのその表情が何か、ローレンティアの胸を抉る。


知っているんだ。

強さも、弱さも。孤独も、苦悩も、そして願いも。

ずっとローレンティアは、アシタバを見てきた。

だからこそ―――――。


「…………………?」


決意を固めかけたローレンティアは、一瞬戸惑う。

視界が暗くなった。いや、彼女の周りを、大きな影が覆ったのだ。


見上げれば、大蛇ビッグスネークの尾が高く持ち上げられていた。


「ティア!次が来る!!!」


オオバコが叫ぶ。ローレンティア達の準備など待たない。

即座に、大蛇ビッグスネークの尾が振り下ろされ…………。



「――――――お願い、或る黒き愛(クロガネ)


その、ローテンティアの呟きは轟音に潰される。

彼女の黒い呪いと、巨大な尾の衝突だ。

尾を振るった大蛇ビッグスネークは、違和感に素早く顔を向けた。

彼女・・のこれまでの経験上、間違いなく相手を潰し殺せる重さの叩きつけ…………。


が、受け止められている。




蠢く、蠢く。


銀世界の中で、黒き呪いが湧き立つ。

思わず、遠くから様子を見ていたメドゥーサも目を奪われた。


異形。


魔物から見てもその禍々しさは薄れることはない。

薙ぎ払いを受けるだけの先ほどとは違う。

垂直に振るわれた尾の下で、黒き呪いの手達が蠢き、悶え、そして自らの行方を求めるように暴れ出す。

竜巻のように、廻り出す。

それは、迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダー達の地下二階、魔力暴走オーバーフローの再来だ。


「――――――ティア」


大蛇ビッグスネークの上での跳躍、空中にいたキリは、一瞬だけその黒い塊を見守るような視線を投げる。








体が、千切れそうだった。


四肢が痛む。脳が掻き乱される。影と光が、視界を交互に過ぎった。

再び、黒い竜巻がローレンティアを覆う。

巨大な尾の叩きつけを跳ねのけるべく蠢く、黒き呪いの反動が、ローレンティアの身を裂かんと唸るようだった。


魔法を習った今のローレンティアになら分かる。

少しでも緩めれば、全て持ってかれる。魔力暴走オーバーフローが来る。


「…………駄目、お願い、或る黒き愛(クロガネ)


黒い手に体を包まれながら、ローレンティアは呟く。手綱を必死に握り締める。

駄目だ。多くの仲間がいたあの時とは違う。

アシタバが倒れている今、自分は立っていなければならない。

引き摺られてはいけない。


渦巻く呪いは、氾濫寸前の大河に等しい状態だったが……。

その勢いが、一旦は大蛇ビッグスネークの尾を押し返す。


渦巻く黒い腕達の合間から、ローレンティアはアシタバの顔をもう一度見る。

憤りが、彼女のどこかにあった。知っているからだ。

先月、銀の団の中で幾つもの反対に遭いながら、ウォーウルフのために戦ったアシタバの姿を。


やるしかないんだ(・・・・・・・・)


ローレンティアが、あの澄んだ目で上を見上げる。

彼女の呪いの竜巻が押し返した尾が、停止したところだ。防衛は挽回ではない。

それはローレンティア達にとって無情すぎる、二度目の振り下ろしの体勢だった。



やってやる(・・・・・)



何度でも、耐えるしかない。今までのように。

ハルピュイア迎撃戦でも、迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーの時も、彼女はそうやって対応した。

二撃目を受ければ、間違いなく魔力暴走オーバーフローを起こすだろう。

それでも。


大丈夫。大丈夫だ。ローレンティアは自分に言い聞かせる。

それは、自分の得意なことだったはずだ。

今までずっとやってきた。慣れているんだ。


辛さに、耐えきればいい。


国にいた頃は、息を殺し続けて陰口に耐え続けた日々だった。

よく知っている。ましてや、あの頃とは違う。

他人のためになら、きっとあの時よりもっと自分は耐えられる。


再び振り下ろされる巨大な尾へと、ローレンティアは呪いを持ち上げていく。



頭を過ぎったのは、蒼い亀裂だ。

白銀祭の後、グラジオラスの首筋に刻まれる蒼い亀裂を見た。

銀の団を守るため、身を投げうった彼女が辿りついた姿。

走馬灯なのか。

次には、ブーゲンビレア卿との対局が思い起こされる。

守る、それだけではいけないと戒められた言葉。


「ティア!!」


オオバコの叫び声でローレンティアは我に帰る。

尾は既に振り下ろされていた。

ローレンティアは反射的に、受け止めるべく呪いを展開し。


違う(・・)、ティア!!!!」


そしてオオバコのその言葉に、気を取られた。

振り向けば、竜巻に抗い必至に訴えかけてくるオオバコの姿がある。


「聞け、聞いてくれ、ティア!!全部を受け止めようとしなくていいんだ!!

 俺がミノタウロスと戦った時だって、あいつらの攻撃を正面から受けはしなかった!」


ローレンティアは少し、呆けてしまう。

ミノタウロスに立ち向かった時のオオバコの姿を。

ウォーウルフのために戦ったアシタバの姿を憶えている。

決してそれは、反論に蹲り耐えるような姿ではなかった。


「―――――――そっか」


そして、或る黒き愛(クロガネ)も。

白銀祭の前夜、斑の一族との戦いで、ローレンティアの呪いは燃え盛る瓦礫を押し退け、堀の壁を壊そうとさえしてみせた。

絶対防御の呪い。

ローレンティアが或る黒き愛(クロガネ)と呼ぶそれは、守るだけで終わる呪いではない。



躱すよ(・・・)或る黒き愛(クロガネ)!!!!」






遠くからその様子を、キリとメドゥーサが目撃した。


まさに、地中から湧いた蛇が天に噛みつかんとするばかりに、ローレンティアの呪いが上へと伸びていく。

勢いを持って再び振り下ろされる大蛇ビッグスネークの尾と衝突する。


変化があったのは、手の形だ。

以前は受け止めようと、掌を開く形だった。

今は違う。指先を相手に向け、腕をねじり。

手の1つがぶつかるたびに、相手の動きへ干渉しようとしていく。


ミノタウロスの、重い一撃を受ける時………。

オオバコは斧の柄を斜めに構え、その攻撃を反らした。

大蛇ビッグスネークの尾に対して、ローレンティアの呪いは全く同じことをする。


「……………いなした?」


尾の着弾、その轟音がメドゥーサの呟きを掻き消す。

すぐ横に致死級の重撃が落とされても、ローレンティアは顔色を変えない。


彼女がそうしたからだ(・・・・・・・・・・)



「――――いくよ。或る黒き愛(クロガネ)



死地にして、聡明。

ローレンティアの目が、深く、深く冴えていく。




十二章十五話 『アシタバ班(後)』

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― 新着の感想 ―
[一言] マジでこの死地にある時に輝き出すローレンティアの素質を考えたの凄すぎ。毎回この死地にある時ローレンティアの目の描写にワクワクする
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