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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章十三話 『アシタバ班(前)』

「メドゥーサなど、いるはずがありませんわ!」


と、魔道士マリーゴールドが自信満々に言ったのはいつだったか。

確か以前、魔物勉強会の後、昼食が一緒になった時だった。

メドゥーサがアシタバの講義の中で出てきたのだ。


「へぇ、どうしてそう思うんだ」


と、アシタバは受ける。

彼女の魔物知識への積極性は、アシタバにとって好印象だ。

隣ではローレンティアやキリやオオバコが、大盛りのサラダを突いていた。


「どうしてって、あの相手を石にするという魔眼の話です。

 魔法的に、どうしたって考えにくいんですもの」


「魔法的に」


その角度から考察をした探検家はいない。

アシタバは俄然興味を惹かれ、彼女の話に身を乗り出す。


「魔法とは、論理式です。超常を為すための形式フォーマットがある。

 世界の偉大なる真理は1つ。

 つまり、わたくし達の感覚から逸脱した魔法というものは存在しえない。

 確かに、亜水デミ亜霧ムドーなどの魔素カプはわたくし達の常識から理を少し外します。

 私達より大規模な魔法回路を持つ魔物や、魔法の生成に人間離れした時間を費やす魔物もきっといるのでしょう。

 ですがそれでも、明らかにできないものはある」


「メドゥーサの石化の魔眼は、明らかにあり得ない?」


「はい。まぁ、それには魔法とは何か、ということを説明しなければなりませんが………」


マリーゴールドはおもむろにコップを手に取ると、水を混ぜるようにそれを振り始める。

コップの中で、水がグルグルと回る。


「魔法の行使に必要なものは3つ。

 1つ、循環するマナ。魔道士は自らの体内にある魔法回路に自らのマナを流し、マナの環を作るのです」


「ふむ」


アシタバが渦巻くコップを見ていると、マリーゴールドはそこに角砂糖を入れ始める。


「2つ、論理式。マナの環に、一次元の連続的な情報を付与します。

 現在は各魔法の論理式の暗算が一般的ですが………。

 かつては多様な方法が提案されておりました。

 文字列情報を用いた魔法書。詞と音階を用いた詠唱スペル

 幾何学図形を用いた魔法陣。規定動作を用いた演舞ルーティンなんてものも」


マリーゴールドが、ストローを取り出しコップに挿す。


「3つ、魔法の伝達路。

 自身に付与、もしくは手で触れる場合はこの限りではありませんが……。

 遠くに魔法を起こす場合はマナを含んだ論理式を伝える伝達路が必要です。

 例えばわたくしの輪廻の魔道であれば、火の玉に魔法を宿し、遠くに伝えます。

 パッシフローラさんは、あらかじめ魔法を込めた魔水晶クリスタルをばらまく。

 例えば人魚も、あの歌声が聞こえる範囲でしか魔法を起こせない」


「なるほどな」


マリーゴールドの言わんとしていることを、アシタバも理解する。


「メドゥーサの石化の魔眼には、それを伝える経路がない」


「そういうことです。

 わたくしの火の玉による伝達でさえ、高度な魔法は運べません。

 目が合えば、ということは、光による伝達でしょうか?

 光はそこまで多様な情報を持てませんし、運べる魔法にも限度がある。

 相手の動きを奪うなどというレベルの魔法は、どう考えても無理です」






「―――――――――アシタバ」


現在。

石になり、砂に倒れるアシタバをオオバコが見下ろす。


迷いの森ではローレンティアを守り。

ハルピュイア迎撃戦では、出過ぎたキリを鎮めた。

消失迷宮では、一同を帰還させる脱出路を見つけ。

ミノタウロス達の迷宮では、オオバコの闘いの傍に立った。


ダンジョンの中では、いつも班の精神的支柱であったアシタバが。


「―――――――応、戦闘!!!」


オオバコが叫ぶ。ミノタウロスでモロコシに怒鳴られた教訓。

ダンジョンでは、仲間の死地より脅威の排除。


弾けるように飛び出したのはキリだ。


素早い身のこなしと高い戦闘力を持つ、アシタバ班の斥候。

その目は砂に伏せられている。短期決戦で敵を討ちとる、という算段。


「目を合わせなきゃ大丈夫?いい判断だ。

 でも、下ばっかり見るのは不用心さね」


メドゥーサの呟きの直後、重い一撃がキリを薙ぎ払った。


「――――――キリ!」


大蛇ビッグスネークの尾だ。すんでのところで上に反らした。

砂の地面を転がり、元の方向に押し戻され、ローレンティアの呪いに受け止められる。


「う……………」


持ち上げたキリの視界に、その姿が映っていた。

大きく鎌首をもたげた大蛇ビッグスネーク。その目が笑っているようだ。

その体は、1人の人間が立ち向かうにはあまりに大きい。


「キリ。あの巨体は私でも防ぎきれない。

 多分、攫われた時みたいに吹っ飛んじゃう」


キリを支え、ローレンティアが呟く。

今やチームの危険を感じ取った彼女の呪いは、足元に広く展開されていた。


「方向を考えなきゃ」


大蛇ビッグスネークを従えて、メドゥーサが笑う。

やりにくい、とキリは感じていた。目を避ける分、視野が限定される。

距離も掴みにくい。初動も遅れがちだ。


「―――-オオバコはアシタバを背負って待機。ティアは二人を守って」


「キリは?」


「もう一度いく…………!!」


アシタバは自分にもしものことがあった時のサブリーダーをキリに指名していた。

類は違えど、経験値という事であればアシタバにも引けを取らない彼女だ。

指示を出し、再度キリは敵へ駆ける。計算を、しなければ。


現状を俯瞰すれば。


場所も分からないダンジョンの中、四人の班のリーダーを失った。

目の前には魔王軍最高戦力、朱紋付き(タトゥー)の一体と、その配下であろう巨大な蛇。

三人だけで対応するには、絶望的すぎる状況だ。


頼みの綱と言えるのは、ローレンティアの絶対防御。

でも、それも万能ではない。

勢いを止めれない以上、薙ぎ払われれば吹っ飛ぶし。

そもそもローレンティアは地下二階、巨大な迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーの攻撃を受けた時、魔力暴走オーバーフローを起こした。

これは勘だが、吹っ飛ぶなど威力を逃がせない方向ーーー叩き潰されようとすれば再びそれが起こる。

そうなれば、全滅は必至だ。


だからそうならないよう、立ち回る。





「なかなかすばしっこいやつだね」


メデゥーサが感心した声を上げる。

瞬発能力と回避能力は団一番のキリだ。

巨大な大蛇(ビッグスネーク)の尾が乱舞する、致死級の連撃を、飛び跳ねながら躱していく。


敵を排除しなければならないと、以前の、殺し屋としてのキリならそう思っていただろう。

死が絶対的目的で、事を納める手っ取り早く着実な方法だと信じていた彼女になら。


しかし彼女は変わった。

地下一階、樹人(トレント)の利用法を提示され。

ハルピュイア迎撃戦でも、戦車蟹(タンククラブ)殲滅戦でもアシタバに間違いを指摘された彼女になら。


正しい目的を、ちゃんと捉えられる。


「ウチの子の戯れを捌き続ける腕前は認めるよ。 だがまあ、限界ってものはある」


メデューサのその呟きと同じタイミングで、跳ねたキリが足場にしようとした、大蛇(ビッグスネークの胴体がうねる。


「―――――ッ!」


たまらずバランスを崩したキリは砂上に振り落とされる。着地は万全だ。

だが、その動作をさせられた時点で詰み―――。


「終わりだ」


大蛇(ビッグスネーク)の不可避の薙ぎ払いを宣言したメデューサは、ピクリと眉を顰める。


それまで単騎で大蛇(ビッグスネーク)に立ち向かっていたはずのキリの側に、アシタバを背負ったオオバコとローレンティアが立っていたからだ。


仲間の死地に即座に助けに入れる、ローレンティアの好判断……。

以上の意図を、刹那、メデューサは感じ取った。


「――ありがとう、キリ。これでいいのね?」


「ええ、方角は合ってる」



直後。


大蛇(ビッグスネーク)の薙ぎ払いと、ローレンティアの呪いが衝突し。

次の瞬間には、4人を包んだ呪いの塊が空高く打ち上げられていた。



キリがこのフロアで受け持った役割は、逃走だけを考え続けることだ。


キリは観察し続けていた。

自分達と話す時のメドゥーサの立ち位置、意識の方向、風向き。

そして何より、きっと具合の悪い尾喰いの蛇(ウロボロス)は、フロアの奥側に置いておきたいはずだ。


「確認、した」


上空、五十メートル。

吹っ飛ばされた風の中でキリは、呪いの手の隙間からそれを確認する。

砂漠の淵、壁にある洞窟と、その中に見える上へ続く階段を。



この状況での最優先事項は殺すことではない。

全員が無事に逃げ果せることだ。


だからキリは大蛇ビッグスネークを相手に、前に出た。

敵の攻撃を抑制するために。自分達を薙ぎ払う方向を、調節するために。

逃げるために、わざと吹っ飛ばされる。


「出口を確認した!方向は合ってる!ティア、このままで!!」


そのキリの言葉に応える余裕は、ローレンティアにはなかった。

砂漠の上空を横へ、滑るように飛ぶ彼女たちも、重力に沈んでいく。

最初上へ撥ね飛ばされた彼女達は、今や落下、砂の地面に激突寸前だ。

その落下、風の中で、ローレンティアは澄んだ目を開く。

意識を、己が同伴・・に通していく。


「――――――弾くよ、或る黒き愛(クロガネ)!!」


湧き立つ彼女の黒い呪いが、迫る砂の地面を受け止め、そして弾く―――。





「なんだい、あれは」


それ(・・)を目撃したメドゥーサはぽかんと呟く。


砂の大地を、横っ跳びに滑っていく………。

まるで水面を跳ねていく、水切りの石のような、黒い塊。

砂に足を取られるローレンティア達が速やかにこの場を切り抜ける、恐らく唯一の手段だ。

横の推進力を保ったまま、彼女達は出口へと一直線に跳ね、転がっていく。


「は、はは…………」


それを見るメドゥーサの顔は、狂喜へと変わっていく。


「あは、あははははは!そう!それだよそれ!!

 その発想!その機転!それに己を至らせる、意志だ! 

 敵がどれだけ強大かを、どれだけ絶望的かを理解できるアンタ達が、それでも折れず、諦めずに生へと足掻く…………。

 私はそれが、どこから来るか知りたいんだ」


呟きは、風の中のローレンティア達に届くはずもない。

メドゥーサは大蛇ビッグスネークに乗ると、彼女たちの後を追い始める。







「アシタバの様子は!?」


「分かんねぇ!ずっと反応がねぇんだ!!………でも、心臓は動いている」


砂漠のフロアを抜け、上向きの洞窟、その階段をローレンティア達は駆けあがっていく。

未だ動かないアシタバは、オオバコに背負われていた。

硬い石、というわけではなく、むしろ力が全くない。時が止まったかのようだ。


「ごめん!私がもっと魔法習得していれば、何か分かったかも―――」


「ティアのせいじゃねぇ!多分、分かる奴はそういねぇよ!!

 とにかく今は、上へ帰ることだ!」


急く、急く。

絶対的な敵を前に、彼女達はひとまず離脱に成功した。

なんとか掴んだその糸を切らさないよう、彼女達は必死の思いで駆けあがる。


やがて階段は終わり、明るい、洞窟の終わりが見えた。

1つ上のフロアだ。







「雪、原………………?」


そのフロアは、一面の銀世界だった。

緩やかな起伏があるのか、降ったばかりのような柔らかな雪が、フロアの奥まで続いている。


ローレンティア達は一瞬躊躇する。

彼女達の前に広がるのは、何がいるか分からない未知領域ブラックだ。

だが背後から迫ってくるものがある以上、引き返せるわけもなく。


「…………いくぞ」


オオバコの声を、皮きりに。

彼らは、凍える生還への道を、辿り始めた。





十二章十三話 『アシタバ班(前)』

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