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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十二章 結び月、蜃と砂の国編
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十二章八話 『遭遇』

魔法、というものには5つの階級レベルがある。


(ファースト)。自身の身体に超常を起こす階級レベル

(セカンド)。許容する他者に超常を施す階級レベル

(サード)。抵抗する他者を超常へ誘う階級レベル

(フォース)。相手の魔法的加護を破り、超常を齎す階級レベル

(フィフス)。世界の理に干渉する超常を行使する階級レベル


他者を幻覚に陥れる蜃の魔法は、少なく見積もっても(サード)

対幻覚魔法なら、(フォース)以上が求められる。

銀の団で、対幻覚魔法をそのレベルで扱えるのは二人だけだ。

アルストロメリアとエーデルワイス。


「―――――かけ終わったわ。私が出来る限りの加護よ。

 でも、決して間違わないで、これは気休めにしかならないわ。

 あの巨体で、長い期間をかけて熟成させた幻覚魔法に、通用するかすら怪しいの」


蜃討伐作戦、決行日。

戦闘部隊のほとんどに対幻覚魔法をかけきりふらつくアルストロメリアを、ライラック班唯一の女性騎士が支える。


「では、私達は地下二階で待っております。どうかご武運を」


「ああ、アルストロメリアを頼む、ユッカ。

 始めるまで時間はとる。それまでに戻ってくれ」


地下四階。一同は揃って、湖へと向き合う。


「各班、動きのすり合わせをしとけ。班長どもはよろしくな!」


ツワブキの号令で、一同は作戦決行前の小休憩に入る。







「水中戦闘………水中戦闘かぁ………」


アシタバ班、オオバコが不安そうに呟いた。

ダンジョンの水場がやばいという情報は、既に学んでいる。


「斧、あんまり頼らない方がいいぞ。

 水の抵抗でろくに振るえない。キリみたいな短剣がベストだな。

 守りはすまないが、ティアに一任することになりそうだ」


キリとローレンティアが、真剣な顔で頷く。


「キリが攻撃、ティアが守り…………。お、俺の役目は?」


オオバコが少し心配そうに慌てる。


「ま、ティアと盾役タンクをやってもらうかな。

 ………今回の作戦としちゃとにかく、撤退を第一に考える。

 幻覚魔法は正直経験ないが、遅いと思う前に終わっているものだろう。

 特にティアは、呪いが幻覚魔法を通すかもしれないから、あまり無茶をしないでくれ」


もしかしたら、アシタバが一番緊張をしていたかもしれない。

魔法魔物。前例のない相手。判断を間違えれば、味方を失うかもしれない。


「ええ、大丈夫。油断はしないけど、みんながいるし」


そうしてローレンティアは、アシタバと目を合わせる。


「それに、私もいる」


その言葉は、アシタバの緊張へ向けられた言葉だ。

白銀祭を経て逞しくなったその姿に、アシタバは一瞬魅入られる。


「ま、そういうこったなぁ!俺も存分に頼ってくれ。

 水中用のハンドシグナルもばっちり憶えたしよ!」


オオバコが陽気に胸を張る。


「水中戦闘………体得はしている。魔物相手用じゃないけど。やってみるわ」


キリも柔らかく笑った。


迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダー。ミノタウロス。戦車蟹タンククラブ

戦いを越えそれぞれが、探検家らしくなってきた。


「………ああ、みんな、頼む」


人との関わりの経験が少ないアシタバには、その応えられるという感覚も新鮮だ。







少しの後、ツワブキが作戦の開始を指示する。始まりは静かだ。

タマモ班、タチバナ班、ラカンカ班が見守る中、ツワブキ達は湖へと進んでいく。


ツワブキとしても、正直にいえば不安が残る作戦だった。

大人数をかけた、巨大な魔法生物を対象ターゲットとした作戦は彼にとっても初めてだ。

海怪鳥セイレーンや湖の中の魔物を掃討し切ってから蜃に取り掛かった方がいいかもしれない。

地下五階をクリアリングしてからの方が安全かもしれない。

ツワブキは勘に頼った。

小さな安全策に時間をかけるよりも、蜃の排除を急ぐべきだと、彼の探検家経験が訴えている。


結末がどうであれ(・・・・・・・・)

この作戦のことは、ツワブキの記憶に深く刻まれることとなる。




「では、俺達はここで待機する。

 やばそうなら、パッシフローラの爆弾を水に落とすから安心してくれ」


「安心できるか!」


ヤクモが突っ込む。

ストライガ班とは別れ、湖に入るのはマリーゴールドと、ツワブキ班、トウガ班、アシタバ班の十三人だ。


「…………じゃあ、行くぞ。気合い入れろよ」


ツワブキの号令の下、一同は湖へと潜っていく。





水中は別世界だった。

原始的な魚型の魔物が遊泳する蒼の世界。その湖底には巨大な二枚貝、蜃が構える。

水中活動魔法というのはアシタバは初めてだったが、息に不自由せず、視界もクリアだ。

泳ぎの速度も、普段より早い気がする。


(割と便利だな………)


それまで親しみのなかった魔法の便利さに感心しつつ。

アシタバ達は、こちらを警戒しつつも手を出してこない水棲馬ケルピー達の様子を確認すると、更に潜っていく。水底を目指す。



彼らは、踏み入った。水中は、そこを住処とする魔物の領域だ。

来る(・・)ときは一瞬で来る。ツワブキも、アシタバも、そのことを十分に理解していたが。


二種。アシタバ達は、この湖に住む魔物を見逃していた。


一種目。この魔物は、まだ人類には見つかっていない。

後に寄生蛸(パラサイトオクトパス)と呼ばれるこの魔物は、一言で言うならコバンザメの生態を持ったタコになる。

彼らは水底や岩壁、あるいは大きな魚の体にくっつき、餌の残骸、微生物、排泄物を食べ生きる。

最も特筆すべきは擬態能力。

彼らはタコの色素胞をそのまま有し、周りの色に体色を変えることができる。

幻覚魔法の多い蜃の周りは、彼らにとっていい住処だった。


そして二種目。蜃という魔物は貝の魔物だ。

だが不思議なことに、彼らが竜の一種、ヘビに似た魔物だとする記録もある。

どうしてそうなったのか。

ツワブキ達が未解決に終わった、蜃という魔物の側近兵の話は、ここに繋がる。



反応が、遅れたのは。


その魔物が、寄生蛸(パラサイトオクトパス)をその身に纏っていたからだ。

寄生蛸(パラサイトオクトパス)は取りつく主の狩りを助ける。

その身を水の蒼色に変え、標的に気付かれにくくし狩りの成功率を高める。

その方が、自身も餌にありつけるからだ。


最初に気付いたのはアシタバだった。湖の側壁。何か、穴が空いている。

そしてその付近でうろつく、蒼色の蛸。

この湖に姿を見えづらくさせる魔物がいることと、その穴からこちらへ、蒼色の線が伸びていることに気付いたのは同時だった。

否、線ではなく輪郭だ。

大きな、巨大樹ほどの太さを持つ海蛇が、水中を素早く泳ぎこちらに向かってきている。


(―――――――大海蛇シーサーペント!!)


音もなく水中を滑る巨体は、アシタバに戦慄を与える。

その魔物は知られている。船を襲う、海の魔物の代表格だ。

縄張り意識が強く、人間にも攻撃的。

だが、彼らが蜃と共生関係にあるのは、初めて明らかになる事実だった。


アシタバがハンドシグナルを送る。が、先行するツワブキ達は確認が遅れる。

十三人の中で、即座に対応できたのはアシタバの後ろについていた三人……。

キリと、オオバコと、ローレンティア。

こちらに向かってくる大海蛇シーサーペント、その攻撃を受けとめるべくローレンティアが前に出た。

大海蛇シーサーペントの牙と、ローレンティアの呪いが衝突する。


ローレンティアの判断は、正しい。

水中において、大海蛇シーサーペント程の巨大な魔物の攻撃は、彼女が受け止める他手はない。

だが彼女には自覚が足りなかった。

先々月の白銀祭二日目、水中で斑の一族、ナラと戦った時。

ローレンティアは呪いごと彼女に蹴飛ばされ、水底へ押し込まれた。

ローレンティアの呪いは攻撃への盾となるが、その勢いまでは封じない。


大海蛇シーサーペントの攻撃を受ければ、ローレンティアはどうなるか。

それはつまり、呪いごと連れ去られる(・・・・・・)


ツワブキ班も、トウガ班も気付いた。

十三人の間に、大海蛇シーサーペントの太い身体が割って入る。

その頭部には黒い塊。呪いに包まれたローレンティア。

急速に、アシタバ達から離されていく。



(――――――――こいつ)


いち早く大海蛇シーサーペントを見つけ、ローレンティアとの接触も観察したアシタバが気付く。


目的・・が違う)


自然や本能ではない。敵の排除や威嚇ではない。

意図が混じった行動。一瞬合った目が、大海蛇シーサーペントの智を垣間見させた。


(始めから誘拐が狙いだ………!)


始めからそれのみが目的だった大海蛇シーサーペントの行動は早い。

目的を果たせば早々に側壁の穴へと戻っていく。

だから一番先頭にいたツワブキが事態を把握する時には既に、大海蛇シーサーペントの尾が僅かに確認できるのみだった。


(―――――何があった)


トウガが首を振る。ヤクモ達も事態が呑みこめていない。アシタバ達は――――――。


(……………おい)


ローレンティア。そして、アシタバとキリ、オオバコ。

アシタバ班全員が、その姿を消していた。


彼らはしがみ付いたのだ。

ローレンティアを攫う大海蛇シーサーペントの体にしがみつき、共に攫われることを選択した。


蜃討伐。その道から、事態は大きくずれ始めていた。
















「う………………」


記憶が途切れていた。

大海蛇シーサーペントに襲われて。あれからどうなった?

呻くローレンティアは目を覚ます。体が濡れている。だが水中ではない。

重い頭を持ち上げ、上半身を起こし、そして自分が黒い何かに囲まれていることを認識する。


「起きたか、ローレンティア」


声は聞き憶えがあった。アシタバだ。

キリ、オオバコ。三人とも、自分と同じく黒い何かの囲いの中にいた。

表情は真剣だ。傍らの武器に手を添え、目は鋭く頭上に向けられていた。


(上…………?)


そうしてローレンティアはようやく、自分の置かれている状況を認識する。

黒い、自分を囲う何かは魔物の体だ。

とぐろ(・・・)を巻いて自分達を囲っている魔物の頭部が頭上にあった。


蛇だ。大きな樹のような大きさの蛇。

黒い身体に赤い目。口は裂け、赤黒い口内から牙と、ちろちろと舌が覗く。

だがアシタバ達の視線はその前、とぐろの上に立つ人型の魔物に向けられていた。


褐色の肌を白い布で覆う。特筆すべきは彼女の髪。

彼女の髪は、全て生きた蛇だった。

その呪いを持つと言われる目は、目玉模様の描かれた布で覆われており。

その上、額には魔王軍の紋章が描かれている。


朱紋付き(タトゥー)



「手荒な招待をして悪かったね。お友達の同行は、私は構わないさ。

 アンタらと話がしたいと思っていた」


人語を話す。知性魔物だ。未知の脅威に、アシタバ達に緊張が走る。


「危害を加えるつもりはない、ていっても信じてもらえないかな。

 まぁ、語ろうじゃないか。まずは自己紹介からだ。

 私は我らが主から紋章を賜りし王臣が一匹。

 アンタらが蛇女神メデューサと呼ぶ魔物。


 よろしく頼むよ」




銀の団が魔王城での生活を始めた一年目の結び月。

一年の終わりの月に、人類は遭遇する。


門番ゴルゴダ


魔王軍の、最後の生き残り達に。





十二章八話 『遭遇』


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