十一章十八話 『エゴが要る』
今からおよそ、一年前。
洞窟の奥の、虹色の家で暮らすガジュマル達の下に、客人が訪れる。
ディフェンバキアとゴーツルー。実に二年振り以上になる再開だ。
「あー!熊のおじさんだ!!」
「熊さん!熊さん!!」
「ゴーツルーおじさんもいる!!」
キャロット達がわいわいと声を上げ、ディフェンバキアに抱きついていく。
「お、おっさん!」
子供たちとじゃれあっていたディフェンバキアは、顔を上げて声の主を見た。
ガジュマル。初めて会った時は自分を強く見せようと必死だった憶えがある。
今は、何か、敬意があった。顔つきは逞しく。
この洞窟で生き抜いた経験が、彼の中に根を張っているのだろう。
「また来てくれるとは!近くに用でもあったのか?
ああ、家に入ってくれ!あんたはもてなさなきゃだな」
「ほっほ、じゃ甘えるとするかの」
ディフェンバキアの想像より、ガジュマルはよくやっていた。
隣人の魔物達に敬意を払い。子供達にルールを守らせた。
水と食料は、十分すぎる備蓄を築き上げており。
何より年月だ。ディフェンバキアは、この虹色の家は無人なのではないかと思っていたぐらいだ。
「単刀直入に言おう。ガジュマル。ネギ。レタス。
キャロットに、ポテト。オニオン、トマト。そして、ゴマ君かな。
この家を離れる気はないか」
ガジュマルは、すぐには言葉を返せなかった。
「………そりゃ、この家の貸出期限ってことか?」
「違う、違う。お主らはよくこの家を使ってくれとるが、限度があるじゃろう。
ずっと住むには無理がある。それに儂が、お主らを誘いたいと思ったのだ」
「誘いたい?」
「銀の団、という組織が直に発足する。
魔王城に住み、そこを居住区化するものでな。
儂とゴーツルーは、既にお呼びがかかっておる」
「ま、魔王城?」
ガジュマルは子供たちと顔を見合わせた。
「正直、未知の部分が多い。ここより危ないかもしれん。
だが、公的な組織じゃ。三食出るし、寝床も用意されとる。
何より人が多い。子供達には、いいことじゃと思う」
説明を受けるが、ガジュマルは納得がいかないという顔だ。
「……………それだけか?あんたが、わざわざここに来たのは」
「いやいや。今からが本題じゃ」
ディフェンバキアは足を組み直す。ガジュマルも姿勢を正した。
「魔王城というダンジョンを居住区化する。
ま、ダンジョン建築家である儂の仕事は多いわけじゃ。
儂は弟子にゴーツルーをとっとるが、この機にもう一人取ろうと思う」
ガジュマルは。
街に行っても、仕事をもらえなかった。
暴力ではない、生きる術を学びたくて、頭を下げて回ったのだけれど。
結局輪には入れないまま、この洞窟で小さな命を守る道を選んだ。
「ガジュマル。お主の道はお主が決めよ。
儂になる必要はない。その上で、主が魅力を感じるなら……。
儂と共に、魔王城に来てはくれんか」
円卓会議、その翌日。
魔王城は、にわかに騒がしくなることとなる。
ウォーウルフ共存案の可決。そのニュースが、銀の団を駆け廻っていたからだ。
アシタバといえば、引っ張りだこだった。
「やーやー少年!!ウォーウルフ共存、勝ち取ったんだ!
どうやって説得したのさ?メリットは?」
と訊ねてきたスズシロの姉セリに、ウォーウルフ警備兵化の説明をし。
「アシタバぁ!地下三階でウォーウルフ飼うんだってぇ!?
私の美味い料理の臭いにつられて上に上がってきたらどうすんだい!」
と殴りこんできた料理人クロサンドラには、地下二階の防衛案を話し。
「あんたみたいな気狂いの博愛主義者、いなくならないのね。
今回の件が、どれだけ影響を及ぼすのか分かってる?」
と詰めかけてきた学者シキミには、規律を創ると理解してもらい。
「疲れた」
「じゃろうなぁ」
地下二階。
地上の喧騒とは少し離れた場所で、アシタバは一息つく。
ディフェンバキア、ゴーツルー、ガジュマル、ハイビスカスの4人と、もはや安全領域となったフロアを見ていた。
既に地下二階には、半分ほどの中央柱と螺旋階段が作られている。
「順調なのか、地下二階の改築計画は」
「まぁ、の。大工班にも協力を依頼しておる。
迷宮洞窟の方の職人達のエリアは、基本彼らの担当じゃろう。
儂らはひとまず、中央の螺旋階段を最優先じゃ」
ハイビスカスがアシタバへどや顔を向ける。
「んっふっふ~。あのでっかーい柱は、私が育ててるんだよー!
毎日木を育てる魔法を流して、日々成長を遂げているのさ!」
「へぇ、それは凄いな。生きているってことか?」
「んー、ゲンミツには違う。生きてはいない。
下が亜土だからね。膨張させているだけ、っていうのかな。
だから枝も生えないし、葉も芽吹かない」
つまらなそうだ。ハイビスカスとしては、あまり楽しくないのだろう。
「ま、でも周辺は賑やかになるんだろう?
ディフェンバキア、よく職人達を説得したな。地下二階に住むの、いいって?」
「説得?しとらんよ」
「は?」
きょとんとするアシタバに、ディフェンバキアはあっけらかんと答える。
「説得もしとらんし、別に了承も得ていない。儂は単に、円卓会議の後にこう言っただけじゃ。
“工匠部隊の職人方は、自ら魔王城に乗り込んできた勇猛果敢な方々だと聞いていた。
だから確認をするのも無礼かと思ってな。
円卓会議でも、貴方方が断るなどという議論は起こらんかった”、とな」
アシタバは引き笑いをする。それは、単なる挑発だ。
ばっかやろう、嫌とは言ってねぇだろうが!と怒る職人達の姿が目に浮かぶ。
そういう誘導も、始めから織り込み済みだったのだろう。
「じっとするのは我慢ならん者どもじゃ。
素材を持って帰ってきた、ダンジョン帰りの儂らを一番に迎えられる。
熱や火を使う工房は、地上とは離しておいた方がいいしの。
それに、職人達を地下二階に置いておいた方が、関所が自然と保全・改善される。職人とは、そういうものだろう」
それはそうだろう、とアシタバは思った。
「でも、なんていうか、独断だな?職人達を、振り回すっていうか………。
ウォーウルフ達を生かすためだ、仕方ないのかもしれないが……」
「ウォーウルフ達を生かすため。アシタバよ、お主には言っておくがの」
名を呼ばれてアシタバは振り向いた。そしてディフェンバキアのその表情を見る。
いつもの、のんびりとした温厚な雰囲気とは違う。
例えるなら象の目のような、少し離れた表情だ。
「儂は今回、決してウォーウルフ達が可哀そうだから共存を支持したわけではないぞ」
その発言には、アシタバだけでなくガジュマルも驚いた。
「………じゃあ、前線を安定化させるため?」
「それでもない。魔物を兵隊化させたいわけでもないぞ。
もっと言えばアシタバ、儂はそもそもダンジョン建築が好きなわけじゃない」
「ええ?」
ゴーツルー以外の、場の全員が困惑していた。
「正直儂はな、アシタバ、お前のように魔物の命を尊重しとるというわけじゃない。
ツワブキのように冒険が大好きというわけでもないし。
タマモのように、金になるから探検家をやっとるわけでもない。
アシタバ。儂は儂のためにしか動かんよ」
そんなはずはない、と探検家の誰もが言うだろう。
世界中のダンジョンを周り、探検家のための補助設備を施してきたディフェンバキアが?
「じゃああんたは、どうして俺を助けたんだ」
「面白そうだったから、じゃよ」
それが。
それが恐らく、ディフェンバキアの素顔だ。
「儂はな、世を面白くしたいんじゃ。
今の、国境と常識に区切られた世は好きではない。
たとえ危険だろうとも。友好的でなかろうと。
人と魔物が混じり生きる。そういう世がいい。
もっと言おう。儂は世界をそのようにしたくて動く。
今回の件はアシタバ、お主の気持ちも、ウォーウルフ達の事情もあまり興味がなかった」
はっきり言えばそれは自己中心的だ。
長年、魔物と交わりダンジョンに潜る探検家業をしてきた男。
ツワブキよりも、アシタバよりも曲者でないはずがなかった。
「アシタバ。そしてガジュマル。別に儂のようにしろとは言わん。
だが1つ、忠告をしておくのなら………他人の為ばかりに生きようとせん方がいいぞ。
それはいつか、主らを追い詰める」
それはきっと、人生の師としての助言だったのだろう。
「生きるには、エゴが必要じゃ」
「エゴ」
アシタバが呟く。鳩飼いのハトムギもそう言っていた。
「………俺に、躊躇いがなかったと言えば嘘になる。
もし、ウォーウルフが人間の言葉を話せるようになったら。
彼らは俺を糾弾するかもしれない。
警備兵化なんて、勝手なことをやってくれたなと。
そうさせられるくらいなら、滅んだ方がマシだったと。
でも俺は………それでも行動を変えなかったと思う。
俺がこれをしたいと思ったんだ。
だからきっと、エゴなんじゃないかって思う」
自分を探るように視線を落とすアシタバを、ディフェンバキアは観察する。
「…………それが本当に、主の腹の底から出ている言葉なら良いのじゃ」
魔王城、北側。
ローレンティアは苦い顔でそれに立ち会っていた。
日の国リンドウ王子。それに従い隊列を為す、三百余の兵。
そしてそれに対面する、二百五十程の兵士と――――。
鉄の国第三王子、ブルーリバー。
「どうも、お初にお目にかかります。ローレンティア王女。
此度、我が国の者が許されざる蛮行をこの地で働いたこと、国を代表して謝罪致します」
ブルーリバー第三王子は、青い長い髪を後ろで束ねる優男といった風貌だ。
鉄の国の王族にしては線が細い。
「…………こちらこそ。ブルーリバー王子」
ツワブキ曰く、鉄の国の王族の中じゃ唯一話せるやつ。
「一応確認をしておきますが、レッドモラード王子の引き渡しには同意なのですね?
有無を言わさず、というわけではない?」
「何を言う、ブルーリバー王子よ。それは我が強要させたと問うておるのか」
リンドウが腕組をし、笑う。まだ冗談を許容するかのような余裕があった。
国家間問題、の単語が浮かんだローレンティアが、慌てて訂正する。
「い、いえ、我々も納得した上での引き渡しです!
警備、食糧、外交的問題………我々には少し、荷の重い問題ですので!」
「そうですか。ならいいのです」
ブルーリバーはレッドモラードが収監された馬車を見る。
「兄は、あのようなことを引き起こしてしまいましたが………。
私は銀の団とは、友好的な関係を築きたいと思っているのです。
よろしければ今後も、交流を持って頂ければ………」
「友好的、か。国王の方はどうであろうな」
嘲るようにリンドウが割って入る。どうにも高圧的だ。
ブルーリバーは場が適切でないと判断したのか、口を閉じた。
「ま、ともかくだ。レッドモラードは我々が責任を持って預かろう。
一週間ほどか。邪魔をしたな、ローレンティア王女。
銀の団、よきところであった。今後も王族会議よりの勅命を全うするがいい。
来る王族会議で、また相見えるであろう」
そういってリンドウは笑い、ローレンティアも形式的に答えた。
枯れ月、嵐のように唐突に銀の団にやってきた男は、静かにあっさりと、魔王城から引き揚げていく。
十一章十八話 『エゴが要る』




