十一章十五話 『会議は踊る(後)』
「魔王城というダンジョンの特性について………3点ほど、ご説明いたします」
円卓会議。ローレンティアが、アシタバと同じ説明を始める。
「まず1つ目。魔王城は魔物達の総本山です。
探検家達の共通認識として、魔物という個々の種は各地で湧いたわけではなく、ここで生まれて各地に広まっていった」
「学会で耳にしたことがあるの。ホリーホックの兵器論、だとか」
と、月の国ブーゲンビレアが同意する。
「つまり、魔王城の魔物達にはどこかで、外に出るという本能が刻まれているはずです。
水棲の魔物は、海に繋がる水路があると言われています。
陸棲の魔物は、歩いて地上に出ることになる。
階を上がっていって外に出る。そういう本能が、あるはずです」
「ふぅん、そうなの、探検家様?」
森の国ベルガモットが半笑いで訊ね。
「ああ。そうなる」と、ツワブキが答えた。
「2つ目。これは、魔王城に限った話ではありませんが………。
ダンジョンの入り口付近には、待ち狩りの魔物が構えていることが多い。
魔王城でも、地下一階には樹人達の迷いの森が広がっていて。
地下二階でも、迷宮蜘蛛達が迷宮に擬態し獲物を待っていた。
彼らは基本動かない。地上に侵攻することもない。獲物が来るのを、待って狩る。
でも………彼らの栄養が賄えるほどの外敵が、地上から定期的にやってきたでしょうか」
「まぁ、ないやろな。魔王城に挑めた人間なんて、そうそうおらん」
エゴノキが否定をする。
そして、ローレンティアが言わんとすることも察しがついていた。
「つまり、樹人や迷宮蜘蛛は……。
地下から上がってきて、地上に出ようとする魔物を捕食していたと?」
「その可能性はあると思います。
ホリーホックの兵器論に従えば、ダンジョンは強い兵を育成する機関。
総本山の魔王城ならば、合格試験があっても不思議ではありません」
「つまり、団長殿は…………。
樹人や迷宮蜘蛛が、地下から上がってくる魔物を抑える役割をしていたと言いたいのか?」
日の国ゼブラグラスは、少し戸惑った声を出し。
「そうです」と、ローレンティアが静かに肯定する。
「3つ目、最後です。魔王城の現状。
今からは、三年ほど前になりますか。勇者リンゴ様が魔王を討伐されました。
ゴブリンなど魔王に従っていた知性魔物も、まるで弔い合戦をするように各国の軍に挑み、消えていった。
魔王城は、君主と、それに従う臣下を失った状態にある。
城内で蠢く生態系は、制御を失っている可能性すらある」
その、言外の危険性を。
円卓会議の面々は、感じ取り始めた。
「これから申し上げることは想像です。
しかし先月。迷宮蜘蛛の母蜘蛛の死亡が確認されました。
迷いの森ももはやない。
今の魔王城は、魔王やゴブリン達知性魔物といった管理者を失い、地下一階、地下二階に存在した蓋を失っている。
地上に出るという本能だけが残り、剥き出しにされている可能性がある」
「魔王城の生態系は、今まで魔王やゴブリン達が管理していたのかもしれない。
その、本能とやらは、先月まで迷宮蜘蛛の母蜘蛛が抑え込んでいたかもしれない。
でも、これからはそれがない、と?」
波の国ウォーターコインの要約に、ローレンティアが頷く。
「ここでウォーウルフ達を駆除してしまったら――――。
私達は剥き出しの本能と、戦い続けることになるかもしれない」
「想像上での話、だろう。的外れではないと思う。が、指摘はさせてもらう」
班長会議。ストライガが、アシタバを指差した。
「樹人や迷宮蜘蛛の代わりにウォーウルフ達を蓋にする、ってことでいいんだな?
だが、ウォーウルフは争いを避ける種だろう。
縄張りを荒されるのは嫌うが、素通りするなら争わない。
これまでも、地上に出ようとする魔物とそれほど争ってきたとは思えない。
蓋として代役が務まるというには疑問が残る」
「それはそうだ。でも、なってもらわなきゃ困る現状なのも事実だ」
アシタバが強く、ストライガの意見を突っぱねる。
「事実、戦車蟹には立ち向かった。
例えばラカンカのトラップなんかで、下から来た魔物をウォーウルフの縄張りへ誘導すれば役目は果たすだろう。
やりようはあると思ってる。その辺の子細は、議論の決着がついてからだな」
その、ウォーウルフの群れへこちらの都合で害意を向けるという発言に、タマモは言葉を止める。
それは明らかに、アシタバの嫌悪する傲慢さだ。でもそれを呑みこんで、提示をしてきている。
「一応聞く。団員達の気持ちはどうする気だ?狂犬が足元にいるって状況よ」
ラカンカが、そろりと手を挙げる。
「それに関しては、俺は解決策を提示する気はない。慣れてもらうしかない」
その乱暴な物言いに、ラカンカだけでなく場の全員が振り向いた。
「元々俺達は魔王城へ来たんだ。
ある程度は覚悟してきたはずだし、これからもしてもらう。
人と魔物の境界線、前線の安定策は3つだ。
十分な兵力を投入して、常時前線に見張り兵を置くか。
ウォーウルフ達を隣人と認め、彼らとの付き合い方を確立するか。
それともまだ見ぬ魔物の急襲がないと、現状の警備態勢で進行するか。
1つ目は今のところ目処がない。2つ目か。3つ目か。
どちらも嫌だというのは甘えだと言わせてもらう。
結局この件は、団員達に何らかのリスクを呑みこんでもらわなければならない。
専門家として、俺はウォーウルフとの共存を強く推奨する」
「しかし―――――」
「情報を。整理しよう」
ストライガの喰い下がりを、アシタバが遮った。
「今回は、前線の在り方の議論だと思っている。
魔王やゴブリンが消え、迷宮蜘蛛や迷いの森がなくなった今、地下から魔物が上がってきやすい状況になっている可能性がある。
俺は、今やっている警備体制でこの先も大丈夫とは思えない。
そこでウォーウルフを、警備兵化しようと提案している。
群れの規模が小さくなっている今、少なくとも俺達に牙を向くとは考えにくい。
海怪鳥や戦車蟹の件で共闘したんだ、一定の信頼はもう得ている。
地下から魔物が上がってきた場合、彼らが斥候を務めるし、騒ぎで俺達も気付ける。
ウォーウルフは賢い魔物だ。
現状維持をしながら彼らとの接し方を模索していけば、もっといい付き合い方ができる」
1つ話し終えると、アシタバはラカンカを指す。
「団員達の気持はどうか?
それは、我慢してもらわなければならない。
未知の魔物がいつ襲ってくるか分からないという状況よりは、ウォーウルフ達との付き合い方を確立して、団員達に慣れてもらった方が精神衛生上もいいはずだ」
次はタマモを指した。
「彼らを生かすメリットは?
前線の安定化ができる。いざという時は切り捨てられる警備兵だ。
魔王城で、彼ら以上の隣人にまた会えると考えるのは、希望的に過ぎる。
ウォーウルフという選択肢は、残しておくべきだ」
ライラックの渦巻く双眸へも、アシタバは指を突き付ける。
「危険性。確かにウォーウルフ達は地上に侵攻した前科があるが、今の群れの状況では二回目は考えにくい。
それにウォーウルフ達そのものより、いなくなった時の方が危険性は高いと考える。
目で見え、計算できる彼らの方がまだいい」
そして最後は、ストライガ。
「嫌悪感――――魔物と共存するの、嫌か?
それは付き合って慣れてもらうしかない。
そのお前の好き嫌いは、団の安全性の前で考慮されるべきなのか」
ストライガが睨み。アシタバもそれに応じた。
「…………付き合い方って、なんだ。それを誰が、どうやって調べていく」
「俺が調べる」
アシタバが、脇で待機していたウォーウルフの頭を撫でた。
「俺が、こいつを飼ってウォーウルフを研究する。群れの個体数もだ。
半年以内に彼らとの接し方、脅威性、群れの増加傾向をまとめる」
アシタバはそこで言葉を切り。班長会議の場に、少しの沈黙が訪れた。
班長の面々は思案に耽り、アシタバの主張を吟味する。
締めるようにアシタバが、主張の最後を語り始める。
「確かにウォーウルフとの共存は安全とは言い切れない。
だけど他にリスクもあるんだ。
危険だから、魔物だから、嫌だから、駆除をするのが正しい、だなんて。
俺はそうは思わない」
ツワブキはその様子をしばらく見守り、そしてようやく口を開いた。
「…………頃合いだな。ダラダラやっても仕方ねぇ。
決議を取る。俺ぁ、その結果を円卓会議に持ちこむぜ」
いよいよ。
アシタバが駆けまわってきた、ウォーウルフの行方。
その決定が、下されようとしていた―――――。
「ちょっと」
その雰囲気に、のんびりとした声色で割って入る。
【迷い家】ディフェンバキア。
「ちょっと、いいだろうか。
アシタバの案について少し、補強をしたい」
「懸念としては」
円卓会議。
ローレンティアに、日の国ゼブラグラスが立ちはだかる。
「やはり、ウォーウルフの急襲に対する対策が甘いと言わざるを得ない。
喉元にナイフを置いて日常を送るようなものだ。
彼らに対する有効な対策がなければ、一考にも値しないと私は思うがね」
ウォーウルフ殲滅派。
ゼブラグラスの視線に、ローレンティアも毅然と答えた。
「対策。―――――ありますよ」
受ける、受ける。ローレンティアには強かさが根付いていた。
「その説明にあたって、人を呼んでいます」
それが合図だったのか。
入り口の扉が開き、2名が円卓会議の場に踏み入ってきた。
【迷い家】ディフェンバキア。
そして、【魔物喰い】のアシタバ。
面識のあるツワブキはくくくと笑い、アサツキもにやけを隠すように、口に手を当てる。
「戦闘部隊、探検家ディフェンバキアと申す。
此度はウォーウルフに対する策を説明するため、貴方方の会議にお邪魔させて頂く」
ディフェンバキアが、深々と頭を下げ。
「同じく探検家、アシタバだ。宜しくお願いする」
それが、アシタバが円卓会議の場に初めて足を踏み入れた瞬間だった。
円卓会議の席に座し、意志決定を行う銀の団の重役達の顔を、初めて見る。
そしてその逆も。
咲き月、スライムシートの提案から今月に至るまで、円卓会議で名前がよく上がる男。
間違いなく、銀の団内の流れの1つを生みだしている存在。
好奇。疑念。観察。否定――――探検家アシタバの顔を、円卓会議参加者は様々な思いで眺め。
アシタバは円卓会議の奥に座す人物と目が合った。
その時は、アシタバは誰かを認識できなかったが――――。
日の国王子、リンドウ。
その登場人物に、リンドウはにやりと笑う。
「ウォーウルフに対する策、というのはなんだ」
会議に顔を出した二人に、鉄の国グリーンピースは強めの言葉を放る。
「先程のローレンティア団長の説明では、足りない部分が2つある。
前線における隣人について、ウォーウルフでなければならないのか
ウォーウルフが万一地上への急襲を企てた場合どうするか」
ディフェンバキアがマイペースのまま、話を始める。
砂の国シャルルアルバネルが不思議そうな顔をした。
「ウォーウルフでなければならない………?」
「そうです。ローレンティア王女の説明では、ウォーウルフである必然性に欠けた。
あれではもっと深い階層でより付き合いやすい魔物に出会った時、彼らを新しい前線警備兵にしてウォーウルフ達を駆除してもいいことになる」
「そうではないの?」
「そうではありません。地下三階のウォーウルフは、残さなければならない。
皆さんは舞い月、地下三階の湖から人魚が現れたことをご存じですかな」
戦車蟹との戦いの時。
彼らを誘導するように、人魚が出現したことを一同は思い出す。
「あれはもっと深い階層から水中を昇ってきた個体です。
魔王城の水辺というのは、深部まで繋がっておりそこの魔物が昇ってくる可能性がある。
そして地下三階は、水辺を有する最も地上に近いフロアじゃ」
一同が、その意図を理解する。
「地下三階には、水底よりの魔物の急襲を受ける危険性が、ずっと残り続ける。
そしてウォーウルフ達は湖よりの急襲に慣れておる。
人魚が現れた時も、いち早く反応しておった。
わしの探検家としての経歴を全て懸けて進言致す。
ウォーウルフ達は、残し続けるべきじゃ。
海に巣食う魔物がいなくなったと確認できた、その時まで」
「そ……………」
鉄の国グリーンピースが呻きかけたが、すぐに口を閉じる。
その警戒は正当だ。海の魔物の恐ろしさを、一同は理解していた。
永久に残すというのと変わらないそれも、否定はし難い。
「……………2つ、でしたな。
ウォーウルフが急襲を企てた場合、どう対策するか、とは?」
沈黙を破り、橋の国アサツキが続きを促す。
「それは、地下二階の改築計画になりますな」
それもまた、合図だったのか。
ユズリハが円卓へと、籠のような木細工を運んでくる。
「それは?」
「地下二階の模型です」
釣鐘状の地下二階の形。
中央には太く巨大な柱が据えられ、ミニチュアの螺旋階段が上から下まで続いている。
何本かの吊り橋のような通路が、中央柱から側壁へ伸びていた。
角度、高さはまばらだ。そして目を引くのは底部。
螺旋階段の始まりは、厳重な、門のような構造物が据え置かれていた。
「地下二階のウォーウルフの迂回路は埋め立てる予定です。
地下三階から地下一階へ行くには、ここの中央の螺旋階段、ここを上がらなければならなくする」
「そこを守るというわけね」
ええ、とシャルルアルバネルの相槌に、ディフェンバキアが答える。
「螺旋階段の下端。中央。そして上端。
三か所に関所を設け、非常時にそこを閉めることで魔物を閉めだせるわけです」
「…………その渡り廊下みたいなものは、どこに繋がっているのですか?」
農耕部隊隊長クレソンが、吊り橋のような通路を指した。
「これは、ミノタウロス達のおった迷宮洞窟と繋がっております。
今、地下二階の側壁を崩して迷宮洞窟と迷宮蜘蛛のおったとこを繋げてましてな。
窓というか、吹きさらしのようにするつもりです」
「それは、どういう完成形を目指しているのだ」
日の国ゼブラグラスの問いに、ディフェンバキアが答える。
「露店、ですな」
「露天?」
「露店です」
間の抜けた問答と、沈黙。
「わしは地下二階を、第二の工匠街にしようと思っとるんです」
十一章十五話 『会議は踊る(後)』