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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十一章 枯れ月、ウォーウルフ論争編
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十一章十一話 『繋がりあって』


「昨日今日と、銀の団を回らせてもらった。

 館の中にこもりっぱなしは退屈でな」


再び、食堂の一角。

ローレンティアとリンドウは、夕食を共にする。

リンドウはゆったりと構え、ローレンティアはやや緊張気味だ。

本当に、どちらが客か分かったものではなかった。


昨晩。

月の国(マーテルワイト)セレスティアル王女から、ローレンティア宛てに追加の書簡が届いた。

字の乱れっぷりから、彼女の慌てようが想像できたが……。

内容は、リンドウ王子に対する注意事項だ。

彼に接する際の彼女なりの警告が、そこには記されていた。



その一、“奴は尽く上から目線ですが、それは気にするだけ無駄です”。


王家を信仰対象とする日の国(ラグド)だ。

王子は神の一族の末裔、民だけでなく本人にも、そうだと教育を行う。


「お主、なかなか評判が良いな。少し意外だったぞ」


無遠慮な、王たる立場からの言動。

ローレンティアは王家として団長として、どう応えるべきか掴めずにいた。


「………評判がいい」


「ああ、団員からそのような話を聞いた。勇敢だとな。

 先月でも、セレスティアルを守り抜いたのだろう。

 それに関しては、礼を言わねばならぬな。よくやってくれた」


「礼を」


「ああ。我が妻を守ったのだからな」



その二、“もう夫面しているけどまだ結婚していません”。


日の国(ラグド)リンドウ第一王子と、月の国(マーテルワイト)セレスティアル第一王女は許嫁の仲だ。

同世代の王家の男女がいた場合、日の国(ラグド)側が要請すればそうなる(・・・・)のが両国の関係性だ。

歴代の月の国(マーテルワイト)王家の中でも飛び抜けた才女で、容姿も悪くないセレスティアルを日の国(ラグド)は放っておかなかった。


両国の行事ごとに、二人は顔を合わせ。

リンドウは、セレスティアルが自分の為に用意されていると教育されてきて。

セレスティアルは、本心はともかく―――国の為に、その契約を了承した。


(なんで手紙に沢山言い訳みたいなの書いてあったんだろ……)


親が決めた仲で、とか、約束だけで本当に結婚するわけでは、といった文がセレスティアルの書簡にはよくあった。

嫌、なのだろうか。


「―――ウォーウルフの話題が、随分と盛り上がっているようだな」


ローレンティアは聞いたか、と少しげんなりした。


「………ちなみに、王子はどちらの派閥なのです」


「それは愚問だぞ。我がウォーウルフをどうしたいかではない。

 ウォーウルフを使って成し遂げたい何かがあるかどうかだ。

 魔物の一種がどうなろうと、些事でしかない」


「ですが、ウォーウルフは賢い種で……」


「そんなものはどうとでも曲げられる。秤に載せる事実は選べ」


あまりに強く、横暴な言い様にローレンティアは口を噤んだ。


「主には、セレスティアルを守ってもらった恩もある。

 これで貸しを返すとは言わんが、助言ぐらいはしてやらんとな。

 

 1つ、王が派閥を選ぶのなど以ての外だ。

 民や臣下がそれで争おうとも、王は俯瞰し決めるのみ。

 もしその派閥で国が割れそうになった時は、王自ら諌められる立場にいなければならないのだからな。


 2つ、派閥と選択肢は違う。

 派閥は派閥、臣下や民が勝手にまとまったものだ。

 数を集めやすいよう要約されていることもある。

 チーム名(・・・・)に踊らされては本質を見失うぞ。

 それにそもそも、王が選択肢を絞られるなどおかしな話だ。

 決定権は常に王にこそある。

 

 …………ま、今回に限っては話はシンプルだ。

 たった1つの選択肢を、生存派が主張するかしないか」


「そ………!!」


「そ?」


ローレンティアは口を閉じる。

その意見は、シャルルアルバネルと全く同じ……。

つまりリンドウも、彼女と同じ景色が見えている。


「………そのように思いますか」


「ああ。共存派の中にそれを見出せる者がいるかは甚だ疑問だがな」


それってなんだ。という言葉を、ローレンティアはぐっと堪えた。


「ま、今回は距離を取っておくがいい。

 団内で波風が立っている。あまり前に出るべきではない。

 王が民の諍いに割って入るなど愚かなことだ。

 それに、魔物好きの一派と見られてもつまらん(・・・・)


ローレンティアの動きが止まる。その一言が、彼女から何かを取り払った。


「―――――つまらない?」


「益がない。この対立の結末は、各国王家へ展開されるだろう。

 お主がどちらかであったかは周知となる。あまり目立たん方がいいぞ?」


「…………………そのような――――――」


リンドウが、その気配を感じ取った。

おどおどとするか、引き気味だったローレンティアの持つ―――。


「そのようなことはどうでもいいのです」


器、を。


「…………………どうでもいい?」


「ええ」


変わる、変わる。あの死に瀕した時の、澄んだ表情。


「これだけは申し上げておきます。リンドウ王子。

 どのような王であるべきかは、私が決めることです」







何とも堪え性のない性格になったな、と思う。


リンドウとの会食を終えた帰り道、ローレンティアは自己嫌悪に苛まれた。

モントリオ卿の時もそうだ。どうも近頃、自分の沸点が低くなっている。


いや―――。


きっとそれは、許せないものが自分にできたのだろう。

守られるべき何かが、自分の中で定まった。だから怒る。

それが蔑ろにされた時、感情が沸き立ち溢れてしまう。


(結局私は辛いや怖いばかり処理してきて、それ以外の感情制御が苦手なんだろうな)


反省、だ。出来ればこれで最後にしたい。

ローレンティアの直感が、なんとなくだが告げていた。

対立や、反感や、作法などとは関係なく―――――。


(笑っていた、よね…………)


リンドウにあれを見られたのは、失敗のような気がする。











夜、夕食を食べ終えたアシタバは地下三階へ向かっていく。

ここのところはいつもそうだ。

昼は地上で団員達の意見を聞いて、夜は砂浜で白銀のウォーウルフと向き合う。


いつもと違ったのは地下一階、樹人トレント畑で見知った二人が、アシタバを待っていたことだ。


「…………キリ。オオバコ」


「よう、アシタバ」


いつも通り、陽気に手を振るオオバコに、物静かなキリ。

二人の姿に、アシタバは少し張っていた緊張が解け。そして二人は、柔らかく笑った。




「スズシロから聞いてるぜ。ウォーウルフ、手懐けようとしているんだってな。

 俺も手伝おうか?」


「いや、相手の警戒が強くてな。今は俺一人で向き合った方がいい」


「…………そうか」


会話を交わしながら三人、地下二階への洞窟を下っていく。

迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーの戦闘訓練があった頃は、アシタバ班四人でよく通った道だった。


「悪いな、今回のこと」


「今回のこと?」


「ウォーウルフの。俺、悪い噂にもなっているだろう」


オオバコとキリはきょとんとした顔を見合わせたが、アシタバは構わず話を続ける。


「照り月に、ツワブキに忠告されていたんだ。

 俺は班長になったんだから、少し評判ってやつに気をつけなきゃいけないって。

 それが、オオバコ達に影響するからって。

 でも今回、俺はそれを守ってなくて………」


地面からアシタバが目線を上げる。

と、そこには呆れた二人の顔があった。


「………アシタバ。お前………お前なぁーー………。

 じゃあ浮き月に俺が何を言ったか憶えているか?」


「浮き月?あぁ、探検家若手の会とか立ちあげて………。

 もっと人と話すべき、ってやつだろ?」


「そう。それで、お前が周りの評価なんか気にせずに魔物生かしたいっていうのは、俺にとって嬉しいことだとも言った」


そう言えばそんなことも言っていたかな、とアシタバは記憶を辿る。


「いいんだよ。お前がしたいと思ったことなんだろ?

 信じてるし、信じてくれよ。

 お前がそういう欲を持ったの、俺は凄く嬉しいし。

 お前が芯から願ったことが、間違っているとは思わない」


「彼らの在り方を探っているんでしょう?」


キリが微笑む。出会った時とは違う、柔らかな表情。


「あなたのそれに、私は助けられた。

 だから正しさを知っている。アシタバ、私達は味方よ。

 間違っても、あなたの願いの重荷になんかしないで」


繋がりを持ったんだ。

アセロラは銀の団へ遅れて加入することになっていた。

咲き月、一人で魔王城を訪れた時のことを、アシタバは思い出す。


「ありがとう。すごく、心強い」


素直な言葉に、オオバコとキリは笑う。


「あーあ、本当ならきっちりお前の味方集めた上でその言葉受け取りたかったけどなぁ」


「味方集め?」


「オオバコはエゴノキさんとか、色んな人に話して回ってたみたい」


「成果、全然上がんなかったけどな。

 お前はもっと人と話せ、次は味方になる、とか言っといて、自分の情けねぇことよ」


珍しくしょげるオオバコだ。


「そんなことないさ。オオバコの言葉もあって、今回は色々な人と話した。

 それぞれの意見があって……。どれもきっと、正しかった」


そう、それでも。


ローレンティアは、自責の念が強いと指摘されて良かったと言った。

だからキリが人質に取られた時に、安易に自分を差し出さずに済んだと。

だったら多分、自分のこれも正しい。


「こういうとあれだけどさ、俺は自分のこと、合理主義者だと思ってたんだ。

 だけど違った。幾つかの正しさがあって、俺はその内の1つを選んでいるだけだった。

 でも、それが分かっても―――――俺の選択は変わらない。

 けれど、やり方を変えなきゃいけないんだろうと思った」


「やり方を?」


「今までの俺は、自分の思う正しさを他人にぶつけることはしなかった。

 違うのなら違う、それまでで。でも、そこからが大切なんだ。

 想像して、推し量って、理解して、考えて………。

 工匠部隊や農耕部隊へは、自然とそういう対応になってたのかな。

 だから、信頼を得られていた」


背反じゃなくて、両立だ。


「なんとなくだけど、分かってきたと思うんだ。

 ツワブキやオオバコが言っていたことが。

 もっと人と話してみたいと思うようになった。

 反対意見は障害じゃない。鏡で、それがあって研磨される。

 だからそれを取り入れて俺は、自分の意見を改善できるんだ」


それを聞いてオオバコは、何だか安心したように笑う。


「そうか。でもお前、どうすんだ?班長会議、明日だろ?

 ウォーウルフ共存は勝ち取れそうなのかよ」


「それは」


それまでとは一転、アシタバの表情は硬くなる。


「勝ち取れるかどうかは分からない。

 けれど、共存を一考せざるを得ない案はある。

 というか、そもそもそれ1つ(・・・・・・・・)しかない(・・・・)


アシタバの奇妙な、確信めいた物言いにオオバコとキリは顔を見合わせる。


「問題は2つ。1つは俺がするとして。もう1つが…………あぁ、ただ。

 そうだ、もう1つあった。問題は3つだ。キリ、オオバコ」


「お、おう」


考察中の独り言になりかけたと思えば急に呼んでくるアシタバに、キリとオオバコは戸惑う。


「今から起こることに関しては、悪いが干渉しないでくれ。

 俺や相手の言うことがどうであってもだ」


「お、おう………?」


再び、オオバコとキリは顔を見合す。

だが二人の疑問は、地下二階、迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーのフロアの入り口に立つ人影を目にした瞬間に解決される。



解体少女スプラッタガール】、アセロラ。



表情は冷たく、遠く、悪いとき(・・・・)の彼女だ。

だらんとした手にはノコギリが握られている。


「…………やめてって言ってるのにさ………。

 お兄はそうだよね。やめないもんねぇ」


相手を諌める、氷のような雰囲気。

に、アシタバは動じず立つ。


「ウォーウルフの話。どんどん大きくなってるじゃない。

 肩身が狭くなっていくでしょう?

 それでも今日も、魔物の巣で寝泊まりするんだ?」


「ああ。悪いが、今回は退けない」


「分かってたよ。絶対そう言うもんね」


諦めたように視線を通し。ノコギリをゆっくりと、持ち上げる。



「だから…………あたしが力づくで止める」






十一章十一話 『繋がりあって』


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