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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十一章 枯れ月、ウォーウルフ論争編
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十一章十話 『鳩飼いハトムギ』

アシタバとストライガの衝突から五日目。

もはや団内はウォーウルフの話で持ちきりだった。



「あんたら、未だにあの魔物愛好家を支持してるわけ?」


食堂でストライガ班、学者シキミが挑発的な声を挙げると、


「別にあいつは愛好家じゃない。

 迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーもハルピュイアも戦車蟹タンククラブも、俺達は一緒に戦った」


と、ヤクモとヨウマのコンビが対抗する。


「じゃあなんでウォーウルフを生かそうなんていうのよ。

 狼と共存する村なんかある?

 傭兵も探検家も、常識でモノ考えられない馬鹿なの?」


「学者様はお勉強のしすぎで頭がお硬くなっていらっしゃる。

 この魔王城で魔物相手で、固定観念に縛られ過ぎだ。もっと色々考えてみろよ」


腕を組み、双方は睨みあう。こんな衝突など、まだ可愛い方だ。


殲滅か、共存か。


アシタバとストライガから始まったその対立に、今や銀の団全員が加わっていた。

ほとんどの者がウォーウルフとの共存を考え。

殲滅するべきだ、いや共存してみようと主張し合い、時に衝突していた。


魔物解体上がり、アセロラ、キリ、そして居合わせたオオバコと昼食を取っていたガジュマルは、繁々とその衝突を見物していた。


「…………アセロラ、お前の兄貴の、大分話が大きくなったな」


「――――ガジュマル」


諌めるようなオオバコの口調に、ガジュマルは口を押さえる。


アセロラは無反応だった。

聞こえていないと言うよりは、反応する気もないといった様子だ。

何かに集中しているのか、目はひたすら皿に落とされている。

失言だった。


「ま、ともかく明後日には結論が出るんだろ…………?」


意図的な呑気な発言で、ガジュマルはその場を締める。











「うわー!!」


「なんだこの虹色の家ーーー!!」


「こらこら、静かに」


四年前のアケイア山。


魔物達の住む洞窟の中に、ガジュマル達八人家族とディフェンバキアが踏み入り。

その奇怪な、虹色の家を目の当たりにする。


「…………本当にいたんだ、山の隠者」


ネギはぽかんとした顔で呟く。

家にはしゃぐ年少組とは違い、レタスとネギには魔物のいる洞窟だという認識と怖れがあった。


「おい、キャロット達。もう少し静かにしろ。

 この洞窟に魔物が出るってのは、知ってるだろ」


ガジュマルも年少組を諌めながら、改めてその家を見る。

奇抜で、異様だ。呆気にとられるガジュマルの横へ、ディフェンバキアが立つ。


「この家には暮らし方がある。しばらくは、儂とゴーツルーも共に暮らしそれを教えよう。

 ここなら、物騒な奴らも近づかんだろうしな」


「…………あんたらは、どうしてこんなところに家を建てたんだ」


「家、というつもりはなかった。これは休息所じゃ」


「…………休息所」


ガジュマルには分からなかったが、それは確かに一般的な家よりは小ぶりだ。


「これがつまり、“迷い家”なのさ。

 おやっさんは各地のダンジョンに、こういう休憩所や階段、崖際の小道の舗装、探検家のための補助建築を施して回っているんだ」


ディフェンバキアの弟子、ゴーツルーが自慢げな顔で話しかけてくる。


「本当に、探検家にとっておやっさんの建築は助かるんだ。俺も昔は探検家でよ。

 ダンジョンでしくじって酷い怪我して、もう地上うえへは帰れないと思った。

 その時に、おやっさんの作った休憩所へ辿りつけたんだ」


昔を思い出すような顔。晴れやかで、淀みない顔をガジュマルは見つめる。


「本当に、死を覚悟したんだ。

 ダンジョンの中の掘っ建て小屋に出くわした時に、どれだけ俺が驚いたか。

 どれだけ俺が救われたか。

 三カ月、地上に戻るまでそこで傷を癒しながら暮らした。

 魔物は近づかなかったし。食事は何とか自力で用意できた。

 そこから俺は、おやっさんに興味持ったんだなぁ。

 その後直接会って、気付けば弟子入り志願してたよ」


改めてガジュマルは、その虹色の建物を見上げる。


「三カ月も、暮らせるのか」


「ルールを守ればな。必須なのは食材調達の仕方と、近隣の魔物の扱い方。

 必要なのは、既存の生態系への敬意だ」



その後の事を、先に言ってしまえば………。


ディフェンバキア達と一カ月。そして彼らが旅立って後の三年半以上。

ガジュマルとその家族は、その魔物が闊歩する洞窟の中で暮らし遂げることになる。










「ガジュマル、お前さんならこの地下二階をどう料理する」


現在。

地下二階でディフェンバキアは、外周を計測しながら問いかけた。

迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーの死骸も半分ほどが片付き、いよいよここをどういうフロアにするか、という問題に焦点が当たる。

今や彼の弟子、ガジュマルはうーん、と少し考え込んだ。


高さは80mほど、鳥籠のような釣鐘状の形をしているフロア。


「……この高さは、私生活には生かしにくいんじゃねえかって思います。

 上下運動は大変だし、だから、うーん………」


「ゴーツルー、お前さんは?」


「俺だったら、関所にしますね。この高さは防衛向きだ。

 ウォーウルフ達も、わざわざ地上への抜け穴を作るぐらいですし。

 地下からの侵攻を止めやすい」


なるほど、とガジュマルは感心した。


「それも一理ある。今使っているウォーウルフの迂回路は、最終的に埋め立てる予定じゃ。

 ゴーツルー、ガジュマルと一緒に螺旋階段の建築に着手してくれんか。

 ハイビスカスも誘ってやってくれ」


「螺旋階段ですか?どこに?」


「フロアの中央」


「中央!」


ふむ、とゴーツルーは想像を巡らせる。

地下二階の中央に一本、大きな螺旋階段を据え置く。


「大きな木柱を軸にした螺旋階段。

 基本的にはそこを守れば下からの襲撃は防げる、という構造じゃな。

 ただ人の行き来は多い。5人以上が余裕ですれ違える幅でなくては困るぞ」


「承知。まずは資材降ろしですね。工匠部隊にも手伝ってもらいます」


てきぱきと設計を進めるゴーツルーの手際を、ガジュマルは観察し盗もうとする。

伊達に長年ディフェンバキアの弟子を務めてはおらず、ゴーツルーはあまり言葉を交わさずとも意図をくみ取れるかのように振る舞う。


「いやぁ、このダンジョンにドカンと自分達の構想を起こしていく過程。

 ダンジョン建築家の醍醐味だぜ。わかるかぁ?ガジュマル」


気のいいおっちゃん、ゴーツルーはガジュマルの肩に腕を回し、チョークで可愛がる。


「いでで、痛いっす!」


「螺旋階段は正確な繰り返しだ。

 お前にはいい練習だな。一緒にやろう。教えてやる。

 早く仕事覚えて、弟達食わせられるようになんねぇとな」


に、と笑うゴーツルーに、ガジュマルは真剣な顔で答えた。


「…………うっす」










農耕部隊の一部は、畑仕事ではなく畜産に携わっている。

飼料を外部から取り寄せ彼らは、牛や鶏、あるいは馬を飼っていた。

魔王城から少し離れた南側。

魔物ではない動物達がいるその区画は、団員から「牧場」と呼ばれている。


ここはやっぱ、動物が沢山いて落ち着くなぁ。

なんてことを、アシタバはのんびりと考えながら散策する。

ウォーウルフとの共存について、動物と日常的に関わっている人々の意見を聞きたかったのだが。


(今は、みんな忙しそうだな……)


日中は皆、世話で忙しい。

時間を間違えた。帰ろう……と、踵を返しかけたアシタバが止まる。


視界の端に、塔が映った。

城によくあるような円筒形と、円錐形の屋根。

牧場の中で最も高い、五階建てぐらいの塔だ。


そういえばあそこには行ったことがなかったな、と思う。






塔の内部は、一階から天辺までが吹き抜けだった。

そして内部には引っ切り無しに、羽音が鳴り続ける。

塔の内壁の所々に、沢山の鳩が止まっていた。


「僕に何か用ですか?」


一階の窓の横、机に向かってその男は座っていた。


「あー、いや、中どんなもんかと気になってな。仕事中か?邪魔したな」


「いえいえ、何分暇なものですから。

 お話しの相手をしてくださるなら、大歓迎ですよ」


そういってこちらを向く。カールめの茶髪の青年。歳はアシタバと同じくらい。

口元と目尻が優しく微笑み、だがその目は、白く濁っていた。


「―――――あんた、鳩飼いのハトムギか」


名前はアシタバも聞いたことがあった。ハトムギ。銀の団所属の鳩飼いだ。


伝書鳩を飼い、彼らと共に生き、遠い地との連絡を担う者達を鳩飼いという。

王都には必ず一人。大きなところであれば、専属で雇っているところもある。

銀の団では彼が、諸国王家との連絡を担当していた。


どうしてアシタバが鳩飼いかと分かったと言えば、目だ。

勿論、鳩だらけの塔内を見てある程度予測はついていたが……。

鳩飼いというのは例外なく、盲目の者が就く習わしになっている。

理由は機密漏洩の防止。だからこそ王家印などは、彼らが指でなぞって差出人を読み取るため、立体的な凹凸を生みだす意味合いもあるのだが。



「――あぁ、あなたがあのアシタバさんなのですか。

 周りの方がよく話題に出されています。

 僕は手紙を読むことはありませんが、書簡にも頻繁に名前があがるとか」


ハトムギは朗らかな青年だった。

恐らく世間離れの半生を歩んできたであろう彼は、柔和で温厚だ。

ふいに宙に指を置くと、鳩が一羽飛んできて止まる。

魔王城の日々が、少し遠く感じられる場所だった。


「この前、妹さんもいらっしゃいましたよ。元気な方でしたねぇ」


鼻を突こうとする鳩と戯れる。伝書鳩達に対する愛情が見て取れた。


「そりゃ、お騒がせをしたな」


「はは、僕にとってはありがたいですよ。

 手紙がこなければ、僕は基本暇ですからねぇ。話し相手はいつでも歓迎です」


「手紙も話し相手もいない時はなにを?」


「それは、この子たちの世話を。

 いっぱいいるので、見落としてしまわないか心配で」


腕を振るい止まっていた鳩を宙へ放ると、すぐに別の鳩がやってきて指に止まる。

アシタバはようやくそれが彼の業務だと気付いた。一羽一羽、体調を測っている。


「アシタバさんは、最近はウォーウルフの件で忙しいそうですね。共存派、だとか」


「…………流石に聞いているか」


できればここは、そういう喧騒とは離れていて欲しかった。と、思わなくもないが。


「あんたはどう思ったんだ。共存派?殲滅派?」


ハトムギはその問いに、俯瞰するように微笑む。


「さぁ、僕はその魔物とは会ったことがないもので、何とも。

 ただ……………共存をするというのなら、覚悟が必要だと思います」


「覚悟」


鳩を眺めて、アシタバが繰り返す。


「襲われるかもしれない、っていう?」


「違います」


ハトムギが断じる。彼の目が、別軸で物事を見ているかのようだった。


「虐げる覚悟ですよ」


虐げる、とまたアシタバが繰り返した。


「共存するとあなたは言いますが、結局は飼うか、保護になると思います。

 心をどう持っても、対等ではいられない。

 ウォーウルフという種を、人間の枠組みに押し込まなければいけない」


また鳩が一羽、バサバサと飛んできてはハトムギの指に止まる。


鳩飼い(ぼくたち)は、鳩の帰巣本能を利用して伝書鳩に仕立て上げた。

 子孫を産む本能を利用して、鶏から卵を得ている。

 聞いています。樹人トレントを使った畑を試しているんですよね。

 それも、彼らの本来の意志とは違う筈だ」


その通りだ。


根樹人トレントルートが作物へ栄養を送るのは、決して慈善事業じゃない。

彼らが作物を幹樹人トレントツリーと間違えているからで、幹樹人トレントツリーが獲物を仕留めて栄養源を確保することを期待しているからだ。


率直に言えば樹人トレント畑は彼らの本能を利用しているし、騙している。

本音を明かせばアシタバは、樹人トレント達が気付いた(・・・・)時、畑利用が根本から崩れる可能性すらあると思っている。


動物を見るのは好きだ。けれどアシタバは、畜産業はあまり好きではなかった。

蚕を嫌う彼だ。それを人の業だと見てしまう。


「人の枠組みに入れるなら、貢献をしてもらわなければいけない。

 本能を利用してでも。捻じ曲げてでも。騙しても。

 僕は、この達を大事に思っている。でも、利用させてもらっている。

 そういう、なんて言うのかな。傲慢な思い切りは、必要だと思います」


言わんとしていることは分かる。メリットだ。

ウォーウルフとの共存が、人々に有益であると証明しなければならない。

たとえそれで、信じる道理や敬意を手放そうとも。


「……………変なことを聞いてもいいか」


「なんですか?」


「あんたは、鳩を逃がしてやろうって思ったことはないのか?

 人間の使役から解き放って、自由な空へ」


「……………………」


優しく、そして寂しそうにハトムギは微笑んだ。


「思ったことはない、と言えば嘘になります。

 彼らが自然の中で生きていけるのかは別問題として……。

 人間の籠の中で、安定して餌が貰えて安定して子を為せる。

 彼らに了承を得たわけではなく、僕達が一方的に利用する形で。

 それが本当に幸せなのか。

 

 でも僕は――――僕には彼らが必要なんだ。僕はこの目を持って生まれた。

 人間の枠組みの中で、鳩飼いとしてしか生きられない。

 この子たちみたいな、空へ飛ぶ翼はないわけだし。

 エゴだと思う。でも、大切に思っている。傍にいて欲しいんだ。

 たとえそれで、この子たちが自由な空を諦めることになっても」


鳩がまた、ハトムギの手から離れ塔の壁へと戻っていく。


「だから僕は、お願いをし続ける。

 どうか、僕と一緒に生きて欲しいって」


アシタバは黙り。

その言葉の先を、考えていた。



十一章十話 『鳩飼いハトムギ』

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