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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十章 舞い月、白銀祭編
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十章三十八話 『三日目:ありったけの祝福を』

ずっと気に入らなかったのは、責務が果たされていないことだ。


魔王軍との戦いと、その余波がもたらす貧困に苦しむこの時代で、王宮御用達ロイヤルの下には潤沢な素材が集まる。

かといって、自分達の一族が作るのは王族用の服………。

自分の仕事には誇りを持っていた。

だからこそ、それが汚れたものの上にあるのが我慢ならない。


「何を苛立っているんだ、ハゴロモ」


父親のその問いに、十年前のハゴロモは振り返る。

十代後半、今より若く、今より擦れた目つきの彼女がいた。

今の柔らかな雰囲気は、当時はない。


「……別に」


橋の国(ベルサール)王家御用達ロイヤルの一族。

王都の一角に彼らは居を構え、この時世において余裕のある生活を許されていた。


気に入らなかった。


彼女は博愛主義者でも平等主義者でもない。

だから苛立っているのは、彼女の腕がこの肥えた(・・・)生活を維持するためにあるかのような状況と、王のみにしか捧げられず、使った後は捨てられる作品こどもたちの扱いにだ。

腕は極めるためにある。作品は愛されるためにある。

ハゴロモは昔も今も、骨の髄まで職人だった。


「お前に一つ、仕事が来ている。

 来月、セトクレアセア様の婚姻の儀が行われるのは知っているな?」


「はい」


「お前に王位第八位、ローレンティア王女のドレスを準備するよう、命が来ている。

 ……受けるか?」


「……?何を言っているのです。当然受けます」


「いや、ローレンティア王女のことは知っているだろう。それでも――」


「誰であろうと関係ありません」


知っている。それでも彼女は、自分の情熱を咲かせる場所を選ばない。

選ぶべきではないと信じている。


「謹んでお引き受けいたします」


だからこそ、ハゴロモにこの話が振られたのだが。

今より十年と半年前。こうして若きハゴロモと、幼いローレンティアは出会うことになる。









どうしてこうなったのだろう、と思ってしまう。


「両手を脇に広げて。そう、今袖を通します。

 嗚呼、お綺麗ですよ………リリィ様はお目が高い。

 私のこのドレスであれば、貴女様の結婚式を華やかに彩ってみせましょう!!」


リリィにウエディングドレスを着せながら、彼女に選ばれた仕立て人・カミツレは声を弾ませる。


「え、ええ………」


「ああん、顔を動かさないで!せっかくセットした髪が乱れちゃうわ!

 あなたお綺麗なんだから、髪型を整えるにも魂を注ぐべきなのよ」


リリィのこめかみを掌で抑え、理容師、マダム・カンザシが囁く。


「は、はい………」


「はいはい、マダムは少しどいて下さいね。

 リリィさん、どうですーこの首飾り!!宝石の数!

 これはレンタル専用で売り物ではないのですが、ご結婚とあってはむしろ使ってあげることこそ誉れ!!」


装飾職人のフウリンが、白銀とダイヤで彩られたネックレスを、リリィの首に通す。


「う、うん………」


結婚式を挙げる新婦、という逸材を前に、目の血走った職人達が瞬く間にリリィの身なりを整えた。

化粧、ドレス、アクセサリ………今やリリィは、立派な花嫁だ。

結婚式挙げません?とナナミに問われ、明確な返事をしないでいたらこうなった。

何やら、大工のシラヒゲさん達がフル回転で教会を建てているとは聞いているし、着々と準備は進められている。


もう、何というか、色々早くて。


「ふふ。お疲れ様。少しお掛けになったら?式が始まってからが本番なのだし」


仕事を終え後片付けに入った職人達と入れ替わるように、ハゴロモが彼女に椅子を差し出した。

甘えて、ドレスを崩さないようリリィは腰かける。


「マリッジブルーとかは大丈夫?」


「それは……大丈夫です。ただ、頭が追い付かなくて………」


「式、嫌なようなら私からナナミちゃんに言っておくわよ?

 見世物みたいになっても、ってこともあるし」


「いえ、そんなことは………。

 昨日助けて頂いた方々へのお礼になれば、とも思いますし………。

 自分に区切りをつけたいのも事実です。

 ズミはどうなのかな。案外、こういうの嫌いだったりして………」


こういうのもマリッジブルーというのだろうか。

ハゴロモは優しく微笑みリリィを落ち着かせる。


花嫁と出席者の違いはあるが、ドレスを着てオドオドとするその様子は、ハゴロモにローレンティアとの思い出を想起させる。








噂通りの銀色の髪。人形のように整った顔立ち。

けれども顔は晴れず、視線は足元に沈む。

8、9歳程のローレンティアは、既に息を殺すように生きていた。

噂や陰口が、彼女から笑顔を取り上げていた。

体の採寸をした時にも思ったが、どうもローレンティアは王族らしくない。

おどおどしていて。居場所を探している。

いつも人の目に怯えて。自分から何かをしようとはしない。


ハゴロモは骨の髄まで職人だ。

そして決して彼女は、王宮御用達ロイヤルに誇りを持っていない訳ではない。

むしろ持っているからこそ、生半可にそれが在ることを許さない。

王宮御用達ロイヤルが、王にその技を捧げることを唯一至高の使命とするなら―――。


王はそれに相応しい(・・・・・・・・)人物であるべきだ(・・・・・・・・)

 

これがハゴロモの考え方。

だから彼女は、国の貧富を是正しない現王を軽蔑しているし、それに従う自らの一族も見限っている。

博愛主義や平等主義ではなく、職人としての傲慢な誇りがそうさせている。

だからおどおどとしたローレンティアも、はっきり言えば自分の技を捧げるに値しないとハゴロモは思っていた。


式用のドレスに着替えた彼女は、扉の前で固まっている。

視線は足元。外に出ればまた、あの目達が彼女へ向けられる。

十歳程年上のハゴロモは、隣に屈みこみ顔を覗き込む。


「怖い?なら、体調を崩したって私から言っておくけど」


青ざめながらもローレンティアは、ぶんぶんと首を振った。


「…………出たくないんでしょ?」


「出たくない」


悲痛な、本心からの言葉。


「でも、出るべきだって思う」


目は扉の方を見ていた。まだ怖いのだろう。顔は青ざめている。

きっと扉の向こうへ行けば、また蔑む目を向けられる。

王族で唯一人の銀の髪。汚らわしいもののように扱われ続けた過去。

出たところで、席はあっても居場所はない。

むしろ出ない方がいいとさえ思うし、ローレンティアはそう正当な理由をつけることができる。


でも彼女は躊躇っていた。

彼女が恐れるものが、冷たい眼差しが待っていようと、そこから逃げ出せる正当な理由があろうとも、彼女はそちらへ流れず、立ち止まっていた。


「……お父様とお母様の仲は今、よくないらしくって。

 また仲良しになったらいいって思う。今日がそうなればって思う。

 だから、私は出るべきだって思う」


結果を言えば幼いローレンティアのこの願いは、本人達の気がなく周りの協力も得られず、潰れることになるのだが。


「ドレス、ありがとう。勇気をもらうね」


笑おうとしたのだろうか。

未だ蒼褪めながらローレンティアはゆっくりと扉を開ける。


王に必要な素質があるとするならば――――。


儚く、幼く、微かで、弱々しい。けれど。


周りの圧に押し潰されず。落ちている理由に縋りもせず。

遠くの誰かを思いやって。自分の思う正しさと共に、一歩を踏み出す。


それは王の器なのではないかと。


そう、ハゴロモは思った。








ハルピュイア迎撃戦で勇敢に戦った者達が眠る墓碑の裏に新たに出来た教会は、想像よりはしっかりしていた。

シラヒゲ達が今日一日で建てたそれは、部位を可能な限り削ったからだろうか、中は広々として開放的なイメージを受け、立派なステンドグラスが壁高くにはめ込まれていた。


「ズミ!」


ハゴロモに連れられ裏口から入ったリリィは、中で待機していたズミと出会う。

いつも通りの、困った風に見える笑顔を見せてきた。

その様子を確認して、同じく待機していたナナミが咳払いをする。


「こほん。それでは主役はお揃いのようなので、私は正面に出て皆さんを煽ってきます。

 えー、私が少し強引めに推し進めた感はありますが、借りがあり、私は商人なので貴方方の式を利用することについては謝罪致しません。

 

 いいですか、私の目的は祭りの盛り上げです。

 貴方方の幸せそうな姿を皆さんが見られれば、それだけで私の目的は果たされるのです。難しいですか?」


その煽りのような再確認に、ズミはふ、と笑ってしまう。


「大丈夫だよ。準備をしてくれてありがとう。感謝している」


「それはようございました。

 少し早い気もしますが、お二人とも、良い式を。そして、お幸せに」


に、とナナミが笑うと、北側の大扉を開け外へと飛び出していった。

扉の合間から、外の騒々しさが分け入ってくる。

かなりの人が集まって、既にみんなできあがっている。

なんだか緊張するような気もするし。

既に盛り上がっているから、そんなに気にしなくてもいいのだろうか―――。


「ズミ」


名を呼ばれズミは、思考から現実に帰る。

振り向けば、花嫁のドレスに身を包んだリリィがこちらを見ていた。

職人のメイクを纏い綺麗に整えられたその姿は、しばらくズミを呆けさせる。


「ズミ?」


「え、うん」


リリィは少し不思議そうな顔をするが、すぐに真面目な顔つきに戻る。


「ズミ……結婚式、嫌だったらごめんね?

 でも、もう野暮なことは言わないって決めたの。

 これから迷惑をかけるかもしれない。でもね――」


待った、とズミは手で制する。


「僕だって決めたんだ。襲い来る何かがあるのなら一緒に立ち向かおう。

 リリィ、ずっと一緒にいて欲しい。

 モントリオ家も、僕の父も、何もかも関係ない。僕がそう思うんだ」


ズミが笑い、驚いたリリィも笑った。


外から割れんばかりの歓声が響く。

ゆっくりと、ゆっくりと教会の大扉が開き。

光と歓声の中へと、二人は歩き出した。







「綺麗ね、リリィ」


「ズミは………緊張してないみたいだな」


ローレンティアとアシタバは、人だかりの一角でその姿を見ていた。

後ろでは酔いにふらつくツワブキと、【隻眼】のディル、秘書ユズリハ。

急造の教会の正面扉周りに、銀の団団員のほとんどが押し寄せていた。

半円状になり、所々からひゅうひゅうと冷やかす声が上がる。

人混みから後ろに下がった所では、タマモ達の鍋が出張で配膳をしており。

リリィやズミが必死で歓声に応えている様を、鍋をつまみながら楽しむ者も多い。


「……アシタバ、さっきの話だけどね」


「死にたがり?」


ローレンティアは頷いた。


「やっぱり私は、止めて欲しいって思うんだ。ホントにホントに、心配しちゃうんだ。

 アシタバはさ、初めて地下三階に落ちた時、私が自責の念が強いって言ったよね。

 止めた方が良いとも言った。あれはその通りだった。

 あのままだったら私は昨日、キリが人質にされた時に、喜んで自分を差し出して、そこで終わらせていたと思う。

 考えることも抗うことも、きっとそこで止めちゃってた。

 アシタバのおかげだと思ってる」


「そんな――」

 

「それで」


最後まで喋らせて欲しいという意志。を、アシタバはくみ取り素直に黙った。


「私もね、最近分かるようになってきたんだ。

 アシタバの、そのままじゃよくないって思えるところが。死にたがりの件もそう。

 アシタバの言葉が私の変わるきっかけになったように―――。

 私も、アシタバのそういう部分を変えられたらいいって思うんだ」


ローレンティアはアシタバを見て、アシタバもその目線を受ける。


「……義理や恩を感じてるんなら―――」


「違う。私はね、多分……」


ローレンティアは教会の前で皆に手を振る、ズミとリリィを見た。


「対等に、なりたいんだと思う」


その意味を、アシタバは全部は掴み切れなかった。

ローレンティアの、澄んだ横顔を見る。ただ――。


きっとそれは、自分にとってもローレンティアにとってもいいことなのだろうと感じていた。






「あー、おほん。やれやれ、昨日の今日でまさか私が神父役とはな」


一段高い教会手前に上がった大司祭オラージュは苦笑いをする。

昨日レインリリィを連れ戻すべく雇われた彼女が、今日は二人を祝福する役なのだから、ちぐはぐに感じるのも道理と言える。

が、大司祭の彼女が最も適任なのも確かだ。

ズミもリリィも、笑い彼女を見守り、そしてアシタバ達も聴衆達も、彼女の言葉を聞くため静まった。


「――善き人の子らよ。

 

 まずは昨日の騒乱を無事撥ね退けたこと、私から祝福させて頂きたい。

 簡単ではない戦線だった。それでも各々が死力を尽くし、勝利を勝ち取った。

 新郎・新婦も、刺客に立ち向かったと聞いている」


ひゅうひゅうと冷やかしが湧き、ズミが照れたように頭を掻く。


「だがこれからを思うと少し、影が差したのも事実だ。

 魔王討伐以降初めて、国から人へ暴力が向けられた。

 諸君、我々は今、誰も知らない新たな時代の入り口に立っている」


全員が、真剣な顔になる。こういう場に慣れているのか、オラージュの演説は聞く者を没入させる力があった。


「何が起こるのか。何を得るのか。何を失うのか。

 そして、何が求められるのか。分かる者など居はしない。

 けれど我々は、幸福であろうと試練であろうと、降りかかってくるそれを受け、先へ進まなければならない。


 新たな時代を進む力とは、何なのか。


 これまでは強き魔物を討ち払う力だった。これからは?

 ほとんどの者が知らない。だが、私は知っている」


にぃ、とオラージュが笑う。


「おめでとう。君達がこの時代で、一番最初にそれを手にした」 



それは初めて魔王城で行われた、世にも奇妙な結婚式だった。


「――汝、レインリリィ。

 愛する者を支え、尽くし、共に笑い、何時如何なる時も途切れぬ愛を誓うか」


「はい」


兵器として産み落とされた女。


「――汝、ズミ。

 愛する者を支え、守り、共に笑い、何時如何なる時も途切れぬ愛を誓うか」


「はい」


そして、それを愛した男。


「君達には、幸せになる権利がある。

 そして君達は、幸せに至る道を手にした。

 結ばれる二人よ、永遠の愛を」


目線を合わせ。そして二人は口づけを交わした。


割れんばかりの歓声と拍手が起こる。

人々は笑い、間違いなくその瞬間、ズミとリリィは世界の中心だった。 

ローレンティアはふと思い出す。

幼い時、自分も結婚式に出席したことがあった。

あれは確か、セトクレアセア王子のものだった。









「ハゴロモさん」


今より半年と少しの前。

織子ハゴロモは、王宮で王子セトクレアセアに声を掛けられる。


「は、はい………?何でしょうか?」


王位第二位ともあろう人物が使用人を一人しか連れずに話しかけてくるのだから、ハゴロモは硬直した。


王宮御用達ロイヤルの家系を離れ、銀の団に加わるというのは本当か?」


直後、ハゴロモは少し冷めた表情になる。あぁ、それか。


「間違いありません」


「何故?」


ハゴロモは口を噤んだ。

理由をそのまま言っては、間違いなく首を刎ねられるからだ。

だがセトクレアセアは真剣だった。


「………ハゴロモさん。どうかお聞かせ願いたい。

 余計な者は連れず、人目を忍んで貴方に会いに来たのは、これが非常に私的な問いかけだからだ。

 国や王を乏しめる答えであっても、私はそれを追求しない。どうか信じて欲しい」


王族としては異例、セトクレアセアはハゴロモに頭を下げた。

そこまでいっては逆に、言わない方が不敬というものだ。

だからハゴロモは諦めて、彼女の胸中を打ち明け始めた。


「私はいつも、この腕を捧げるべき王を探しております。

 はっきり申し上げます。この国から次なる王に相応しい人物は出てこない」


それは、王族全員をひっくるめて乏しめるような言動だが、ハゴロモの目線は動じない。


「既存の概念にばかり囚われ、本質を見ようともしない。今の王族は、そのような方ばかり。

 ――ですが私は、自分が橋の国(ベルサール)王宮御用達ロイヤルであることに誇りを持っています。

 順当に行った場合の次なる王は、父が支えたらよいでしょう。

 だから私は、違う角度で理想の王に仕える準備を致します」


「それが、ローレンティアだというのか」


少しの間の後。


「今の橋の国(ベルサール)内で、最も可能性が高いと私は考えます」


堂々とした振る舞いに、セトクレアセアも少し黙る。


正直にいえば、家を出るというのが主体な目的だ。

安泰の王都を出て、最前線で時代というものを見ることが、魔王軍の持つ未知の技術にいち早く触れられる銀の団に行くことが、職人としての成長に必要だと感じていた。

ローレンティアは正直ついで、分の悪い賭けでしかない。

だがセトクレアセアは、その言葉を愚直に信じる。


「――分かった。ハゴロモさん、折り入って一つ、頼みがある。

 私の密偵にはなってくれないだろうか」


は?とハゴロモは聞き返し、けれどもセトクレアセアは真面目だった。

結論を言えばハゴロモは、この話を受けることになる。


 


十章三十八話 『三日目:ありったけの祝福を』

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