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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十章 舞い月、白銀祭編
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十章三十二話 『三日目:殺意の結末』

【死神】ナギ。


斑の一族族長にて、彼らが世界最強の暗殺集団と呼ばれる最たる理由だ。


歴戦の騎士達の護りをすり抜けて、彼は屍の山を築いていった。

誰にも彼を止められない。誰も彼を捉えられない。

神出鬼没という点では、【月夜】のラカンカに劣らない。

人類最強の候補に上がる彼は、勇者や英雄と並べて語られる存在だ。


ナギの何が特異だったかと言えば、それほど有名であるのに、誰も何も知らない、という点だった。

噂はある。彼が建てた墓標も多い。

けれど彼がどんな人物か、どんな戦い方なのか、確実性のある噂は皆無だった。

戦歴と知名度に反し、その正体だけが黒く塗り潰されているようで。

その異質さが、逆にナギの存在感を高めていた。





「あー、待って待って、そんなに警戒しないでくれ。

 本当に争うために来たんじゃないんだ」


剣を抜き構えるアシタバとスイスチャードは既に殺気を放っていたが、斑の一族、族長ナギが纏うそれも劣らない。

死の香り、のような何か。


「………誰だお前。いつからそこにいた」


その正体を知らずとも、全員がその脅威を理解できた。

そしてナギは、違わない自分の名を明かす。


「名はナギ。所謂斑の一族の族長を務めさせてもらってる。

 今回は、ウチの者がお邪魔をしたみたいだな。だが謝れない。こっちも仕事でね」


飄々と話す男からは、死と胡散臭さしか感じ取れなかったが、こちらの戸惑いなど構わず男は言葉を続ける。


「ローレンティア王女。今日は貴女に商談をしにきた」


「―――商談?」


アシタバが、冷たく男を睨む。


「お前達が昨日何をした。信用できるわけがないだろう」


「ごもっとも。だからセトクレアセア王子に習って俺も、利害の一致というやつを話そうと思う。

 結論から言おう。ローレンティア王女。

 銀の団で、斑の一族(おれたち)を飼う気はないか」



現実味もなく、唐突で。ローレンティアは全く、反応すらできなかった。



「………貴様、何を言っている」


ようやく答えたのはセトクレアセアだ。ナギはにこりと笑うと、説明を始める。


「ローレンティア王女。貴女は想像したことがあるだろうか。

 魔王が倒され、戦争時代が終わった後の俺達の立場というものを」


「誰が人殺し共の立ち場など」


と、スイスチャードは一蹴するが、ローレンティアは真面目に想像を巡らせていた。

それは彼女の悪癖になるのだが―――ともかく。


「………不要になった?」


「それぐらいであればまだ良かった。

 仰る通り、魔物達の戦塵に紛れ要人殺しをしてきた俺達は、平和な時代では少し、目立つようになった。

 俺達は人を殺す道具だ。この仮初の平和なご時世で、表立っては使えない。

そこから更にもう少し、厄介な方へ心配を進める者が多くいた」


「厄介な方向?」


「この次に人と人が争う時代が来るのだとしたら、俺達は誰が使うことになるのだろう。ということだ。

 これまで俺達は、相手の所属や国など関係なく仕事を請け負ってきた。

 中立から、一国の軍事力に俺達が下ることを、恐れる奴らが多いんだ」


「つまり、お前達に消えてもらいたいと思う奴らが増えてきたのだな?」


セトクレアセアの指摘に、ナギが頷く。


「そういうことだ。俺達が過去やってきた仕事の情報が、漏洩する不安もあるが………。どうも俺達は邪魔になり始めた。

 俺はな、斑の一族は早く、どこかに収まるべきだと思っている」


「それで、私達の下に?」


ローレンティアは、例の澄んだ瞳でナギを観察していた。


「殺しをやってきた俺達を気軽に受け入れる国はないだろう。

 可能性があるとしたら波の国(セージュ)か、砂の国(ランサイズ)か、鉄の国(カノン)

 波の国(セージュ)は恐らく俺達の奪い合いで国が割れる。

 砂の国(ランサイズ)は生きるのには不便だ。鉄の国(カノン)は、使い潰されるだろうな。


 俺が見えている選択肢の中で、銀の団は一番良いんだ。

 魔物を受け入れる懐の広さ、下に広がるダンジョンは逃走先、中立的で規模は小さく、歴史は浅い。

 そして昨日の件で思い知ったと思うが、貴女方には武力が要る」


つまり、受け入れる代わりに力を貸す。安寧の地と武力の交換。



「―――お断りします」



王女ローレンティアはこれを断る。


「理由は幾つかありますが―――どう言われようと私は、人と戦う際の武力であると、自分達を売る貴方を招き入れることはできません。

 そしてその商談をするのなら貴方は、昨日より前にするべきでした。

 今となっては、私の暗殺が失敗したから言っているように聞こえます。

 成功していたら、次に団長になる方と既に密約があったのではないですか?」


「あーー……。んーー……」


指摘に困るというよりは、ローレンティアの考え方に触れてどう説得しようか悩む雰囲気だ。

殺し道具は口達者なわけではない。


「成程。前半は確かに仰る通りだ。申し開きのしようもない。

 だが後半に関しては否定させてもらう。

 本当にそんな密約があったなら、貴女の暗殺には俺が出ていた」


殺しのプロの矜持が、ローレンティアを呑む。

そうだったなら昨日の結果は変わっていたのではないかと思わせる気迫。


「正直、団長殺しの任務を受けた時点で今日信頼してもらうのは無理だと思っていた。

斑の一族としては、このタイミングで国からの依頼を無碍には断れなくてな。

失礼も悪も重々承知で、今回は貴女がどれだけ殺しても死なないのか見させてもらった。

 俺達の上には、そういう人物こそ相応しい」


その要求をクリアしたからこその、この商談。

一族本位……というよりはどうにも、殺すということが彼らにとって容易く、馴染み過ぎている。 


「今日は話さえ聞いてもらえれば良いと思っていたんだ。

 代わりになるのかは分からないが、俺達は誠意を約束する。

 昨日五人、迷惑をかけたわけだから、五つの誠意だな」


「誠意?」


怪訝な顔をするセトクレアセアに構わず、あくまでナギは自分の話を続ける。


「1つ。今この時点から、斑の一族はローレンティア王女、貴女の命を狙わないし、危害を加えることに加担もしない。

 2つ。今回依頼に含まれていたレインリリィ公女についても、我々は手を出さないし、情報を秘匿することを誓う。

 元々は依頼の成功率が売りの我々だ。

 一度受けた任務から手を引くこの2つは、我々にとってかなり重い判断であることをどうかご理解願いたい。

 3つ。本来は里で処罰を受けることになる離反者キリについても、責任を問わないし、一族を離れ銀の団に就くことを了承する。

 4つ。これも暗殺者集団としては破格の条件だと思う。今回の依頼主の情報を開示する」



「本当か」


思わずセトクレアセアが身を乗り出した。


「構わない。それだけ我々が本気だということだ。依頼主は四人。

 暗殺とレインリリィ奪還、二人雇ったのは河の国(マンチェスター)第一王子、ラークスパーだ。

 他には、鉄の国(カノン)レッドモラード第三王子。

 月の国(マーテルワイト)貴族、ムルチコーレ卿…………。

 これは傀儡だな。バックは恐らく日の国(ラグド)だ」


昨日の侵略戦を始めたレッドモラードの名前、そして河の国(マンチェスター)の王子の名と日の国(ラグド)の存在に、ナギ以外の面々は言葉を失う。


「そして橋の国(ベルサール)、レインワルティア女王。キリを雇ったのも女王だ」


その言葉に、ローレンティアは胸を刺される思いだった。

いや、覚悟はずっとし続けてきた。やはり。やはり。

ふぅ、とローレンティアの気を流すよう、セトクレアセアが溜息をつく。


「………分かった。誠意の最後の1つとやらは?」


「ローレンティア王女。貴女からの頼みを1つ、俺は何でも受けることにする。

 一族の存続に関わることでなければ、俺の全霊をかけて遂行しよう」


それは恐らく、誠意というよりはローレンティアとの繋がりを保つという打算の色が強かったが、断るようなものでもない。


「重ねて言うが、これらはこちらが提示する誠意だ。

 これらに限っては、我々は貴女に何も望まない。

 ただこちらの考えと、捧げる誠意のことを知ってもらえれば良い」


警戒と混乱に揺れるローレンティア達を置いて、ナギはくるりと背を向けた。


「どうか、我々のことを頭の片隅に留めておいて欲しい」


言葉尻は風に消える。

現れた時と同じように、いつの間にかナギはいなくなっていた。








「―――良かったんですか?本当に、ローレンティア王女を諦めて」


魔王城から離れた枯れ木林の中で、五人の人影が集まっていた。

【死神】のナギ。そしてイブキ、ナラ、ヒバ、エンジュ。斑の一族が揃っていた。


「いい。元々殺すには惜しい人物だった。

 それに俺達の力を見せつけられた。宣伝としては十分だ。

 戦力として加わればどうなるかは体感してもらえただろう」


虚空に視線を放り、ナギはつまらなそうに喋る。

ヒバは少し、納得がいかないようだった。


「でも受けた依頼を果たさず帰るなんて、斑の一族の名折れです」


正しい、一族の道理に従った意見だ。ナギはそれを、離れた地点から見る。


「………その誇りは、昔の老人達が一族を保つため、強き暗殺集団として在り続けるために作った道具だ。

 俺からすれば今は余計なものが付き過ぎている。

 それにまぁ、勇者一行三人と英雄が三人、向こうの布陣を鑑みれば説明のしようはある撤退だ」

  

一族離れした強さと、一族離れした価値観。

真理を言えば、新たな時代に直面するこの局面において、ナギが族長の座にいたのは斑の一族の最適解と言えた。 


「時代は変わりつつある。

 変化は待たず、大きなうねりとなって突然襲い掛かってくる。

 今まで在ったものをそのまま続けて、保障されるものなんか何一つだってないんだ。

 善や悪を問うているんじゃない。生き残るために俺たちは、変わらなければならない」


ナギの言葉には何か、確信めいた強さがある。

四人は静かに、その言葉を受け入れた。


「キリはともかくとして―――イチョウ、どうします?

 先程様子を伺いにいきましたが、大司祭オラージュの加護魔法で閉じ込められている上に、月の国(マーテルワイト)の騎士団が見張りについていました」


ナラの報告に、ナギはあまり表情を変えない。


「しょうがない。ここでこれ以上事を荒立てるのはな。

 なに、イチョウもいいところに収まりそうだ。キリもこのままで構わない」


一族の受け入れ先を探すという点において、キリやイチョウを外部に置いておくのは良い保険だ。


「帰ろう。俺達の里へ。

 昨日の件を受けて、また世界が浮き足立つ。しばらくは、静観するとしよう」



一先ず。

舞い月、銀の団に向け放たれた五つの殺意は、銀の団側が防衛し切った形で幕を閉じる。

だが防衛が成功しただけで、その殺意の源流は健在だ。


銀の団と、それらの行方を慮りながら、【死神】ナギは魔王城を後にする。




十章三十二話 『三日目:殺意の結末』

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