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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十章 舞い月、白銀祭編
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十章二十五話 『二日目:長い長い夜の終わり(前)』

その日は、夜から雲がかかってきたことを憶えている。

雲が月の光を覆っていた。


黒塗りになった魔王城を、各所で燃え盛る炎が照らし。

セレスティアル王女が服を掴み寄り、隣のアシタバは思考と静寂に沈む。

正面の魔王城を背景に、斑の一族の男が問いかけてきた。

彼の手に、ボロボロになったキリが捕えられていた。




ローレンティアのこれまでは、とても退屈な日々だった。


国の外れのフォレノワール領が彼女に与えられた土地、いや流刑地だ。

誰からも忘れられたような古びた城で彼女は、年がら年中幽閉されるように過ごした。


ローレンティアはずっと決められる側だった。

彼女がこの地に来ることになったのも、人目を避けるように城に籠って過ごすのも、彼女が忌み嫌われた存在として扱われることになったのも。

誰かが決めて、彼女に降ってきたものだった。


王族は王族らしくあり、子は親に愛されるのが世界の条理ならば、それはローレンティアを守りはしなかった。

孤独で。異端だ。彼女はいつも条理と愛の外。その原因となった呪いを、何度憎んだことだろう。


無力だった。

彼女がどれだけ飢えても、彼女を取り巻く環境は何も変わらない。

エリスに償いようのない迷惑を掛けていることは知っていた。

いないも同然の彼女は結局、何も守れないし救えない。


だから、何を決意することもなかった。







アシタバがそれを確信したのは、ヒバとの初対面時だった。


彼は演技状態から繰り出される最初の一撃を、王女セレスティアルの顔面目掛けて放った。

なぜ、暗殺を目論むローレンティアではなくセレスティアルが対象にされたのか。


アシタバは意図を理解していた。彼らの目的は人質の確保だ。

人質を捕え、ローレンティアに自殺を迫る。

それがアシタバと斑の一族エンジュが最も確実と判断した、王女ローレンティアの殺害方法だ。


「決断は早めにお願いする」


からんからんと、ローレンティアの足元にナイフが投げられる。

もはや体に力も入らない、目も虚ろなキリの首筋に、エンジュは刃を突き立てている。

少し力を入れれば、容易く命は奪われる。


アシタバがずっと恐れていた事態だった。

セレスティアルへの攻撃で、斑の一族が人質の捕獲も視野に入れていることをアシタバは見抜き。

だからこそずっと気を張り続けていた。早くローレンティアを離脱させなければならなかった。

工匠街の職人の誰かを一人攫ってきて、ローレンティアの前に置けばそれで交渉が始まってしまう。

そう、アシタバにとっては既に絶望的状況だった。


相手側のやり方に対処するには、そもそも交渉を発生させないこと。

ローレンティアと人質を会わせてはいけなかった。


「………ティア。応じるなよ」


呟き、アシタバはローレンティアの様子を見る。


死に瀕して冷静。危機に直面して聡明。いつものあの冴えた横顔………。

に、冷や汗が一筋流れる。揺らいでいる。

アシタバには不安があった。ローレンティアは自害をするのではないか、という不安が。


「ティア。分かってるか?」


「………えぇ。分かってる。分かってるわ」


二人は、キリに刃を向けるエンジュをただ睨んでいた。







魔王城、東。

グラジオラスの魔力暴走オーバーフローの後、そこには切り刻まれた地面と横たわる人影が多く転がっていた。


「てめぇ、よくも…………」


全身に傷を負いながらも、一人の鉄の国(カノン)の兵がなんとか立ち上がる。

彼の怒りの双眸は、地面に仰向けに倒れるグラジオラスに向けられていた。

彼以外の兵達とグラジオラスは、その夥しい斬撃に立つこともできない。


力を振り絞り槍を構える男を、グラジオラスは諦観に浸り見ていた。

もう力も入らない。出来る限りは尽くした。

それでもこうなったのなら、それが自分の運命なのだろう。


「化け物が………死ね。死ね!!」


怒り、狂い、叫んだ男は、槍をグラジオラスの胸目掛け高く掲げ。

グラジオラスは確かに死を受け入れ、目を瞑る。




痛みと死を待ち。待ち。けれども何も訪れない状況に、グラジオラスは再度目を開ける。


兵士は取り押さえられていた。雑踏と叫び声。

グラジオラスと同じ、月の国(マーテルワイト)の兵士達が、男を組み伏せ、グラジオラスを守るように輪になっている。


「大丈夫か、グラジオラス!!」


月の国(マーテルワイト)、第一王女近衛騎士団。

セレスティアル、メローネを魔王城まで警護し、視察が終わるまで城から離れた場所で待機していた騎士団。

そして、グラジオラスが所属していた騎士団だ。

かつての上司、隊長はグラジオラスの頭を抱える。


「これはお前が?よくやった。が、無茶をしすぎだ。

 今どうなっている?セレスティアル様の場所は言えるか?」


「………すいません、分かりません。メローネ様と一緒のはずで………」


「十分だ。もう喋らなくていい。おい、お前達!魔道士を探して来てくれ!!

 銀の団に何人か在籍しているはずだ!!」


朦朧としながらもグラジオラスは、張っていた意識を解く。まどろみの中へと沈んでいく。

魔王城の異変を察知し、待機していた月の国(マーテルワイト)の騎士団が救援に駆けつけた。

橋の国(ベルサール)セトクレアセアの配下である騎士団も、同様に鉄の国(カノン)の兵士たちと交戦を始めていた。



斑の一族との戦いはともかく―――。


鉄の国(カノン)王子レッドモラードが仕掛けた魔王城攻略戦は、鎮静化に向かいつつある。

勇者リンゴも、大魔道士メローネも、大司祭オラージュも、危なげなく鉄の国(カノン)の兵団を処理し。

不安定だった東も、形はどうあれグラジオラスが対処し、月の国(マーテルワイト)の騎士団がその後を請け負う。


では魔王城北側、燃える馬車から始まった戦線はどうか。




それももはや、レッドモラード側の劣勢になりつつあった。

馬車から出てきた兵達は半分ほどがストライガ達に倒され、もう半分は下半身が地面に埋められていた。


「グーちゃん!無理しすぎっすよ!!」


魔道士パッシフローラが蹲るグロリオーサの背中を擦るが、その甲斐なく地面に吐瀉物がまき散らされる。

口を拭う。顔は青い。けれども究極魔法アルテマを放った後特有の、超常の雰囲気。

一方で、王子レッドモラードとその側近三人が織りなす剣撃を、たった一人が捌き反撃を加えていた。


【黒騎士】ライラック。


高次元の動体視力、スローで相手の動きを見る目と、百戦錬磨どころではない戦歴が、見稽古と敵の動きの分析を経て彼の所作を最適化し続けた。

武術という点のみに絞れば、勇者リンゴを含む他の五英雄をも軽く凌駕する。

人が至れる極地、武術の理想形。


刹那揺らいだ瞬きの間にライラックは、側近二人の肩を切り払う。

槍を落とす二人。渦巻くライラックの双眸がレッドモラードを睨み喰う。


もはや、決着はついたも同然に見える。見えるのだが。


少し距離を置いて戦いを観察するツワブキには、腑に落ちない。

これで終わりか?いや、終わろうとしているのは間違いない。

しかし、レッドモラードの戦力概算が外れたから、で片づけるにはあまりにお粗末だ。



それでは、どうして。

どうしてレッドモラードは、こんな戦いを仕掛けたのか。








動悸が早い。息が荒くなってしまう。想定はずっと、していたはずなのに。


この白銀祭の間、自分がどこかで殺されてしまうことも。キリがどこかで返り討ちに合うことも。

でもこんな選択を迫られる覚悟は、不十分だった。


「どちらかを選べ、ローレンティア王女。自分の命か。この娘の命か」


薄氷の上に載せられた、かけがえのない命。自分の些細な所作がそれを壊してしまう状況。

古城の日々など跡形もなく、ここはどこまでも現実だった。


「………やめて、ティア」


と、掠れるような声をローレンティアは聞いた。

キリだ。片目を血で覆われ、髪をエンジュに掴まれた彼女は弱々しく語りかける。


「保証なんかないのだから……取引なんか意味を持たないわ。

 違反を犯した私は、里から罰せられる身なのだから」


「いいや。王女ローレンティアを仕留めれば我々の任務は終わりだ。

 それ以上は干渉しない」


「いいえ。この人ならやるわ。私には分かる。娘だもの」


キリが睨むようにエンジュの顔を見上げ。

エンジュはキリの母親を見捨てた時の顔で応え、否定もしなかった。


「―――娘?」


それは静かに通った。ローレンティアの呟き。

しかしキリはいつもの様子と違うと分かったし、アシタバは昼、モントリオに食って掛かった時と同じ声色だと判断できた。


怒っている。


ローレンティアが魔王城で怒ったことは、四度。

地下三階、魔力暴走オーバーフローを起こした際に、自らの呪いに対して。

他3つは今日。

自分の娘リリィの所有を主張するモントリオに対して。

エリスの服毒を見逃した自分と、それをさせた境遇に対して。

殿をする、と言い出したアシタバに対して。


魔王城に来る以前、彼女は憎むことは多々あれど怒ったことはなかった。

意味がなかったからだ。では何故、今は怒るのか。


「―――子を要らないという親を、私は認めない」


呟く。目は相手を射抜き、口は敵意と閉じる。

それは魔王城初日、落下した時にアシタバが言っていた言葉だ。

それを正しいと、守られるべきだと思ったから彼女は、リリィが蔑ろにされた昼も、キリが交渉の道具として扱われる今も、憤る。


怒るようになったのは、彼女にとって意味ができたからだ。

知り合った。関わった。繋がった。だから、守りたいと思った。


強きも弱きも、守るもの。

王があるべき姿についてローレンティアは、エリスにそう答えた。

そして自分も守ることを、エリスと約束した。

約束したから、安易な自己犠牲には走らない。

けれどそれと天秤にかけられたキリの命は、彼女が信じる、正しき、守られるべきものだ。


ならばどうするか。

手段は不透明。でも方向性を、ローレンティアは決意する。

自分の正義が、秤のどちらも守れと叫ぶなら。


ローレンティアは、天秤を壊すことを選択する。


「申し訳ないが、あなたが認める認めないの問題ではない。

 そもそもが我々の血縁など無関係だ。早く答えを頂こう」


本気の時のキリよりも深く冷たいエンジュの眼差しを、ローレンティアは真っ向から受けきり。

そして、足元のナイフを拾う。




十章二十五話 『二日目:長い長い夜の終わり(前)』

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