十章十話 『二日目:追う者逃げる者』
風より速く。
オラージュは工房街の屋根を駆け抜け、そして狭い通りを走るフードの二人組の前に飛び降りる。
「ひゃあっ!」
「そこまでだ」
地に手を置く。発光する。途端にフードの二人組は光の壁に四方を囲まれた。
オラージュの加護魔法―――本来は防壁用だが、彼女は好んで幽閉用途で使う。
「駄目だ~、捕まった!」
フードを脱ぐのはローレンティアの専属服飾士、フウリンとスズランの二人。つまりは、外れだ。
「仕方がありませんね、こうなれば私たちがモントリオ卿の元へ行かなければ……」
「だな。僕達の愛の逃避行もここまでだ、シクシク」
「そこでじっとしていろ」
フウリン達の小芝居には目もくれず、オラージュは再び屋根に上り次の標的を見定める。
既に工房街には、彼女の加護魔法に捕えられた二人組の職人達の姿が多くあった。
それでも尚、オラージュはリリィを捕まえるには至っていない。
苦戦の理由は2つある。
1つは、オラージュがリリィの顔を知らないこと。
囮達は律儀に、髪色や服装をリリィ達のそれに近づけていた。
これは仕立て人ハゴロモと理容師マダム・カンザシによるものだが、それによってオラージュは、単なる特徴の照らし合わせでリリィ達を判別できなくなっていた。
だから彼女は囮を捕まえる度にモントリオの確認を待たなければならず、効率の悪い追跡を強いられることとなる。
もう1つは、囮達の動き。
自由に動き回るようでいて、彼らは度々意図的に魔王城から離れる方向へと大きく動く。
少なくとも工房街の職人達がリリィ達に味方し、その他どれ程の勢力が与しているか不透明な今……。
魔王城圏から離脱するとも取れるその動きは、オラージュにとっては見逃せない、優先的に対処しなければならないものだ。
その対処に追われ、次なる有効打へ移る機を見いだせない。
「……………………」
オラージュとしては現状維持で異論ない。
囮が無限に湧いてくるわけではない以上、このまま持久戦の形になれば有利なのは囮を捕え尽くすことになるオラージュだ。
だから相手がこのまま仕掛け続けてくるのには違和感がある。
元々工房街にいない?
いや、これだけの大掛かりな作戦を用意しておいたのだ、いないはずはない。
関係のないところでこんな大作戦を展開してしまっては、リリィが実際にいると不用意に情報を与える負要素の方が強い。
相手のゴールは何だ?
オラージュは少し、屋根の上で足を止める。
「………まさか」
オラージュが屋根を駆ける一方で、モントリオは地を歩き回り彼女の捕えた者達を確認していく。はずだったのだが。
「おいあんた!モントリオ様だろう!!俺の盾を見てくれ、とても堅いんだ!!」
「いやいや、俺のこの槍を見てくれ。どうだいこの芸術的な造り。
貴族に仕える騎士の槍に相応しいと思わないか?」
「いえいえ、ご覧くださいこの反物!奥方へのお土産に、お一ついかがですか!?」
まるで道を塞ぐように、屋台を飛び出た職人達が作品を手にモントリオに迫る。
「おい、どいてくれ…………どけ!!」
「そうはいかねーなぁ!貴族さんに自分の作品を見てもらわないとあっちゃあ、職人の名がすたるってもんだぜ!」
「もんだもんだ!!」
「貴様ら、そうやって私の妨害をするつもりなんだろう!!」
「あー?なんだってー?よく聞こえねぇなぁ!!」
「この盾を見てくれ、とても堅いんだ!!!」
そのどたばたとした光景を、エゴノキは数歩下がった位置から眺める。
これに娘、ナナミが関わっている。工匠部隊、その全員を挙げての動きだ。
“でかリボン”のナナミノキと【道楽王女】のナズナの伝手を使えば、不可能ではないだろうが………。
問題なのは利益と報酬と着地点。
はっきり言えば生まれが良いだけの小娘の、リリィを匿うことが……。
大貴族モントリオと事を構えるに見合う利益を生むのか。
手を貸してくれた者達に見合う報酬を払えるのか。
そして事態を、許容される域に収めることができるのか。
ナナミは商人として判断したと言った。
エゴノキはそれを信じ、事の成り行きを見守ることとする。
「……エゴノキさん、あの人達を止めてくれ!あなたの部下だろう!?」
河の国代表ワトソニアは、真っ青な顔でエゴノキに訴えかけてくる。
ごもっとも、工匠部隊隊長エゴノキは彼ら職人の上司にあたるが………。
「悪いが無理や。ああも火がついた職人どもは、いくら儂とて手に負えん」
体のいい嘘だ。できるが面倒臭いのが真実。
「そんな………彼らは何をやっているんだ……!
モントリオ卿に立ちはだかるなど………ローレンティア王女もそうだ………」
ぶつぶつと呟きながらワトソニアは顔を伏せる。真っ当な反応だな、とエゴノキは思った。
河の国の貴族、その子息子女がよく持つ価値観だ。
由緒ある家柄に生まれた彼らは、家には絶対に従うべしと幼少期から叩き込まれる。
上には無抵抗に従い、下は見下す。それが河の国の貴族達の、一般的な感覚だ。
つまりはその究極系がリリィということになる。
「ワトソニアはん、あんたはどこへ行くんや?」
「どこへ?」
「儂は元々商人やからな、娘のナナミもそうやけど、貴族に都合のいいよう自分を捧げることはしぃひん。
誰であっても儂は対等に算盤を弾く。団長さんも決意をしたんやろ。
ここはどこかの国でもない。外の王族貴族が決める全てに従う必要はない。
突っぱねるべきは突っぱねる。はっきり言う。
この魔王城にまで来て、昔上にいた奴らに尻尾を振り続ける必要は、儂はないと思うで」
意図的な、過激な物言いだ。
澄み月からエゴノキが見据えていた、銀の団の国際的な立場の視点。
ワトソニアは彼にしては珍しく怒りを抑える顔を見せ、だが目を落とし、思考へと浸っていく。
「いや、でもそんな………。だったら僕はどうして―――」
うおおおおおおおお、すげぇ!と地下一階に叫び声が響く。
鉄の国王子、レッドモラードがカルブンコの入った檻にしがみ付き、肌を紅潮させている。
「すげぇ!すげぇじゃねぇか!!生きたカルブンコだ!!
まさかこりゃ、尻尾取ってしばらくしたらまた生えてくるわけか?」
「ああ、まぁな」と、ツワブキ。
「この金色の体、嗚呼最ッ高だ!!生きた金山かこりゃあ!?
ああ、部下どもにも見せてやりたかった。
全く、武力の持ち込み禁止なんてルールが恨めしい………」
「ははっ、国家権力の介入を防ぐための、王族会議の取り決めらしいがな。
どうにも意味のないことだぜ。
ここに喧嘩を売るってのは8つの王国に宣戦布告することと同義だ。
ま、そんな自殺志願者はいねぇわな」
レッドモラードは檻の中のカルブンコを堪能し終えると、樹人畑の視察に移った。
「こいつらの迷いの森には、あんたやローレンティア王女が切り込んだんだって?
勇ましいことだ、敬意を払うに値する。それに比べて我が国の軟弱者ときたら………」
「そういやグリーンピースはどうした?」
「館に帰らせた。俺の前に顔を見せるなとな。我が国に軟弱者は要らん」
陽気なトーンは変えずに、冷淡に言葉を綴る。
「………あいつは代表者としての務めは果たしていると思うがなぁ」
「ならば代表者で終わるだけだ。勇敢な者を、強き者を俺達は讃える。
隣の領の謀反を抑え込めない奴など俺達戦士の、鉄の国には要らん」
「隣の領?なんだ、そりゃあグリーンピースの話か?」
「昔の話さ。んであいつが代表者に選ばれた理由でもある。
我が国の内乱の多さは今更語るまでもないと思うがな。
グリーンピースの隣の領の主も、王家に反旗を翻した。俺達は当然、奴に鎮圧を命じた」
ツワブキは表情を変えない。よくある話だ。
勇猛を是とし血気盛んな鉄の国では、反乱が多く。
周辺の貴族はそれを抑えることで、王家に忠誠と武勇を示さなければならない。
「俺は鎮圧を命じたんだ。相手を力でねじ伏せることをな。
だがあいつは対話を設けた。折り合いをつけ始めたんだ。信じられるか?」
「………グリーンピースが、そんな事をしたのか?」
ツワブキの驚きの理由を勘違いしたまま、レッドモラードは話を続ける。
「そうさ。全く、そんなものは意味がない。
相手に深い傷を残して地に伏さなければ、力を見せつけなければ反乱の芽は残ったままだ。
何より戦士としての誇りに欠ける。まだ王家に逆らおうという奴らの方が俺好みだ。
骨がある。つまらんとは思わんか、ツワブキ殿」
「………あぁ、全くだな」
表情を隠しながらツワブキは呟く。政治的な人物である彼にしては珍しい対応だ。
彼の自伝のタイトル『泥を啜って酒を飲む』が現す通り、ツワブキという男は自分の理想の糧となることならどんな者にも頭を垂れ、ご機嫌を取る。
彼にプライドがあるとしたらそれは、彼が愛してやまないものの為に清濁全て飲みこむという覚悟だ。
だからその時においても彼は、レッドモラードの側に立って沈黙を貫いた。
レッドモラード達が目もくれなかった樹人畑を、熱心に見入るのはセレスティアル王女たち、月の国組だ。
今はローレンティア達は離れ、王女セレスティアル、大魔道士メローネ、農耕部隊隊長クレソンと魔道士グラジオラスの四人になる。
「これが作物を育てるのか?」
おっかなびっくり、セレスティアルは切り株となった根樹人を突く。
「今のところ、白菜は。品目は増やしていく予定ですが……」
ここの責任者でもあるクレソンが説明をしていく。
「果樹は?実験は進めているの?」
「はい、まだ成功していはいませんが、見込みのある方かと」
「根樹人の植え替えは試したことがあるの?
つまりここから他の、亜土に汚染された土地へ移すの」
「それはやってません。理由は2つ。
1つは段階、今は樹人達に作物を育てる能力・応用幅がどれくらいあるのか調べるという時期ですので、尚早かと。
2つ目は管轄の問題。樹人の繁殖条件は不透明ですし、ここの樹人達は不用意に減らしたくないんです。
魔物専門家のツワブキ氏、アシタバ氏から意見を聞きつつじっくりと実験を行えるなんて、この場所以外にはない。
樹人の植え替えを調べるというのなら、各国に巣食う樹人達を使うべきで、それは魔王城担当の我々に権利はありません」
「道理ね」
てきぱきと話を整理していく王女セレスティアルと農耕部隊隊長クレソンに、グラジオラスはやや置いてかれ気味だ。
少し困り気味に彼女が視線を反らすと、樹人畑をやけに真剣に見つめる師、メローネの姿があった。
「師匠?どうかされたのですか?」
「いえ……この、樹人を農業に適応する、と発案されたのはローレンティア王女なのよね?」
「ええ、そうです」
「円卓会議では、よね?現場レベルでは?」
「現場、ですか?私は地下一階の攻略には参加してませんでしたが……。
アシタバだと聞いてます」
「………アシタバ。それは、どこの?」
「探検家です。知識ならツワブキ殿を超すかもですね。
出身は……そう言えば聞いていませんね。探検家仲間ならご存じかもしれませんが」
「いえ、いいの。………そう、アシタバさんというのね」
帽子の影から覗くメローネの双眸が、その畑の光景を捉えていた。
ツワブキとグラジオラス達のいる樹人畑から一階下がって、地下二階。
爆弾岩を解体しようと、盾を持って迷宮洞窟に来たアセロラは寂しくぽつんと一人佇む。
「………………ズミもオオバコも来なーいー……………」
ズミは勿論、それどころではなく。
オオバコもこの日は爆弾岩解体をサボり、地上を歩き回る。
視察の雰囲気を感じ。そして兄の戦友の姿を確かめるために。
昼も過ぎ去り、夕日へと移っていく。
工房街では依然として、モントリオが職人達に迫られていた。
「俺の!俺の盾を見てくれ!!」
「えぇい、いい加減どかんか!!」
怒鳴るが、振り払えない職人達の熱気。が瞬転、遮断される。
オラージュの加護魔法……光の壁だ。
壁に仕切られ解放される形になったモントリオは、背後の工房の屋根に立つオラージュを見つけた。
「オラージュ殿!」
「触れ合いを邪魔してすまないな、卿よ。もうここはいい。移動しよう」
「………?捕まえた、わけではないのか?」
「全部捕まえた。残るは一組だ。魔王城の方へ逃げていった。追うとしよう」
屋根からモントリオの側へするりと着地すると、オラージュは加護魔法に捕えられているナナミの方へ向き直る。
「1つ確認しておく。今回の件を立案したのはあんたでいいのか?」
「いえいえ、まさか私などが………」
「別に責任問題をやろうってわけじゃない。今後の為に知っておきたい」
真剣な顔のオラージュ。
ナナミは明確に答えることは避けたが………沈黙と表情でそれに応じた。
「………ふん。では卿よ、行くとしようか」
「その魔王城に向かった組が本物で間違いないのか?また囮の可能性は?」
「いや」
モントリオの当然の疑問を、オラージュは即座に否定する。
「間違いない。本物だ」
オラージュの見立ては正しい。
フードを被った二人組――――。
モントリオの娘レインリリィとズミは、ナナミの立案した作戦に従い、既に工房街を離れ魔王城へと向かっていた。
彼らの目的地は魔王城内部ではなく、その横、堀に併設された洗濯場。
つまり、主婦会のいる区画だ。
「来たね。待ってたよ」
不安に顔を曇らせたリリィを、トレニア以下、主婦会の面々が出迎える。
十章十話 『二日目:追う者逃げる者』




