一章四話 『咲き月・円卓会議(後)』
スライムの体内の水について、最終的に四人は、口の部分が濾紙になっているのではないかと仮説を立てた。
つまり亜水を飲む時に、亜水の成分である魔素だけが取り除かれ、真水だけが体内に移る。
除かれた魔素は表皮に散らばり、外に染み出す水と混じって亜水になる……。
スライムを巡る水の循環は、そのようになっているのではないかと結論付けた。
織り子班に作らせていたのは、巨大な濾紙だ。
スライムの口の部分を縫い合わせて、巨大な1つの布にする。
彼女達はそれを仮に、スライムシートと命名した。
それを壺のような形に窪ませ、堀の近くに吊るし、上から亜水を流し込む。
下の部分でローレンティア達が待っていると、透明な液体がシートから漏れ出てきた。
ローレンティアを制し瓶を取りだしたアシタバは、その液体を瓶に入れ飲み干す。
「よし、真水だな」
「スライムの口を使って水供給を行う………?」
怪訝な顔を隠さなかったのは日の国ゼブラグラスだ。
他の多くの面々も肯定的とは言えず、ツワブキは言わんこっちゃないと呆れ顔を見せた。
「団長殿は我々にスライムの涎でも飲めと仰るのか」
くく、とゼブラグラスが笑い、そしてローレンティアを見た。
その目を知っている。呪われた王女と、自分を蔑む目だ。
彼はもはやローレンティアを嗤っていた。今まで幾度となく向けられてきた眼差し。
「しかし、この方法なら堀に溜まる大量の亜水を活用できるのも事実です」
もうローレンティアは退かなかった。
「これ以外に、魔王城で水を安定供給させる術は現状ありません。
スライムは定期的に湧く以上、濾紙不足ということもなく入手は容易です。
それだけじゃない。この方法による亜水の浄化法が確立されれば、各国の汚染された湖にも希望が生まれる。
この濾紙によって元の姿に戻せるかもしれない。
水供給以上の可能性がこの方法にはあるんです!」
ゼブラグラスは押し黙る。確かに、代案があるわけではない。
しかし。しかしこれは。
「……………私の国に、カプア湖という湖があるの」
気まずささえある沈黙を破ったのは、シャルルアルバネル………。
砂の国代表の少女だった。
「私の砂漠の国では水は貴重。だからカプア湖は、国民の大切な水源だったわ。
でも魔王軍との戦いでカプア湖は奪われた。
魔王が倒されて魔物が去っても、残ったのは飲料用として使えない汚染された湖……」
その眼差しはあらゆることに否定的で、気の強そうな外見に対して口数は少なく、言葉の抑揚も少ない。
彼女は惰性で喋っているようだったが、それでも場を制する資質はあった。
「だから私は、あなたの意見に賛成よ。亜水を濾過して使う。
それが、カプア湖の浄化に繋がるなら――――」
ローレンティアの顔が綻ぶ。
「この銀の団で、試して欲しい」
反転、沈黙。ローレンティアは固まる。
「試す………?」
呆然とした彼女の言葉に、シャルルアルバネルの無感動だった表情は変わる。
にぃ、と口を開き、悪意と破滅願望に満ちた顔になる。
「スライムの口を使った浄化方法が、本当に安全なのか?
浄化し切れているのか?毒性が残っていないか?ここの団員で試したらいいわ。
一年経って誰にも悪影響がないのなら、私はこの方法を祖国に報告する。
カプア湖の浄化に応用させてもらう。
どうせ、各国で要らないと言われた者たちでしょう?」
バン、とローレンティアが机を叩き立ち上がった。
「銀の団の団員を、毒味役にしろと!!?」
声を荒げるローレンティアに、シャルルアルバネルはどこまでも静かだ。
「何を怒っているのよ。あなたが発案したんでしょう。
それに私は砂の国の代表よ。祖国の利益だけを考えるわ。
砂漠の土地なの。本当に水が必要なのよ。過去、水の枯渇で酷い暴動が起こった」
あくまで理論的に、彼女は理由を並べたてる。
「サンプルは多い方がいいし、本番に近い方がいい。一年犬にでも飲ませ続けてみる?
別にそれでも構わないけど、効果の程ってあるのかしら。
民が直接的に感じるのは、本当に毒性が残っているかどうかより生理的な嫌悪感よ。
犬に一年飲ませ続けました、大丈夫です、より、他の人達が飲んでいるから大丈夫、の方が受け入れられる。
だったら比較的抵抗を感じない団員に飲ませて、様子を見つつ他の団員の嫌悪感を削いでいく方が割がいいわ。その場合は――――」
ローレンティアを睨んだ。
「私も毒味に参加する」
もはや、ローレンティアの頭は追いついていなかった。
シャルルアルバネル、彼女という人物が分からない。
「あー、まぁ、なんだ」
助け船を出したのはツワブキだ。
「言い方がひどく悪りぃんだよ。案自体もなんかこう、もう少し体裁を整えりゃそれなりのもんになるだろ?なぁ?」
困ったように横を見る。クレソンがそれに応えた。
「最初は料理用、飲料用の使用は避けるべきだろう。
摂取せず皮膚に触れる用途に絞り様子を見る。つまり風呂だな。
並行して、動物―――手早いのは馬車の馬か。彼らに飲ませてみて経過観察。
それらが問題ないようであれば、希望者に限って飲料・料理用での使用を試験的に開始する。泣き月頃が目安だろうか」
「ま、そんなところだ」
クレソンの提案をまるで自分の手柄かのように、ツワブキが威張る。
「戦闘部隊の奴らは試験に協力すると思うぜ。
魔物と接してきた奴らばっかりだからな。
スライムを水筒代わりにしてきたなんてアホも既にいる」
「農耕部隊にも協力してもらうよう呼びかける。今はまだ未定だが……。
ここで農業をするとなると、水事情はかなり重要になってくる。
正直、支援頼りでは話にならない」
「工匠部隊は……うーん。どやろなぁ」
エゴノキがわざととぼけてみせた。
「…………では、スライムを利用した水浄化の試験に対するクレソン様の提案につきまして、皆様の賛否を取りたいと思います」
少し無理やりにエリスが場を締め始める。
「俺ぁ賛成だ。風呂なしの生活なんて耐えらんねーぜ」
「提案者である以上、私も賛成だ」
「儂も賛成や。水事情だけやない。これは大きなビジネスチャンスやね」
先手を打つように、ツワブキ、クレソン、エゴノキは賛成の意を示した。
「私も賛成よ。ただ、貴族に関わる水については慎重になるべきね」
「賛成だ。地域再生まで見据えている点が素晴らしい」
「賛成じゃ。試験要員に入れてくれて構わん」
面倒臭そうに砂の国シャルルアルバネルが、それに続いて橋の国アサツキと月の国ブーゲンビレアが賛成を示す。
「…………………賛成だ」
納得はいっていないようだったが劣勢を感じ取り、日の国ゼブラグラスも賛成する。
「私も勿論賛成です」
最後にローレンティアが賛成の意を唱え、エリスが最後の締めに入った。
「それでは、全員賛成によりこの提案を可決と致します。
この件の担当に関しては、クレソン様にお任せしてよろしいでしょうか?」
クレソンが頷くのをエリスが確認する。
「また実働の担当者とは別に、各国の代表者の中から一人、責任者になっていただく必要があるのですが……」
「私が担当しましょう」
橋の国代表、アサツキが立候補をした。
「来月で途中経過を、泣き月にはまとめて報告を致しましょう。
クレソンさんには私の使用人を定期的に遣わせます。
負担にならない程度で報告をお願いできますかな」
「了承した。こちらも戦闘部隊には初めの素材の確保と、月にどれだけスライムを狩れるのか、追って報告を求めたい」
「了解!したぜ。狩り尽くさないラインを探ってみる」
「工匠部隊、大工班に大浴場の建設に取りかかってもらいたい。可能だろうか?」
「あー、現状かなり忙しいがなぁ。宿舎が完成次第、取りかかるよう言っとくわ。
奴らも風呂は欲しいところやろうしな。引き続き、農耕部隊の暇な奴ら借りとくで」
手早く話をまとめられるのは、彼らの慣れが故か。
政治に全く縁がなかったローレンティアには、引け目を感じずにはいられない。
「それでは皆様、これにて第一回円卓会議を終了します。
次回は澄み月中旬、団員の全てが到着した後の開催となります。
皆様、お疲れさまでした」
ぞろぞろと参加者が退室していく。ローレンティアは少し呆けていた。
初めての会議を終えた安堵感。ゼブラグラスに向けられた眼差しと緊張。
シャルルアルバネルとの衝突。
それらが、曖昧な虚脱感となってローレンティアを包んでいた。
「ローレンティア様、もうしばらく休んで行かれますか?」
まどろみから引き戻したのは、エリスの声だ。
はっとローレンティアが顔を起こす。
部屋に残っていたのはエリスと、そしてアサツキだ。
「あー…………?」
「お疲れさまでした、ローレンティア様。そしてご挨拶が遅れて申し訳ありません。
改めまして、貴女と同じ橋の国より参りました、アサツキと申します」
どうにも紳士的という言葉が似合う男だった。
若さに対して紳士的すぎると言ってもいい。
服装は王都で流行っているような、主張しすぎない貴族用のスーツだ。
「移動しながらで構いません。少しお話しできないかと思いまして」
一章四話 『咲き月・円卓会議(後)』