あなたに首ったけ(一夜限定スズナリの会)
錫蒔隆さんへ感謝を込めて!
あなたに首ったけ
ある朝目が覚めたら、体が消えていた。
いや、冗談じゃなくて本当に。
眠い目をこすろうとしたのに腕が上がらない。いや、上げたはずの腕の感覚すら無い。
うぇっ⁈
起き上がろうとしたのに視界には1ミリも変化は無い。
どう言うこと?
一体自分はどうなってしまったのか?確かめようにも動けない。
焦った。いや、余りのことに恐怖すら覚えた。
叫び出したいのに声が上手くでない。
その時部屋の扉が開いた。
ドアから顔を覗かせたのは、同棲半年になる彼女だった。
明るい栗色の髪は緩やかにウェーブがかって腰に届く長さ、大きな瞳も同じ色合い。特筆すべきはボンキュッボンな体のライン。あの桃は最エロだぁ!
いや、今はそんな話はどうでもいい!
「あー‼︎どうしたのそれ!」
「こっちが聞きたい‼︎どうなってんの俺⁉︎」
「いや、あんた体どこやったの」
「はぁ⁉︎」
俺は愕然とした。
なんと俺は生首になっていた。
「断面が、エグい」
骨も筋繊維も食道気道も綺麗に切断面を覗かせている、らしい。その癖血は一滴も溢れていないそうだから不思議だ。
自分で見れないから聞いた話だけど。
エグいと言う割に淡々と描写する彼女の方が俺は怖い。
天井の照明を眺めながら彼女からの観察結果を聞いている。
因みに断面を触られても痛くはない。なんか触られてる様な感覚が辛うじてあるだけだ。
ひとしきり俺をこねくり回し観察していた彼女が、俺をちゃぶ台に乗せてのたまう。
「ねぇ、ごはんどうする?」
こいつの神経はナイロンザイルで出来ているのか?
「お前、こんな状態の俺が飯を食える気分だと思うのか⁉︎」
「食べる事は生きること!こんな状態だからだよ」
いつになく真面目な顔でそう言った彼女は、その後ニッコリと笑った。
「大丈夫、食べさせて上げるから。」
手も足も無く、動かす体も無い俺の目線の高さは床上30センチ程だろうか。
赤ん坊の様に彼女の手に頼り切る生活はストレスで、さりとて彼女が居なかったら何も出来ず。
彼女がバイトから帰って来るのを心待ちにしている毎日だ。
ちゃぶ台の上で日がなテレビと睨めっこし、つまら無い内容の時は昼寝して、コップに入れたポ◯リをストローで飲み乾きを癒す。
退屈だ。
このままじゃコミケにも行けない。同人誌の新刊も買えない。何よりクリックすら出来ない俺は、カタログを買うこともあの分厚い冊子を開く事すら出来ない!
ッガー‼︎
くさくさしている俺の気持ちも知らず能天気な声が聞こえた。
「今日はカレーだよー!」
狭い1Kだ、そんなもん匂いでわかるわ。何なら隣ンチの夕飯も当ててやる。
あぁ、溜息しか出てこない。
こいつの作る飯はある意味豪快?カレーと言ったらカレーしか出てこない。サラダとかスープとか影も形も見えやしない。
「今日で無断欠勤1か月記念日だ、きっとクビだろうな」
「首だけに?」
「首だけに」
「ハハハ」
人ごとだと思って、あっけらかんとわらいやがってよう!
「あーん」
「ハガガ‼︎アヒッ!アヒッー‼︎」
スプーンですくったカレーを口に突っ込まれたが、熱い‼︎火傷するだろバカー‼︎
「ごめん、熱かった?」
ペロっと下を出して笑うこいつは、2次元の俺の嫁たちに匹敵する可愛さだ。
ううむ、憎めない。
冬の寒空の下、公園のベンチに座り込んでいた。
腹を空かせたと見えて、薄汚れたカッコで震えていた。なんか舞台衣装みたいな服を着ていたし、もしかしてレイヤーさんなのかも知れない。まぁそっちの話はした事ないけれど。ジャンルが違えば言語が違う位、畑違い感が否め無いからな。他人の趣味に口を挟む野暮はしねぇよ。
何でか俺がリア充みたいな生活をしている不思議に比べれば、生首になる位当たり前か。
「ごめんってば」
困った顔をしながら笑う彼女は可愛い。
正に2.5次元と呼べる可愛さとエロスの詰まった存在。オタクな男にも優しく、生首を前にしても微塵も変わらない。
「まぁいっか」
「よかったぁ」
この笑顔は正に一服の清涼剤だ。
そして不幸中の幸いは、彼女の能天気加減か。
◇
「うーむ、また失敗かぁ。
胴体部だけが召喚されちゃって肝心の頭がコッチに残っちゃったら意味無いなぁ。」
部屋の片隅に置いてある化粧鏡が薄ぼんやり光り、小さな声が聞こえてきた。
『姫様〜!ジイですじゃ!お返事下され〜!今回は首尾よく行かれましたかぁ?』
「はいはーい、煩いなぁ!もう!また失敗しちゃったよ。今回は首チョンパになっちゃった」
『………それは気の毒な』
コッチの人間がアッチの世界に行くと、ほぼ9割の確率でチート能力に目覚める。
別にマの付く職業の人がいるわけじゃ無い。アッチの世界が危機に瀕しているわけじゃない。
ただ、チート能力を持った人間に来て欲しいんだよね。破格の待遇で迎える代わりに、チート能力で社会貢献してもらいたいだけ。
私はアッチの世界のある国のお姫様やってて、転移魔法が使える為にコッチの世界にヘッドハンティングするお仕事をしに来ているんだけど、なかなか上手く行かなくて困ったんだ。
危うく行倒れるところを助けられた。
空きっ腹に吉◯屋の牛丼は至福の味。
彼は格子柄の服をおもいっきりズボンにインして挙動不審で、ビニール袋を私の鼻先に突き出すと、走り去ろうとして自分の足に蹴躓いて、派手に顔からコケてた。
不器用な優しさは、弱ってる私には甘い毒の様にじわじわと染み込んで行って、気が付けば押掛女房みたいな事をしている。ままごとみたいな毎日は存外楽しくて、このままの生活が続けばいいと思ってしまう。
ただ、コッチの世界での私はただの女の子で、この身軽さは便利だけど、バイトだけではこの先食べて行けるか心配だ。
そう言う意味でなら、早いとこ元の世界に帰りたい、けれど……
「もう少しコッチに居ようかなぁ」
ヨダレを垂らしてイビキをかいている生首を胸に抱えて布団にくるまると、そっと目を閉じた。
おしまい
お題「生首」