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第五話・勇者と魔王を兼任します

 小鍋に砂糖と大匙一杯の水を入れ、揺すりながら火をかける。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

  

「ユート、完成はまだかのう。妾はプリンが食べたいのじゃ」


「ここが一番重要だから話しかけるな」


 鍋の中の変化を見極め、あめ色になったところで、火を止める。

 タイミングを誤ると苦くなってしまう。


「ゆーうーとー、ぷーりーん、わーらーらーのー、ぷーりーん」

 

「よーし、出来たぞ。今、持っていってやる」


 出来立てのカルメラソースをかけて完成だ。

 本当は冷ましたいところだが、うるさいのでさっさと食べさせてやろう。

 カラメルソースをかけたプリンを持っていくと、皿を奪い取るようにして引き寄せて、がつがつと食べ始めた。


「うまい、うまいぞ、ユート。お主はお菓子作りの才能があるのう」


 身長は百二十センチかそこらの、白いワンピースを着た少女はご満悦そうにプリンを頬張っている。

 イスに座って、床に届かない足をぶらぶらさせている姿は、まるでそこら辺の小学生だ。

 ただし、その頭から金色に輝く角が生えていなければの話だが。


「おい、ベアト。一人で全部食べるなよ」


 少女――ベアトは、すでにニつ目のプリンを食べ始めている。

 全部で五個ほど作ったのだが、放っておくと全部無くなりそうだ。

 

「もひりょん、わふぁっておる。ふぁらわをだりぇだとふぉふぉろふぇる」


「食べながら、喋るな。あぁもう、カラメルが垂れている」


 ベアトの口元から垂れているカラメルを拭きとってやる。

 勇者として異世界にやってきた俺は、いつの間にか保育士にジョブチェンジした。

 軽く現実逃避をしたくなるが、このロリッ子の正体は魔王、いや元魔王ベアトリーチェだ。


「んむ、ん、良きに計らえ。それにしてもお主、魔眼の使い方は遅々として進まない割に、お菓子作りばかりが上達しておるのう」


 痛いところをついてくるな。

 妖艶の美女状態で言われたら素直に受け止められるが、見た目小学生の子供に言われると、なんとも形容しがたい気持ちになる

 それにお菓子作りはお前がやらせている事だろう。

 一ヶ月も毎日作っていれば、それなりに上達するのは当たり前だ。


「そもそも、魔王の瞳の移植が上手く出来なかった可能性はないのか」


 魔王の瞳をいう名の魔眼が俺の左眼に埋め込まれている。


「それなない。そもそも魔王の瞳を受けいれる器が無ければ、その場で瞳に命を喰われてしまうのじゃ」


 いま何か不穏な発言をしなかったかコイツ。


「おいこら、のじゃロリ娘。そんな話は初耳だぞ。」


「のじゃロリ娘言うでない、このあほユートが。ばか、おたんこなす」


 お前は小学生か。いや見た目は小学生か。


「わかった、わかった。俺が悪かった。それよりも、命を喰われるってどういう事だ」


「主には説明したと思うが、そもそも魔王の瞳は、歴代魔王の魔眼の能力を受け継ぎ続けている瞳じゃ。その瞳を受け継いだ者は数多ある魔眼の力を引き出す事が出来るが、魔王たる器のないものが瞳を手にしても、逆に喰われてしまう」


 瞳に喰われるとか、どういう状態になるのだろうか。あまり想像したくはない。


「まぁ、歴史上では瞳を受け継ぐことが出来ても、1つ2つしか引き出せぬ弱小魔王も中にはおったが、その瞳が移植出来て生きている時点で問題はなしじゃ。お主の場合は魔族ではなくて人間じゃから、魔眼の扱いに慣れていない分、時間がかかるのかもしれんがのう」


 魔族は一人一つの能力を持った魔眼を生まれながら有している。

 過去の魔王の能力をいくつも使えるならば、それはかなりのチートと言えるだろう。

 ちなみに人間の間では、金色の角を持つ魔族が魔王と認識されているが、実はそうじゃない。

 魔王の瞳を持つ魔族こそが魔王であり、角の色はあくまでも強い魔族の証という訳だ。

 現在はベアトを含めて五人ほど金色の角持ちがいるらしいが、俺は他の魔族にあった事はない。


「まぁ、結果生きていたからいいとしても、そもそも俺は勝手に魔眼を移植されたことに納得したわけじゃないからな」


 俺は眼帯の上から左眼にそっと触れながらベアトに詰め寄った。

 あの王城から逃げた日、俺はベアトに左目を抉られて、意識の無い間に魔王の瞳を移植されていたのだ。

 今の俺は、勇者でもあり、また魔王でもある。


「くっくっく、そういえば、あの時のお主は中々恰好よかったぞ。少々自分に酔っていたが、妾は嫌いじゃない」


 やめてくれ。

 あの時の俺は、裏切られたことによる喪失感で頭が混乱して、少しおかしくなっていただけだ。

 異世界、勇者、魔王、王女、奴隷、裏切り。

 ほんの数か月前まで、ただの高校生だった俺のキャパシティを超えるのは仕方がないだろう。


「あれは黒歴史だ、忘れてくれ。本当に頼むから、本当に」


 目が覚めてからは何度も、あの日の事を思い出してベッドの上で転げまわる事となった。


「そう恥ずかしがるな。あの時のお主がいたから今のお主がおるのじゃ。命惜しさに魔族か人間どちらかに与していたら、それこそ殺しておったわ。妾の望みはお主が言っていた通り、魔族と人間が共存できるようにする事じゃからな」


 全てはベアトの演技だった。

 委員長の時もアン王女の時も、そして今回も俺は女性と関わると碌な目に合わない気がする。


「人間と魔族の共存ねぇ、途方もない話だよなぁ」


「確かに途方もない話かもしれんのう。じゃが、人間で勇者でもあるお主がこうして魔王になった以上、否が応でも歴史は変わる。これからの主の働き次第じゃ」


 勇者が魔王になるなんて、前代未聞だ。確かに何かは変わるのだろう。

 ただ一つ問題がある。


「何度も言うが、俺は魔王になる事を了承した覚えはないぞ。」


 魔眼の移植自体、コイツが勝手にやった事だ。

 言ってしまえば魔王の押し売りだ。

 魔王が勇者に魔王の押し売りとか、字面だけ見るとまるで意味が分からない。

 購入費用は世界の半分とかなんですかね。


「なんじゃ、お主はまだそんな事を言っておるのか。あまり小さな事気にしていると男が廃るぞ」


「いや、魔王になるのは小さな事じゃないからね、ベアトさん」


 魔王になるかどうかで悩んで男が廃れるなら、世の男性の殆どが廃れていくと思う。


「何を迷う必要がある。お主は女子が好きなのだろう。魔王になればこの魔王城にいる女子(おなご)達を侍らすことができるぞ。ほれ、妾がお主の部屋に派遣してやった女子(おなご)も含めて、より取り見取りではないか」


 俺がベアト――ただし美女モードに限る――の胸をチラチラ見ていたのは勿論ばれていて、変な気を利かされたりしている。

 目が覚めてから一か月の間に、何度か俺の寝室に女の子? を派遣してきた。


「あぁ、確かにミノさんは巨乳だったよ。でもな……牛頭なんだよ」


 ミノタウロスのミノさん、ミノタウロスってオスじゃないのかとは気にしてはいけない。

 ミノさんの作る料理は絶品で、魔王城の台所を預かっている家庭的な女性だ。

 魔物で牛頭だけど。

 あと、牛肉料理を出してくるのはどうリアクションをしていいかわからないからやめてほしい。


「ふむ、まあ顔の好みはそれぞれじゃからな。顔が人型という事なら、ラミなどはよかったのではないか。さぞ抱き心地が良かっただろう。」


 ラミアのラミさん、確かに顔は美人ですごく俺の好みだった。


「抱き心地以前に、逆に向こうに巻きつかれて圧死するところだったわ! ミノさんが助けてくれなかったら死ぬところだったぞ」


 しかし下半身は蛇である。大蛇の締め付ける力は強力で、全身の骨を砕く力がある

 ラミさんには凄く謝られたけど、本能でやってしまうらしい。

 それとミノさんは本当にありがとう。

 牛だけど。


「ぬう、本能が強い種族は少々考え物か。それであればスケさんなどはどうであった。色白で人型で完璧じゃ」


「骨だよ! 人型だけど骨だよ! 俺はネクロフィリアでもねーよ」


 スケルトンのスケさん、趣味はガーデニングだ。

 顔をカタカタさせながら頬骨を赤くされても反応に困る。

 ベッドにスケルトン連れ込んでどうしろと。


「で、ではスラ美じゃスラ美ならどうじゃ。スラ美の肌と唇はプルプルしていて魔王城一とも言われておるぞ。しかも趣味は編み物と実に女の子らしいではないか」


「お前は俺に気を使っているのか、嫌がらせしたいのかどっちだ!スラ美に至っては最早スライムだろ! 人型ですらないだろ! しかも編み物って何? あのプルプルボディで編針持つの? 物理法則無視しているよね!」


 このポンコツロリ魔王が。ツッコミ所だらけで追いつかない。

 頼りになったと思えたのは王城で会った美女モードの時だけで、ロリ形態だと全く役に立たない。

 魔王城に住み始めてから一ヶ月、俺のベアトに対する評価は百八十度変わる事になった。


「大体、お前が美女モードになれば万事解決じゃないか。俺は年上の綺麗なお姉さんとか豊かなバストが好みで、ロリはお呼びじゃない。帰れ」


 こんな風に、今じゃ扱いもぞんざいだ。


「ロリいうなー! それにあの姿は魔力の消費が激しいのじゃ。転移魔法を二回も使った上、お主に魔王の瞳を移植したおかけで、魔力がスッカラカンじゃ。仕方なくこの姿で魔力を貯めておるし、そもそもここは対外的にはまだ妾の城じゃ。帰れと言われても既に帰っておるわ、この戯けが」


 世間の認識ではまだ魔王はベアトリーチェだ。

 唐突に人間の勇者が魔王になりましたでは混乱がおきてしまうのだろう


「それに、妾の好みは包容力のある、器の大きい男じゃ。元の姿に戻ったとしても、お主のようなスケベで優柔不断の臆病物な童貞はお断りじゃ。女の好みを語る前に少しは男を磨いたらどうなのじゃ。そのままでは魔王になっても童貞のままじゃのう。いっそのこと童帝王とでも名乗ったらどうじゃ」


 コイツ、言ってはいけない事を言いやがった。

 確かに俺は女性経験がない、世間でいう童貞と言うやつだ。

 でもな、それを口に出して馬鹿にするのは頂けない。


「お、ま、え、は、言ってはいけない事を……。よく聞け、のじゃロリ。俺はまだ本気を出していないだけだ。この右手の勇者の証をみろ、俺は人類の希望の勇者様だぞ。この間はたまたま腹黒王女に騙されはしたけど、心の傷が癒えた今なら、ちょっと街に出ただけで女の子が寄ってくるレベルだ。勇者をなめるなよ、コラ」


「ふん、口先だけでは何とも言えるがのう。貴様程度の小物が勇者を名乗ったところで、信じる女子(おなご)がどれほどいるかのう。本気を出したらなどという輩に限って、その実力は高が知れたものじゃ。」


 最早、売り言葉に買い言葉の子供の喧嘩だ。いや相手は子供だけど。

 男には引いてはいけない時がある。それが今だ。


「そこまで言うなら、俺の実力を見せてやるよ。俺の作る勇者ハーレムに後から入れてほしいと頼んできても、お前の席は無いからな」


「はっ、片腹が痛いわ。そんな事は万が一にも起こりえないのう。もしそのハーレムとやらが出来たら、妾はお主の命令をなんでもきいてやるぞ」


「何でもだと? 後から泣いても喚いても取り消しにはできないぞ?」


「取り消しなどするわけがなかろう。そもそもあり得ない話じゃからな」


 言質は取った。

 絶対に後悔させてやる。


「それなら俺はこれから魔王城を出て、人間の住む街に行ってくる。ハーレムを作って帰ってきたら俺の勝ち。俺はお前を好きにできる」


「逆にお主が諦めて帰ってきたら妾の勝ち。その時は、お主に妾の奴隷にでもなってもらおうかの。期限はそうじゃのう、一年以内というのはどうじゃ。種族や年齢は問わん、好きな街や国に行き、お主の魅力が通じるのか試してみるがよい。人数は……ハーレムじゃし、三人以上なら認めてやろう。まあやるだけ無駄だと思うがのう」


「一年もかからないと思うが、それでいいだろう。次に会うときは三人と言わず、沢山の女の子に囲まれた状態だ。精々震えて待っているんだな。それじゃあ今まで世話になったな、ベアト」


「全く期待をせずに待っているがのう。まぁ変な女に騙されぬよう、精々気をつけるがよい。後は下らん相手にやられて死ぬなよ。お主は魔王でもあるという事を忘れるな」


 こうして俺は魔王城を飛び出した。

 見知らぬ街で、様々な女の子と出会うのを夢見て。


「あの……人間の住む街にはどうやったら行けるのでしょうか」


 十分後、俺は再び魔王城に戻ってきた。

 忘れていたがここは魔王城。人の住まない魔族領の中心だ。


「お主は相変わらず締まらないのう。一人で行かせるのは少々不安になってきたぞ」


 こうして俺はベアトに人間領へ行く方法を聞き、改めて旅立つこととなった。

 見知らぬ土地、新たなる出会い、危険な冒険の中で育まれる女の子との仲、夢は広がるばかりだ。

 勇者――光の加護で成長チート――と魔王――ただし魔眼はまだ使えない――を兼任している俺は、無双してハーレムを作るんだ!


 あれ、本当に無双出来るのかな、俺。



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