第二十話・会議室は恋模様
精算が終わったらすぐにギルドから出たかったのだが、そもそも目的としていたブリガン盗賊団の討伐依頼があるので、まだまだ帰る事は出来ない。
実際の決行は明日なのだが、依頼人からの説明や他の冒険者との顔合わせもあるため、前日までの依頼受注が必要だったわけだ。
「だれも来てないみたいだな」
精算を終えた俺たちは、お姉さんの案内でギルドの二階にある会議室へと案内された。
時間に少し余裕があるので食事をしてからとも考えたが、流石にこの格好で他の店に行くのはマズイと思い、ギルドの酒場で持ち帰り用の料理をいくつか注文して、会議室で食べることにした。
結局、服はまたミミから借りる、というか貰う事になったけど、ミミの家まで戻って食事も……と考えると時間が足りない為、食事を優先する事にした。
「まだ少し時間がありますからね、あっちの端に座って食べましょうか」
ミミと一緒に会議室にあるテーブルの端に移動して、腰を下ろす。
持ってきた料理を机に置いて、二人で夕食を始める。
「お、この鶏肉はけっこういけるな。甘辛の味付けで俺の好みだ」
「ユートさんはこういう味が好みなんですね。ちゃんと覚えておかないと……」
「もしかして作ってくれるのかな? ミミの料理はおいしいから楽しみだよ」
「にゃ! ……はい、ユートさんが喜んでくれるなら私、頑張ります」
俺は難聴系の主人公でもなんでもない、こうした台詞はしっかりと聞き取れるのだ。
借金を返済した後は、俺は冒険者として活動しながらミミと一緒に暮らすなんて生活もいいかもしれない。
ミミは薬屋を再開して、俺は外で魔物を狩り、家に帰るとミミがエプロン姿で出迎えてくれて、ただいまのキスを……。
「……トさん、ユートさん、大丈夫ですか?」
「ん、ああすまない、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだよ」
思わず妄想の世界に入り込んでしまってミミに心配をかけてしまった。
そういえば一緒のベッドで寝たり、抱き合ったりはしたけど、そう言う事はまだ何もしていない。
多分、ミミの方も俺の事をそれなりに慕ってくれているとは思うけど……どうしてもアンの事を思い出して悪い方向に考えてしまう。
「なあミミ、今回の盗賊討伐が終わった後の話になるけど……」
そう切り出した俺の言葉は、会議室のドアが開かれる音で遮られてしまう。
どうやら他の冒険者が集まり始めたみたいだ。
「なっ! テメー、なんでここにいやがる」
ドアを開けて入ってきたのは、以前にミミをかけて決闘をしたシアンとその仲間たちだ。
決闘を終えてから顔を合せたのはこれが初めてだが、はたして大丈夫なのだろうか。
「なんでも何も、俺とミミはEランクに上がったからな。盗賊討伐の依頼を受けたんだよ」
「オイオイ、お前は確か登録して数日ダローが。それでEランク昇格だなんて……いや、俺に勝った男だ、それくらいしてもらわないと困るな」
思ったよりも敵対する様子はない……というか好意的にも思えてくる。
ミミの事があるからもう少し険悪になると思っていたけど……。
「なに呆けたツラをしてやがる。俺の顔がどうかしたのか」
「いや……仮にも決闘をした相手だから、もう少し険悪な感じになるかと思って」
「ケッ! 俺はそんなケツの穴が小せぇ事はしねーよ。獣人の決闘は誇り高きものだからな。終わった後にグダグダ言うのは、負ける事より恥だ。それに……お前は人族の割に強いからな、強いやつを認めない訳にはいかねーだろ」
始めの印象とは随分違うが、こうして認めてくれるなら俺も悪い気はしない。
身体強化魔法でズルをしたし、自分でもよくわからないまま勝ったから少し後ろめたい気もするけど……。
「そう言う事なら、これから同じ依頼を受ける仲間同士だな。宜しく頼むよ、シアン」
「フン、いくらお前が強くても冒険者の経験は俺の方が上だからな。色々と教えてやるよ」
素直だか素直じゃないのかよくわからないシアンと固い握手を交わす。
どうでもいいけどシアンの力が強すぎて、手が痛い。
本当に蟠りはないんだろうな、いい加減離してくれ。
「あー、それと、ミミも……その悪かったな。なんか……色々とよ」
ようやく手を離したシアンは、ミミの方を向いて……いや、体だけで顔は背けたまま声をかける。
多分恥ずかしくて目を合わせられないんだろうけど、でかい図体の割に思春期の中学生みたいだな。
「いえ、私は気にしてないから大丈夫ですよ。それにユートさんとシアン君が仲直りできて良かったです。ユートさんと仲良くしてあげてくださいね」
ミミが満面の笑みで答えると、シアンはますます照れてちらちらとミミの方を見ながら、視線を彷徨わせている。
「お、おう、まあ、お前が言うなら仲良くしてやっても……」
「もしユートさんにご用事があれば、私の家に泊まっているので、会いにきてくださいね」
あ……ミミさん、それアカンやつです。
そういえばミミはシアンの気持ちに気が付いていなかったよな。
多分、天然な発言だろうけど、思春期の男にとって自分の好きな女の子が他の男と一緒に暮らしているなんて知ったら、ショックで立ち直れないぞ。
「な……泊ま……同じ家……」
シアンは完全に固まっている。
もしかして決闘の時に使えば、あんなに苦戦しなかったんじゃないのかと思えるほどの動揺だ。
「あー、シアン、別に同じ家と言っても泊まったのは一日だけで、後は別々に行動して……」
「ユート、テメーにはいつか必ずリベンジしてやるからな。覚悟しておけよ」
復活したシアンは、捨て台詞と共に仲間を連れて離れ、俺たちとは反対側の席に座る。
流石に彼の仲間たちも苦笑気味だが、俺にはシアンの気持ちがよくわかる。
でもミミを譲るつもりは毛頭ないので、次に戦う事があっても負けない様に、もっと強くならないといけないな。
「うーん……私、何か変な事を言っちゃいましたか?」
ミミが首をかしげて聞いてくるが、別にミミが悪い訳ではない。
いや、ミミの可愛さが原因だろうけど、それは仕方のない事だ。
「いや、ミミのせいじゃないさ。ただ、シアンも俺も男の子だからな、譲れない事もあるんだよ」
頭をポンポンと撫でながら、ミミに返事をする。
うんうんと唸るミミもなかなか可愛いな……なんて考えていると、他の冒険者たちもゾロゾロと入ってくる。
それとシアンはこっちを睨んでくるのはやめてくれ。
男らしいやつだと思ったのは最初だけかよ……これからは女々しいワンコって呼んでやろうか。
「お、ユートくんじゃないか。さっきぶりだね」
「お久」
「ああ、ルナとソルか。二人も盗賊の討伐依頼を受けていたのか」
声がかかったので後ろを振り返ると、エルフの双子姉妹が立っていた。
相変わらず姉のソルは言葉数が少ないな。
「ユートさん、お知り合いですか?」
隣のミミが俺と二人を交互に見ながら聞いてくる。
少し表情が固いのは気のせいだろうか。
「ん、ああ二人はCランクの冒険者で、ポニーテールの方が姉のソルで、ショートヘアーの方が妹のルナだ。さっき納品したハイオーガの解体を手伝ってくれたんだよ。」
まずはミミに二人を紹介する。
二人のおかげで借金返済が近づいたのだから、ミミにも関係あることだ。
「そうだったんですね、ありがとうございますソルさん、ルナさん。私はミミって言います。ユートさんとはパーティを組ませてもらっています」
ミミはぺこりと二人に頭を下げる。
「いやいやー、別にボク達は大したことはしてないから気にしないで。それにしても、こんなに可愛い子とパーティを組んでいるなんて、ボク達と過ごした時間は遊びだったという事だね、ユート君」
「浮気者」
ちょっとルナさんにソルさん、何を変な冗談を言っているのですか。
浮気も何も一緒にいた時間なんて数時間だし、そんな誤解を招くような発言をしたら、ミミが……。
「ユートさん、どういうことですか」
怖い、逃げたい、帰りたい。
俺の左隣から、冷たい声が響く。
「いや……この二人とはなんでも……」
「私が三日間依頼に明け暮れている間、ユートさんはこんなにきれいな人たちと楽しく過ごしていたんですね。私なんて、赤ちゃんを何人も背負いながら犬や猫の散歩をしつつ、街中に荷物を運んでいたりしたのに。夜は寝る間も惜しんで内職と写本、そうやって三日過ごしていたのに、ユートさんはCランクの美人冒険者と楽しく狩りですか、そうですか」
普段のミミとは違って、その顔には感情の色が灯っていない。
眼の焦点もどこかおかしく、こちらを見ているようで見ていない気がする。
「あの……ミミさん落ち着いて……二人会ったのはそもそも今日の話で、一緒に過ごしていたわけじゃないから、そんなに怒らないでくれ。全部誤解だから、俺を信じてくれ」
何で俺は浮気した夫みたいな言い訳をしているのだろうか。
助け舟を求めて視線の先を変えると、ルナは口元に笑みを浮かべて、ソルは無表情のまま親指を立てている。
こいつら、やっぱりわざと変な事を言いやがったな。
「……ふふ、冗談ですよ。ユートさんが一生懸命魔物を倒していたのはわかっています。でも……ちょっと困らせたくなっちゃいました」
そう言ってペロリと舌を出しているミミはやはり可愛かった。
さっきの態度は全部演技だった……という事なのか、それにしては真に迫っていた気もするけど。
まさかのヤンデレルートだなんて、そんなことはないよね?
「わ、わかってくれているなら良かったよ。でもそういう冗談は心臓に悪いから、あんまりやらないで欲しいかな……ははは」
「ふーん、二人は随分と仲良しさんだね。一緒のパーティならチームワークは大切だし、良いことだと思うよ。ま、ボクとお姉ちゃんの仲の良さには敵わないけどね」
「以心伝心」
そう言って二人は手を合わせて、ポーズを決めだした。
こうして息がぴったりな様子を見ると、性格は違っていてもやはり双子なのだと感じさせられる。
「ユートさん、ユートさん、私たちも負けない様にカッコいいポーズを考えましょう!」
ミミさんはどこで張り合おうとしているのでしょうか。
でも拳を握りしめてガッツポーズをするミミの姿は、なかなか悪くない、いや寧ろ良い。
「あー、そのうちな」
若干癖になりつつある、ミミの頭をポンポンしていると、再び会議室のドアが開き、数人の小奇麗な格好をした男女が入ってくる。




