第十八話・歴代最速のルーキー
「うわ、物凄い人だかりだ」
冒険者ギルドに入ると、夕方という事もあり精算待ちの冒険者が列を作っている。
できれば早く終わらせたいところだが、仕方がないので大人しく順番待ちをすることにする。
「それにしても、ここ数日は稼ぎがよくねぇぜ。どこにいってもはぐれの魔物しかいやがらねぇ」
「お前のところもそうなのか。俺たちも空振りばかりでよ、こんな事なら護衛の依頼でも受けて他の街に行くんだったぜ」
「最近は盗賊の動きが激しいから、商隊の護衛依頼も多いからな。そういえばブリガン盗賊団の討伐依頼は受けるのか?」
「ブリガンって元Cランクの冒険者だろ? 流石に命がいくつあってもたりねーよ。アイツは冒険者資格を剥奪される前から、問題行動ばかりで有名だしな。気に入らない同じランクの冒険者を何人も再起不能にしたって話だぜ。だから俺は大人しく魔物でも狩っているさ。とは言ってもここんところは成果が出ないけどな」
「噂じゃ、単独で魔物の群れを狩りつくしている奴がいるみたいだぞ。俺の知り合いが目撃したらしいが、鬼神の如き強さだったとか」
「おいおい、そんなに強いソロがいたらもっと有名になっているだろ。そいつの見間違いか、」
周りの冒険者たちの話に耳を傾けていると、俺の噂や盗賊団についての話が入ってくる。
あれだけの数を討伐してしまったせいか、他の冒険者の稼ぎに影響が出ているみたいだ。
申し訳ないと思うが、こちらも緊急事態だから許して下さい
それにしても、ブリガンという奴は相当な強さなのか。
噂なので信憑性はわからないが、Cランク冒険者の中でも相当な強さだったのは間違いなさそうだ。
でもハイオーガを倒せた今の俺なら、実力的には問題ないはずだ。
ミミの為にも、ブリガンとその一味の賞金は俺が頂く。
「次の方どうぞー……ってユート君じゃない。……随分と凄い姿だけど、怪我はない?」
順番が来たので受付に近づくと、お姉さんが心配そうな顔で迎えてくれた。
「どうも、おかげさまで怪我はないですよ。ただ、魔物の血が洗っても落ちなくて、ご覧の通りですけど」
三日間で五百体、それだけの魔物を狩り続けていたせいで、ミミから借りた服は汚れて酷い事になっている。
一応、川で洗濯はしていたのだが、次から次へと魔物の体液を浴びていたせいで、変色して禍々しい色になっている。
着替えるにしてもミミから他の服を借りるか、魔石を精算して新しい服を買うしかないので、そのまま冒険者ギルドに来ることになった。
とは言っても、周りの冒険者も結構汚れたままギルドに来るので、あまり目立つ事も無いようだ。
「その様子だと、結構な数の魔物を狩れたのかしら? 他の冒険者もソロで凄い人がいるって噂していたからね。二百体くらいは倒したのかな?」
「いえ、きっちり五百体ですけど」
「え? ごめんもう一度言ってちょうだい」
「ですから、言われた通り五百体、ぎりぎりですけど倒して魔石を持ってきました」
俺はそう言って、魔法の袋をカウンターの上に置く。
お姉さんは驚いた顔をしているが、そもそも五百体狩る様に言ってきたのはそっちじゃないか。
今更驚く事もないと思うのだが、一体どうしたのだろう。
「ご、ごめんね。まさか本当に五百体も倒してくるなんて思ってもいなくて。そっかー、本当に倒したのかー」
お姉さんの眼が泳いでいる。
まさかこの人……。
「もしかして五百体って盛りました? 本当はそんなに必要なかったんじゃないですか?」
「あははははー、じ、実は五百体って言うのはミミちゃんが依頼を受けない場合の数で、それよりも少なくても問題なかったりするのよね。ほ、ほら、ギリギリの数だとランクアップしないかもしれないし、大目に伝えるのは当たり前でしょ? ね?」
そういって首をかしげるお姉さんは物凄く可愛い。
確かに少な目に伝えて、後から足りないという事態になっては本末転倒だ。
だからと言って、ミミの依頼達成分をゼロ扱いで計算したのは、やり過ぎだろう。
「可愛く言っても誤魔化されませんよ。……この三日間、物凄く大変だったんですからね」
「お詫びに今度、デートしてあげるから許してくれないかな? これでも受付嬢の中でもか・な・り人気があるんだよ」
確かにお姉さんは物凄く美人で、他の受付嬢も綺麗だけどその中でも群を抜いている為、相当人気なのだろう。
冒険者が受付嬢をナンパして軽やかにあしらう姿は、ギルドの中でもよくある光景だ。
何せ、順番待ちの間にも、受付嬢に声をかけている冒険者を見かけたくらいなのだから。
「デートはともかくとして、まあ確実にランクアップできるんで別にいいですよ。多目に討伐した分、魔石も精算できますし」
盗賊団の討伐と言っても、俺かミミが頭領と幹部二人を全て倒さなければ金貨百枚にはならない。
それならば、魔石の売却で少しでも足しになるなら余裕が生まれてくる。
「あーもう、私とのデートをないがしろにして、後悔しても知らないからね。それよりも魔石が沢山あるなら……ちょっと準備をするから待っていてね」
お姉さんは少し頬を膨らませてから席を立ち、受付の奥にいるギルドの職員数名に声をかける。
職員は皆男性で、締まりのない顔をしながらお姉さんの指示に従って、次々と受付に木箱を持ってくる。
どうやら、男性職員内でもお姉さんの人気は高いらしい。
「よーし、それじゃあこの箱の中に魔石をどんどん入れて頂戴。いっぱいになった箱から順々に査定しちゃうから」
お姉さんに促されるがまま、袋から魔石を次々取り出して木箱の中に入れていく。
周囲にいる冒険者は何事かとこちらを見ており、箱が魔石で埋められていくたびに大きなどよめきが起きる。
「おいおい、アイツ一人でどんだけの数を精算するつもりだよ。既に木箱四つ目だぞ」
「まさか最近噂のソロってアイツの事か、見た事ない面だけど何者だ」
「おい、あの眼帯は、確か数日前にシアンと決闘して勝った新人だぞ。」
「シアンってあのEランクの獣人パーティのリーダーだろ? 相当強いって噂の奴だけど、新人に負けたのかよ」
「あの決闘は俺も見ていたぜ。獣人の身体能力に引けを取らなかったし、一時は負けそうだったけど、最後はシアンの攻撃を全て交わしてカウンターを決めて勝ちやがったぞ。相当な実力を秘めているに違いない」
「またとんでもないルーキーが現れたな。剣聖が持っているランク昇格の歴代最速記録を抜くんじゃないのか? 確か登録から一週間でEランクだったよな? あの魔石の量ならGランクだとしてもEランクには間違いなく上がるだろう」
「っち、俺たちはEランクになるまで二年もかかったのに、軽々と越えやがって」
酒場にいる客間までこちらに集まってきて、喧騒が大きくなっていく。
驚愕、羨望、嫉妬、様々な感情がこもった眼で注目されており、正直はやくこの場から離れたい。
けど査定には時間がかかるだろうし、暫くはこのままさらし者になりそうだ。
「ユートさん! よかった、無事に戻ってこられたんですね!」
居心地の悪い喧騒の中、ギルドの入り口からは俺の憂鬱な気分を吹き飛ばす天使の声が聞こえてくる。
「ユートさん! ユートさん! お怪我はにゃいですか? お腹は空いてにゃいですか? にゃにゃにゃにゃにゃいですか?」
ミミは俺に走り寄ってくると、そのままの勢いで抱きついてきた。
後半は何を言っているのかわからないけど、とにかく心配をしていたという事は伝わってきた。
それにしてもこれだけ注目を浴びている中、そんな事をされてしまうと余計に周囲が騒がしくなってしまう。
「ひゅーひゅー、にーちゃん隅におけないねぇ!」
「おうおう、可愛らしい彼女じゃねーか、魔物狩りに現を抜かしてあんまり心配かけるんじゃねーぞ」
今度は冷やかしの言葉が次々に飛んでくる。
先程までの空気よりはマシになったとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ミミ、俺は平気だから少しは落ち着いてくれ、な? ほら、周りの人も見ているし……」
「え? 周り?……あ、ああ、にゃああああああ!!」
ミミは辺りを見渡した後、顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
しばらくの間、ミミの頭を撫でて宥め続けていたのだが、周囲の冷やかしが止まる事はない。
その度にミミは動揺して、なんどもにゃーにゃー言いながら俺の胸に飛び込んできたり、蹲ったりし続けていた。
結局ミミが落ち着きを取り戻したのは、査定が終わって精算に入る頃になってからだった。




