第十五話・狩り
魔物の胸元をダガーで割き、魔石を取り出して袋に入れる。
それが終わったら、また魔物の胸を掻っ捌いて、袋に魔石を放り込む。
お次は、魔物の胸部を開けて魔石を回収する。
別に巻き戻しと再生を繰り返している訳ではなく、俺は先程殲滅したオークの群れから、魔石を集めているだけだ。
単体ではEランクの魔物であるオーク、基本的にはそこまで強い相手ではないが、群れる習性がある。
群れの場合はDランクパーティが適正と言われている相手だが、俺は五十体近くの群れを一人で討伐していた。
「これで四百六十三……と、残り三十七個か。これなら、もう一つくらい魔物の群れを見つけられたら達成だな」
別に誰が周りに居るという訳でもないが、三日も一人で魔物を狩り続けていると自然と独り言が増えてしまった。
始めは無茶だと思っていたのだが、お姉さんに渡された魔物の出現予想図は中々の精度があり、効率的に魔物を狩り続けることができた。
オーク以外にも、巨大な蜂の魔物キラービー、植物の化け物デスプラント、木に擬態して冒険者を襲うトレント、とにかく数十体から多いときは百体近くの群れを倒し続けてきた。
「キラービーは本当にきつかった。体長五十センチ近い蜂の群れとか、やば過ぎるだろ」
キラービーは針に毒を持っていて、百体近い群れをなす。
単体ではFランクだが、群れだとEランクから数が多いとDランク推奨になり、気づかずに縄張りに入ってしまい殺される冒険者も多い。
俺は魔法で何とか纏めて倒すことが出来たが、そうじゃなければ飛び回る相手を一体一体、武器で倒すのは骨が折れるだろう。
「さてと……お次の群れは……うーん、ここからならキラーウルフが近いかなぁ」
受付のお姉さんから貰った、地図と出現予想場所を確認して、森の中を進んでいく。
キラーウルフは狼型の魔物で、単体Eランク、群れでDランク推奨だ。
今の俺なら全く苦にならないだろう。
「一の実戦は百の訓練に勝るなんて言うけど、本当だな。初日は苦戦したけど、こんなにサクサク進むようになるとは」
初日の戦果は魔石三十五個、一つの群れを倒すだけで精一杯だった。
二日目には百を超えて、三日目の今日は既に三百以上だ。
改めて、勇者の持つ光の加護の凄まじさを実感する。
「お姉さんから借りた魔法の袋のおかげで魔石もかさばらないし、本当に助かるよなぁ。ミミも今頃依頼を頑張っているかなぁ」
魔法の袋、魔物が持つ特殊な胃袋から作られており、見た目以上に収納できる不思議な魔道具だ。
その容量に応じて値段が高くなるのだが、魔石を五百個近くに食料やその他必要な道具を入れてもまだまだ余裕がある。
怖くて値段を聞けなかったが、壊したら一生お姉さんの奴隷になる事が確約している。
ミミが奴隷になるのを阻止するために、俺が奴隷になるとか笑えない。
そしてこんな魔道具を持つお姉さんの正体が、ますますわからなくなる。
「お、いたいた。数は……多分三十以上だな」
しばらく歩いていると、キラーウルフの群れを見つけることが出来た。
匂いでばれない様に、風下から近づき、腰のショートソードに手をかける。
この剣はミミのお父さんの形見だ。
決闘の時は貸してくれなかった物だが、「私の為に無茶をしてもらうのに、我儘は言えませんから」と、笑顔で渡してくれた。
「よし、行くか」
幾度となく繰り返してきた戦闘だ。
特段、緊張する事もなく、キラーウルフの群れに向かって走り出す。
「清流と共に生きる水の精霊たちよ、我が肉体に力を。フィジカルブースト!」
身体強化魔法を唱えると、一気に体が軽くなる。
一気に群れの中に飛び込み、キラーウルフの動きよりも早く剣を走らせていく。
フィジカルブーストは、自身の筋力を上げる魔法だ。
腕だけや足だけなど、体の一部にかける事も出来るし、全身にかけることもできる使い勝手のいい魔法だが、威力と範囲に比例して魔力の消費が激しくなる。
シアンとの決闘の時も今と同じく全身にかけていたが、隠蔽魔法を使っていない分、あの時よりも効果は上だ。
ちなみに遠くに移動するときは、足にかけて森の中を疾風のごとく走り回っていた。
「遅いぞ、弱いぞ、脆すぎるぞ! ふははははは! 我こそが万夫不当の豪傑だ」
これで狩りも終わりだと思うと、物凄くテンションが上がってしまい、可笑しなことを口走ってしまう。
そんな事を言いながらも、キラーウルフたちの首や胴が次々と切り裂かれていく。
雨の様に血しぶきが降りしきり、残すところもあと僅かとなる。
「とどめだ! アーススパイク!」
俺に恐れをなして逃げようとする数匹のキラーウルフを、土の棘が貫き、辺りに静寂が訪れる。
「ふぅ、これで全滅だな」
剣を振って血を落としてから地面に刺し、代わりにダガーを抜いて何百と繰り返した解体作業を始める。
本来であれば皮なども剥いだ方が金になるのだが、時間がないのと魔物ごとに金になる素材が違う為、魔石だけを取り出す。
お姉さん曰く、ギルドの昇格ポイントはあくまで魔石だけで、Eランク以下の魔物の素材では金貨百枚には到底届くことはないとの事なので、少々もったいないが仕方がないだろう。
「三十三……三十四……げ、足りないじゃないか」
キラーウルフの死体は、何度数えても三十四体。
これだと魔石の数は合計で四百九十九個、一つ足りない。
「残りの魔物は……どれも遠いな、この距離だと今日中にデパールの街に戻れないぞ」
改めて他の情報を確認してみたが、近場――とは言ってもあくまでも身体強化魔法で移動する事を考えた場合――の魔物から順に倒してしまった為、残りはかなり距離が離れてしまっている。
勿論、あくまでも情報のある分だけなので、実際には見つかって無い群れなどもあるし、俺も移動中にいくつかの群れと遭遇したりもした。
しかし、群れがいるイコール縄張りがあるという事なので、ある程度の距離を移動しないと発見するのは難しい。
取れる手段は二つで、単体でFランク以上の魔物と偶然出会うのを願ってデパールの街に向かうか、街とは反対方向に進んで確実に魔物と遭遇するか。
後者の場合は、距離次第で時間がかかりすぎるのがデメリットだが……。
「ん? 何かが近づいてくる?」
思案に耽っていると、森の奥から何かが音を立てて近づいてくる。
おそらくはキラーウルフの血の匂いで寄ってきた、はぐれの魔物か何かだろう。
今までも解体中に単独で襲ってくる魔物がいたので、俺はそう当たりをつけた。
「ラッキー、ラッキー。これでFランク以上ならノルマ達成だな」
そう楽観して、地面に刺していた剣を手に取る。
「さて、どんな魔物か……な」
木の陰から現れたのは、全長三メートルはある鬼の顔をした魔物だった。
その丸太のように太い腕で、大きな棍棒を持ち、胴体には大きな切り傷が残っている。
「あいつ……この辺りまで移動していたのか」
俺が初めて戦い、そして負けた相手。
五百匹目の魔物は、リベンジを誓ったあの時のオーガだった。
「清流と共に生きる水の精霊たちよ、我が肉体に更なる力を。ハイフィジカルブースト!」
魔力の温存なんて言っていたら負ける。
ハイフィジカルブーストは魔王ベアトリーチェが編み出した、上位の身体強化魔法だ。
通常の身体強化魔法より何倍も効果があるが、とにかく燃費が悪い。
しかし俺の筋力を考えると、これくらいしないとオーガには対抗できない。
身体強化魔法の効果は、魔力の多さや魔力の制御力以外に、本人の元々の筋力にも左右される。
仮に筋力を二倍するとしても、本人の筋力が十なら二十にしかならないが、二十あれば四十になる。
俺は元々小柄で筋力にも乏しく、多少鍛えたくらいではその差は埋める事ができない。
光の加護による訓練での魔力の増加と、魔王の魔眼を移植したことによる魔力の増加、この二つがあるからこそ、身体強化魔法でゴリ押しが出来るのだ。
ちなみに魔眼の能力自体は未だに使えない為、ただの魔力タンク扱いになっている。
「前回とは違う俺を見せてやる!」
俺は自分を鼓舞するように声を出し、オーガに向けて剣を構える。
向こうも自身に傷をつけた相手だと解かったのか、ニヤリと笑みを浮かべてから咆哮する。
全身にビリビリと響くオーガの咆哮、以前の俺ならば間違いなく怯んでいたと思う程の迫力だ。




