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第九話・決闘騒ぎ

 声のした方へ振り向くと、獣人の男が数人の仲間と共に俺を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて立っていた。

 全員獣人族の男で、声を出した男は犬人族か狼人族だろう。見た限り俺と同じ十代半ばくらいか。身長は頭一つ分違うけど。


「そんなことないです! ユートさんは凄い人です! シアン君よりもずっとずっとすごかったです」


 どうやらこのシアン君とやらはミミは知り合いらしい。

 シアン君はミミの言葉を聞くと、顔から笑みを消して俺の方に向かってきた。


「おいそこの眼帯チビヤロー、お前ユートとかいったな。ミミは俺よりお前の方が強いって言っているが、どうなんだオイ」


 眉間に皺をよせて睨んでくる。ダメだ、俺の苦手なタイプだ。

 どうにもこういったガラの悪い相手だと萎縮してしまう。


「おいおいビビって声も出ねーのかよ。ミミもこんなチキンヤローなんかと組まずに、俺のパーティに入れよ。荷物持ちで使ってやるぜ」


 イラッとする。ミミと一緒にいたのは半日にも満たないが、この子は俺の命の恩人だ。

 そんなミミに対して使ってやるだと、コイツは何様だ。

 正直怖い、怖いけどここで引いたら男じゃない。俺は勇気を振り絞って、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせることにした。


「おいこのワンコヤロー。ミミは俺とパーティを組むから引っ込めよ。お前みたいなモブはお呼びじゃないから帰れ」


 言ってやった、言ってやったぞ。


「え、ええ? ユートさんが私とパーティを組んでくれるにゃんて……」


 ミミが困ったような、でも嬉しそうな表情をしていると、それを見たシアン君が余計に熱くなる。


「テメー、誰がワンコだとコラ! ……そこまで言うなら決闘だ! 勿論逃げたりはしないだろうな」


 こめかみをぴくぴくさせながら、シアンが決闘を申し込んでくる。


「ああいいぜ、やってやるよ。モブと主役の差を教えてやるよ」


「時間は明日の朝九時、場所はここギルドの訓練場だ。新人だろうが俺をコケにした以上、明日がテメーの命日だ」


 こうして俺とシアンの決闘が行われる事になった。

 特に理由もないので明日の九時で了承すると、シアンは仲間と共にギルドから出て行った。

 聞き耳を立てていた周りの冒険者たちは、面白い事になったと言わんばかりに様々なヤジを飛ばしてくる。


「ひゅー、女を取り合って決闘だなんて兄ちゃんカッコいいねー。俺の若い頃を思い出すよ」


「おいおい、あの獣人は最近話題になっているEランクのシアンだろ、Dランク間近って話だけど新人で相手になるのかね」


「嬢ちゃんが言うには、眼帯の兄ちゃんはかなり強いらしいぞ。明日の決闘が楽しみだ」


「うちのパーティの甲斐性なしの男どもと違って、なかなか威勢がいいじゃない。あんた等もあれくらいの気概をみせなよ」


「はっ、男みたいな女が何を言っている。お前もあの嬢ちゃんみたいに可愛らしくしたらどうだ」


 他人事だと思って言いたい放題だ、しまいには関係ない事で喧嘩まで始まっている。


「ちょっと、ユート君大丈夫なの? 相手の獣人の子、今ギルドでランクが急上昇している期待の新人なのよ。」


 受付のお姉さんが心配そうに話しかけてくる。


「あー、まあ何とかなりますよ。魔物と違って命をかける訳でもないですし」


 人間同士の戦いなら訓練みたいなものだ、それほど心配する事ではない。


「ユートさん……もしかして獣人の決闘について何も知らないのですか」


 ミミが青い顔をして聞いてくる。なんだろう、凄く嫌な予感がする。


「人族同士の決闘と違って、獣人の決闘はとても神聖なものなのよ。特に女性を取り合ったりしたときは、先に引いてしまうと一生の恥になるの。お互いに引くに引けなくなって、死人が出る事も珍しくないわね。だから相手を殺してしまっても、お咎めはないのよ」


 お姉さんの説明に、愕然とする。俺が知っている決闘と違う。


「で、でも俺は人族ですし、王国の決闘法では命のやり取りは禁止されているって聞いていますよ」


「誰に聞いたのか知らないけど、まず王国の決闘法は貴族が行う決闘だから、平民には適用されないわよ。あと、決闘は申し込んだ側のルールに従うから、今回の場合は獣人のルールになるわね。……もしかして本当に知らずに受けちゃったの?」


 王城での勉強は講師も殆ど貴族階級だった。まさかその弊害がこんなところで出るなんて。


「い、いやだなぁジョーダンですよ、ジョーダン。勿論わかっていて受けましたよ……ハハハ」


 物凄い疑いの眼差しだ。誤魔化せる気がしない。


「ユートさんごめんなさい、私のせいで……」


 ミミの耳はペタンと折れ、尻尾はダランと下がり目には涙が浮かんでいる。


「ミミのせいじゃないよ、何も知らなかった俺が悪いのさ。それに負けると決まったわけじゃないしね。ミミも知って通り、俺は結構強いからね」


 半分は虚勢だ。命のやりとりなんてまだ怖い。

 でも、この子が責任を感じるのは違う、俺が勝手にやったことだ。


「そう……ですよね、ユートさんなら大丈夫ですよね。あ、でもあんまりやりすぎないであげてください。シアン君、よく私に意地悪してくるから苦手ですけど、殺しちゃったりするのは、ちょっとやり過ぎかなって。……命は大切なものですから」


 そう言葉にするミミの表情はとても儚げで、少し大人っぽく見えた。


「大丈夫、命のやり取りにはならない様にするよ。俺だって人殺しは出来ればしたくない」


 むしろ出来る気がしない。

 ゴブリンは人型といえども魔物だからそこまで感じなかったが、人間相手は多分無理だ。

 いや魔物の中でもミノさんとかは絶対に無理だ、あんなにいい人…いやいい牛を手にかけるなんて絶対にできない。

 魔物が…とか人間が…とか言うよりは意思疎通が出来るかどうかが重要だ。


「ところで二人とも、イチャイチャしているところ悪いけど、そろそろ精算と登録手続きをしてもいいかしら。いい加減進めないと私が怒られちゃうのよ」


「にゃ! いちゃいちゃにゃんて、そんな……わたし……うぅ」


 ミミは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。


「すみません……決闘騒ぎですっかり忘れていました。これでいいですか」


 さきほど書いた用紙を手渡すと、お姉さんが内容を確認する。


「うん、特に問題ないみたいね。へぇ、王都フランの出身なの、わざわざこんな辺境までよくきたわね」


 王都出身というのは勿論嘘だ。

 俺が知っている場所が王城のあった王都と、魔族領にある魔王城の二か所だけだから、王都と書くしかない。

 ニホンとか書いても説明が面倒だし、誰でも知っている王都にしておけば、下手に質問をされたりもしないだろう。


「……ちょっと家出中で、なるべく王都から離れて旅をしていたのですが、途中で魔物に襲われて、旅の資金を落としちゃって。冒険者なら金も稼げるし、旅も出来るから一石二鳥かなーと」


 実際に魔王城から家出しているし、王都から離れたら俺の事を知っている人間もいないだろう。お金を落としたのも本当だし、旅をしようと思っているのも事実だ。

 全部は言わないが嘘もついてはいない、我ながら完璧な理由である。


「ふぅん、その若さで旅をするお金があって、読み書きもできて、貴族の決闘の事は知っているのに他の事は知らない、しかも王都出身……もしかしてどこかのお貴族様かしら」


「お貴族様! にゃ、にゃにゃ、にゃにゃにゃ」


 貴族に勉強や訓練を付けてもらっていた、王族待遇の勇者です。

 あとミミ、にゃ以外の言葉が言えなくなっているぞ。可愛いけどさ。


「あんまり詮索しないでくれださいよ。それに俺は貴族なんてお偉いさんじゃない、ただの平民です。それよりも手続きを進めてくださいよ」


 これも事実だ。元々は何の変哲もない高校生なのだから。


「あら、ごめんなさい。冒険者の素性を詮索するのはマナー違反だったわね。それじゃあギルドについて説明するけど、冒険者についてはどれくらい知っているのかしら」


「依頼をうけてお金をもらう、仕事は魔物討伐や薬草採取、未開の地の開拓、それくらいしか知らないです」


 詳しくは知らないがそんなに外れてはいないだろう。


「うん、だいたいそんなところよ。仕事内容は依頼をこなしていくうちに覚えていくからいいとして、ギルドのシステムについて説明するわね」


 システム……さっきのEランクがどうとかの事かな


「まずギルドの冒険者は実力に応じてランク分けされていて、下はGから始まって依頼の成功や魔石の納品で徐々にランクが上がっていくの。G,F、Eと上がっていってAとその上のSを含めた八段階のランク分けをされているわ」


 そうなるとシアンは下から三番目で、もう少しで中堅といったところなのか。


「具体的に各ランクの目安とかはありますか、たとえばさっきのシアンはDに近いEランクみたいですけど……」


「あくまで大体の目安だけど、Dランクの冒険者で一人前って認識になるわね。でもキミやシアン君みたいに若い子でD以上はかなり珍しいの。普通は数年かかって上がるものだし、人によっては十年かかるのだって珍しくない。そう簡単に強くはなれないし、無理をすれば死んじゃうからね」


 もっともだ。俺みたいに光の加護とかいうチートな能力があるのならばまだしも、人はそう簡単に強くならない。

 高校生で柔道を初めて一年で全国大会出場……なんて人はいないだろう。

 普通は長年の積み重ねがあるか、例外として他の格闘技を経験していて下地があるかのどちらかだ。


「だから君たちくらいの年齢だと、高くてもEランクでしばらく止まる事が多いの。そこで実力をつけてDに上がるのが普通だけど、シアン君達のパーティはもうすぐDランク、それだけ実力があるってことね。だから決闘なんて本当はやめた方がいいのだけど……」


 なるほど、俺とシアンの決闘は白帯と黒帯が戦うようなものなのだろう。


「決闘のことなら心配ないです、それよりも続きを頼みます」


「全く、人が心配しているのに……それで続きだけど、Cランク以上からは人数が一気に減るわ。ランクは魔物の討伐ランクを目安にしていて、Cランクの冒険者は同じCランクの魔物を倒せるだけの実力を有していると判断されているの。オーガとかミノタウロスとか、一体だけで小さな村を滅ぼすような魔物だから、かなり危険ね。だからこそパーティ制度があって、人数が多くなる分ランクアップに時間はかかるけど、その分危険は減るわ。単独で魔物を倒せても大怪我をしたりしたら冒険者を続けられないから、パーティを組むことはとても重要よ」


 魔物のランクは大体知っている。魔王城にも沢山いたし、王城でも教えて貰った。


「たとえば……新人で仮にCランクの魔物を倒したりすると、その分ランクの昇格が早くなったりはしますか」


 実戦になれたらオーガにリベンジをしたい。ついでにランクが上がれば儲けものだ。


「それは残念だけど出来ないわよ。自分より高い魔物を無理して狙う人が出てきちゃうから、Gランクの冒険者ならGランクの魔物を倒したのと同じ扱いよ。それに他の人から高ランクの魔石を買い取って不正にランクを上げる人も出ないとは限らないから。ただ、あくまでもランクの昇格にかかわる話だから、魔石の買取りは正規の値段で行うわ。」


 世の中簡単にはいかないらしい。よくよく考えれば当たり前だ。

 冒険者ランクが低いうちは、ランクの高い魔物からは逃げた方が得で、適正な相手を倒すのが一番だな。


「そのランクの昇格について、もう少し詳しく教えてください。ただ魔物を狩っているだけで上がるものですか? 」


「ランクの昇格はね、依頼を達成するか魔物の魔石をギルドに納品するとポイントがついて、そのポイントが一定値を超えるとランクが上がるわよ。詳細は機密事項だから話せないけど、始めから強い人は沢山魔物を狩って、ランクを上げたりするわね。逆に依頼に失敗したり、問題を起こしたりするとポイントが下がるわよ。あと、自分のランクより低い依頼や魔石を納品してもランクは上がらないから注意してね」


 とにかく魔物を倒しつつ、依頼も成功させるのが一番か。


「大体わかりました、ありがとうございます。またわからないことが出てきたらその都度聞きますね」


「理解が早くて助かるわ。それじゃあ改めて……冒険者ギルドにようこそ、あなたの今後のご活躍を期待します。」


 こうして俺の冒険者としての生活がスタートした。

 ちなみにゴブリンの魔石分はしっかりとポイントにつけておいてくれたらしい。

 五匹分ではGランクのままだったけど。



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