003 転
アリサは冷静な表情、レンカは少し悲しげな表情をしているのに対し、コウタは何故かニッコリと笑顔だった。
「久しぶりだなレンカ。飴、いる?」
「いらない。一体今まで何をしてたんだ」
「いやぁ~ 〈初心者狩り〉って呼ばれてるじゃん? オレはさ、メンバーになってくれる奴を探して……ずーっと初心者〈冒険者〉を殺し続けてきた」
レンカは怒りを隠しきれずに顔に怒りを露にしていた。怒るのがわかっていてコウタはああ言ったのだ。レンカは武器を構えた。まさかここで戦う気なのかと思ったアリサはレンカに声をかけた。
「レンカさん……」
だが、彼にはアリサの声は届かなかった。地面を蹴り素早い動きでコウタの前に移動すると剣を振り上げて、思いっきり腕を下ろす。アリサは目をつぶりながら「レンカさん!」と叫んだ。
だけど人の声も武器の音も聞こえなかった。少しずつ目を開けるとレンカが降り下ろした剣はコウタの頭上で止まっていた。
「……まさかさ、レンカって「親友だから殺せねぇよ!」って言って結果信じた親友に殺されたーって奴みたいな? つか剣を引いてくれよ。オレの話もまだあるんだから、な?」
「……俺はーー」
「どかせって、“レンカ”」
名前を強調して言ったコウタの瞳からは、先程のニコニコとした柔らかな目ではなく、有無を言わせない強い力を持った目だった。コウタの目から出てるような恐ろしいオーラを間近で感じたレンカは思わず言う通りに剣を引いてしまった。
レンカはアリサがいる方まで下がった。するとコウタの表情が元に戻り、先程と同じ柔らかな雰囲気となった。
「コウタ、話ってなんだよ。何で、〈初心者狩り〉なんてーー」
「あー、それ聞きたい? と言うか既に答えは他のメンバーから聞いてると思うぜ」
「それって、どういう意味なのでしょうか?」
アリサはそうコウタに聞いたが、彼女は「もしかして……」と思っている回答を実は見つけていた。だが、言うべきか否か迷っていたのだ。彼の口から言ってもらっても良いのだが、そうしたらもし“あの回答”だった場合、次のレンカの行動が読めないのだ。
コウタに襲いかかるかもしれないし、頭の中が混乱するかもしれない。どうするかーー。
「アリサはわかってると思うぜ。恐れなくてもいい、アリサの口から言ってほしいんだ」
「ーー!」
アリサは驚いた。心の中を覗かれた気がした。すると、レンカが「表情に出ていた」と言った。アリサは少し恥ずかしくなった。まさか表情に出ていたとは思わなかったからだ。アリサはゆっくりと、自分が思った“回答”を言った。
「……楽しいから、ですか?」
「……ぶっちゃけそうだな! まぁ、まだ理由はあるけどそれは秘密って事で!」
これには流石にアリサもカチンときた。武器を銃形態・アサルトにして銃口をコウタに向ける。この行動にコウタは少し焦りを見せた。レンカが止めるがアリサは先程のレンカみたいに一切の躊躇を見せず連射した。十発撃った辺りで止まった。
ガードするなり避けるなりする隙が無かったコウタ。全弾当たったかと思ったが違った。二人は既に気づいたようだ。途中で金属音が聞こえたのだ。と言うことは、「誰かが弾丸を防いだ。もしくは斬った」という事になる。
煙がなくなると、尻餅をついてしまい、へばっているコウタの前に二人の少女がいた。顔、容姿が似ている事から双子だと考えられた。
片方は黒髪でショート大人しい雰囲気の少女、片方は黒髪で三つ編み、眼鏡をかけていて、コウタに負けない位の笑顔をしてる元気が良い少女。服装はどちらも黒パーカーの黒ミニスカート。黒の靴下に黒い靴だ。
「どもどもっ! わたしはマルル・ケトラ! こっちがクルル・ケトラ。わたしが妹でクルル姉が姉の双子で十六歳! クルル姉がショートで私が三つ編み、これで判断してねっ! よろしくっ!」
「……どうも」
「「フィオラル(別のダンジョンがある街)」では結構有名な双子なんだぜ」
コウタはそう言った後、マルルとクルルに「何故ここに来たのか」を聞いていた。マルルはコウタに何やらヒソヒソ声で話した。するとコウタは少し驚いた顔をしていたが、すぐに元に戻った。バッグをコソコソと探り何かを取り出した。〈閃光弾〉だった。道具屋で買えるアイテム、一個金貨五枚だ。
「いや、悪いなレンカ、アリサ。オレ、このまま相手しようかと思ったけどヤバイ事が起きたみたいでさ。今回はこの辺でバイバイするわ」
「お、おいコウタ!」
「んじゃあバイバイ! レンカさんにアリサさん! 次は、わたしとクルル姉が相手するねっ!」
「……負けない」
クルルが銃のスナイパーを、マルルが鎌を見せつけた。マルルからの宣戦布告が終わるのを確認したコウタはレンカの制止を聞かずに、〈閃光弾〉をレンカとアリサの前に転がす、数秒経つととても眩しい光が二秒ほど出た。思わず目をつぶってしまった二人。目を開けると三人の姿は無かった。
「行ってしまったようですね」
「あぁ。……俺な、少しだけ嬉しかったんだ。アイツが……コウタがあんなに明るい笑顔がまた出せている事が」
「ーー?」
レンカの顔を見ていると本当に、少しだけ嬉しそうな顔をしていたが、悲しそうな顔もしていた。アリサは本当はあんまりしてはいけない事だとわかっていたが、とても気になりレンカにコウタがあぁなった理由を聞いた。彼はアリサになら、とコウタの雰囲気に違和感を感じた出来事を教えてくれた。
「二年三ヶ月前、俺が〈塔支配者〉になった後、俺とコウタは別の道を歩む事にした。俺は〈塔支配者〉として強く居続けようとする道、コウタは初心者〈冒険者〉を指導する道。あの頃はまだコウタは結構インストラクターとして有名だった」
「……そうだったんですか」
「だけど……コウタの教え子達が先走って、魔物の強さやダンジョンの広さがガラリと変わる六階層に行ってしまったらしいんだ。当時六階層で最も強い〈狼王〉と遭遇してしまったらしい」
今は新たに〈緑の甲虫〉と言う緑色のかぶと虫の魔物が六階層で強いと言われているが、昔は〈狼王〉が六階層最強の魔物だと恐れられた。
「まだ教え子達は五階層でやっとの実力だったらしい。アイテムを上手く使い奮闘したらしいが……コウタが駆けつけた時にはもう全員……」
「教え子は何人いたんですか?」
「六人だった。コウタは何も悪くないのにな、葬儀で遺族達に色々陰口を言われていた」
その葬儀にはレンカも出席していた。コウタから来てほしいと頼まれた。少し遅れて来てしまったが、レンカが葬儀の場所へ行くとコウタの悪口を言う遺族の人達がいた。
『あの人は何を教えていたのかしら』
『あの人が死んでしまえばよかったのよ! 何であの子が……!』
「俺はその人達を追い払って急いでコウタの所へと向かった。二人で話をしていてさ、変だった。今思えばこの頃にはコウタはもう変わったのかもしれないな」
レンカとコウタの昔話を聞き、外に出るともうすっかり夜になっていた。アリサはレンカと別れるといつも通り依頼の報告をしにニッカの所へと向かった。
「やぁ、アリサ。どうだった?」
「残念でした。リーダーは見つけられましたが、まさかのレンカさんの相棒だったみたいで無理でした」
「ありがとう」
「ーー?」
急に何かお礼を言われたのかアリサは首を傾げる。ニッカはすぐに「私の言葉じゃないよ。伝言」と付け加えた。
「名前は言うなって言われてるから言わないけど……まぁ、すぐわかると思うよ。『いつもレンカと仲良くしてくれてありがとうな、これからもアイツをよろしく。次会った時は手加減無しだからなっ!』って」
口調からして明らかにコウタだった。
(本当はいい人なんですね……だったら、何で。〈初心者狩り〉なんか……)
あんなに良い人なのにこんな事をするコウタの気持ちがアリサにはよくわからなかった。
今回ニッカのとこに向かった理由は二つ。一つは依頼報告、もう一つはあの依頼はアリサからのお願いでニッカが代わりに依頼したため料金はいらない、という事を伝え金貨を返しにきたのだ。ニッカは「別にいいのに」と言ったがレンカの時と同じく渋々金貨はニッカの元へと返された。
ーーこうして、一時的だか〈初心者狩り〉との戦いは終わったのであった。