016 後編
僕はあれから二代目〈塔支配者〉になった。イヅチがいなくなり、誰かが急いでなる必要があった。僕は九十層まで行っていたから頑張って強くなった。だけど……。
「なってすぐお前に抜かされるってないだろぅ……」
「すぐじゃない。一週間だ」
「それはすぐに入るんだっ」
そう、僕は何と、なってから一週間後にツキカゲに負けたのだ。妹に負ける兄ってさ、スッゲェ恥ずかしい。
「なぁ、兄ちゃん。そう言えばさ、〈時止めの塔〉って知っているか?」
急にツキカゲが訊いてきた。一度この目でその塔を見たことがあったので、僕の答えはもちろん「知ってる」だった。
「それが、どうかしたのか?」
「いや……訊いてみたかっただけだ。ありがと、兄ちゃん」
ツキカゲはそれだけ言うと「じゃ」と言ってその場を去った。この時、僕が気づけばよかったんだ。ツキカゲが、「鐘を鳴らそう」と思っていたなんて。
夜中、家に帰るとホシカゲしかいなかった。ホシカゲに訊いても「知らない」だった。僕はふと昼間の会話を思い出した。
『兄ちゃん〈時止めの塔〉は知っているか?』
『いや……訊いてみたかっただけだ』
「まさか……っ!」
僕はすぐに家を出て走った。ホシカゲもついてくる。僕は早く走っているつもりだが、追い付かれてしまったらしい。
「お兄ちゃん、一体どこに行くつもりなの?」
「アイツは……〈時止めの塔〉にいるかもしれないっ」
「えっ!」
まだこの頃は「〈塔支配者〉は街から出られない」というルールが存在しなかった。だから、〈塔支配者〉であうと街から出る事は自由だった。
「ホシカゲ、急ぐぞ」
「うん!」
僕らは三十分かけて〈時止めの塔〉に着いた。ホシカゲがちゃんとついてきたのがちょっと意外だった。塔に入ろうとするツキカゲが見えた。
「おい、ツキカゲ!」
「兄ちゃん。……ゴメン、でも。これは……兄ちゃんの為なんだ」
僕の、ため?
だからと言って、時を止める理由にはならない。ツキカゲがハンマー・シールド・ブラストの武器を構える。
「それ以上来たら……兄ちゃんとホシカゲだろうと……」
「攻撃、するのか?」
訊くとツキカゲは頷いた。僕とホシカゲも武器を構える。僕はロングブレード・ショットガン・シールド。ホシカゲはアサルトだ。
「ツキカゲお姉ちゃん。本気なの?」
「……うん。本気だ。あたしは本気だ」
ツキカゲの目はとても真剣な目をしていた。ツキカゲの近くに鐘がある。ツキカゲが後ろを向きハンマーでブッ叩けばーー鐘は意外にとても頑丈なのだーー鐘が鳴り、時が止まってしまう。
「本気ならこっちだって!」
僕はツキカゲに向かってダッシュする。ツキカゲは一瞬反応が遅れた。いくらツキカゲに負けたことがあっても反応が遅れたツキカゲなら負ける事はない。
だけど、誰かの銃弾で急停止させられた。
「コルマお兄ちゃん。上だよ!」
上を見ると柱に二人の少女ーー似てるから双子かもしれないーーが武器を持って立っていた。大人しそうな方がスナイパーで明るい方はヴァリアントサイズ・シールドだった。つまり、僕の足元を撃ったのはスナイパーの方だろう。
「始めまして! わたしはマルル・ケトラですっ。こっちはスナイパーのクルル姉! さっきコルマさんを止めたのはクルル姉だよ!」
「……クルル・ケトラ。よろしく」
二人は礼儀正しく自己紹介したあとお辞儀した。
「何が目的なんだ?」
僕は二人に訊く。僕の足元を撃ったという事は邪魔をしに来た。つまり“ツキカゲ側”という事だ。
「別にね。止めなくてもわたしとクルル姉は困らないんだけど。いやぁ、頼まれちゃって」
「ツキカゲに、頼まれたからやってる。それだけ」
「頼まれた? ツキカゲ、頼んだのか?」
「うん。あたしは、コルマ兄ちゃんの為にやってるんだ」
僕たちが話している隙にツキカゲは鐘の前にきた。アイツは鐘を鳴らそうとハンマーを構える。
「ツキカゲ止めろ! ……くっ、邪魔するなっ!」
「コルマさん怖いねぇ。アハハ! とことん邪魔するよっ」
「……行かせない」
クルルとマルルの二人が邪魔して中々前に進めない。
……そして。
「兄ちゃん、ゴメンな」
「止めろ! ツキカゲぇぇぇっ!!」
ここで、時が止まった。
僕は気づいたら家のベッドにいた。横にはノートを読み、泣いていたホシカゲがいた。ホシカゲは僕に気づくとノートを僕に渡し、「外に出てくる」と言い外に出た。
僕はノートを読んでみる。
「『コルマ兄ちゃん、ホシカゲ。あの時、あたしは「兄ちゃんの為」と言ったけど……「この世界の為」と言った方が、もしかしたら合っているかもしれない。あたしは、未来に託そうと思った。……最後に、一つ言わせてくれ。ゴメンな』」
あの日から僕はまた〈塔支配者〉となった。僕は心が空っぽのようだとホシカゲに言われた。
僕は四十一歳になった。たまに、ホシカゲが訊いてくる。
「もう四十代だよね。体、大丈夫なの?」
それに僕はいつも笑って答えるんだ。
「平気平気。僕よりホシカゲが心配だよ。もうホシカゲも三十代なんだから。お前こそ大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
ある日、久しぶりに挑戦者が来るらしい。僕は少し緊張していた。
「あ、えっと。始めまして。アリサ・アルケミスと言います」
「コルマ・キグルミ。よろしく」
結果は負けてしまい、彼女が新たな〈塔支配者〉になった。彼女は、強くて優しくて、勇気がとてもある……後に〈冒険者サポートセンター〉を設立させる少女だった。
僕は彼女と、相棒の少年「レンカ・クロヴィン」に、未来を、この世界を託してみようと思った。
もしも……。この僕の日記をどちらかが読むのなら、頼みたい。
この世界を、宜しく頼む。
「……重たい」
読み終わったアリサが最初に発した言葉はそのたった一言だった。
ただ、気になる所があった。
クルルとマルルが事件に関わっていた事だ。何故二人はあの事件に関わったのか。とても疑問に思った。
読み終わったのは読み始めた翌日の昼間だったので、すぐにレンカにこの内容を伝えておいた。レンカはしばらく考えた。結果。
「……後で考えよう」
「そうですね」
と、のんびりとした結論になった。
それから約一ヶ月後。十月になり、紅葉が本格的に満開になった。
「アリサ、ちょっといいか?」
レンカに呼ばれアリサは目線を紅葉からレンカに向けた。
「十月三十一日は何の日か知っているか?」
「えぇ、ハロウィンですよね」
レンカは頷く。
「ハロウィンパーティー。シヴィリアで行われることになった」
「……は?」
アリサはこの時思った。
この街は初代〈塔支配者〉の意思を引き継ぎ過ぎだ。と。