015 前編
僕の名前は「コルマ・キグルミ」ーーこの本では、僕が体験した事を書こうと思う。
シヴィリアの広場で僕は待ち合わせをしてる人を待っていた。……でも、かなり遅い。十分以上待ったぞ。
「なぁ、儂は初めて昨日肉を食べたのじゃ! 凄いの!」
「……肉だけでそんなにはしゃぐなよ。恥ずかしい」
急に後ろから声が聞こえて、すぐに口調で分かったので冷静にツッコミをしておいた。そしたらそいつ、拗ねやがった。言い訳までしてる。
「儂は田舎育ちだから滅多に食べれなかったのじゃ。しょうがないのじゃ」
この二十三歳の女性ーーと言いたいが背が少し低いから女子、とも言えてしまうーーは初代〈塔支配者〉の「イヅチ・アズマ」だ。
「んで、今日は何をするんだ?」
「そーじゃのー。……そうじゃ! ツキカゲとホシカゲの様子を見に行ってみるのはどうじゃ?」
ツキカゲとホシカゲは僕の妹だ。双子の姉妹で、息もピッタリ。ツキカゲはとても元気でどんどん上層に上がっていってる。一年で七〇階層にいった。ホシカゲはその逆で、とても大人しい。ダンジョンが怖いらしく、ツキカゲにくっついていなければ、中に入れないくらいだ。ホシカゲは現在四〇階層。
「……たまには、良いかもな。行くか、イヅチ」
「うむ! 行くぞ、コルマ」
僕らは四〇階層で戦闘の練習をしているというツキカゲとホシカゲの所に行った。相変わらず、ホシカゲは魔物にビビっている。
……って言うか、四〇階層まで行った時点でもうホシカゲは強い分類だと思うんだけど。
「ツキカゲ、ホシカゲの様子はどうだ?」
「コルマ姉妹! 遊びに来たのじゃ!」
「兄ちゃん、相変わらず「嫌だぁー!」とか言っておいて瞬殺で倒してるよ。恐怖心がなかったらもう九〇行けるんじゃないか?」
「イヅチさん、お兄ちゃん。今日も魔物は怖いよー」
四〇階層の魔物を瞬殺って……五〇までは楽勝だな。
それから、僕とイヅチが二人にアドバイスをしたりツキカゲに膝蹴りされたりーー後で仕返しはしたがーー怖くて泣きそうなホシカゲを落ち着かせたり、怖すぎて瞬殺で魔物を倒したホシカゲに逆に恐怖心を植え付けられたり……とても楽しい一日だった。
「楽しかったの! また、遊ぶのじゃ! 儂はいつも暇しておるからの。大歓迎じゃ」
「そうか、こちらも二人の妹の子守りをしてもらって感謝してる」
「子守りとは失礼だな兄ちゃん!」
ツキカゲが回し蹴りをしようとしたが、僕はこれでも九〇階層突破でリーチの〈冒険者〉だ。まだまだ七〇の子供には負けんわ!
「……中々やるな兄ちゃん」
「またの挑戦を待ってるぜ……」
「もーお兄ちゃんにお姉ちゃんったら……。イヅチさん、今日はありがとうございました。良い経験になりました」
「うむ、そう言ってくれると儂も頑張った甲斐があったわい。……じゃあの、コルマ」
「ああ。またなイヅチ」
その日から約一年後。とある事件が起きた。
シヴィリアの外れにある墓場で永遠の眠りについていた屍達が魔物として生き返ったのだ。〈死者〉レベル二五。意外と戦闘力があった。
「キャホー! 愉快じゃ愉快じゃ!」
……ま、〈塔支配者〉には通用しないけどな。
「ほら、うぬも戦うのじゃ! うぬも九〇階層を突破した強者じゃろう!」
「へいへい」
僕も魔物を倒していく。
しばらくするとイヅチが「墓場に行ってくる」と僕に言って素早く向かった。僕は「アイツなら何とかしてくれる」と思っていた。
ーーだけど。一時間半後。まだイヅチは帰って来てないのだ。僕は後始末を妹達に任せ、墓場へと向かった。
「お、おい。イヅチ……?」
僕は可笑しな光景を見ているのだろうか? そう思ってしまっても可笑しくはない光景が、今僕の目の前にはあった。周りは魔物の血だらけ。〈死者〉の魔法が解けたのか、遺骨だらけだった。僕は奥に進んだ。すると、とある墓を背もたれにして地べたに座っているお婆ちゃんがーー否、イヅチ・アズマがいた。根拠は右手に持っている武器だ。ヴァリアントサイズ・スナイパー・シールド。
この武器を装備しているのは彼女だけなのだ。
「イヅチ……どうしたんだよ。……なあ!」
「……こるまか。なんのようじゃ? わしはいまとてもつかれたのじゃ」
ゆっくりと、一言一言イヅチは言った。……もう死んでしまう人の口調みたいだった。
「何でそんなヨボヨボの婆さんの姿してるんだよ。お前二十三歳だろ! まだ現役〈冒険者〉だろ!」
「このじけん……あ、あくまがしたことなんじゃ。……わしはとりひきをした。わしはもう……ななじゅっさいのヨボヨボばあちゃんじゃ」
僕は目に涙が浮かんできた。悪魔のせいで、約四十七年間も人生を奪われてしまったのだ。
「こるま……わしのしをみとどけてくれんか?」
「何でだよ! お前は死んじゃ駄目だ! 〈塔支配者〉はどーすんだよ! ツキカゲとホシカゲはお前といると何時も明るい笑顔してて……僕はその笑顔が大好きなんだよ。お前がいないとそんな笑顔してくれねぇだろ……」
「どうせわしはもういきられん。たしかに、あのしまいのえがおはたいようのようじゃ。……わしのあとがまなら、もうこうほはわしのめのまえにいるじゃろう。こるま……ーー」
それが、彼女の最後の発言となった。僕はゆっくり、長い時間彼女を抱き締めていた。外見がヨボヨボ婆さんでも、中身は二十三の女性だ。
『こるま……つきかげ、ほしかげをだいじに、だいじにするんじゃぞ……』
この言葉が最後だった。自分の心配を先にしてほしかったよ。僕は……僕は、
「……お前の事が好きだったんだぞ。イヅチ……」
僕は彼女をお姫様抱っこをして埋葬した。
シヴィリアに戻ると魔物退治が終わっていた。僕に気づいたツキカゲとホシカゲがこちらに近づいてきた。
「兄ちゃん、一体とうなったんだ? いきなり魔物が消えたんだ。……兄ちゃん、イヅチさんは?」
「お兄ちゃん。イヅチさんは?」
僕は、上手く答える事は出来なかった。言いたい事は沢山あった。でも、言えなかった。何故なら、言葉より先に出たのは……涙だったからだ。
「うぐっ、ひっく……。わるい、ゴメンなぁ……。イヅチを一人で行かせなければ……」
僕は大泣きしてしまった。情けなくてすぐに離れたかったけど、妹達が抱きついてきて動けなかった。
「イヅチさんはこの街を守った。とても立派だ。兄ちゃんの親友は凄いな!」
「お兄ちゃん。イヅチさんは私達を守ったんだよ。泣いたらイヅチさんに失礼だよ」
「……あぁ。そう、だな」
僕は涙を拭くと街の復興を手伝った。イヅチが守ってくれたこの街を今度は僕が守る為に……。