014
月は変わり、九月一日。午前九時。広場のベンチにアリサは座っていた。レンカから指示されたのは「広場で九時に待ち合わせ」……だから、別に此処でいいのだろうというのがアリサの考えだった。
久しぶりの日常。だけど、一つ違う所がある。
(……何故、お三方は私の後をつけているのでしょうか?)
木の影からアリサを見てる目線が三つ。レジーナ、ヒバリ、ミムラだった。
(お三方は私が気づいている事に、気づいているのでしょうか?)
心配していたが、あの三人なら大丈夫だとすぐに思い、心配するのを止めた。と、同時にレンカが来た。
「レンカさん。時間一分オーバーです」
「わ、悪い」
相変わらずのアリサの時間指摘が終わると二人は歩いて行く。その後ろを三人も付いていく。
「ヒバリさん、アリサさん気づいているんじゃ……」
「それでも行きます!」
「えぇ……。絶対怒られますって」
「行きますよ?」
「はぃ……」
まだ十五歳のミムラは十九歳のヒバリに勝てなかった。
「……なぁ、アリサ。後ろからついて来てるのってアリサの部下か?」
「年上でもそう呼ぶのでしたらそうですね。お三方共、社員です。すみません」
彼は苦笑いしか出来なかった。そんな会話がされているとは知らずに三人はーーミムラは嫌々ーー二人を尾行していた。
「レンカ。一体何処に行くつもりなんだろうね?」
「確か午前中は仕事の手伝いだった筈です。ですが、この先は……」
「何があるんですかヒバリさん」
ヒバリは手持ちのタブレットを操作しながら答えた。
「〈祭り通り〉と呼ばれるショッピングモールです」
〈祭り通り〉とは、広場から東方面に進んだ所にある通りの事である。飲食店や服屋もある、とても賑わいのある通りだ。
その昔、初代〈塔支配者〉イヅチと二代目〈塔支配者〉コルマの双子の姉妹であるツキカゲとホシカゲ。この三人が面白半分で作った通りだと言われている。
「ヒバリ、ミムラ。行くわよ」
「はいっ!」
「もうヤケクソだよなコレ……」
三人は二人を追いかけ、〈祭り通り〉へと向かった。
その頃の二人。
「そう言えば〈五塔会議〉の時リッドは何していたんだ? 家にこもっていたのか?」
「外には出ていたらしいですよ。ただ、私たちがいないから話し相手がいないとかで一日中ボケーっとしていたとか」
「そうだったのか……」
「……今度リッドさんの所へ遊びに行きましょうか」
そのアリサの言葉にレンカはただただ、頷くしかなかった。
〈祭り通り〉に入ると、やはり何処もワイワイガヤガヤとしていた。二人は通りの真ん中を歩いていた。〈塔支配者〉と〈冒険者サポートセンター〉社長・元〈塔支配者〉の二人であって流石に有名度は高い。人々から注目の的となっていた。
「レンカさん。何処に行くんですか? 確か午前中は仕事の手伝いを依頼されていたと思うのですが」
「あぁ。もうすぐ着く。……あ、此処だ」
〈祭り通り〉の少し外れにある古い建物。中に入ると本がずらーっと並べてあった。
「ここの本、タイトルが内容の大まかを示していたから読んでなくてもわかった。〈イヅチ祭〉後、俺はここを見つけて片っ端から見てみたんだ」
部屋にあったのが約五千冊。レンカが見たのは半分くらいの約二五〇〇冊。〈イヅチ祭〉から〈五塔会議〉までは二週間ちょいありあった。二週間ちょいで半分見たーーただ、タイトルを見て内容を判断しただけだがーーのは意外と凄い事だ。アリサは内容は何か訊いた。すると、レンカは一つ訊いてきた。
「アリサは、〈時止めの塔〉について何か知っているか?」
「〈時止めの塔〉……ですか。名前と場所なら知ってます。中央ドームのすぐ近くにある大きな塔の事ですね?」
現在九時半。レンカとアリサは近くの椅子に座ってレンカは説明を始めた。レジーナ、ヒバリ、ミムラの三人も本棚の影に隠れ聞いていた。
〈時止めの塔〉ーーそれはアリサの言った通り、中央ドームのすぐ近くにある大きな塔の事。実は能力があった。それは「鐘を鳴らすとリベール世界全土の“時”が止まってしまう」だ。ただ、例外がいる。それは、「鐘を鳴らした人は時が止まらない」という事だ。一番気になる時止めが解除される方法は「鐘を鳴らした人が死ぬこと」。つまり、自殺でもしない限り二十年以上は止まり続けたままなのだ。
レンカが見つけた本の大部分が〈時止めの塔〉についての事件だった。そう、時が止まったのだ。三代目〈塔支配者〉ツキカゲ・キグルミによって。ーー時は過ぎ約三十年後、ツキカゲの自殺により時がまた進んだ。〈塔支配者〉がいなくなり、また兄であり二代目のコルマ・キグルミが四代目をする事になった。
「そして十八年後、コルマ・キグルミ四十一歳。四十代を越えても〈塔支配者〉の座は誰にも譲らなかった。でも、アリサが現れた」
「もしかして、あの時の男性……。確かに、コルマって名のってました」
「俺が頼みたい事は、残り約二五〇〇冊の中から、事件関連の本を探してほしい」
「……わかりました」
時刻十時十五分。二人に近づき過ぎたヒバリが見つかりーー元々バレてはいたがーー合計五人、十二時半まで探した。
かかった時間は二時間十五分。五人という人数のお陰か全部の本の内容を確認する事が出来た。
「事件に関係がある本はこの一冊だけだったか」
「疲れました……」
近くのレストランーーカフェという選択もあったのだが、ちょうど昼食の時間だった為ーーで昼食の時間にしながら本を見ていた。レジーナがパスタ(ミートソース)を食べ、レンカは一口ピザを食べていた。他はカレーやらそばやら、冷やし中華を食べていた。
食べ終わると、アリサの部屋に集まった。一冊だけ、事件について深く関わっていた本があった。題名は「この世界は一度時が止まっている」……だった。始めに、アリサがパラパラと読んでみた。
「この本の作者は……二代目、四代目〈塔支配者〉のコルマ・キグルミさんです」
「そうだったのか。どんな内容か、詳しくわかるか?」
レンカが聞くがアリサはパラパラで読んだだけなので詳しくはわからなかった。レンカはアリサに最後まで読んでくれるか頼んだ。アリサは「わかりました」とだけ言った。すると、レンカは午後は「買い物行こう」と言いだした。
三人とは別れ、二人は〈祭り通り〉に戻ってきた。レンカは本気で買い物をする気だ。
「レンカ……さん? 一体何処へ?」
「アリサのその帽子。最近汚くなってないか?」
「え、えぇ……。言われてみれば確かにそうですね。そろそろ新調したいと思っていました」
レンカが向かったのは「帽子屋」だった。もしかして……。と予感したアリサ。その予感は当たった。
「最近大変だったから。今回はそのお礼がしたい。だから、アリサの帽子。今回は俺が買わせてもらえないか?」
アリサが頷くとレンカは好きな色を訊いてきた。アリサは「赤」と答えるとレンカは店員に言った。しばらくすると店員が戻ってきた。手には帽子があった。
「アリサ。被ってみてくれ」
アリサは現在の帽子を外し、店員が持ってる帽子を被った。赤色をベースに茶色のチェックがある。
「お客様、よくお似合いですよ」
「アリサ。どうだ?」
「……はい。コレ、いいと思います。私、気に入りました」
アリサがそう言うと、レンカは満足そうに店員と会計に向かった。アリサは新しい帽子を被り、鏡を見て誇らしげな優しい笑みを浮かべていた。レンカが帰ってくると、アリサは、
「レンカさん。この帽子、絶対に大切にしますね!」
とお礼を言った。レンカは「よかった」とだけ返し店を出た。アリサは気づかなかったが、レンカのその時の顔は……「少し赤く」なっていた。
アリサが「帽子のお礼がしたい」と言ってきたのでレンカは付き合う事にした。アリサが向かったのは服屋。その中の上着の所に向かった。
「私からのプレゼントは上着です。レンカさんこそ、何時も着てる上着、結構ボロボロですよ。変えた方がいいです!」
「あ、あぁ……。わかった」
レンカは上着を色々見て悩んでいた。
約一分後、一着の上着を持ってきた。何時も着てる上着と柄はほぼ同じだった。
「これでいいですか?」
「ああ。同じ感じの柄の方が落ち着いていい」
アリサはそれ以上何も言わずにその上着をお会計に持っていった。そして袋に入れてもらい、帰ってきて袋をレンカに渡した。
「レンカさんも、大事にしてくださいね」
「ああ。わかった。絶対大事にする」
二人とも、大事なプレゼントをしてもらい、久しぶりの日常は終わりに近づいた。
家に戻るとさっそく本を読んでみようとする。椅子に座り机につけてる明かりをつけ、本を開いた。
「さて、読みますか」
〈冒険者サポートセンター〉の前のベンチに一人の老人が座っていた。彼は半日、アリサ達の事を“つけていた”のだ。
「ツキカゲ……お前は一人でやろうとし過ぎなんだよ。……たまには、兄やホシカゲに相談しろよ」
彼はツキカゲ・キグルミの兄、コルマ・キグルミだった。彼は三十年前に聞いた最後の妹の言葉を思い出していた。
『悪いな、兄ちゃん。私は……時を止めるよ。それが、この世界の為なんだ』
「ツキカゲ。ホシカゲは今、七十階層まで行ったらしいぜ。昔あんなにダンジョン行くの嫌だとか言ってた奴が。時は、早いよな」
そう呟くと、彼はベンチから立ち上がり、家のある方向へと歩いていく。
「ホント、あの子は最悪な事してくれちゃったねー。そう思わない? クルル姉」
「……うん。この時代には、レンカさん達がいる。“三十年前”みたいに簡単にはいかない」
クルル・ケトラとマルル・ケトラは暗い路地裏で話していた。
この双子は一体何者なのか。この問題だけが、まだ残っていた。