012 転
魔物はダンジョンだけではなく、街や中央ドームの外にもいる。レベルは低いから、他の街に行きたい時はそこら辺の〈冒険者〉を雇ったりするのが普通となっている。ちなみに魔物の強さはダンジョンで言うと一階から十階の強さ。レベルで言うと一から十の間の魔物がうようよしているといった感じだ。
普段なら結界をはる魔導器具があり、魔物から街を守っているハズなのだが……。
「そう言えばココの結界はる魔導器具、今日点検に出してたんだよなぁ。すっかり忘れてた」
「何でそんな時に〈五塔会議〉なんてやったのよ……」
「仕方ないだろ? 毎年、毎年。八月三十一日にやるって掟があるんだからな。それに今年は偶然にも魔導器具の点検日程が今日だったんだ」
みんなは急いでエスナのいる東側へと向かった。サヤは発言は焦っているような感じだったが、表情は全然焦ってはいないようにアリサは思えた。
ヴァンも焦ってはないように思えた。〈塔支配者〉じゃなくなってからもアリサとは付き合いがあったせいかすぐにわかった。
東側の入り口に着くと、武器であるハンマーを構えてエスナが立っていた。彼女はまたもや他人に聞こえる独り言をブツブツと喋っていた。
「狼やらゴブリンやら。たくさんいるわね。放送しておいたから、〈塔支配者〉様達もここに来ているハズ……。あの方達が来るまで耐えていれば上出来ってトコかしら」
エスナはハンマーを構える。それと同時に魔物の大群が彼女に襲いかかってきた。
「まったく、キーキーうるさいったらありゃしないわねっ!」
エスナは容赦なくハンマーーーエスナの体より大きいーーを地面に叩きつけた。地面にヒビができ、魔物の血が土にベットリとついている。エスナは魔物の血が顔や服についても気にせずにハンマーを振り回す。
「キメラとかはいないのかしら? キメラの血って肌に良いって噂らしいのよ」
一体何処で聞いたのか、変な事を言うエスナ。ちなみにキメラは二十階のフロアボス。いる訳がない。
「いやー 待たせて悪いなエスナ」
「いえ。どうせ後ろで見ていたのでしょう? 先程の私の攻撃、ヴァンジーク様に当たるようにやったつもりなのに……当たらなくて残念だわ」
「エスナの毒舌はキレキレね」
「サヤさんはどうして嬉しそうな顔をしてるのですか……」
「レンカさん。戦えますか?」
「あぁ。……アリサは俺の母さんかよ」
後ろで見ていた〈塔支配者〉達がエスナの前に出た。エスナは気配ですぐにわかっていたそうだ。エスナは一言二言話すと、すぐに魔物の大群の中に突撃していった。
アリサは血がついても戦い続けるエスナに暫し、見とれていた。戦姫の様だった。そんなアリサの目線に気がついたレンカはとある事を教えてくれた。
「エスナはさ、アリサが〈塔支配者〉を辞めた数ヵ月後に管理人になったらしいんだ。本人から教えてもらったんだけどな、エスナはアリサと戦った事があったんだとさ。負けてな、悔しかったらしい。修行して、強くなった。今では〈破壊の女神〉だとかそんな異名がつく位だ」
「そうだったんですか……」
レンカは「本人はその異名、気に入ってるらしいぜ」と言って苦笑いした。アリサもつられて苦笑い。よくよく思い出すと、自分より年下で重そうなハンマーを武器にし、あと一歩の所まで追い詰められた。そんな少女との記憶がある。きっとその少女がエスナなのだろう。
「もしかしたら、今日アリサが来るの嬉しかったんじゃないのか?」
「そうだったら、嬉しいですね」
アリサは再びエスナの方を見る。エスナは先程と行動は同じでひたすら魔物を叩き潰したり、吹っ飛ばしたりしていて、数分前よりも顔や服についてる魔物の血の跡が増えているようだ。
「貴方達のせいで服が汚れちゃったじゃない。だったら〈巨大狼〉を連れてきなさいよ。こう見えて好きなのよ。“狼系の魔物”」
どう見たって貴女が「狼好き」だとは察する事も出来ませんよ。と思わず声に出てしまうが頑張って押さえたアリサ。しかも〈巨大狼〉は七十階フロアボス。さっきのキメラよりグレードアップしていた。どの魔物が好きなのかはっきりしてくれ、と訊きたくなってしまう。
「ちなみに一番は〈妖精女王〉よ。強さも美しさも申し分なし。最高ね」
ここで新たな魔物の名前が出てきた。〈妖精女王〉は人形の魔物で意外に美しい。九十階フロアボスでかなり難易度が高い魔物として、有名である。現〈塔支配者〉でも、〈冒険者サポートセンター〉の社長でも、今は情報屋の男性でも。もう一度戦ったら勝てるかどうかわからないくらいだ。
「エスナさん。戦いながら喋るってかなり難しいんですけど……。凄いですね」
他のみんなも戦っているが、数が多い為中々喋る余裕がない。勿論、アリサもだ。するとエスナはアリサの横にーーさっきの独り言が聞こえたらしいーーきて話す。
「別に。貴女に負けて悔しくって。たくさん努力したらこうなっただけよ」
それだけ言うとまた飛び出して再び魔物を倒していく。アリサも一回深呼吸すると、剣を構えて飛び出した。
約一時間後。魔物を全て倒す事が出来た。意外と早く終わった。〈塔支配者〉達だったからだろう。
「レンカ。大丈夫か?」
「ヴァンか。大丈夫だ」
「ったく。嘘つけ、切り傷が多いのがバレバレだ。それに俺の方が年上なんだから敬語使え」
「敬語は苦手だ。それに傷の方は切り傷だから大丈夫だ」
レンカは大丈夫だと言うが、ヴァンは構わず治療した。周りを見るとみんな疲れているのがわかる。いくら〈塔支配者〉でも、一時間以上の戦闘は大変だろう。
「ルシエ。魔物はどっから来たのか、わかるか?」
「えぇ。東側ですので、この道をまっすぐ行くと……シヴィリアですね」
「シヴィリアか……」
ソーマは何か考えていた。するとルシエは周りをクルクルと見渡すと「あれ?」と呟いた。
「どうしたの、ルシエ?」
サヤが心配そうに訊く。
「アリサさんの姿が見えませんが……」
「えっ。……本当ね」
レンカは少し考える。考え事が苦手なレンカでもこの答えはすぐにわかった。
「アリサはシヴィリアに戻ったかもしれないな。コウタを探すつもりなんだろう」
「ーー! ……アリサ」
シヴィリアの西側。路地裏。二人の男女がいた。
「まさか俺の居場所がバレるなんてな。俺ココから一旦離れようかな」
男の方は「コウタ・リバティ」ーー〈初心者狩り〉のリーダー。
「ココから離れたとしても、すぐに見つけるので意味ないと思いますが」
女の方は「アリサ・アルケミス」ーー〈冒険者サポートセンター〉の社長。
「コウタさん。貴方が魔物を差し向けたのではないのでしょうか。今、結界をはる魔導器具が点検に出されている事を知ったから」
「アハハ。やだなぁ、アリサさん。今、この時代。魔物を従わせる方法は見つかってないんです。いや、違う。“見つけようとしない”んだ。「魔物と共存していくなんて非人道的だ」……とか何とか言っちゃって。腹立ちません?」
「……否定は出来ません。ですが、貴方が今の発言に一〇〇%信じる事も出来ません。貴方なら、やりかねないと私は判断します。ーーあの姉妹を使ってでも」
するとコウタの目が一瞬鋭くなったのを感じた。アリサはもう一度コウタの顔を見たが、すぐにいつもの笑顔に戻っていた。勘違いだったのだろうか。
「……アリサさんは、俺がやったと言ってますが。それは会議で俺たち……〈初心者狩り〉が議題だったからじゃないんすか?」
「それは。そうです」
「だったら、それはアリサさんの勘違いです。それだけです」
コウタは「じゃ」と言い、去ろうとした。アリサはせめてこれだけ伝えようと叫んだ。
「コウタさんの……いえ。〈初心者狩り〉の事は、私とレンカさんに一任されましたっ。絶対に……貴方達を捕まえ、貴方の考えている事は間違っているって。証明してみせます!」
コウタは、最後にアリサに向かって手を振った。しばらくすると、コウタの姿は見えなくなっていった。アリサは中央ドームに戻ろうと、東側出入り口に向かった。
アリサが出入り口についた時には夕方になっていた。すると、出入り口に誰か人影が見えた。ーーその人影は、レンカだった。
「魔物の後片付けはエスナが担当。怪我人はいたが全員軽傷。俺たち〈塔支配者〉は帰還を許可された。……こんなところか」
「すみません。勝手に出ていってしまって」
「いや。別に気にする事じゃない。どうせコウタを探しに行ったんじゃないのか」
「……はい。あの、レンカさん」
レンカには結局バレバレだった。アリサはレンカを呼ぶと一呼吸おいてから、言った。
「お話したい事があるので。近くのカフェ、行きませんか」