001 起
「リベール」と呼ばれる世界。色んな街があり、大きな街には「ダンジョン」と呼ばれる塔がある。そのダンジョンを攻略して回るのが〈冒険者〉と呼ばれる存在がいる。そんな〈冒険者〉をサポートするのが「冒険者サポートセンター」。略して〈BSS〉だ。
リベールで一番大きな街「シヴィリア」。〈BSS〉「シヴィリア本店」にて何やら揉め事が起きていた。二人の男が言い争っていて、どうやら「アイツが俺の先に割り込んできた」とか「コイツがボケッとしてるから悪いんだ」とか。大人としてはどうしようもない事で喧嘩をしていた。そんな二人に近づく女性が一人いた。
「ベロットさん、キリュウさん。うるさいです。少しは周りの人の事を考えてください」
言った途端にその彼女は二人に回し蹴りをした。二人は壁まで吹っ飛ばされた。周りの人達は何故か盛り上がっていた。
「でたーっ! アリサ・アルケミスちゃんの回し蹴り!」
「今日もカッコ良く決まってたねぇアリサ!」
「すげーっ!」
肩まである白い髪に薄い肌色の肌に青い瞳。白の服に赤いミニスカートを着て黒のストッキングを履いていた。さらに黒のブーツに赤の帽子を被った女性ーー「アリサ・アルケミス」が二人の間に歩いていく。
彼女はこの「冒険者サポートセンター」を設立させた、言わば社長に値する存在だ。勿論、彼女も〈冒険者〉である。
「次、何か揉め事を起こしましたらお二方のご依頼はどんな事であろうと受理しませんので。悪しからず」
「わ、悪い……」
「すまなかった」
彼女が出てきた事によりすぐに揉め事は解決される為、周囲の人達はアリサの事を頼りにしていた。
すると建物の扉が開いた。またもや依頼人かと思ったが違った様だ。
黒い髪に少し黄色がある黒の目。左手に黒のフィンガーレスグローブ(五本指が出てる革手袋)、白のTシャツに緑の薄い上着に黒のズボン。黒のブーツを履いた青年がいた。
「アリサ、今回も素材集めか?」
「えぇ。ニッカさんからまた素材集めの依頼がきましたので……」
彼は「レンカ・クロヴィン」。特にギルドなど所属していないフリーの〈冒険者〉で、アリサがダンジョンに行く際いつも一緒にダンジョンに行く相棒みたいな存在だ。
ダンジョンに入る前にアリサは依頼の素材をレンカに説明する。
今回依頼してきた人物はニッカと言う鍛冶屋の人間。〈職人〉と呼ばれる人だ。〈職人〉と呼ばれる彼らは武器や防具を造って売る人達の事で、決して〈冒険者〉と同じくダンジョンに入ったりはしない。
その〈職人〉のニッカから依頼されたのは〈塔〉・五階層にいるある魔物を倒すとドロップされる素材アイテム、〈小さな魔石〉を手に入れる事だ。どうやら初心者用に造る武器に必要な素材らしい。
ちなみに金貨(この世界のお金)はこちらで決まっており、簡単な依頼だと金貨十枚、難しいのだと金貨五十枚まで上がる計算となっている。
「ノルマは十個。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。さっそく行こう」
二人は自分の武器を持ちダンジョンの中に入っていった。
ダンジョンの一階層~五階層の中は初心者用となっており、かなりレベルの低い魔物が集まっている。ランク・レベル共に低く、大きさも小さいのが殆ど。中にいる〈冒険者〉も九割が初心者の人達だ。
二人は目的の魔物がいる五階層に向かった。するとさっそくいた目的の魔物。〈ゴブリン・パワー〉……攻撃力に特化されたゴブリンで手に持っている武器が普通のゴブリンは木の棍棒に対してこのゴブリンは何故か金属バットだ。本当に武器に関して謎があるゴブリン。確かに金属バットは当たるととても痛いが、そもそもそんなバットを振り回すだけの単純な攻撃が二人に当たる訳もなく、さらっと避けて一撃で倒した。
ゴブリンは泡となって消え、地面には目的の素材〈小さな魔石〉が一個落ちていた。さらに金貨二枚も一緒に落ちていた。
「この金貨はレンカさんがどうぞ」
「……わかった。毎回悪いな」
ドロップされた物で目的外のアイテムや金貨は全てレンカが貰っていた。初めはレンカもかなり悪いと受け取ろうとしなかったが、「金貨は前払いで貰っているし、素材はレンカさんが持っておいた方が後々良いですから」とのアリサの一言で渋々最近受け取っていた。
すると八個集まった時、大きい叫び声が奥の方から聞こえた。二人は急いで声がした方向へと走った。
そこにいたのは大人の男性二人。剣一人と槍一人。それに泣いている少年がいた。その少年の横の地面には血の跡があった。二人は泣いている少年と血の跡で大体の事情はわかった。
「〈初心者狩り〉ですか……」
「初心者〈冒険者〉を殺して何がいいのかさっぱりだ」
二人の余裕そうな態度に腹が立ったのか剣の方の男がこちらに突っかかってきた。
「おいおい、そこの兄ちゃん。何がいいのかって? 見ろよ、あのガキ泣いてるだろ? それが面白いじゃんか!」
かなりの外道っぷりに腹が立ったレンカ。武器を握りしめ前へと出る。それを見たアリサも武器を軽く握り直し、前へと出る。男二人は余裕そうな顔をしていたが、二人の武器を見た途端表情が一変した。急に顔色が悪く、青ざめていた。それは、二人の持ってる武器が、二人が「何者」なのかを思い出したからだった。
「お、おい。まさかアンタら……〈塔支配者〉か!?」
「まぁ……私は“元”ですけれど」
「今は俺がやってる」
〈塔支配者〉とはダンジョンを最上層の百層までクリアし、さらにその時点での〈塔支配者〉を倒す事で得られる称号だ。街ごとにダンジョンがあるため、現在の〈塔支配者〉であるレンカは言うなれば「シヴィリアのダンジョンの〈塔支配者〉となる。アリサもここの“元”〈塔支配者〉であり、その「証」を持っている。
「証」とは、剣と銃と盾が合体となっている珍しい武器だ。マスターの地位じゃなくなってもその証は武器として使用する事が出来る。
〈塔支配者〉は街から出られない代わりに、マスターじゃなくなるまでは裕福な暮らしが約束される。〈冒険者〉にとっては一度なってみたいランキング一位ダントツの地位なのだ。ダンジョン管理もマスターの義務となる為、面倒だと言う人もいる。憧れる地位であると同時に、こういう〈初心者狩り〉の人達にとっては恐れられる存在でもあるのだ。
「お、覚えてろよ~!」
まだこちらは何もしていないのだが、男二人は三流の悪者みたいな捨て台詞を言って逃げた。だが、レンカはたったの一蹴り地面を踏み前へと飛び男二人に追い付いた。
「〈塔支配者〉として、お前らを捕まえる」
それだけ言うと剣を片手で構え、思いっきり振り男二人を吹っ飛ばし気絶させた。……勿論、峰打ちにした。
その後、男二人はシヴィリアの警察へと連行し、後は警察の人に任せる事にした。あの泣いていた少年からは、アリサの目的だった(彼女は依頼の事はすっかり忘れていて、後二つ足りない事に今気づいた)〈小さな魔石〉を二個くれた。これで十個溜まりここでレンカとは別れ、依頼人のニッカがいる工房へと向かった。
「ニッカさんいます?」
「あぁ、アリサ。こっちこっち」
工房に着くと何人もの男性が剣やら槍やら造っていた。その中にたった一人銀髪に動きやすい服装をしている、二十歳にして何人もの鍛冶屋〈職人〉を束ねる〈工房長〉をしている「ニッカ・グレミィ」がいた。アリサは来る度に「その服装で安全なのか?」と「女性一人しかいなくて寂しくないのか?」と聞きたくなるが、折角依頼をくれたから変な事を聞くのは止めようと結局いつも聞かないでいた。
「〈小さな魔石〉十個手に入りました。どうぞ」
「ありがとー! 結構簡単だったでしょ? でも、今日は珍しいよね、報告しに来るのいつもはもう少し早いのに」
ニッカの依頼を受注したのは午前九時三十分。いつもならこのくらいの依頼、二時間(長くても四時間)で終わり、すぐに彼女の元へアリサが報告するといった感じなのだ。
だが、今回は〈初心者狩り〉の一件もあり、少しどころか大幅に時間をかけてしまい報告に来たのは午後十七時二十分。約八時間以上も経過してしまった。
「また〈初心者狩り〉か……最近多いよね」
事情を説明するとニッカは少し険しい顔をして言った。アリサも静かに同意したのか軽く頷く。
最近一階から五階層にかけて〈初心者狩り〉が事件を起こす件数が多くなっている。いくら〈塔支配者〉のレンカが定期的に見回っていても、一向に件数は減るどころか増える一方なのが今の現状だ。
「もしかして、そいつらがいるアジトみたいな所があるのかもね」
「……ニッカさん。私に……依頼してくれませんか? ーー」
思わずニッカは「え!?」と驚いてしまった。アリサは仕事の立場上、そういうのに首を突っ込んではいけない。だが、依頼が来た場合は別だ。
「金貨は入りません。報酬は……私とレンカさんの武器を点検してください」
「もしかして、レンカも?」
「はい」
イヤホン型通信装備アイテムを使い、レンカに事情を説明すると彼は迷わず「協力する」と答えた。ニッカも腹をくくったのかこの事に協力してくれる事になった。
ーーニッカさん。私とレンカさんに依頼してください。“〈初心者狩り〉をぶっ倒せ”と。
翌日、ニッカからの依頼を受注し「しばらく顔を出せない」とセンターの皆に言っておいた。その後、シヴィリアの広場でレンカと待ち合わせをしており、先に行って待っていようと走っていた。すると横の路地裏から嫌な気配が急に感じられた。アリサは瞬時に後ろに下がり、その嫌な気配がした路地裏を見た。
「いやぁ~ 光栄だな。まさかこんな路地裏であの〈BSS〉、「冒険者サポートセンター」社長。アリサ・アルケミスさんに出会うなんて」
(ーー! 今、この路地裏にいたハズじゃ……!)
後ろから声が聞こえ振り向くと歳が同じくらいの青年がいた。両手に黒のフィンガーレスグローブをつけ、頭に黄色のバンダナ。茶色の髪と目。白のノースリーブパーカー(チャックはしてない)、黒ののTシャツに黄色のインナー、オレンジの半ズボンというかなり動きやすい服装だった。
「……貴方は? 一体何者なのですか? さっき貴方はこの路地裏に!」
「うーん、今は言えない。でもまた会える。その時言うよ。……そうだな、名前くらいは言っとこう。オレはコウタ、「コウタ・リバティ」……よろしく!」
彼……コウタは満面の笑みで名を言うと普通に歩いて去って行った。「彼は一体何者なのか?」考えたいのだが今は考えても待ち合わせの時間に遅れそうだったので、とりあえず広場まで走る事にした。
到着したのは待ち合わせ時間のおよそ二分前。広場の中央にある噴水の側にあるベンチに座って待っていたアリサ。今、彼女は二つの事で悩んでいた。「二分前で大丈夫だったか?」と「先程の彼は本当に何者なんだ?」の二つだった。
本来なら五分前には待ち合わせ場所にいるのだが、以前従業員の歳上女性に「付き合っている人じゃないんだから別に五分前に着こうとしなくたっていいじゃない」と言われた事があるが、どうもこれが癖となってしまい、結局レンカと初めて会った時から二年経った今でもこの癖は抜けないでいた。