6 VS煉獄阿修羅
真紅の龍王機は両手両足を切断され、胴体だけになって横たわっていた。
「シエラ……!」
一瞬で倒された彼女の愛機に、冥は戦慄を隠せない。
無論、シエラが弱いわけではない。
彼女は一流の乗り手である。
しかもコーデリアとの戦いを経て、新たな力に覚醒した。
烈炎龍心眼。
冥にはわずかに劣るが、彼に限りなく近い精度で相手の動きを先読みする力。
その彼女をもってしても、防ぐことも、見切ることもできなかった斬撃──。
「第八世代機……か」
冥は左右のレバーを握り直した。
じっとりと両手が汗ばんでいるのが分かる。
「どうした、かかってこないのか?」
アッシュヴァルトが告げる。
煉獄阿修羅は六本の腕に剣を構え、ゆっくりと近づいてきた。
「……!」
冥は慎重に間合いを測る。
うかつには動けない。
正面からまともにぶつかるのは論外だ。
パワーの差で吹き飛ばされるのが、目に見えている。
逃げながらのヒット&アウェイ戦法を取ったとしても、スピードの差で確実に追いつかれる。
そのまま不利な体勢に持ちこまれるだけだ。
(──なら、見切るしかない)
煉獄阿修羅の一挙手一投足を。
相手の動きの先を──その先まで読み、先手を打って仕留める。
でなければ、やられる。
それほどの、性能差。
「では、こちらからいくぞ。軽く──な」
煉獄阿修羅が六本の腕を掲げた。
閃光が、奔る。
先ほどサラマンドラを一瞬で倒した、超速攻撃。
「くっ……!」
信じられない速度で迫る攻撃を回避できたのは、冥の先読み能力──龍心眼ならではだった。
敵の攻撃のタイミングを、軌道を、完璧に読み切り、相手よりも先に動いて回避する。
六つの刃がエルシオンの周囲をかすめ、突風に似た衝撃波を生み出した。
それらをかいくぐるようにして、冥は前進する。
煉獄阿修羅の懐まで入りこみ、両手の剣を繰り出した。
「ぬるい」
が、煉獄阿修羅は避けようとすらしない。
エルシオンが出力全開で突き出した二本の剣は、敵機の装甲にあっさりと跳ね返された。
「斬れない──」
「パワーやスピードだけではない。装甲強度も、今までの龍王機の比ではない」
アッシュヴァルトが冷然と告げる。
「お前の機体では、たとえ斬撃を直撃させたところで──我が愛機を傷付けることはあたわぬ」
言うなり、煉獄阿修羅がふたたび攻勢に転じた。
「くうっ……」
冥は慌てて愛機を下がらせる。
(速い──それに、重い……! 受けることも、できない……っ!)
第七世代機相手ですら、かすっただけでも吹き飛ばされるほどのパワー差があったが、第八世代機である煉獄阿修羅はそのレベルすら超えていた。
攻撃の際に発生する衝撃波だけで、エルシオンの装甲が、フレームが、関節部が、ぎしぎしと嫌な音を立てて軋む。
こうして相対しているだけでもバラバラになってしまいそうだ。
と、
「……ごめんなさい、勇者さま」
声は、後方から聞こえた。
四肢を切断され、倒されたサラマンドラからシエラが降りてきたのだ。
ユナとともに、後方で待機している。
待機して、見守っていた。
不安げに、心配そうに──冥の戦いを。
「大丈夫だよ、シエラ。それにユナも」
二人を安心させるために、冥は力強く告げた。
「こいつは、僕が倒す」
根拠なんてない。
だが、やるしかない。
この場で戦えるのは、彼だけなのだから。
勇者として──。
「どうした、攻撃してこないのか?」
アッシュヴァルトが悠然とたずねた。
見下しているわけではない。
侮っているわけでもない。
ただ冷静に機体のスペック差を把握し、一手一手確実に勝てる手を打とうというのだろう。
その証拠に煉獄阿修羅は決して無理に前へ出ようとはしない。
フェイントを織り交ぜた牽制主体の攻撃で、エルシオンを近づけさせず、発生する衝撃波で少しずつこちらを削ってくる。
「猪突猛進は私の好むところではない」
アッシュヴァルトが告げた。
「勝つための最善を積み重ねることこそ、我が戦い」
「……嫌なタイプだな」
冥が現実世界で王者として君臨していたロボット格闘ゲームでも似たようなタイプはいた。
彼がもっとも苦手としていたタイプだ。
そんな相手を突き崩すには、ただ一つ。
「虚を突く──それしか、ないっ」
フットペダルを踏み抜く勢いでエルシオンを急加速させる。
「苦しまぎれの特攻──ではないな」
アッシュヴァルトが小さくうなった。
「狙いがなんであれ、パワーもスピードも違いすぎる。無駄なあがきだ、勇者」
冥はかまわずエルシオンを加速させる。
もちろん、破れかぶれになったわけではない。
だが、確かな勝算があるわけでもない。
どくん、と心臓が激しく鼓動を打つ。
(やれるか、あれを)
冥は集中を深めた。
今までよりも、さらに。
さらに、さらに深く。
そして思い出す。
第一層で、魔族メリーベルと戦ったあのときを。