3 VS鋼鎧鬼
「勇者よ、貴様の命──このギラスと鋼鎧鬼が貰い受ける!」
洞窟を突き崩して現れたのは、巨大な龍王機だった。
名前の通り、鋼鉄でできた鬼のようなデザイン。
手にした金棒といい、東エリアで戦った龍王機に似ている。
あるいは同系列機かもしれなかった。
「ギラス……確か第三層の筆頭魔族か」
冥は険しい表情で眼前の龍王機を見据える。
エルシオンやサラマンドラが載せられた輸送トレーラーは敵機の向こう側だ。
どうやって敵をかいくぐり、愛機の元までたどり着くか──。
「行け」
が、そんな逡巡をあっさり裏切り、ギラスが告げた。
「えっ、いいの?」
「龍王機にも乗っていない相手を一方的にいたぶるなど、武人の名に傷がつく! このギラス、勇者と一対一──正々堂々の勝負を所望する!」
そういうタイプらしかった。
「ど、どうも……」
半ば呆気にとられつつ、冥たちは敵機を素通りしてトレーラーまでたどり着く。
「なんか相手は正々堂々と戦おうとしてるみたいだし、僕一人で行っていい?」
勇者と一対一で戦いたい、と言っていたことを思い出す冥。
「うーん、確かに他の魔族は量産型が護衛でずらっといたけど、あいつは単機だし……二対一だとちょっと気がひけるかも……」
と、シエラ。
「何を甘いことを言っているのですか。勝たなければ意味がありません」
ユナが案の定、険しい顔になった。
「大丈夫、勝ってくるから」
冥はにっこりと笑う。
「……もう」
ユナはため息をついた。
「信じていますよ」
それ以上は言わずに、じっと見つめる。
よかった、納得してくれた。
内心でホッとしつつ、冥はうなずいた。
「任せて」
冥はエルシオンに乗って、ギラスのフルメタルオーガと対峙した。
「お待たせ。勝負だ」
シンプルに、告げる。
「一対一の勝負を引き受けてくれて、感謝する」
と、ギラス。
まっすぐな性格のようだ。
どうせなら人々を虐げないでくれるとありがたいんだが。
冥は内心でつぶやくが、
「貴様を倒し、仲間の女も倒し、その後は反抗した人間どもをみな殺しだ」
やはり魔族は魔族、ということらしかった。
確かに正々堂々としているし、性格もまっすぐかもしれない。
だがその本性は破壊と欲望に満ちている。
人間が悪堕ちしたタイプはともかく、純粋な魔族はやはり──人間とは相容れぬ敵なのだ。
冥は相手の印象を変え、あらためて闘志を燃やした。
「なら僕は、お前を倒してこの階層を解放する」
「無理だな」
うそぶくギラス。
「人間ごときにこの俺は負けん。万が一、敗れたとしても、俺の後にはまだあのお方が控えている──」
「あのお方……?」
「おしゃべりの時間は終わりだ。ここからは互いの得物にて語り合おうぞ!」
ギラスの叫びとともに、オーガが巨大な金棒を構えた。
──そして、戦いが始まった。
「速い──」
冥は小さくつぶやいた。
単純な機体性能だけではない。
相手の間合いを計り、微妙なフェイントを交えて飛びこむタイミングの取り方。
攻撃の軌道を読みづらくする、変則的なモーション。
さらに牽制の火器の使い方や、複数のスラスターで機体を上手く振り回したり、と十分に一流の乗り手だった。
だが、相手の動きはすべて見えていた。
冥の龍心眼の前には──。
「そこだ」
静かに、剣を振り下ろす。
ちょうど相手からその切っ先に突っこむような形で、オーガの右肩装甲が斬り飛ばされた。
「こ、こいつっ……なんで俺の動きが──」
見える。
今までよりも、さらに高い精度で。
さらに鮮明に。
冥は、自身の集中力が常ならず増しているのを感じていた。
第一層からここまで戦いを重ねることで、龍王機同士の戦闘に慣れてきたこともある。
だが、それだけではない。
(そうか、これが──)
第一層の最後の戦いで、強敵メリーベルと戦った際に会得した領域。
『覇王の領域』。
俗に言う無我の境地である。
究極の集中状態に入ることで、自身の能力を百パーセント発揮することができる。
(僕は、それに……立ち入りつつあるのか)
オーガがさらに金棒を振るう。
冥はほとんど無意識レベルで、レバーを、ペダルを、操り──易々と避けてみせた。
反撃の剣で、オーガをカウンター気味に吹き飛ばす。
(いける──)
手ごたえを感じ、レバーを握る両手に力が入った。
今はまだ、自由自在に使いこなすことはできない。
あのときも、半ば偶発的にその領域に入ったにすぎない。
だが、もしも意図的に『覇王の領域』を使いこなせるとしたら──。
もはや、どんな魔族が現れようと、どれほど高性能の敵機が襲ってこようとも。
冥の、敵ではない。