1 快進撃の始まり
──第二層の四つのエリアから取り戻した紋章を使い、魔族に堕とされた人々は浄化され、無事に元に戻ることができた。
第一層に続き、第二層も人の手に戻ったのだ。
だが、魔族に支配された階層はまだ六つもある。
冥たちは階層同士をつなぐ亜空間通路──『レムリアの道』を通り、第三層へとやって来た。
「神様」
「神様」
「ようこそ神様」
「えーっと……どうすればいいんだろ、これ……」
自分たちを取り囲む村人に、冥は戸惑いを隠せなかった。
いずれも腰布一つ身に着けただけの、石器時代の原始人のような格好をした村人たちだ。
──冥たちが降り立ったのは、第三層の辺境の村だった。
東西南北の四つのエリアの内の南エリアにあたる場所だ。
第三層とは、恐竜が闊歩する古代の地球のような世界である。
あちこちで火山が噴火する灼熱の地。
人々は原始人レベルの文明を築き、暮らしていた。
そして、どうやら──龍王機を操る者は、彼らにとって神様らしい。
正確には『龍王機=神』であり、その乗り手は神の使いなのだそうだ。
輸送用のトレーラーに載ったエルシオンとサラマンドラを見て、彼らはそれを神様だと認識したようだ。
というわけで、冥とシエラは彼らから神の使いとして崇められているのだった。
「あはは……」
冥は苦笑いを浮かべて、村の人々を見ている。
隣を見れば、シエラも似たような表情だった。
ちなみにエルシオンの修理はようやく終わり、これからはシエラと二人で戦うことができる。
と──、
「貴様らが、勇者一行か!」
怒号とともに現れたのは、このエリアを支配する魔族とその兵たちだった。
「よりにもよって我ら魔族の大敵であるそいつらを神の使いだと!? ええい、許さんぞ!」
がなり立てる魔族。
「ひ、ひいい……」
村人たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
「大丈夫。僕らが守るから」
冥が凛と告げる。
「これで魔族を倒したら、ますます崇められちゃうね、あたしたち」
シエラがにっこりと笑った。
「『神様の使い』なんだし、悪い魔族は追い払わないとね」
冥も悪戯っぽく微笑み、返した。
「……なんだか二人の世界を作ってませんか」
ユナは心なしか憮然とした表情だ。
「あ、ユナちゃんヤキモチ焼いてる。かわいー」
「ち、違いますっ。私は嫉妬なんて、そんな……」
たちまちユナが泡を食ったように両手を振る。
その顔が真っ赤だった。
「で、ですが、私だって冥のことを……いえ、その、シエラと距離が縮まったように見えると、やはり焦るといいますか、あの、その……」
切れ長の青い瞳は左右に泳ぎまくり、腰まで届く美しい桃色の髪を意味もなく何度もかき上げている。
日ごろはクールビューティなユナらしからぬ慌てぶりだった。
だけど、そんな表情が凛々しいお姫さまではなく、年ごろの女の子の素の部分を見ているようで、なんだか楽しい。
(……なんて和んでる場合じゃないな)
今は魔族から村人たちを守ることが先決だ。
「久しぶりに──いくよ、エルシオン」
冥は輸送トレーラーに横たわる愛機へ呼びかけた。
「またよろしく頼むよ、エルシオン」
冥はコクピットに入ると、愛機にあらためて告げた。
ヴン……とエルシオンの瞳が光る。
まるで独自の意志を持つように、主の声に応え、全身を震わせる。
冥はレバーを握り、エルシオンを起動させた。
翼を備えた、白い騎士を思わせる優美な機体。
その装甲には傷一つなく、まるで新品のようなきらめきを放っている。
第二層でコーデリアの不意打ちを受けて破壊された愛機は、すでに完全に直っているようだ。
以前と変わりなく、スムーズに動作する。
滑らかな機械音とともに上体を起こし、トレーラーの巨大な荷台から降りた。
ほぼ同時に、隣にサラマンドラが並ぶ。
「ふん、二対一であろうと人間ごときが、我ら魔族に敵うと思うなよ!」
前方では、魔族が自らの龍王機に乗りこみ、威勢よく叫んでいる。
二本の角を生やし、金棒を手にした鬼のようなデザインの龍王機だ。
全体的にずんぐりとした形状で、腕も足も太い。
おそらくはパワー主体の戦い方をするのだろう、と冥は当たりをつけた。
「スピードでかき回そう。僕は右、シエラは左。いける?」
「いつでも!」
シエラに呼びかけると、彼女らしい元気な声が返ってきた。
「じゃあ──片づけるよ」
冥はフットペダルを踏みこみ、エルシオンを発進させた。
同時にサラマンドラもバーニアを吹かして突進する。
冥は右から回りこむように。
シエラは逆側から。
「ちいっ!」
魔族の龍王機が迎撃態勢に入るが、
「見えてるよ──すべて」
龍心眼。
未来予知にも匹敵する冥の先読みにかかれば、相手の動きが手に取るように分かる。
どの方向から、どのタイミングで、どこを狙って──攻撃してくるのか。
すべてが、視える。
冥は、敵機が振り下ろした金棒を紙一重で避けてみせた。
カウンターの斬撃をすかさず叩きこむ。
敵機が大きくよろめいた。
「ぐおっ……!? 旧型が、なんてスピードだ──」
魔族が戸惑いの声を上げた。
正確にはスピードによるものではない。
相手の動きをすべて見切ることのできる冥は、最小限の動きで攻撃を避けることが可能である。
そして最速で反撃することができるのだ。
冥のエルシオンと、敵の最新鋭機の性能差を埋めるほどの速度で。
「シエラ、とどめだ!」
「任せてっ」
体勢が崩れた敵機に向かって、シエラのサラマンドラが突進する。
各部に装備されたエネルギーパックがはじけ飛び、最高速まで一気に加速。
烈炎槍破──。
摩擦熱による炎をまとった槍撃が敵機を貫き、沈黙させた。