9 勝利と解放のとき ~第二層編エピローグ~
冥の眼前で、サラマンドラとアックスケルの戦いは終盤に向かっていた。
敵機の持つ巨大な斧が縦横に旋回する。
第七世代機の圧倒的な性能を活かした嵐のような連撃──。
そのすべてがサラマンドラの前にかすりもしなかった。
「ど、どうして……私の攻撃が当たらない……!?」
ヌフィーダが動揺の声をもらす。
「パワーでもスピードでも圧倒しているはずなのに──」
確かに第七世代の性能は圧倒的だ、と冥は思う。
たとえば、アックスケルと戦っているのがエルシオンなら、一撃を食らっただけでも……いや、かすっただけでも下手をすれば致命的なダメージを受けかねない。
シエラのサラマンドラはエルシオンよりも性能は上だが、それでもアックスケルのパワーやスピードには抗しきれないだろう。
だが、それも攻撃をまともに食らえば、の話である。
どれほど強烈な攻撃も、当たらなければ何の意味もないのだから──。
そしてサラマンドラは、相手の斧の軌道を読み切り、すべてを避け、あるいは槍でいなしていた。
連続して全開機動しているせいか、アックスケルのほうは各部から白煙を吹き始めている。
パワーとスピードが強大だからこそ、機体にかかる負荷もまた大きくなる。
そろそろ、限界が近いのだろう。
(今だ、シエラ)
攻め時だと判断した冥の内心に呼応するように、
「性能だけで決まるわけじゃない、って言ったでしょ」
告げて、シエラが自機を突進させた。
迎撃の斧を紙一重でかいくぐり、すれ違いざまに槍の一撃。
その一撃で、勝負はついた。
相手の動きを正確に見切り、動力部だけを貫いて動きを止める。
シエラの、勝利だ。
「強い──」
冥は頼もしい気持ちで仲間の少女を、その愛機を見上げた。
以前、シエラとは模擬戦で戦ったことがある。
そのときは冥が圧勝したのだが、今戦えば、あるいは結果は分からないかもしれない。
本当に強く──強く成長した。
「やったよ、姫さま、勇者さま!」
サラマンドラから降りてきたシエラが冥に抱きついてきた。
「う、うわわ、シエラ……!?」
豊かな胸が思いっきり押しつけられている。
甘い吐息が頬のあたりをくすぐり、ドキッとなった。
以前に触れたことのある、彼女の瑞々しい唇がすぐ間近にある。
「あ、ごめん、つい……」
慌てたようにシエラが体を離し、ぺろりと舌を出した。
「本当に積極的になりましたね……」
ユナがじとっとした目で冥とシエラを見つめている。
「負けないからね、あたし」
「私だって譲りません」
美少女二人がばちばちと視線の火花を散らした。
「あ……ははは……」
彼女たちに挟まれる格好となった冥は、苦笑をもらすしかない。
「ともあれ、今は第二層の解放が先です。進みましょう」
ユナの言葉に、冥とシエラは力強くうなずいた。
※ ※ ※
「これはアッシュヴァルト将軍! ようこそお越しくださいました!」
第三層の東エリアを治める魔族──ギラスは直立不動でアッシュヴァルトを出迎えた。
武人らしい剛毅な顔立ち。
身に着けた重厚な甲冑。
彼はアッシュヴァルトの直弟子の一人である。
当然、武人としての腕前も、龍王機を操る腕前も一流。
またこの第三層を治める四人の魔族の筆頭格でもある。
「勇者を討ちに来た」
アッシュヴァルトは単刀直入に告げた。
余計な挨拶も、社交辞令も必要ない。
その言葉は闘志に満ちあふれていた。
同時に、強き者と戦える喜びに満ちあふれていた。
血がたぎるようだ。
何年ぶりだろうか。
戦いの喜びに、全身の血肉が震え、踊る。
「将軍自らが……」
驚いたようなギラス。
無理もない。
アッシュヴァルト自らが討伐に向かう敵など、そうあることではない。
逆に言えば、彼が自ら出向くというのはよほどの強敵に限られるのだ。
「奴はそれほどの脅威となっている。その仲間の女もな。ゆえに私自らが魔王陛下に進言した」
と、アッシュヴァルト。
「では、俺では勇者には勝てぬと」
「そうだ。たとえお前でも勇者には届かぬ」
社交辞令は無意味である。
アッシュヴァルトは素直に自分の意見を言った。
「……将軍がそう仰せなら、そうなのかもしれません」
ギラスの顔が悔しげに歪む。
師であり上官でもあるアッシュヴァルトの言葉は、彼にとって絶対のはずだ。
それでもなお武人としての矜持が、その言葉を認めがたく感じているのだろう。
その意気やよし、とアッシュヴァルトは内心でつぶやく。
「とはいえ、それは私の見立てに過ぎん。戦うというなら止めはしない」
「無論です。将軍の手をわずらわせはしません!」
ギラスはふたたび直立不動になった。
「勇者もその仲間も、この俺がまとめて討ってご覧にいれます!」
威勢よく叫ぶ。
とはいえ、その顔はわずかにこわばっている。
すでに第一層と第二層が落とされたことは、彼も聞き及んでいるのだろう。
「心配するな。お前が討たれたときは、私が仇を討つ」
アッシュヴァルトが静かに告げた。
「世界で唯一の第八世代龍王機──まさしく究極の機体である煉獄阿修羅が、な」
間もなく第三層にやってくる勇者と、それを迎え撃つ魔界最強の龍王機と──。
第三層における死闘が、いよいよ幕を開ける。
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