8 VS髑髏の斧
第二層最後のエリア──南エリア攻防戦は大詰めに入っていた。
シエラのサラマンドラが魔族の基地を強襲。
魔族兵の量産機をまとめて片付け、冥たちは中枢部まで侵入することができた。
そこに立ちふさがったのは、一体の巨大な龍王機だった。
「ふぅ~。噂の勇者ではなく雑魚一人で攻めてくるとは舐められたものね」
髑髏を模した頭部に、骨のようなパーツで構成された胴体部。
さながら髑髏の戦士といった外見である。
手にした得物は身の丈を越える巨大な斧。
「このヌフィーダと髑髏の斧の敵じゃないね、ふぅ~」
低血圧のような物憂げなため息とともに、魔族ヌフィーダが告げる。
対するは、赤い龍王機──。
シエラの駆るサラマンドラだった。
冥のエルシオンはまだ修理が終わっておらず、彼女一人に任せることになってしまった。
とはいえ、シエラの機体も数日前にコーデリアと激戦を繰り広げたばかり。
決して万全の状態とはいえない。
機体の修理や整備を進めたうえで、この第二層最終エリアを攻めるという選択肢もあった。
むしろ、そちらのほうが勝算ははるかに高い。
だが、第二層の人々を少しでも早く魔族から解放したい、とシエラ自身が申し出たのだ。
今の自分なら、傷ついたサラマンドラでも戦える、と──。
「シエラ……」
「大丈夫だよ、勇者さま。ここはあたし一人でやる」
サラマンドラからシエラの声が響く。
自信に満ちた、けれど決して過信はしていない、凛とした声。
冥は、操縦席にいる彼女のことを思い浮かべた。
胸が甘酸っぱく疼く。
──前回の戦い以来、彼女の雰囲気は変わった。
自分の想いを素直に、冥に打ち明けたことによるものか。
明るい美貌はよりまばゆく、キラキラと輝いてみえた。
数日前、彼女と交わしたキスの記憶がよみがえり、冥の頬を熱くする。
「……ここは戦いの場です。余計なことは考えないでくださいね、冥」
隣でユナがムッとしたように注意した。
「もう……シエラとこの間、何があったんでしょう……うう」
と、何やらぶつぶつ言いながら拗ねたような顔になる。
「わ、分かってるよ」
その迫力に気圧されつつ、冥はサラマンドラに視線を戻す。
ともあれ、冥にできるのは彼女の戦いを見届けることだけだった。
自分に何もできないのは歯がゆいかぎりだが。
「信じてるよ、シエラ。君の強さを」
そして、勝利を──。
戦いが、始まった。
「ふぅ~、遅いねぇ」
アックスケルは巨体に似合わぬスピードで、シエラの機体を翻弄する。
「そして軽いねぇ~」
繰り出した斧の一撃がサラマンドラを吹き飛ばす。
パワーでもスピードでも、相手が圧倒していた。
「あの動き──普通の龍王機とは違う」
「おそらくは第七世代の機体でしょう」
うめく冥にユナがつぶやく。
現在のクレスティアで最強かつ最新の龍王機──それが第七世代の機体だ。
単純な機体性能なら相手が上。
ならば、後はシエラが技量でその差を埋め、凌駕するしかない。
「ふぅ~、スペックが違いすぎて勝負にならないみたいだねぇ」
ヌフィーダが嘲笑した。
「確かに性能は段違いみたいだね」
と、シエラ。
「でも性能だけで決まるものじゃないよ。龍王機の勝負は」
「強がりを……言ってるんじゃないよっ」
シエラの言葉が癇に障ったのか、ヌフィーダが怒声を発する。
同時に、アックスケルが駆けた。
今までに倍する速度で。
第七世代機の性能を全開にして、一気に勝負を決めるつもりだろう。
「潰れて消えろ、雑魚め!」
高い性能をいかんなく発揮した高速突進からの、超パワーによる渾身の一撃。
シンプル極まりない──だからこそ防ぐのも避けるのも難しい一撃だ。
「えっ……!?」
その一撃を、サラマンドラは易々と避けた。
「き、消え──」
「こっち」
告げたシエラの声とともに、サラマンドラの槍がアックスケルの胴体部に叩きこまれる。
「がっ!?」
敵の巨体が横倒しになりながら吹っ飛ばされた。
「い、今の動きは……」
愕然とした声とともに、アックスケルが立ち上がる。
骨状の胴体部が大きくひしゃげ、バチバチッと火花が散っていた。
「まさか、第七世代機のアックスケルよりも速いっていうの……?」
「速さじゃないよ、今のは」
シエラが淡々と告げる。
サラマンドラが一分の隙もなく槍を構えた。
「ただ──見切っただけ」
そう、彼女は機体性能で今の攻撃を避け、反撃したわけではない。
同じ戦法を使う冥にはよく分かっていた。
前回のコーデリア戦で会得した、シエラの新たな力。
圧倒的な動体視力と反射神経、そして野生の勘により、相手の動きの先を読む。
さながら未来を見切るかのように機先を制し、動く。
冥の『龍心眼』にはわずかに及ばないものの、限りなく近い精度でそれを再現したシエラだけの戦法。
烈炎龍心眼。