8 決着
斬り飛ばされたセイレーンの右腕が空中で回転しながら、地面に落ちる。
「力の差は分かっただろう」
冥が凛と告げた。
「もう退いてほしい」
黄金の剣を構え直すエルシオン。
「舐めるな! 私は選ばれた魔族の騎士だ! 人間ごときに負けるはずが──」
メリーベルの声に怒気がこもった。
残る左腕でもう一本の剣を抜いたセイレーンが、ふたたび打ちかかる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
真っ向からの唐竹割。
衝撃波を伴う薙ぎ払い。
稲妻のような突き。
並の乗り手なら反応すらできない斬撃のコンビネーションだ。
それらをすべて、冥はやすやすと避けてみせた。
「当たらない!? 急に速くなった──」
なおも繰り出されるセイレーンの斬撃を、
「スピードじゃない、って言っただろ」
かいくぐるように避けつつ、胸部バルカンを連射する。
バルカン自体の火力は大したことがない。
だがカウンター気味に食らった銀の機体は、大きくよろめいた。
体勢が崩れたセイレーンに、エルシオンが回し蹴りを見舞う。
「ぐうっ……」
大きく吹き飛ばされ、たまらず後退するセイレーン。
「まだまだぁっ!」
それでもメリーベルは退かない。
剣を腰だめに構えて突っこんできた。
コクピットのある胸部を無防備に晒し、最速での突進。
防御をまるで考えない捨て身の一撃。
しかし、それすらも冥の眼の前では無意味だった。
狙いも、軌道も、すべてが読める。見える。
エルシオンはわずかに体をひねって斬撃を避け、返す刀でセイレーンの胴体を両断する──。
「甘い!」
刹那、敵機の胸甲が左右にスライドした。
コクピットのすぐ下に位置する巨大な砲口が剥き出しになる。
「っ……!?」
冥が表情をこわばらせた。
『歌姫の旋律砲』──山をも消し飛ばすセイレーンの最強兵器。
「いくら貴様が素早かろうが、この距離なら──」
砲口に赤いエネルギーが収束していく。
先ほどと違い、今度は密着状態に近い距離。
避ける暇などない。
(どうする──)
冥の頭の中で、無数のシミュレーションが展開された。
次に取るべきエルシオンの動き。
次に取るであろうセイレーンの動き。
それらを超速で組み合わせ、脳内で再現し、最適解を探し出す。
「終わりだ──」
メリーベルが吠える。
「いいや、まだ!」
とっさにエルシオンを屈ませる冥。
「無駄だ、しゃがんだくらいで避けられるものか!」
赤い光弾が放たれ、エルシオンが大爆発を巻き起こす──。
「勇者さま!」
ユナが、絶叫する。
否──。
爆発したのは、冥の機体ではなかった。
「馬鹿な……!?」
驚愕の声を上げて後退したのはセイレーンだ。
胸元から黒煙が上がっている。
剥き出しの砲口が焼け焦げ、半ばひしゃげていた。
ごとん、とその足元に黒い鉄塊が落ちる。
先ほど斬り飛ばされたセイレーンの右腕。
そう。発射の寸前に、冥がエルシオンを屈ませたのは光弾を避けるためではない。
地面に落ちた敵機の右腕を拾うため。
そして、拾った右腕を砲口に詰めて暴発させるためだった。
「片腕に加えて砲も失った。もう勝ち目はないよ」
冥がもう一度、凛と告げる。
「殺したくはない。降参してほしい」
「こんな……」
メリーベルの声から、覇気が消えた。
「最新鋭の第六世代機であるセイレーンが……選ばれた純魔族であるこの私が……こんな旧型の骨董品に……!?」
セイレーンが後ずさる。
「悪い夢を見ているのか、私は」
「ふうっ」
セイレーンが逃げ去ったのを確認し、冥はエルシオンから降りた。
未だ残る爆炎の照り返しを受けた愛機を、頼もしい気持ちで見上げる。
まだ両手が震えていた。
三年ぶりの、龍王機での戦い。
シエラとの模擬戦とは違う──正真正銘の『実戦』だ。
圧倒的な性能差を感じた。
恐怖や不安、絶望すらも感じた。
一歩間違えれば、殺されていたかもしれない。
だというのに、冥の中には甘い高揚感が満ちていた。
自分が求めていたものが──現世で渇望していたものが、ここにはある。
「すごかったよ、勇者さまっ」
シエラが駆け寄ってきた。
「あんな旧型で敵の最新鋭機を返り討ちにするなんて! 勇者さまって、やっぱりすごいね。あたし、ますます憧れちゃうなー」
目をキラキラさせている。
「い、いや、それほどでも」
ド直球な賛辞に思わず照れてしまう。
なんだか背筋がむず痒くなってきた。
「勇者さまのおかげで皆が救われましたわ。連合を代表して礼を言います」
深々と頭を下げるユナ。
「ユナが敵を引きつけてくれたおかげだよ。こちらこそ、ありがとう」
冥が礼を返す。
「みんなを守れてよかった」
「ええ、本当に」
うなずくユナの顔からは、出会ったときの険がわずかに和らいでいるように見えた。
冥に対する視線が、心なしか柔らかだ。
が、すぐにその表情を引き締め、
「ですが、ディーヴァを失ってしまいました」
ユナの表情が曇った。
視線の先には、胴体部から真っ二つに切り裂かれた勇者専用機の姿がある。
おそらく動力部が完全に駄目になっているだろう。
確か以前に聞いた話だと、龍王機の動力部を作るには希少な魔導石が必要だったはずだ。
「修理には時間がかかるよね?」
冥がため息をついた。
「ディーヴァは特別製ですから、なおさらです。動力部に特殊な部品を多く使用していますし、一月や二月で修復するのは無理でしょう」
ユナが青ざめた顔で説明する。
「下手をすると再稼働まで年単位……」
「……大丈夫だよ」
冥はそんな彼女を元気づけようと、にっこり微笑んでみせた。
「ディーヴァがいなくても、エルシオンがいる」
「で、ですが、あんな旧型で」
ユナが驚いた顔をした。
「先ほどはなんとか勝てましたが、魔王軍の龍王機は最新鋭ぞろいですよ。いくらなんでも無茶です!」
「他に戦力はないんだ」
「ですが──」
「やるよ、僕」
冥はユナをまっすぐに見つめた。
あらためて。決意を込めて。
「エルシオンで戦う。勇者として、魔王を倒すよ」
面白かった、続きが気になる、と感じていただけましたら、最新話のページ下部より評価を入れてもらえると嬉しいです(*´∀`*)