6 邂逅と、出陣と
鳥型の龍王機は全身から炎と黒煙と噴き上がらせながら、森の中に不時着した。
「許さない……絶対に……」
血走った目でコーデリアが叫ぶ。
龍王機の乗り手としても、そして恋のライバルとしても格下だと思っていた相手から受けた、屈辱の一敗。
狂おしいほどの怒りが、彼女の胸の内で荒れ狂っていた。
「許さないっ……!」
がつんっ、とコンソールに叩きつけた拳が裂け、血が噴き出す。
──だが、ともあれ今は脱出が先だ。
動力部を貫かれたバスターイカロスは、もはやいつ爆発してもおかしくない状態である。
コーデリアはコクピットから這い出るようにして龍王機の外に出た。
地面に降り立つ。
「あっ……」
予想以上に体力を消耗していたらしく、がくりと膝を落とし、その場にへたり込んでしまう。
無様だ、と思った。
結局、自分は何をしたのだろう。
愛しい少年を裏切り、恋敵に敗れ、醜態をさらしただけだ。
「私はただ……勇者さまが……冥くんが何よりも、誰よりも大切だっただけなのに……」
つぶやいたとたん、目頭が熱くなった。
込み上げる哀しみが涙となって溢れ出す。
コーデリアはその場に突っ伏して嗚咽した。
声が嗄れるまで。
涙が枯れ果てるまで。
噴煙をあげるバスターイカロスがいつ爆発するかもしれないが、そんなことすら気にならないほどに、打ちのめされていた。
「──手ひどくやられたものね」
ふいに、足音が近づいてきた。
「あなたは──」
ハッと顔を上げる。
そこには二つのシルエットがたたずんでいた。
いずれも見覚えのある相手だ。
先の大戦で冥とともに龍王機を駆って戦った少女たち。
かつてコーデリアと同じく四英雄と呼ばれた少女たち──。
そのうちの、二人。
「……無事だったのね」
「あなたを迎えに来たの、コーデリア」
「私たちの同志として」
「同志……?」
「同じ思いを抱き、同じ人を愛する同志、よ」
同じ人を愛する──その言葉は、コーデリアの心を鷲づかみにした。
「あなたたちは……一体」
呆然とつぶやく。
「連合でもない。魔界でもない。第三の勢力といったところかしら」
「私たちこそが最後の勝者。世界のすべてを、そして愛しい彼を手に入れる」
悪戯っぽく笑う、彼女たち。
うずくまったコーデリアの眼前に、二人の手が差し伸べられる。
「さあ、行きましょう。私たちの戦いは、今から新たなステージに入るのよ──」
※ ※ ※
第八層、魔王城──。
モニターには二体の龍王機の戦いが映っていた。
炎をまとった赤い龍王機が、コーデリアの龍王機を貫く。
以前に見たときとは、まるで別人のような動きだ。
「……見事だ。魔王陛下は勇者の力をさらに磨かせるため──さらなる強敵へと育てるために、コーデリアを遣わされたが……結果的に磨かれたのは、仲間の女の力だったな」
アッシュヴァルトはモニターを見据え、小さくつぶやいた。
野生の獅子を思わせる、精悍な武人だ。
「強さを増した女騎士と無敗の勇者──もはや並の魔族では歯が立つまい。やはり私が出るしかない」
部屋を出たアッシュヴァルトは、城内の回廊を進んだ。
と、前方から一人の少女が歩いてくる。
「……行くんだね、アッシュヴァルト将軍」
にっこりと微笑む、彼女。
豪奢な金色の髪をなびかせた、美しい乙女だった。
エルナ・シファー──魔界最強とも称される龍王機の乗り手だ。
己こそ最強だと自負するアッシュヴァルトにとって好敵手であり、敬意を払う相手でもある。
「悪いが、お前の出番はない。私がすべてを片付けてくる」
うそぶくアッシュヴァルト。
「ふふ、キミなら勇者に勝てるかもしれないね」
「無論だ」
微笑むエルナに、彼は傲然と言い放った。
「奴を討ち、魔界最強の称号を得るのはこの私だ」
──エルナと別れ、格納庫にたどり着くと、そこには巨大な龍王機がたたずんでいた。
「いくぞ、我が相棒よ」
アッシュヴァルトは眼前の龍王機に語りかけた。
三面六臂の異形に、金と黒で塗り分けられた鋭角的なボディライン。
背中には巨大な日輪状のバインダーが据え付けられている。
煉獄阿修羅。
アッシュヴァルトの専用機にして、この世界で唯一の第八世代型龍王機である。
最新にして最強──まさに究極の機体だ。
「『レムリアの道』を開け。アッシュヴァルトと煉獄阿修羅が、これより第三層に出向く」
朗々と告げる、魔族の武人。
勇者たちが第二層を突破するのは、もはや時間の問題。
ならば彼はその上層──第三層で待ち受けるだけだ。
「そこが決戦の場だ。勇者の不敗伝説は、このアッシュヴァルトが終わらせる」