5 死力の一撃
「なぜなの!? なぜ私の攻撃が当たらない……!?」
コーデリアは呆然とうめいた。
つい先ほどまでは、圧倒していた相手だった。
シエラは確かに一流の乗り手だが、四英雄として先の大戦を戦い抜いたコーデリアに比べれば格下だ。
こちらの攻撃は面白いように命中し、相手の攻撃はこちらには届かない。
そのはずが──。
「未来でも見えるみたいに──まったく当たらなくなった……!」
信じられない気持ちだった。
サラマンドラの動きが今までとまったく違う。
スピードが上がったわけではない。
いや、むしろ満身創痍の機体は速度が落ちてきている。
なのに、コーデリアの高精度砲撃がことごとく外れてしまう。
まるで──あらかじめ、こちらの狙いが分かっているかのように。
サラマンドラは着弾点から事前に離れ、砲撃を避ける。
その繰り返しだ。
「ええい、うっとうしいっ!」
コーデリアはヒステリックに叫び、予備のミサイルのボタンに手を伸ばす。
と、そのとき敵の機体が突然、急ターンした。
コーデリアから背を向け、一直線に駆けだす。
「逃げる気!? いや、違う──」
サラマンドラが駆け寄ったのは、整備用のトレーラーだ。
そのコンテナから何かを取り出そうとしている。
平常のコーデリアなら、相手の動きが止まった一瞬の隙を見逃さなかっただろう。
だが、格下だと思っていた相手に一方的に攻撃を避けられ続けたショックが、彼女の判断をわずかに鈍らせていた。
ハッと気を取り直したときには、サラマンドラはこちらを向いていた。
四肢に刃のようなパーツを装着して。
「いくよ、サラマンドラ。いくよ、コーデリア。これが」
シエラの声が響く。
「最後の──決着の一撃」
「──!」
ふいに、コーデリアの背筋に嫌な予感が駆け抜けた。
全身に鳥肌が立つ。
サラマンドラが四肢に取りつけたのは予備のエネルギーパックだ。
そして、あれを使って繰り出す戦技はただ一つ。
先ほども見せた、超速の突進槍撃『烈炎槍破』。
いいえ、と彼女は内心の嫌な予感を振り払った。
その技は先ほども破っているのだ。
コーデリアには通用しない。
サラマンドラは全身のバーニアを吹かして突進した。
「一度破られた技をまた使うなんて! 舐めるなっ!」
吠えて、イカロスからありったけの砲弾を雨と降らせた。
だが、彼女の表情は次の瞬間に凍りつく。
「これは──さっきとは、違う!?」
大量に放たれた弾幕を超速で避けながら、赤い機体が加速する。
そのまま地面を蹴って、空中のイカロスへと向かう。
轟っ……!
摩擦熱が槍だけでなくサラマンドラの全身に行き渡り、さながら炎の翼を生やした天使のようなフォルムと化した。
砲弾の動きを予測し、超反応で避け、突進する。
予測と反射の、究極の融合。
いっさいの無駄をそぎ落とした、究極の直線機動。
それは、イカロスの攻撃のすべてを見切らなければ不可能な動きだ。
コーデリアがイカロスを鳥型から人型に変形させ、迎撃するよりなお速く──。
「な、何よ、これ!? 速すぎる──」
「烈炎槍破・滅!」
進化した技の名を告げたシエラの声とともに。
灼熱の槍がイカロスの胴体部を貫いた──。
胴体を貫かれたイカロスは、中破状態で逃げ去っていった。
「シエラが、勝ったんだ──」
冥は呆然とサラマンドラを見つめる。
激戦を物語るように、赤い機体はボロボロだ。
装甲は大半が砕け散り、腕も、足も、胴も、内部構造があちこち剥き出しになっている。
がくん、と力尽きたように、サラマンドラは両膝をついた。
文字通り、死力を振り絞った一撃だったのだろう。
「烈炎槍破・滅……か」
「すごかったですね、今の攻撃──」
ユナもまた驚きの表情でサラマンドラを見つめ、それから冥に視線を移す。
「まるで冥の動きを見ているようでした」
「うん、きっかけは僕との特訓だけど──あれはもうシエラのオリジナルだよ」
うなずく冥。
彼とシエラでは備えている能力も経験もまったく違う。
それを理解したうえで、足りないものを補い、勝っているものを全面に活かし──。
彼女は、彼女だけの龍心眼を作り上げた。
「すごいね、シエラは……」
喜びと敬意が同時に湧き上がり、胸を熱く疼かせる。
「ええ、私の自慢の友ですから」
ユナが嬉しそうにうなずいた。