3 猛攻
烈炎槍破──。
それはサラマンドラの加速力を極限まで発揮した超速突進と、シエラの超人的な運動能力による攻撃精度が合わさった必殺技だ。
砲撃仕様の機体特性を持ち、白兵戦能力を持たないバスターイカロスにこれを防ぐことは不可能である。
「えっ……!?」
にもかかわらず、シエラが必殺の自信をもって撃ちこんだ槍は、何の手ごたえもなかった。
直後、コクピットに激しい衝撃が走る。
「かつての私の愛機『空王の翼』は砲撃と空戦に特化した機体だった」
コーデリアが淡々と告げた。
「遠距離という間合いなら無敵を誇る代わりに、距離を詰められれば無力──だけど、このバスターイカロスは違う」
モニターに映っているのは、鳥型の龍王機ではなかった。
翼を生やした人、ともいうべき別のシルエット──。
「変形機構……!?」
シエラは、呆然とうめく。
コクピットのあちこちから火花が散っていた。
モニターを確認するまでもなく分かった。
愛機が、致命的なダメージを受けてしまったことを。
「シエラ……!」
冥は呆然とその光景を見上げていた。
「バスターイカロスにあんなシステムが……」
そう、イカロスがサラマンドラの攻撃を避けられたのは、かつてのウィングイカロスにはなく、バスターイカロスに新搭載された機構のおかげだった。
音速に近い加速からの必殺の一撃。
シエラの槍は確実にイカロスをとらえたはずだった。
だが、その穂先が胴体部を直撃する寸前、コーデリアの機体は鳥型から人型へと変形し、手刀を繰り出したのだ。
おそらく指先辺りに刃物状の武器を仕込んであるのだろう。刃付きの手刀はカウンターとなってサラマンドラの胸部を深々と貫いた。
ちょうど動力機関がある部分を。
ずるり……。
人型のイカロスがゆっくりと右腕を引き抜く。
一緒に引き抜かれたチューブやモーター類の破片が地面に落下する。
同時に、風穴を開けられたサラマンドラの胸部から、大量のオイルが血のように噴き出した。
がくり、と力なく地面に両膝をつくサラマンドラ。
「シエラ……!」
冥は険しい表情でその光景を見据える。
握りしめた拳は蒼白になっていた。
できることなら、今すぐ代わってあげたい。
だけど、これはシエラの戦いだ。
冥は見守るしかない。
彼女を信じて、見守ることしか──。
「言っておくけど、楽には殺さないから」
ふたたび鳥型となったイカロスから、コーデリアの狂気じみた声が響く。
「冥くんに近づく雌豚は全員、なぶり殺す──二度と彼に近づかないようにね。彼は私だけの私だけの私だけの私だけのもの……ふふふふふふふ」
「やめろ、コーデリア──」
冥の悲痛な声は、天空の少女には届かない。
「少しずつ、砕いて、壊して、刻んでやるっ」
イカロスの三門の砲が火を噴いた。
今までのような弾幕ではない。
散発的な砲撃だった。
だが、傷ついたサラマンドラは満足に避けることもできない。
「くっ、ああっ……きゃぁぁぁぁぁっ……」
響く、シエラの悲鳴。
弱々しく立ち上がったところで、足を撃ち抜かれ、肩を吹き飛ばされる。
倒れたところで側頭部を削られ、脇腹を砕かれる。
「いたぶってやる! 弄んでやる! 苦しめ! 苦しめ! 冥くんに近づいた報いよ! あははははははははははははははははははははははは!」
宣言通りのなぶり殺しだった。
「もうやめて、コーデリア!」
ユナがたまりかねたように前に出た。
炎の呪文をイカロスにぶつける。
頭部に直撃しながらも、コーデリアの機体は小揺るぎもしなかった。
小さな屋敷くらいなら跡形も残さず蒸発させる火炎呪文も、龍王機の装甲の前では豆鉄砲に等しい。
「──忌々しい雌豚がもう一人いたよね、そういえば」
鳥型の頭がユナのほうを向く。
「冥くんの唇を奪った──私だけの私だけの私だけの私だけの冥くんの唇を穢したあなたは、最後にたっぷりいたぶって苦しめて痛めつけてから殺してあげる予定だったけど」
爆光に反射してぎらつくカメラアイが、コーデリアの怨念じみた眼光を連想させた。
「予定変更して、あなたから殺そうかな? 私を差し置いて冥くんの初めてを横取りした報いを、受けさせてあげる──」
イカロスのクチバシが開き、内部の砲がユナに狙いをつける。
「やめてぇっ!」
横合いからサラマンドラが突進する。
「まだ動けるというの」
イカロスは翼の付け根に備えられた砲を撃ち放った。
満身創痍のサラマンドラでは避けるすべもない一撃。
「──えっ!?」
体を屈めて避けたサラマンドラが、低い体勢からのタックルでイカロスを吹き飛ばした。
「ちいっ、今のをかわした──!?」
舌打ち混じりに、コーデリアは自機を飛翔させる。
「勇者さまも、ユナちゃんもやらせない!」
空中のイカロスに向かって、シエラが凛として叫んだ。
「皆は、あたしが守るんだから!」
「あの動きは……!」
冥は驚きの表情でサラマンドラを見つめた。
いつものシエラの動きとは、明らかに違う。
「まさか、あれは──」