1 決戦の朝
朝が、来た。
ゆっくりと昇りはじめた日の光が目にまぶしい。
「終わったぞ。サラマンドラの整備は万全だ」
整備長のバラックが冥たちの前で言った。
陽光に照らされた龍王機は赤い輝きを放っていた。
「ありがと、バラックさん。じゃあ勇者さま、姫さま、みんな。あたし──行ってくるね」
シエラはバラックに礼を言うと、冥たちに向き直った。
背を向け、手を振って、サラマンドラのもとへ歩いていく。
その背を、冥はジッと見つめていた。
「大丈夫でしょうか、シエラは」
ユナが心配そうな顔で寄り添ってくる。
「冥が明け方までずっと特訓に付き合っていたのでしょう? 手ごたえはどうでした?」
「……分からない。伝えるべきことは全部伝えたけど、実戦でそれを使いこなせるかどうかはシエラ次第だよ」
ため息をつく冥。
一朝一夕に実力を上げることなど不可能だ。
だが昨日の訓練で伝えたことを実戦に反映できれば、シエラはより力を発揮できるだろう。
そう、実力を上げるのではなく、無駄なく使いきること。
冥とシエラが目指したのはそれだ。
ただし、それを実践できるかどうかは、彼女次第。
冥はただ見ていることしかできない。
それがもどかしい。
「実際、単純な実力でいえばコーデリアのほうが上だと思う。その実力差を、昨晩の特訓の成果でひっくり返せるかどうか──シエラの勝機はそこだけだ」
「やっぱりお前が乗ったほうがよかったんじゃないのか」
と、バラック。
「……整備の人間が口を挟むのもなんだけどよ」
「シエラの決意は固いですから。それに彼女のほうがサラマンドラに慣れている──そこに賭けてみようと思います」
冥はもう一度ため息をついた。
やはり心配は尽きない。
「信じましょう、シエラを」
ユナがそう締めくくった。
「……そうだね。僕も、シエラを信じる」
彼女の強さを。
そして意志と、誓約を。
上空から爆音が響いたのはそのときだった。
「コーデリアが……来る」
サラマンドラの操縦席で、シエラは上空を見上げていた。
最初は、上空に浮かぶ小さな点だった。
次に、爆発音を思わせる轟々とした推進音が響き、巨大な鳥のようなデザインの龍王機が次第にその姿を鮮明にする。
『天翔ける空神』。
かつての四英雄、コーデリア・エフィルの空戦用龍王機。
スロットルレバーを握りしめる両手にじわりと汗がにじんだ。
(あたしは……勝てるのかな。あの人に)
不安が胸をよぎる。
コーデリアの実力は、かつて戦った魔族メリーベルと同等か、それ以上。
冥は自分の見立てをそう話してくれた。
以前に負けたメリーベルと同格以上の相手と、戦う。
絶対に勝たなければならないシチュエーションで。
(気持ちが重い……体がふわふわして、力が入らない……どうしよう……)
いつもなら戦いの前の高揚感で胸が躍り、闘志がみなぎってくるというのに──。
こんな感情は初めてだった。
エルシオンは昨日の戦いで破壊されてしまっている。
シエラが敗れれば、連合はコーデリアによって壊滅させられるだろう。
彼女だけでなく、冥たちも皆殺しにされるかもしれない。
自分の双肩に全員の運命がかかっている──。
(やっぱり、素直に勇者さまにお任せしたほうがよかったのかな)
「シエラ!」
後悔が込み上げたそのとき、声が聞こえた。
サブモニターに切り替えると、足元で冥が手を振っている。
上空の爆音に紛れて、声は聞こえない。
だが口の動きと表情で、はっきりと伝わった。
冥はこう言っているのだ。
君を信じている──と。
「……そうだよね。自分から志願したのに弱気になってちゃダメだよね」
シエラは自らを奮い立たせた。
「勝ってくるよ、勇者さま」
そして彼に伝えるのだ。
自分の、想いを。
あなたが好きです、と──。
直後、バスターイカロスが地面に降り立った。
数百メートルの距離を隔てて、二体が対峙する。
「約束通り来たけど──もしかして、乗っているのはシエラちゃんかな?」
コーデリアが怪訝そうにたずねる。
「サラマンドラに冥くんが乗るんだと思ってたら、まさかあなたとはね。勝てると思っているの? このコーデリア・エフィルも舐められたものね」
「舐めてなんかいないよ」
シエラが言い返した。
いつも通りの不敵な表情で。
「あなたを倒すには、あたしで十分ってこと」
「それを──舐めてるっていうのよ! この泥棒猫がっ!」
コーデリアがいきなり激昂する。
イカロスのクチバシが開き、そこから砲がせり出した。
「まずあなたを殺す! 冥くんにまとわりつく盛りのついた牝犬め!」
怒声とともに砲弾が放たれる。
死闘が、始まった。





