10 誓約の乙女騎士
『模擬戦闘終了』
画面上に格闘ゲームのリザルト画面を思わせる文字が表示される。
「ふうっ、いったん休憩にしようか」
冥は操作レバーからゆっくりと手を離した。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
隣ではシエラが荒い呼吸を繰り返している。
二人がいるのは、整備用のトレーラーの中に設置された龍王機の操縦シミュレーターだ。
ちょうど冥の世界のゲームセンターの筐体を思わせる機械である。
機能もゲームによく似ていた。
使用者は龍王機のコクピットを模した筐体に入り、実際の操縦さながらに画面上の仮想機体を操る。
コンピューターが操る敵機と戦う一人用モードと、筐体を二つつなげて行う対人の二人用モードがあった。
冥とシエラが今まで動かしていたのは、その二人用モード。
「対戦成績、0勝89敗……分かってはいたけど、やっぱり実力の差は大きいね」
シエラが額の汗を手の甲でぬぐった。
都合、三時間ほど連続で戦っていただろうか。
いくらシミュレーターとはいえ、互いに本気モードだ。
実戦さながらの疲労感で、冥もシエラも汗だくだった。
「どうかな? 少しは感覚をつかめた?」
「……ううん、勇者さまみたいに上手くいかない」
シエラが首を振る。
「でも、あたしなりにやってみるよ。ありがと」
この特訓はシエラから申し出たものだ。
わずか数時間で劇的に実力を向上させることはできない。
だから一つだけ──冥が現時点で伝えられそうな技法を伝えた。
それを習得できたのか。
できたとしてコーデリアとの実戦で使いこなせるのか。
すべてはシエラのセンス次第だろう。
二人は筐体から降りて、備えつけのタオルで汗をぬぐう。
「ねえ、勇者さま」
シエラがこちらを見つめていた。
その瞳が不安げに揺れていることに気づく。
「あたしとコーデリアが戦ったら、どっちが勝つかな?」
「えっ」
「勇者さまの見立てを聞きたいの。相手は前の大戦で四英雄とまで呼ばれた人だしね」
「……コーデリアは強いよ。そうだね、以前に第一層で戦ったメリーベルと同レベルか、それ以上の相手だと思う」
言って、冥は一呼吸置く。
この先の言葉は伝えづらいが、しかし隠しても仕方がない。
「シエラでは……たぶん、勝てないと思う」
だから冥は包み隠さず真実を告げた。
シエラの表情に暗い陰が差す。
「……そっか、やっぱり」
しかし、すぐにシエラは明るい笑みを取り戻した。
「そうじゃないかとは思ってた。短い間だけど、一緒に戦った仲だしね。龍王機の乗り手としての腕は、あたしよりコーデリアのほうが上だ、って」
誰よりも強くありたいという矜持と、相手が自分より強ければそれを認める素直さ。
彼女はその両方を持ち合わせている。
「それでも戦うの? 今からでも、僕が代わりに──」
「ううん、これはあたしの戦い」
冥の申し出を、シエラはきっぱりと断った。
「戦いたい理由はいくつかあるの。皆を守りたいとか、裏切ったことを許せないとか、ね。でも何よりも──コーデリアのことをすごいと思った」
「すごい……?」
「自分が好きな人に対してまっすぐに気持ちをぶつけられることが。あそこまで強く、激しく。あたしにはとてもできないもん」
ため息交じりに告げながら、シエラが冥に一歩近づく。
「もしもコーデリアにひるまず、立ち向かうことができたら。そして、もしも勝つことができたら──あたしも自分の気持ちをもっと強くぶつけられると思う。大切に想う人に、気持ちを素直に伝えることが」
シエラが、さらに一歩近づく。
冥は彼女に魅入られていた。
「だからあたしはコーデリアと戦って、勝ちたい。そして──もしも勝てたら、勇者さまにちゃんと伝える。自分の気持ちを」
シエラが告げる。
騎士としての、一人の乙女としての誓約を。
すぐ間近で熱い息遣いを感じた。
あと一歩近づけば、互いの唇が触れあいそうな距離。
ふわりと鼻先に甘い香りが漂う。
冥を見つめる濡れたような瞳が、やけに艶っぽい。
戦士としてではなく、女性としてのシエラを意識し、心臓が熱く高鳴った。
「見ていて、勇者さま。あたしの戦いを」
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