8 決死の抵抗
「抵抗しないのね。もっと泣き叫んだらどう? 命乞いしたらどう? 死ぬのが怖くないの、冥くん?」
ぴたりと砲口を構えたまま、コーデリアが告げる。
「それとも──あなたのことだから、何か秘策でもあるのかな?」
「死ぬのは怖いよ。秘策だってない」
冥はうめきながらエルシオンの上体を起こした。
剣を杖代わりにして、なんとか片足で立ち上がらせる。
片足がないエルシオンは、本来なら立っているだけで精一杯だ。
姿勢制御もままならず、左右に機体がふらついて操縦席が揺れ続けている。
それでも冥はひるまない。
凛として、前を見据え、
「ただ護りたいだけだ。ユナを。シエラを」
「私の前で他の女の名前を呼ぶな!」
コーデリアが怒声を発した。
同時に放たれた砲撃が、エルシオンの頭部を襲う。
「くっ……」
かろうじて体を屈めて避けるが、かすめた砲弾が騎士兜を思わせる頭部装甲を半分ほど削り取っていった。
半壊した頭部からバチッ、バチッ、とスパークが散る。
「そんなにあの泥棒猫たちが大事なの?」
「彼女たちだけじゃない。コーデリアも、だ」
冥の言葉は揺らがない。
「僕は、仲間とは戦いたくない」
「っ……!」
コーデリアは絶句し、イカロスを後退させた。
不気味な沈黙が流れる。
吹きつける風が、鳥型の龍王機と騎士型の龍王機を撫でていく。
「わ、私を……惑わせないで!」
沈黙は、すぐに破れた。
「あなたを殺すって……き、決めたんだからっ」
イカロスの二門の砲がエルシオンに向けられる。
砲口が、連続して火を噴いた。
今までの比ではない、乱射モードの砲撃だ。
万全の状態のエルシオンならともかく、片腕片足しかない今の愛機ではとても避けられない弾幕──。
「それでも──」
前に、出るしかない。
冥はかまわずにエルシオンを突進させた。
大きく広がった翼状のバインダーが風を切る。
背中のスラスターが全開で青白い噴射炎を吐き出す。
すべてのエネルギーを注ぎこんだ最高速の突進だ。
「片足しかない機体でまっすぐ突っこんでくるなんて──」
イカロスのクチバシが開き、口内から小さな砲がせり出した。
両翼のものと合わせ、三門の砲がエルシオンに狙いをつける。
「私を、舐めるな!」
響く、コーデリアの怒声。
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!」
刹那、エルシオンが片足で地面を蹴った。
突進状態からの跳躍でさらに加速。
「それでも──私の攻撃のほうが速い!」
コーデリアが勝ち誇ったように叫んだ。
イカロスの三つの砲が同時に火を噴く。
一発でも当たれば、エルシオンの薄い装甲には致命傷だ。
それが三つ同時に、迫る。
「……えっ!?」
次の瞬間、驚愕の声を上げたのはコーデリアだった。
右手の剣で地面を叩き、エルシオンはさらにもう一段階加速したのだ。
二段ジャンプで砲撃をかいくぐり、
「届けぇーっ!」
背中の翼を前方へ展開する。
エルシオンの翼には、バインダーとしての機能以外にもう一つの機能がある。
羽毛は予備の剣として、骨格はサブアームとして、それぞれ使用できるのだ。
二段ジャンプに加えて、サブアームと化した翼を限界まで前に伸ばした斬撃。
「し、しまっ──」
コーデリアの予測を超えて伸びてきた二刀は、イカロスが後退するより一瞬早く、その胴体部をX字に切り裂いた。
すべての力を使い切ったエルシオンは、そのまま地面に倒れ伏す。
腕も、足も、胴体部も、無理な駆動を繰り返した反動で、あちこちから火花が散っていた。
もはや立ち上がる力すらない。
「……さすがに驚いたよ。そんな状態のエルシオンで私に傷を負わせるなんて、ね」
コーデリアがうめいた。
「だけど、今度こそ立ち上がれないでしょう?」
傷ついた機体を軋ませながら、イカロスは動けないエルシオンに砲を向ける。
「私の勝ちよ」
「──いや」
冥の口元にかすかな笑みが浮かぶ。
「時間は稼げた」
エルシオンの背後で立ち上がる、真紅の巨体。
「シエラちゃん、か。サラマンドラも八割程度は稼働できるみたいね」
「そういうことっ。今度はあたしが相手になるんだから」
サラマンドラから、シエラの威勢のよい叫びが響く。
「……ふん、冥くんならともかく、あなた程度に負ける気はしないけど──」
言いながら、イカロスが翼を広げてゆっくりと飛び上がる。
「あ、あたし程度とは何よっ」
「万が一、ということもあるから、この場は退かせてもらうね。これくらいの傷なら、一晩あれば修理できるもの。あなたのエルシオンは一晩や二晩では直せないでしょう?」
怒るシエラを無視して、コーデリアは忌々しげにうめいた。
「明日の夜にもう一度殺しにくるね。それまで待っていて、冥くん」
「コーデリア、こんなことはもう──」
「愛してるよ、冥くん」
コーデリアが告げた。
静かに。
狂気をにじませた声で。
「だから、明日の夜にまた……ね? あなたを殺して、私も死んで──必ずこの愛を完結させてみせる」
「コーデリア、話を──」
「またね」
もはや、冥の声は届かない。
イカロスは両翼を広げ、空の彼方へと飛び去っていった。