7 龍心眼
ユナの眼前にはもうもうたる黒煙と爆炎が立ち上っていた。
すさまじい熱気が肌をチリチリと焼く。
セイレーンの放ったエネルギー弾がエルシオンを飲み込み、大爆発を巻き起こしたのだ。
「勇者……さま……」
ユナはその場にがくりと膝をついた。
正直、勇者という人間に対していい感情は持っていない。
十年前、ユナは勇者とともに戦い、魔王を討った。
幼い彼女の目に、勇者の凛々しい戦いぶりは強烈な印象を残した。
甘酸っぱく胸を焦がした。憧れた。
そして──生まれて初めての恋をした。
私は、この人の花嫁になりたい。
そんな熱情は、しかし叶うことはなかった。
魔王を倒してすぐに勇者は姿を消し、以来十年間、ユナの前に現れなかったからだ。
そして一か月前、勇者は突然、この世界に再来した。
ユナにとって十年間待ち望んでいた再会──とはならなかった。
ふたたび現れた勇者は、新たな魔王となり人類に牙をむいた。
魔王軍が従える数百の龍王機によって、人類側は完膚なきまでに叩きのめされた。
今や勇者は、人類にとって憎むべき敵。
究極の災厄。
淡い初恋を汚され、ユナは心の底から打ちのめされた。
しょせん勇者は異世界の人間。
この世界のことなど、本当はどうでもいいのかもしれない──。
そんなふうにさえ考えた。
だが今、新たな勇者は命を懸けて魔族に立ち向かった。
彼女たちを守るために。
そして──奮戦空しく殺された。
(ごめんなさい、勇者さま。あなたは勇者として最後まで戦い抜いてくださいました)
ユナは、弱々しく立ち上がる。
こんなところで倒れている場合ではない。
死んだ彼の分まで、自分にはまだやるべきことが残っていた。
「今度は──私が相手です」
せめて、彼に顔向けできないような戦いはしたくない。
連合の指導者として、そして王女として。
一人でも多くの人を守る──。
ユナは凛とした顔でセイレーンを見上げ、杖を構え直した。
龍王機に魔法は通じない。
ユナにセイレーンと戦うすべはない。
それでも──抵抗の意志すら示せず、ただ一方的に殺されるのは御免だった。
あの勇者のように、自分も戦う意思を示したい。
たとえ、殺されることになっても。
「だから、私は……最後まで……!」
杖を持つ手が震える。
「ふん、さっきの勇者といいお前といい、人間にしては見上げた心意気だ」
セイレーンが剣を振りかぶった。
「ならば死ね」
大気を裂いて、巨大な刃が振り下ろされる。
ユナは反射的に身をこわばらせた。
怖い。でも目はつぶらない。
最後まで、立ち向かう意思を──。
「させないっ」
ガキン、と重々しい金属音が響いた。
「えっ……!?」
ユナはその光景を呆然と見上げた。
セイレーンの剣を、横合いから現れた巨大な影が剣で受け止めている。
白い機体が、ユナを守るようにして立っていた。
「勇者さま……!?」
※ ※ ※
「さがっていて、ユナ。巻き添えを食わないように」
冥のエルシオンがユナをかばうように前に出た。
「エルシオンが無事だと……!? 馬鹿な、あれを避けたというのか?」
メリーベルがうめく。
「旧型のスピードで避けられるはずが──」
「スピードじゃない」
冥が凛と告げた。
「それに、エルシオンは魔王を討った機体だ。これくらいで──やられるもんか」
無敵にして無敗、無双。
先の大戦のイメージが、心の中で色鮮やかに彩られる。
そのイメージこそが、龍王機に力を与える魔力の源泉だ。
「勝負はこれからだ、メリーベル」
操縦桿を握る両手に力を込める。
機体のパワー、速度、機動性、旋回時のクセ、攻撃時の挙動──。
三年ぶりの記憶が鮮やかによみがえる。
(そうだ、僕は確かにこのエルシオンとともに戦った。こいつと一緒に魔族の龍王機を次々と倒してきた)
愛機の挙動の一つ一つが、自分の手足を動かすように馴染みだす。
そのイメージこそが、龍王機を動かすための源泉だ。
いける──!
冥の中に自信と確信が満ちていく。
「戦える? 戯言を。そんな旧型で何をしようと──」
セイレーンが突進してきた。
「この私とセイレーンの敵ではない!」
吠えて剣を振るメリーベル。
さすがに魔族のエースパイロットだけあって、無駄な動きがまったくない。
十分な重さと速さが乗った斬撃だ。
まともに剣で受ければ、エルシオンは吹き飛ばされるだけだろう。
「性能では敵わない。圧倒的に。だけど」
セイレーンの剣を、エルシオンは紙一重で避けた。
「こいつっ!?」
さらに二度、三度。
振るわれた剣は、いずれも当たらない。
斬撃のことごとくを、エルシオンは最小限の動きで見切り、避けている。
「動きが、さっきと違う……!?」
メリーベルが初めて戸惑いの声を上げた。
相手の動きを先読みする──。
それは現実の戦いにおいてはもちろん、格闘ゲームにおいても最重要スキルの一つだ。
ロボット格闘アクションゲーム《デュエルブレイク》で無敗の王者だった冥は、その力に誰よりも秀でていた。
敵機のわずかな挙動、予備動作、間合い、駆動音などから次の行動を予測し、いち早く対応する。
いわば──未来を視る。
相手の動きが前もって分かれば、それに対応する手段を即座に取ることができる。
どんなスピードも、パワーも封殺することができる。
『龍心眼』。
全国のゲーマーが畏怖とともに名づけた、冥の先読み能力。
「こいつ、チョコマカとっ……!」
セイレーンが剣を振るった。
焦りか、怒りか。
その動きは今までよりも大振りで、それに比例して隙も大きくなる。
冥はあらかじめその動きを予測し、通常よりもさらにワンテンポはやくエルシオンを後退させた。
機体反応の鈍さをも計算した動き。
紙一重で避けた刃が、エルシオンの装甲をわずかに傷つける。
だが致命傷には程遠い。
しかも斬撃を繰り出した直後の相手は、体勢が崩れている。
間髪入れずにスラスターを噴射。エルシオンを急加速させた。
セイレーンの脇をすり抜け、すれ違いざまにカウンターの一撃を繰り出す。
「なんだとっ!?」
メリーベルの、驚愕の声を残し──。
エルシオンの剣が、敵機の右腕を肘の辺りから斬り飛ばした。