7 追憶の少女
刹那、冥の脳裏にいくつもの光景がよぎった──。
戦いの場には似つかわしくない白いドレスをまとった少女が、冥の傍にいる。
肩のところで切りそろえた紫の髪に、彼より頭二つ分くらいは低い背丈。
「君は?」
「あの、その、コ、コ、コココ……」
震える声で。
真っ赤な顔で。
幼女と言える年齢の彼女は、冥と向き合っている。
「コココ?」
「コーデリア、と申しますっ……」
初めて会ったとき、彼女は照れたように告げて逃げだした。
──十年前、冥は五人の少女とともに先代魔王ヴァルザーガと戦った。
この階層世界を統べる第八層の王国の姫──ユナ・プリムロード。
そして四英雄と呼ばれた四人の龍王機乗りの少女たち。
コーデリアはその一人だった。
引っ込み思案で、異性と話すのも恥ずかしいとばかりに、当初は冥から逃げてばかりだった少女。
だが、龍王機の操縦に関しては、わずか八歳にしてすさまじい天分を発揮した。
そして冥をサポートし、幾多の魔族を打ち倒したものだ。
「いつもありがとう、コーデリア」
「あわわわ……わ、私なんて……別に、何の役にも立ってないので、あのその……えっと、し、失礼します」
それでも、少しずつ打ち解け、普通に話せるようになっていった。
冥にとって、幼女だったユナと同じく、可愛らしい妹のような存在だった。
だが、再会したコーデリアは彼より二つ年上の少女に成長し、服装もあのときの白いドレスとは正反対の印象を与える黒いゴシックドレスに変わっていた。
さらに引っ込み思案な性格は完全に影を潜め、ハキハキとした積極的な性格になっていた。
再会した早々にいきなり唇を奪われたときは、本当に驚いたものだ。
──それだけ、冥と離ればなれになっていた十年間、想いを募らせていたのだろう。
「勇者さま、私だけを見て……」
先代魔王との最終決戦の直前、彼女から告げられた言葉。
今思い返せば──あのときの彼女なりの、せいいっぱいの告白だったのかもしれない。
そんな可憐な少女と、今こちらに砲口を向けているコーデリアの姿が、どうしても重ならない。
きっと何かの間違いだ。
彼女が、こんなことをするはずがない。
誰よりも優しく。穏やかで。一途で──。
本当は、戦うことを誰よりも嫌っていた彼女が。
眼前では、コーデリアの龍王機とユナがにらみ合っている。
冥はゆっくりと後ずさり、走り出した。
直後、爆光がイカロスの頭部に炸裂した。
ユナが彼の意図を感じ取ったのか、炎の呪文を放ったのだ。
機体がわずかに揺れ、たじろぐ。
「貴様、無駄なあがきを!」
コーデリアは怒りの声を上げた。
龍王機の装甲の前には、ユナの魔法など無力だ。
だが──、
「くっ、見えない……」
たちこめる爆炎と黒煙で、一瞬の目くらましくらいにはなる。
その間に、冥は必死で走った。
倒れたエルシオンの元へ。
「……よかった。駆動系はなんとか無事だ」
操縦席に座り、起動キーを兼ねている勇者の剣をセットする。
ヴン、と愛機の両眼が光を発した。
右腕と右足を失いながらも、エルシオンはまだ死んでいない。
まだ、戦える。
愛機がそんな意志を発しているように思えた。
「いくよ、エルシオン」
剣を杖代わりにして、片足でなんとか機体を立ち上がらせた。
「……まさか戦う気? そんな状態のエルシオンで」
イカロスがこちらを向く。
「その闘志──さすがはあたしの愛しい勇者さまね」
コーデリアのため息が聞こえた。
賞賛ではない。
ただ、呆れたように。
「だけど、無理よ。八割がた稼働できるバスターイカロスと、片手片足のエルシオンでは勝負にもならない」
イカロスが砲撃を放つ。
冥はそれを先読みし、片足一本でエルシオンを横っ飛びさせた。
その着地の瞬間を狙って、イカロスの第二撃。
「くっ──」
予想通りの攻撃とはいえ、片足で着地したエルシオンは次の動作に移る暇もない。
「うああっ……」
胴体部に直撃を食らい、大きく吹き飛ばされた。
「いくら相手の攻撃をすべて予測できるとはいえ、肝心の機体が戦える状態じゃないでしょう。そんなことも分からないの、冥くん?」
イカロスの二門の砲が、倒れたエルシオンに狙いをつけた。
「さあ、今から殺してあげる。愛しいあなた──」