6 分かたれた絆
「あなたを殺して──永遠に私だけのものにする」
冷ややかなコーデリアの声を、冥は放心状態で聞いていた。
目の前で何が起きているのか、理解できない。
乗り手のいないエルシオンがイカロスの砲撃で一方的に破壊され、右足を吹き飛ばされ、その場に倒れ伏す場面を──。
ただ、茫洋と見つめていた。
「あのときは迷ったけれど、今度は迷わない」
「あのとき……?」
言われてハッと気づく。
まさか以前に城塞巨人と戦ったとき、背後からエルシオンを撃ったのは──。
誤射ではなく、意図的に狙ったというのか。
「乗り手のいない龍王機なんて脆いものね」
コーデリアが、さらに三発ほど砲弾を撃ちこむ。
エルシオンの右腕が千切れ飛んだ。
「うう……」
無抵抗に破壊されていく愛機を目にして、冥は悲痛な声でうめいた。
「これでエルシオンは戦えない」
赤いブレードアンテナを備えた、鳥を模した頭部がこちらを向いた。
翼の付け根にある砲塔が回転し、冥に狙いをつける。
「バスターイカロスの整備状況は八割というところだけど、これだけ動けば十分ね。少なくとも、無人の龍王機を破壊したり──人間を殺すくらいは造作もない」
「本気なの、コーデリア……?」
かすれた声でうめく冥。
「あなたは誰にも渡さない」
コーデリアが熱っぽい声でつぶやく。
「ユナ殿下にもシエラちゃんにも渡さない。指一本触れさせない。キスなんて、もう二度とさせない。あなたを殺せば、あなたは永遠に私の中だけで生き続ける──魔王の配下になってまで待ったのよ、この瞬間を。あなたに隙ができる、この一瞬を」
淡々と告げるその声は、狂気じみた響きを孕んでいた。
「安心して。あなたを殺した後、私も死ぬから。天国に行けたら、そこで二人だけで永遠に愛し合うの。誰にも邪魔されず、永遠に愛し合うの。永遠に。誰にも邪魔されず。二人きりで……うふふふふふふ」
「おかしいよ、そんなの!」
シエラが冥をかばうように前に出た。
普段は明るい笑みを絶やさないその顔に、今ははっきりとした怒りが浮かんでいる。
「本当に好きなら、どうして殺そうとするの? どうして、生きて──一緒に時間を過ごそうとしないの?」
「シエラ……ちゃん」
「あたしたちを騙して、裏切って! 勇者さまの心を傷つけて! そんなやり口、絶対におかしい!」
「冥くんに近づく薄汚い泥棒猫は黙っていろ!」
コーデリアがいきなり激昂する。
砲弾がシエラの足元で弾けた。
「くっ……」
超人的な反射神経で、シエラは横に跳ぶ。
冥を横抱きにしながら──。
直後、爆風が二人を襲った。
「ううっ……くぅ……」
もつれ合いながら地面に倒れた冥とシエラに、強烈な衝撃波が叩きつけられる。
全身が千切れそうなほどの痛みだった。
「お前ぇぇっ! 冥くんから離れろっ!」
砲口がふたたびシエラに向けられた。
冥が一緒にいることなど、当然おかまいなしなのだろう。
次は避けられない──。
背筋がゾッと凍る。
「──いえ、先に殺すのは、あなたのほうね」
さらに砲口が角度を変え、今度はユナに向けられた。
「……!」
険しい表情でイカロスを見上げるユナ。
「私の冥くんに無理やりキスをした、卑劣な女! ユナ殿下──いえ、雌豚!」
コーデリアの激昂は続いている。
普段の明るさが嘘のようだった。
一度怒りのタガが外れたことで、止まらなくなったのか。
あるいは、これこそがコーデリアの本性なのか。
「最初からこうするつもりだったのですね、コーデリア」
ユナの声は、先ほどのコーデリア以上に冷ややかだった。
「ならば薄汚い裏切り者はあなたです」
かつて冥が先代勇者と同一人物だと知ったときと、同じ声。同じ表情。
ユナは誰よりも清廉で潔癖であるがゆえに、信頼に背く行為を絶対に許さない。
「かつては共に戦った仲間……ですが、あのときのあなたはもういないのですね」
「あのときの私? 私はいつだって私よ、ユナ」
コーデリアは平然と言い放つ。
「違うというなら、あなたが私のことを理解していなかっただけ。私はいつだって──本当に大切なものはどんな手段を使ってでも守り抜く。手に入れる。こんなふうに!」
イカロスが砲撃を放った。
「天空より降り立て、鋼鉄の戦神──」
ユナがすかさず呪文を叫ぶ。
「『虹鏡鋼殻』!」
まばゆい虹色に輝くエネルギーの盾が砲弾を弾き返した。
「さすがは魔法の天才。だけど、しょせん生身の人間が龍王機に立ち向かうことなど、できはしない」
コーデリアが笑う。
確かに、彼女が本気になれば──砲弾を連打で浴びせられれば、いくらユナの魔法でも防ぎきれないだろう。
確実に、殺される。
この場にいる者、すべてが。
(どうすればいいんだ……どうすれば……)
冥は背中からぬるい汗がにじむのを感じた。